何とか一章最後まで完走できそうです。
それではどうぞ^^
今、僕の目の前には巴がいる。澪がいる。そして識がいる。ドワーフの長老がいる。エマがいる。リザードの隊長にアルケーもいる。
識っていうのはリッチね。僕がこちらに戻ってきてすぐ、心配そうに閉じられた霧の門の前にいた忠犬の如き彼に、僕は名前を与えた。
……屍鬼じゃないよ?式でもないよ?知識の識だからね。
僕の初体験から既に二日が経っていた。
あれから、僕は何事も無く亜空に戻った。何事も無く、いや内面は結構ぐちゃぐちゃになっていたけど。
一頻り泣いて、腫れた顔を見せたくもなかったのでちょっと戻るのに時間がかかった。
で、色々考えたり。これからのことだとかね。この二日って時間は僕にとってそういう期間だった。
まあ、霧で呑んだあの場も亜空には違いないんだけど、あれは巴の能力。それについては後で確認するとして。
僕らが一同に集まっているのは僕の家。
エマが言っていた集会所として使う予定もある、と教えてくれていた大部屋にいる。
ちなみに家自体は一部未完成、というか一部完成状態。完成したら広さがどうなるかはあまり考えたくない。僕は日本人で庶民なので。
大きなテーブルについた皆の様子を確認すると、僕は表情をいっそう引き締めた。
元々、大事な話があると集めたから全員の表情は元々緊張感があったが、僕の様子の変化に彼らもその雰囲気を張り詰めたものにした。
「先日の件でオークが一人、それと巴の分体が死んだ」
『……』
「既に離魂の宴を行い、その席でも謝罪したけど、一番の原因は僕にある。あの三人への対応を完全に間違えた」
離魂の宴。要はお葬式だ。
跡形も無く遺体も無い状態だったけど、オークやリザードの戦士が仲間を弔う時に火を焚いて宴席を設け、その死を悼むと教えてくれたのを参考に今回初めて開いた。
最初の犠牲者が僕の大ポカが原因だって言うのが、本当に申し訳ない。彼の家族にもオークにも頭を何度も下げた。
巴は、自分も分体を失って負傷したがその件で僕に頭を下げられるのを良しと思わないのか、良い顔はしなかった。謝罪を受け入れてはくれたけどね。オークの遺族に直接会いに行くのも、その必要は無いのでは、と言うくらいだったから苦労したよ。
だけど、これは僕のけじめだから。何を選んだからでもなく、ただ不注意で命を散らせてしまったことへの。
次回、もしも僕自身が選んだ選択の末に彼らに戦いを強いるような状態になったとしても。その時には僕はもう個別には謝罪をしない。
付いてきてもらう。そして死者は皆と離魂の宴で弔う。そこは決めた。僕自身が今後訪れるかもしれない知人の死に折れてしまわない為にも。
「……この都市とヒューマンの関係について、僕らはあまりに楽観的すぎた。彼らは冒険者で、中には相当な実力を持った者もいる。脅威としてすら認識せず、また扱わずにいた。彼らはこの街にとって、明確な異物であると考えて今後同じことが起こらないようにしたい」
一旦言葉を止めて見渡すと、皆が首を縦に振ってくれる。
「まずはハイランドオークだ。エマ、今後はヒューマンを案内するエリアや行動を許可する範囲を厳密に決めようと思う。いや、はっきり言うよ。彼らを案内する為のエリアを別に作って欲しい」
「エリアを、作るですか?勿論、真様の指示であれば承りますが、どのような意味かよく……」
「うん。簡単に言うとね。今ある都市の輪郭の中に、さらに壁を建設して一角を隔離する。それでその中に冒険者を招き入れる小さな街を別に作って欲しい」
「街の中に街を?」
言ってしまえば、贋物の街を作ってそこでヒューマンの相手をしてもらうということ。必要なのは物資がある程度でもいいからツィーゲやベースに流通する状況。彼らと本気で文化交流したいわけじゃないんだから。
「そう。そしてその中に入る者は、君達であれ、リザードであれドワーフであれそれなりの実力を持った者にすること。巴には最初から冒険者をそこに送るようにさせるから冒険者にはそこを蜃気楼の街の全てだと思ってもらう」
エマは得心したように頷く。言いたいことはわかってくれたようだ。力ない者が被害に遭う事を防ぐ為にも、十分な実力を備えた者に従事してもらう。尚且つ任務や仕事の類だと思ってもらうことで気を抜かないプロフェッショナルの対応を身につけてもらう。
「そうすれば、力の弱い者や幼い者が冒険者に触れること無く済む、ということですね?それに、実力者の交代制で応対、いえ接客をすることに高いレベルを求めていく……」
「そうだ。今の計画からはずれると思うけど、こちらを最優先で割り込ませて欲しい」
「問題ありません。区画の指定は無いのですね?」
「勿論、好きにやってもらって構わないよ」
エマは満足そうに微笑む。仲間を失って尚、僕に変わらず接してくれるエマに感謝だ。本当にありがとう。今の街がどんな方向で広がり、整備されているのか僕は完全には把握できてない。彼女に任せるのが妥当だろう。巴も、すぐには分体を作れないだろうから。
「次にエルダードワーフ」
「はっ」
長老とベレンが出席している。
「君達にはまず言いたい事がある」
『……』
二人とも、真剣な目で僕の言葉を待つ。もっとも、内容は理解していると思う。
