「まずは立ったら?もうある程度は回復してるんでしょ?」
魔力は休むと回復するからな。僕はただ闇にリッチの魔力を食わせただけ。回復の阻害とかはしてない。
全快から見てどれだけの回復状況にあるかは本人しかわからないだろうけど、少なくとも立てるか話せるかというレベルでなら外から見ててもわかる。
「……ふむ、我は、どうなる?」
大人しく従って立ち上がる骸骨。しかし武器であろう杖は出していない。法衣と同じく魔力で構成してるんだろうか。
「幾つか聞きたいことや教えて欲しいことがあるんだ。それだけ」
「その後は用済み、というわけか」
「え?まさか。用は無いけどそっちが思ってるみたいにはしないよ。お帰り頂くだけ」
僕の言葉にリッチは相当に動揺した顔をする。……顔っても髑髏だ。目の光り具合とか閉じられた口が開いてるとこで判断してるだけ。
「お前達の本拠地に連れてきた我を解放するつもりか!?」
「そ。身の安全は保証されたことだし、話に入ろうか」
横目に机とテーブルを見てリッチを促す。
僕が腰を下ろし、彼に着席を勧める。巴と澪は立って僕の両脇に控えている。
「まず自己紹介からですかね。僕は深澄真。こちらの呼び方に合わせるならマコト=ミスミ。で、こちらの蒼い髪の方が巴、黒い方は澪。二人は僕の連れだね。お供、でも良いけど」
苦笑混じりながら説明する。
「こちらの呼び方に合わせるなら、とは?」
「それは後々。そちらの番です」
彼の発言を手で促す。
「見ての通りリッチだ」
簡潔に己の種族を明かすアンデッド。いや、それはもう知ってるし。
「ではなく。貴方自身の名を教えてもらいたいんだけど」
「名など無い。我はリッチ、それだけだ。人であった頃の記憶はもう覚えておらぬし、記憶にあったとしても、その名はもう我が名乗るものでもない」
リッチになるっていうのはそういうことなのか?知り合いにいないから全くわからない。身内がリッチになりました~ってのはあんまり良い事ではないだろうし、こいつもファミリーネームを名乗りたくないとかかな?
「なるほど、じゃリッチさんでいいですね。失礼ですが男性ですか?女性ですか?僕、骨から性別の判別できないんですよ」
「いや、リッチで良い。さん付けは不要だ。君は勝者なのだから我に遠慮は要らない。それから我は男だよ、気付かなかったのかね」
「ええ、どちらか気になってて。そっか。ではリッチ、早速なんだけど」
「マコト殿といったか。我に発言の権利はないと思うが一つ、良いだろうか?」
「……どうぞ」
自分は虜囚であると自覚しているけど、ってことか。何を言い出すんだろうね。
「答えられる内容であれば、で構わない。そちらの質問に応える毎に我にも一つ質問をさせてもらえまいか」
言えることならと前置きしてくれているなら断ることもないか。
「いいよ」
「感謝する」
「ではまず一つ目。どうして森鬼の村にいたんです?」
「我の研究の為。人の変質によりグラントに至る可能性を見出した我は森鬼の失われた能力を掘り起こし、その研究をする為に彼らの個体の一つに潜んだ」
人を変質させる森鬼の能力。じゃああの変態師匠の能力はこいつが呼び起こしたのか。
巴が目を細めて小さく、ほぅと感嘆するのが聞こえた。
「グラントとは?」
「我の質問の番だが、良い。答えよう。我は許可を貰い質問を許された身だからな。グラントとはヒューマンの上位種のこと。全てに於いてヒューマンを凌駕する存在とされている。我はグラントに至る道を求めている」
なるほど。よくわからないけど、この世界にはヒューマンの他にグラントという似た存在もいる、のか?でもそういう関係って完全な支配関係か、さもないとかなり酷い戦争状態になりそうだけど。
この世界で魔族と争うヒューマンのことは聞くけど、ヒューマンとグラントの争いは聞かないな。
