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一章 ツィーゲ立志編
樹刑
僕は『樹刑』という森鬼の極刑に処せられる所だったみたいです。

平謝りの森鬼連中が僕に明かしたのは、今夜行われる予定だった処刑のこと。

幻想的な舞踏と歌(いや本当に一見の価値ありだった)、それに酒で前後不覚になった相手を捕縛し、刑を執行してきたのだとか。負けて尚相手を執拗に仕留めようとするとは恐ろしい。

……やばいな、全然気付いて無かったよ自分。

極刑と言えば死刑とか死ぬまで無期懲役なんかを想像しちゃうけど、彼らの極刑はソレではないようだった。

「ほう!あの刑がいつの間にか蘇っておるとは。お主らも中々どうして、やるものだの」

巴は知っていたけど意外な、という様子で樹刑という聞き慣れない刑罰の名に驚いていた。最早失われた刑だと思っていたのだと後に教えてくれた。

僕はさっぱりと諦めてしまっていたんだけど、ヒューマンさんも全員が全員さくさく殺されてしまったのではないらしく中には戦闘を切り抜けて(辛勝して)この村にまで辿り着いた実力者もいたようだ。

ああ、もう駄目だったんだな。そんな風に勝手に見切りをつけて、大して自らの手で調査もせず澪に任せきりにしてしまった自分が情けない。

例えるなら、SLGやRPGにおいて初見だというのに偵察さえ行わずに俺TUEEとか言って突っ込んでやられてしまうような。ゲームはリセットできるから「ちっくしょー!」で済むけど。

何名かのヒューマンが牢にいたとか。

本当に失策だった。

翌朝、刑場へと案内された僕は非情で恐ろしい森鬼の刑を知った。

あいつら、僕の使った魔力食い散らかしの闇をよくもおぞましいだとか言えたもんですよ。

ついでに、ヒューマンが命名したわけでは無いと思うけど、彼らの『森鬼』なんていう名前に妙に納得してしまった。

ここに来るまでの僕の考えでは。

彼らの生き方は、林業を営む森の守り手、といった印象を受けるものだった。きこりにして狩人、ついでに鳶職も混ざるかな。正直、精霊や植物の声が聞こえてたのを放棄したっていう過去の経緯がわからないくらい。

僕には森と生きるエルフのイメージそのものな生活に見えたから。

甘かった。

林業という言葉は正に彼らを示すものと言えた。何せ彼らは樹木を始めとする植物、その全体ともいえる森林を”管理する対象”として考えていた。信仰や親交の対象じゃない。

声が聞こえる、意思が通じる、話が出来る。

どれも、むしろ彼らには悪影響だ。

食肉用の経済動物や、農場で栽培される野菜と意志を交わしたり話ができること。それが従事する人に有益かっていうと……。

少なくとも僕には無理だ。耐えられない。

さらにこの、樹刑だ。とてもじゃないが僕には森守とかエルフのイメージは湧かないよ。

眼前に広がる大量の樹木から成る林。

森、と言わないのには理由がある。それぞれの生えている場所は一定以上の間隔があり、教科書やテレビで見た植林された人工林を想起させたから。

さらに全てがある程度以上生育している。途中で痩せた樹も無ければ折れた樹も無い。

そして木々の下。植えられた場所もおかしい。

普通なら他の草や枯葉、木々が育ち広がっていく過程で土壌に存在していくであろう様々な証拠が無い。

僕が歩いてきた荒野そのままの大地だ。

「これが、樹刑ですか」

思わず言葉が丁寧なものになる。

「これが、全部……」

僕の衝撃に対して巴や澪はそれ程ショックを覚えていないようだった。巴は既知のようだったからともかく、澪もこうであるとは。基本的な感覚はやはり異世界人の僕と同じ基準には無い、か。当然か。

樹刑。

それは森鬼の実益にもなる彼らの極刑。

一定以上の魔力ある種族に対して使用が出来る、彼らの状態異常系ユニークスキルを用いた。

”存在を樹木に変える”刑罰だった。

変えられた存在は、年月をかけて徐々に意識を失い、終いには己の記憶をも失う。変化してしばらく(数年から十数年)は元の感覚が魂に残っているために枝葉を折られたり表皮や内部に傷がつけば痛みも覚えるらしい。悪夢だ。

スキルはほぼ一瞬で発動し、状態異常が成功すれば数秒で存在を樹に変える。なんですかこいつらは。

「はい、森に無法を働いた者や不当な侵入者たちです」

長老さんの一人が何事も無く教えてくれる。

「我らから長らく失われた術でしたが。今代であの者が」

指し示す先には僕と戦闘を繰り広げたABに肩を借りてふらつきながらもついてきた脳筋森鬼。

「先祖がえりであるのか、この術に目覚めましたので樹刑が復活したのです」

「そうであったか。血が濃かったのか、素養が並外れていたのか。まさか自力でこのレベルに達する個体がいようとは驚きじゃな」

巴は得心して何度も頷きを繰り返す。

「結界の弱体化に伴い、管理地域のみかこの村にまで他種の侵入が起こり始めており、あの者に戦闘指揮を任せ対応しておりました」

戦闘のリーダーか。

確かにあの手の人物は、何と言うか。

一人王の傍に控えているだけで護衛は十分とさえ思わせる様な、理不尽な戦力への信頼を感じる。脳筋で暑苦しくて無駄に直感に優れたタイプ。しかも、意外と物事も考えていたりする脳みそ複数搭載型のチート型もいるからな。できればこっちじゃないことを祈るよ。

今回も明らかに駄目な状況にあっても、普通なら死んでいただろう二人の中に入っていても、ちゃっかり助かってるし。

あの不思議でまともに相手をするとすごーく疲れそうなABは彼の副官的な立場なんだろうか。肩を貸して心配そうな表情で傍にいる辺り、慕われてはいるようだけど。

「結界については考えがある。安心せい」

「蜃様、真にありがとうございます。これで外敵を恐れずに再び穏やかな生活ができます」

あまり長くいたい所じゃない。彼らの村でするべき事も既に殆どが終わっているんだ。

巴に目で合図すると彼女はその意志を汲んでくれたようだ。どうも、気分が暗くなっていけない。

「では戻るとするかの。それとな森鬼ども。儂は巴じゃ。何度も言わせるでない」

「は、はい巴様」

怒気を孕んだ巴の言葉。

僕は背筋の悪寒をどうにか振り払う。刑場、なんてこれまで生きてきて初めて来るからかな。ひどく、気持ちが悪い。

最後にもう一度。

元は何であったのかわからない各々の樹木を見る。ヒューマンか亜人か、それとも魔獣なのか。

僕が界を使っても、澪が解毒や解呪を試みても、あれらは元に戻らなかった。一度発動してしまえば僕でも手に負えない。そんなものも、当然のように世界にはあるんだと、心に刻んだ。

このままにしておくつもりはない。

相応の罪を犯したものだから、この刑を受けた。そんな者だけにこの力が向けられる内はともかく、暴走して単なる戦闘に使われるようになる可能性だってあるんだ。

出来るのかはともかく、回復の方法を模索してみよう。幸い僕には優秀な蜘蛛と、その眷属がついていてくれるから。












~脳筋?~

オレの体にリッチなんて気持ちの悪いