心臓は少ししか鍛えられませんでした。
気持ちお手柔らかにお願いします。
それではどうぞ^^
※この章には暴力表現があります。ご了承の上お読み下さい。そういった表現がお嫌いな方は軽く流し読みで済ますか、飛ばして頂ければ。
「ここ、ツィーゲ?戻ってきた、の?」
女の声。
「あ、あは!私助かったんだ!この空気、匂い、間違いないよ!ツィーゲだ!」
僕はそこで彼女を見つけた。
追ってきた先に彼女が居た。
狭く人の気配の無い裏路地。
そこで彼女は目を覚ました所だった。驚いた。まさにあの三人の内の一人だ。リーダーみたいに振舞っていた娘だ。
全身ひどい怪我をしている。
ここが荒野なら、生きて戻る事など到底適わない程の重傷。
最も、ここは街だ。彼女は、通りに出て一声かけるだけで助かる。
いかに深夜でも、娼館の並ぶ通りも複数あるツィーゲなら誰かに出会えるだろうから。
悪人に遭う可能性も本来ならある。でも彼女なら、見事に助けてくれる善人に会える気がする。
そう、通りに出て一声かけることさえ出来たなら。
彼女は助かっただろう。
少し前。あんなことを僕が知り得なければ。
僕の身に何が起こったかは、自分でもわからない。
倒れこむ彼女にどうやって話を聞くか、悩みながら彼女に近づいた時のことだ。
彼女にこびりついた自分の魔力や怪我の原因、亜空の惨状。
知りたかった。それは確かだ。
”……尾行、アンブロシア、敵性の亜人、殺す、#$%&’(、目的、狩りつくす、霧の街、ライドウ、敵の<>?街、危険、グル、疑惑、二人は何故、()=~|~=、脱出、成功、報酬、ツィーゲ、潰す、殺す、盗む、奪う、権利、幸運、&’ゴミ箱、愚かな亜人、夜、宝の山、!”#渓谷へ、追跡者、最高の武器、奥の手、出来損ないの指輪RTGH、炸裂する光”
いきなり大量のナニカが、僕に流れ込んだ。
無理矢理にいくつものスクリーンで大音量かつ何倍速かの映像を延々と見せられて、脈絡のない解説の文章を別に大声で朗読され、突然意味のない字幕のような文字が続く。時折、ノイズみたいに意味の掴めない波や極彩色の染みらしい模様が混ざる。
とにかく、吐き気がした。頭が重く、大きくかき回される感覚に苦痛さえ覚えた。断片化された情報を整理されることもなく無造作に流し込まれるのがここまで苦痛だなんて。
これ、なんだ?他人の経験?それとも記憶?
他の人の記憶が自分に流れ込む感覚は、それはもう最悪なものだった。
だけど。
本当に吐き気を覚えたのはその初体験にじゃない。彼女の思考、そして僕が読み取れた直近の記憶の内容にだ。流石に全ての記憶の内容なんて覚えていられない。最後の方に流れたわずかな記憶に思考。それだけが僕の頭に確かに残った。
先ずは治癒でもしてあげようと近づいたはずの僕。
どれほどの時間が経ったのか。体感時間こそ長かったけど実は大して経ってないのかもしれない。彼女はまだ目覚めていなかったから。
けれどもう、界は展開しなかった。その心算は全く、無くなってしまった。
これが全てのヒューマンではないのだろう。これは彼女個人の経験と考えに過ぎないんだから。
それでも、ある程度は共通点もあるのかもしれない。そう思うと僕は綺麗な人ばかりを見た時以上に、この世界に感じる異質さというか歪みを感じた。
ヒューマンが亜人、いや自分達以外をどのように考えているのか。極端な例なんだろうけど一つの実例を見たから。
とにかく、こいつは、駄目だ。
嘔吐感、嫌悪感、そして怒り。……感じたことが無いレベルの、憎しみに近い怒り。
そういったものがぐるぐると頭を巡る。喉元にまで、怒鳴り叫び喚きたい衝動がこみ上げてくる。
彼女が、ここがツィーゲであると理解して喜びの声を上げた時。
僕は彼女を霧の中に引きずりこんだ。周りごと。
彼女にはいきなり景色が深い霧に包まれたかに見えただろう。
突然の状況の変化に周囲を確認しようと頭を左右に振っている。
濃い霧の中、自分が異なる空間にいることに気付いていない彼女に僕は接近する。
「誰!?」
シルエットから他人を確認できたのか、彼女は僕のいる方向に叫ぶ。