「グラントになりたい訳も興味はありますけど、先に貴方の聞きたいことをどうぞ?」
彼の態度に影響されてか、自然と丁寧な言葉で彼との会話を続ける。
「では我も二つ聞こう。君の名はライドウでは無かったのか?そして君はニンゲンだというが、ニンゲンとはヒューマンの古代種とされている種族だ。どうして君が自身をそうであると言える?」
あ~人間ってのは言葉のアヤなんだよな。厳密に言うと僕ってヒューマンのような気もするし。でも女神から人間って言われるくらいの肉体強度はあるんだよな。待てよ?女神は僕の両親の事知ってるはずなのに、どうして僕を人間だなんて……。
リッチの探るような瞳の明滅に気付き、僕は思考に沈んだ頭を現実に戻す。
「ライドウは僕の冒険者ギルドでの登録名、そして通称というか通り名のようなものだよ。まあ、偽名と取ってもらっても良い。さっき名乗ったマコト=ミスミが僕の本名だよ。人間って呼び方については、女神からそう告げられた、としか言えないね。僕も自分の詳細は知らないんだ」
「女神に告げられた!?そんなことが有り得るのか?」
「事実僕はそうだったとしか。証拠になるかどうかはともかく、僕は共通語というのを話せない。祝福を与えられていないかららしいんだけど。代わりに女神から人外の言葉を理解する力をもたされた。君と違和感なく話せているのもその為だ」
「そういえば、余りに自然に話しているから気づけなかった……。証拠はともかく、解答は頂いた。まだ質問があれば続けて欲しい」
うん、今のところ好意的に答えてくれるつもりのようだ。まだ向こうも聞きたいことがあるというだけかもしれないが。
グラントを希求する訳を聞こうか。
いやそれよりも、あのことだ。
「僕との戦闘に入る前、リッチは森鬼を一人殺めたね。確か長老の一人の息子だと聞いていた彼。リッチが倒れたそいつに、あの女がどうのって話していたのを覚えている。これはどういうことか聞いても?」
そう、あの戦闘で出た唯一の犠牲者。それは僕と澪を訪ねてきた血色の悪い人だった。
アクエリアスコンビも何やら気にかけていた人物だ。名前はなんだっけ?ワンダ?いやアドノウだ。
「奴か。あの状況での一言まで覚えているとは、つくづく我はマコト殿に侮られていたようだな。赤子の手を捻るようにあしらわれておいて悔しいでもないが。奴はスパイだよ」
「スパイ?」
僕は思わず聞き返した。
森鬼の村にスパイを紛れ込ませるなんて、一体誰が何の為に?
「そうスパイ、いや工作員と言うほうが妥当かもしれぬ。奴は森鬼の中で外交分野、他種族とのやり取りを行っていたのだ。だがいつからかある勢力に共感し、買収され森鬼の進む方向を彼らの望むように変えようとしていた」
外の種族と交渉したりする役職にいれば確かに出会いの機会が増えるだろうけど。森鬼の存在を知って、さらに戦闘力に目をつけた奴がいたってことか。
アドノウ君の様子がどうのというのは彼らの尖兵になっていたから。ABの疑惑は的を射ていたんだな。
「……あの女、というのが属しているのがリッチの言うある勢力、ですか」
「そうだ。これは一纏めの答えであろうな。あの女とは魔族の将。勢力とは言わずもがな魔王軍だ」
わお。大陸北部に本拠がある筈の魔族の触手が世界の果てにまでその手を伸ばしてるって結構やばい情報なんじゃないか?
あ、でも蜃の社の門前にいたのも魔族か。あれもひょっとしたらベースで武者修行してる連中じゃなくて魔王軍の人だったのかもなあ。
「……気に食わない女だ。何でも荒野の奥に放った工作員が五人、全て連絡を絶ったようでな。戦力の確保を急いでおるようだ。戦争も、近いようだからな」
五人?もしかして、もしかするのか?ミディアムレアで生きていたあの人とウェルダンな四人か?