「廃棄する予定の武具全般、それに……指輪もだが。君達は一流の職人だからその扱いは十全にわかっているだろう。でもここには他の種族の者も共存しているんだ。碌な鍵もかけていないぞんざいな管理では困るよ」
「大変、申し訳ありませんでした」
長老は深々と頭を下げる。彼らは超一流の職人だ。失敗作や廃棄する品がどれくらい危険かは理解している。でも強い衝撃や意図的な操作が無い限りは暴発もしないということも理解している為、はっきり言って扱いが雑だった。ゴミ箱用の倉庫にポイと捨てる感覚で廃棄するケースもあった。
誰も廃棄品の武具その他に危険な真似をするわけがないからだった。ドワーフなら子供でも知っていて決してやらないからこそ、その扱いが危険度に相応しいレベルにならなかった。本来なら最高傑作同様に厳重に保管されなければいけないものだったのに。
ドラウプニルも使用済みになっている物はそこに置いてあった。亀裂などの破損がある物も一緒にだ。危険極まりない。
指輪の盗難には、そんな意識の緩みがあった。
「多くの冒険者にとって貴方達の武器はそれだけで価値があるのだということを忘れないように。廃棄する予定の物はすぐに廃棄する。出来ない物は厳重な保管庫を作りそこに入れておく。これは早速取り掛かること」
「はい、間違いなく」
「うん。後はエマに協力して冒険者の相手をするドワーフの人選をして欲しい。長老さんは、後で武具の進行具合を報告。ベレンはツィーゲに出張する面々も候補を絞っておいて」
「わかりました」
二人とも、しっかりと力強い言葉で答えてくれる。彼らの意識の緩みも、もう無いだろう。これからはしっかりと管理が出来るはず。実際、彼らにとってはゴミクラスの武器でもツィーゲでは価値があるのだろう。盗難物の目録を見て、僕はドワーフの出張について、大分手加減させないといけないことも理解した。若しくは、ごく若いドワーフで十分な理性のある者に修行として行ってもらうのもアリか。ベレンは、あっちに行かせるドワーフの統括者になってもらうのが良いかもしれない。
「次。ミスティオリザード」
「はい」
答えてくれるのはリザードの隊長。戦士である彼らにとって最高の権力者、代表というのは全部隊の隊長である指揮者を指す。ある程度以上の実力に、部隊を広く見る視野を備える者が種族全体の方向もリードしていく、ということみたいだ。
「今は開拓に護衛に、狩猟、土木に建築と多方面で活躍してくれているみたいだね。いつも有難う」
「勿体無いお言葉です。全体訓練の時間を頂戴している分、他の方々への協力は惜しまぬ所存です」
彼らは種としての部隊単位での戦闘訓練を勤勉に行っている。その間はどうしても他の仕事には来れないのだけど、そこを補って余りあるほどに多方面で活躍してくれていた。
「これからは君達の位置づけを少しだけ変えようと思う」
「……は。申されるままに」
「今後、しばらく僕らは内に目を向ける。街の外へは狩猟や訓練で出ることが主になると思う。開拓や護衛、それに土木と建築という仕事は少しずつ減らしていく」
「……」
「その代わり、君達には街の警邏を頼みたいんだ」
「ケイラ?」
「簡単に言えば街をいくつかのルートで巡回して異常を探し対応する仕事。詳しくは巴に話しておくから、彼女を頭にしてこの任務に人を割いて欲しい」
「この街はそれなりに規模を大きくしております故、我らのみでは難しくありませぬか?」
リザードの人は巴の影響が出やすいからか、どうも話し方が堅いというか古いんだよな。不具合があるわけじゃないけどトカゲ顔とのギャップが何とも。
「巴のネットワークを一番に使えるのは君達だからね。街には区画ごとにオークに協力してもらって事前の問題は他にあげてもらうから当面は街の見回り役だと思ってくれれば良いよ」
「わかりました。我ら全力で任務に努めます」
同心が街を見回るように。十中八九、巴を頭にする以上は火付盗賊改になりそうだが、僕もそれを意識しているからこれは覚悟の上だ。
僕が一番詳しく知っている治安維持の方法なんて街単位で見ると江戸時代のソレなんだよなあ。
現代の駐在所とパトロールのようなやり方も根っこは同じだろう。多分。江戸の実績を信じてみよう。やらないよりはずっと良い。
どれを頼むにも頭数が本当に問題になるが、こればかりはすぐにどうにかなる問題じゃない。
森鬼をすぐにでも亜空に招くという手もあるが、僕の心情として納得できてない以上、互いに良い関係になれるかはわからない。彼らの僕への意識もまだ不透明だしな。
知能のある亜人や魔物を見かけたら勧誘も必要なのかもな。
一応、今いる住人よりも明らかに劣るレベルの種族を連れてくると格差とか上下関係とか色々出来てきそうだから、定期的に未踏破の荒野にでも足を運んでみるか。
気付いたら軍勢にならないように自重して。
頭を下げ了承の言葉をくれたリザードに頷いてやって、僕はアルケーを見る。
「最後はアルケーだね」
「若様。先ずお礼を言わせてくださいませ。あれから直接お会いする機会が無くこの時を待っていました」
うっわ。凄い流暢な共通語!完全に、抜かれましたね。はい。ハナから勝負になってなかったという意見は聞かない。
凄いな。完全に習得したんだ。でも礼って何の?僕はとりあえず謝罪から入りたいんだけど?