「貴方、ライドウ!?」
僕は答えない。彼女と意思を交わす必要など無いから。
「そう、追いかけてきたの。でも、もう遅いわ。ここはもうツィーゲよ。人を襲う亜人なんかと手を組んだお前に味方なんかいない!」
「手を組む?……ああ、お前の記憶ではそうだったね。別に、弁解なんてする気も無いから好きに思えば良い」
定かではないけど、彼女が仲間の司祭に亜人とグルだなんだと会話している場面があった気がする。
日本語で、僕が一番感情を伝えられる言葉で彼女に向けて話す。
「なに?何を言ってるの?気でも触れた?」
当然、彼女には女神の祝福を介さない日本語が理解できない。わけのわからない言葉で話す僕にさぞ違和感を感じることだろう。
「本当に、自分に嫌気がさすよ。お前たちは、あそこで殺しておくべきだったと今では心から思ってる。なのに、自分のことに手一杯で、どこかでまだ自分の世界での感覚でヒューマンっていうのを量ってた」
「何言ってるのかわからないって言ってるでしょ!?いつもみたいに文字で話しなさいよ!」
徐々に彼女の声がヒステリックなものになるのがわかる。恐怖を隠したいのだろう。折角助かったはずの命なんだ。大事にしたいだろうな。
「こんなに美人で僕なんかにも普通に声かけてくれて、だなんて。全く、笑えるよ。キャッチセールスに浮かれるモテない男そのものじゃないか」
「ライドウ。霧を解いて私を解放しなさい。今ならまだこの場は見逃してあげる。指名手配にはなるだろうけど、逮捕から即刻の死刑にはならないわよ?」
路地の壁に沿うように彼女が立ちあがって武器を構える。僕の戦いは少しとはいえ見ただろうに。それでもまだ、レベルなんて数字を信じる心算なの?
「それは虚勢?それとも本気?君のことだ、何かあるのかもしれないね。確かに君は僕なんかよりもずっと凄い。物語の英雄のように恵まれている」
本当に。心からそう思う。
「怪我をしていても、私はレベル96の冒険者よ。商人に、後れなんて取らない」
「偶然に森鬼と同時に亜空に滞在していたから自分達はやや警戒の薄い状態にあり、偶然にドワーフの廃棄物倉庫の近くに宿泊し、偶然に彼らに危機意識の希薄さがあり、偶然に劣悪な物とはいえ武具を盗むことに成功し、偶然に傷ついたドラウプニルを手にし、発見された後も偶然に僕が開けた霧の門の近くに逃げ、偶然に投げつけた指輪の爆発で追っ手を排し、念のためにもっていたクレイイージスとかいう道具で最弱の三人でありながら一人が生き残り、偶然に同じ魔力の余波で霧の門をこじ開けて街に帰還する」
一体、何の冗談だよ。どれだけの奇跡を同時に起こすとこんな馬鹿なことになる?天運?それとも奇運?これはもうそんなレベルじゃないだろう?
僕が得た情景、その繋げ方は多少間違っているかもしれない。何割かは彼女の願望もあった可能性もある。それに、あれが記憶であると確信があるわけでもない。そう、僕の現状で可能な限り客観的に見ようとしても、彼女の運は異常に見える。
確かに、僕らがやっていたことにも大きな問題はあった。思いつきに、こじつけ。
中学生が文化祭で喫茶店をやる感覚とレベルで、実際に飲食店を営んでいたようなものだ。問題は山積み。最も、お祭り気分でやっていた部分があって、それに気付けたのは今、つまり手遅れなんだけどね。
改めて彼女たちは運が良すぎる。いや、結局最終的には僕とこうやって対峙しているのだから運が悪い、のか。残りの二人はもう、死んだようだし。
「これが最後よ、このわけのわからない霧、あんたの仕業だってわかってる。解きなさい」
僕は右手をアサミィの柄にかけ、抜き放つ。
僕の答えがわかったのか、息を呑む小さな声が聞こえた。
良かった、この短剣を持ってきていて。こいつをやるのにこれ以上無い武器だ。
僕が知った彼の死。
この三人についていたハイランドオーク。逃げるこのクズどもに巴の分体と、アルケーと一緒に一番近い距離にいた彼。