「いいんですか?そんなに答えてもらって」
「我は魔族に属するものでは無いのでな。構わんよ。ちょっとした意趣返しだ。言ったろう?気に食わない性格をしておるのよ、あの女は」
「ありがとうございます。ではそちらもどうぞ?」
「いや、我は二つ同時に聞きたいことがある。先に問うて欲しい」
意外と律儀な奴だねー。生前はかったい学者さんとかだろうか。
「うーん、といっても僕から貴方に後聞きたいことと言えばグラントを求める理由くらいですよ?あとはお願いが一つあるだけで」
答える気無さそうなんだが。
「む、それは……答えかねる。すまない。ではお願い、とは?」
ほらね。ま、これは僕の個人的な興味というか野次馬的なものですから。それにしても、いつ殺されてもおかしくないような状況でも答えかねる、とか言うんだな。
「貴方は魔法に造詣が深いとお見受けします。対価はお支払いするのでそのお持ちの魔法書を何冊か譲って欲しいんですよ」
そういうことだ。
いい加減エマさんからもらった詠唱と術のリストで勉強するのも限界を感じてるんだよね。出来れば他の知識にも触れてみたい。
リッチの使っていた言語は聞いたことないものだったし、きっと沢山本を持ってると思うんだ。基本的な物でもいいから何冊か欲しい。
「……。それは嫌味かね?」
「え?」
「マコト殿はアレだけ異常な効率で魔法を組上げた。我が編んだ詠唱より遥かに効率が良く短い言葉で。それを使いこなしておいて我の術や知識の何を知りたいというのだ」
うお。結構不機嫌になった。少し赤い光の瞳が揺らぎの少ない、何と言うか目が据わっている感じになっております。
いやいやいや。そんな気は全く無いよ?新しい教科書欲しいだけなんよ?
巴が何が堪え切れなかったのか、ぶふっとか噴き出してるし。何笑ってるか!
澪までも何がおかしいのか肩を震わせている。
「い、いえ。純粋に学びたいだけです。僕の魔法の教科書は紙一枚なんで」
「……は?」
「ですから。僕の魔法の教科書に当たるのは紙一枚しか無いんで!新しく書物が欲しいだけなんですけど」
「……では何かね。その紙に私に放ったあの術の詠唱が書かれていたのかね。禁術書の紙片を持っているとでも?」
「いや、さらさらーっと書いてもらった物なんで、そこまで大層な物では。よければ同じものあげますよ。そうだ、書と交換で如何です?」
エマさんにもう一枚書いてもらうだけだし超お得じゃん?
「別に其方が良いならその交渉は受けよう。明らかに私が得になってしまうと思うがね」
おおお成立した。
「では我から聞きたい質問だ。一つはマコト殿が半ばまで答えてくれたが改めて聞きたい。我を破ったあの術はなんだ?一体、我は何をされて魔力を食われた?」
ああ、頭の良い人にはわからんのですよ、のアレか。
「あれは闇の特性そのままの術です。対象を初めは術の人魂に、次にリッチ、貴方を指定しただけですよ」
「???言っている意味がわからないが」
「闇属性の特徴は先ほど貴方も自分で言ってたじゃないですか」
「吸収、違う。我が言った?魔力を食う、あのことか?」
「ええ、そうです。それが答え」
「だが発動した術を魔力をもって消滅させるのは無意味だろう。過程で術者は同程度の術をぶつけて四散させるほうが遥かにマシな魔力を消耗することになる。それに存在が本来纏う魔力など、闇だけで削ろうとすれば更に効率は落ちるはずだ」
「そうですね」
「少なく見積もっても十倍から十五倍。ただの無駄にしかならないぞ?」
「ええ、無駄でした」
「……マコト殿は馬鹿か?」
「中々毒舌ですね。でも実際貴方はそれで負けたんですよ」
「好き放題、湯水のように魔力を消費させて術と我の構成魔力まで食い尽くそうとした、と」
「はい、正解です」
奇妙な沈黙が流れる。この交渉始まって以来の変な空気だ。
だけど、全部本当だしなあ。
「ふ、ふふふふ。はははは、あははははは!」
何か笑い出したぞ?カラカラ鳴ってるけど突っ込めない雰囲気の壊れた笑い声だな。
なんだ?常識が崩壊したか?骨だけで生きてる時点でそんなもの無いと思うんだ僕。
あ、止んだ。
「ふざけるなあああああああ!!お前は自分を精霊の化身だとでも言うつも……っ!!!」
「黙れシャレコウベ。若に向かってお前とは何事か」
「たかだか精霊風情と若様を比肩するなんて総身を獣の餌にばらまきましょうか?」
リッチが怒声と一緒に立ち上がったかと思うと、次の瞬間には動きを凍りつかせていた。
そこが急所かはともかく、巴が抜き放った刀の刀身をリッチの首に添えていた。
澪は彼の背後から頚椎から脊椎に沿って、閉じたままの扇を首から腰にかけてゆっくりと這わせた。
早業だな、連携も抜群じゃないか。いつの間に練習してたんだか。
かなり目つきが怖かったりするけどキレてはいまい。一応、寸止めしてるしな寸止め。
……こいつらも色々溜まってるのかなあ。うぅ、背筋に寒気が。
ともあれ、この状況のままというわけにもいかない。
僕は二人に離れるよう促す。
「いや、連れが失礼しました」
謝罪に次いで立ち上がったリッチにもう一度の着席を求めようとしたがその前に彼は、すとんっ、と腰を落とした。椅子に座ったというより、腰が落ちた先に椅子があったと言う方が正しい。
「この…!」
澪がその様子にまたも怒りを覚えたのか動こうとする。が、流石に洒落にならないので抑止する。僕思いなのは本当に嬉しいんだけどね。
出来ればこういう無礼じゃなく敵意とか悪意とか、色んなものを冷静に警戒してくれると嬉しいよ……。
「若、よろしいですか?」
「巴か、少し大人しくしててほしいんだけど?」
「いえ、先ほどの魔術書の件に御座います」
あれか。もう話はついたじゃないか。エマさんに写しを書いてもらって彼に渡す。代わりに魔術書を何冊か分けて貰う。何か問題でもあるのか?
「なんだよ?」
多少苛々するのを抑えながら続きを聞く。今は早くリッチに落ち着いてもらいたいんだがねえ。
「何冊と言わず全部頂けばよろしいかと。こやつごと」
「……はぁ!?」
思いっきり逆効果な台詞吐くんじゃないよ!?リッチがビクついているじゃないかね巴君!
「何、喜んで差し出すことでしょうよ」
「お前、もう黙ってて……」
「いえ、若。儂は奴の知りたいことを恐らく知っております故、発言を許して頂き全権を委ねてもらえるというのなら、この巴、若のお望みを余すところ無く叶えてみせますぞ?」
「……本当に本当の意味で言ってるか?」
前科が多すぎるからなこいつは。さっきの怒りの様子は少々澪を思わせるものがあったし。
森鬼の時はずいぶんと冷たかった癖に……。巴の怒るポイントが今一わからない。
さっき、刀を抜いた時でもそうだ。
時代劇要素の関係が無くなると短気だ事。リッチの言動よりも余程僕にキツイ事をした彼らについては結構甘かったというのに。
……まさかここから海兵隊の如くせんの、もとい鍛錬でもするための甘い毒ってことは無い筈だし。
全般的には暑苦しくなっても何とか耐えられそうだけど、あの変態はあれ以上に進化したら死ねる。ABについては地味に見てみたいな。特に電波の方は。
どうしても彼らを引き入れたい理由でもあるんだろうか?忍者が欲しいってだけで欲に忠実なのかと思ったけど、まだ何か考えているのかね。何せ相手は従者とはいえ竜。生きている年月の桁が違う。
その思考の全部を理解して従わせるのは僕にはまだ荷が勝つ。趣味方面に関してだけは面白いようにわかるけどさ。
「勿論で御座います。儂は若の従者。黄門様は裏切りに倒れることは無く、千石は殿様を殺しませぬ。大岡は将軍に最後まで尽くすものです。どうか」
頭を下げてみせる巴。
……そこまで言うなら。
僕は頷いて彼女に続きを任せることにした。僕の知らないことを巴が彼に話すのかもしれない。そんな期待を抱いて。
後編は明日投稿します。最後の巴の台詞は伏字を使ったほうがいいのかな。
とりあえずはそのままで投稿します。
また感想にて誤字の指摘を頂きながらすぐに対応できずすみませんでした。
5/10現在で、指摘を頂いた箇所については全部直しました。
ご意見ご感想お待ちしています。
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