「お礼?」
「はい、わが同族を救っていただいたお礼で御座います。後でお聞きした所、若様の治癒がなければ危なかったとか。我々一同お礼申し上げます」
代表者であろうアルケーが胸に手を当て頭を下げる。他二人もそれに倣う。
「いや、彼が怪我をしたのがそもそも僕のミスからなんだ。助けるのは当然だよ。お礼を言われるどころか僕が謝らないと」
「お慈悲に感謝しております。改めて若様に仕えていて良かったと、感じ入りました」
あうー。何言っても駄目か。巴に謝った時も結構あいつも無茶苦茶な事を言ったからなあ。
ちなみに言葉を並べているのは女性型。アルケーは四人いるけど、男は負傷した彼ともう一人で二対二なんで丁度いい感じ。
「まぁ、助かって本当に良かった。それで、アルケーに頼みたいことも幾つかあるんだけど。今、人型に化身できるのは何人いるの?」
「全員です」
……本当、優秀ですね。彼女と話していると、成績優秀で生真面目な委員長と話している気持ちになる。ナチュラルに劣等感覚えそうかも。
「そ、そう。全員。なら一つ目は簡単かな。オークに話したことでもあるけど、ヒューマンの相手をする区画を別に作る。君らには一人ずつ交代でその街に人型で常駐するようにして欲しい」
四人しかいないし、尚且つ他にも頼むことがあるから何人もいてもらうのは厳しいしね。
「交代で一人ずつ、しかも人型で、ですか?」
「そうだ。腕を買われて滞在している冒険者、みたいに振舞っていて欲しいんだ」
「ヒューマンの振りをする、と?」
「そういうことだね。それで不審な動きを感じたら報告して欲しい、それに役に立つものがあるかは別にして情報収集もして欲しいんだ。万が一、不審を抱かれても君らクラスの実力ならどうにでもあしらえる。桁違いの実力者なら特別に対応するし」
「内から探って、種の内に問題を摘むのですね。わかりました、交代で街に常駐します」
良かった。一つ目は問題無いか。
「後一つ。これまでは皆で分担していた開拓分野だけど、街の中で使いたい人が増えるからそちらに手が回らない。だから開拓や調査は方角や範囲を報告してもらった上で、当面常駐してる人以外の三人で行って欲しい。勿論、スピードが落ちるのは構わないから」
「ええ、問題ありません。私たちが戦闘訓練したり魔術の研究をするのは構わないですか?」
「良いよ。製薬についても常駐している人がしてもらえたら嬉しいけど、訓練や研究は自由にしてもらって構わない。優先する事があるなら言っておいてもらえば開拓と調査は後回しにしてもらって良い」
望外の条件だったのかアルケーは三者ともに嬉しそうだった。
彼らも最近は知識に貪欲で、学びたいことも多いのだとか。良いことだ。澪も何かに興味を持ってくれるといいんだけどね。……僕以外にも。
「ひとまず、僕が考えたのは、これだけだ。進める上で問題があればまた報告して欲しい。じゃ、巴、澪、識以外は解散」
直接の従者である三人を残して、他の種族の者たちが退室していく。
ふぅ。少し力を入れて話したからか、肩が張る。頭を左右に倒して肩も上下させて力を抜く。
「若、中々落ち着いておられましたな」
「若様、お疲れ様でした」
「若様、あれだけの多種族を相手にお見事です」
「ありがと」
三人からの労いに感謝を返す。識からのお褒めの言葉には虫の力が関係するのでちょっと微妙だけど。
この三人には、別に決めたことを伝えないと。僕の考えや、これからの事を。
街の中に街を作れって言ったり、同心見回りをしろといったり。
真君も大概無理を言っているような。
彼なりに、問題に対処しようとしていると思ってもらえたら。
ご意見ご感想お待ちしています。
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