二人に異変を告げられて、下がるように言われ、それでも三人を捕らえようとした彼。愚かだ。下がるべきだった。威力を軽減しようと前に出た巴の分体は張った障壁ごと消滅し、次に控えたアルケーは満身創痍で死の淵を彷徨ったんだ。一介のハイランドオークでは、いくらなんでも耐えられるわけがないのに。
責任感に支配されず、大人しく下がれば助かったかもしれないのに。
でも、彼の行為を、その死の後に責めることは、したくない。少なくとも、彼なりにミスを取り戻そうと必死になってくれたのは事実なんだ。それで、死んでしまったのも事実なんだから。
だから、間違っているかもしれないけど、僕は後で彼の行いを立派だったと言う。君達に貰った短剣で、彼の仇を討ったと、エマ達ハイランドオークに言う。せめて幾分かでも救いになるように。
冷たく、落ち着いた考えで僕は向後を考えていた。
「これは君らの悪足掻きで死んだ、オークに伝わる短剣なんだ」
彼女は僕が文字で会話しないことにもう何も言わず。
近づいていく僕に罵声を浴びせながらも、その長剣の切っ先を僕に向けていた。
口から出る喚きとは別に剣は僕が迫ってくるのを待っている様にも見えた。いや、もしかしたら大声を出すことで周囲に気付いてもらう心算もあるのかもしれない。ここがツィーゲなら、彼女の運ならそれも叶いそうに思える。
彼女は負傷した身体が自分から突進できる状態じゃないことは知っている。大怪我してるんだもんな。当然、背を向けて逃げようとすればどうなるかも、分かっている。
徐々に無くなっていく僕らの間の距離。
当然だけど最初に攻撃に出ることが出来るのは彼女の方。長剣と短剣では武器の有効範囲が違う。
溜めに溜めたバネを開放する時が来たのを、彼女の目が教えてくれる。僕らの距離はもう霧の中で表情を視認出来る位に近い。
狙いは、喉みたいだ。突きか。
彼女の精一杯の切っ先が僕の、顔一つ前で甲高い音に弾かれる。界の障壁。剣同士が弾き合ったような音。彼女の身も剣を弾かれた勢いに流され、両腕が上に上がる。
特に躊躇も感じることもなかった。
僕は一歩踏み込んで、手にしたアサミィで剣持つ彼女の両手を、撥ねた。逆袈裟に撥ね上げた短剣が深い青、藍に近い色合いを纏って彼女から長剣と両の手を同時に奪った。
手応えなんて無い。黒蜘蛛の肢だって、さした抵抗も感じなかったんだ。こんな女の細腕、障害になる筈も無い。
返り血が僕に僅かに付着する。煩わしい。未だ悲鳴も上げず驚愕に顔を染め始めたばかりの彼女の腹部を蹴り飛ばし、彼女と僕の間に再び距離が開く。
吹っ飛んで霧に溶け、再びシルエットになった彼女が上げる悲鳴、絶叫。だから、なんなのだろう。
ああ、本当に耳障りな。
お前も殺したじゃないか。あんな下らない、ヒューマンが至上だという歪んだ価値観のまま。巴の分体も、オークも僕にとってはお前と同じ、いやお前より重い命だったよ。
悶え、のたうつ影に急ぐでも無く僕は歩いていく。いずれ訪れるであろう人の命を奪う自分を思い描いた想像のまま。いやそれ以上に。僕は自分勝手で、傲慢なのかもしれない。
自分に関係なければ、かはわからない。嫌悪する存在なら、なのかもしれないけど。
こうして、自分と同じ形をした存在を殺めるのに、何の呵責も感じられなかった。ただ怒りと殺意。そうするべきだという衝動に駆られて。
「……ひっ!」
僕の接近に気付いたか。転げまわって芋虫のように地に伏す彼女の口から恐怖が漏れた。
そのまま吹き出す血と痛みにのたうっていても良かったのに。結果が変わることなど絶対にないんだから。
「じゃあ、さよなら」
「たす、助けてぇぇぇぇぇぇ!!!何でも、何で」
つまらない命乞いの言葉を最後まで聞く必要も無い。
彼女が僕のそこを狙ったように、僕も彼女の首に短剣を突き立てる。しばらくの痙攣と両手首と首と口から流れる血。
最後まで、僕らは”会話”することもなかった。
膝を突く。
殺人を犯した自分にか、それとも三人の暴走を止められなかったと死に急いだオークを思ってか。
僕は、泣いた。
とうとう、人殺しちゃったよ。大丈夫かな。
あと二話くらいで一章終了予定。
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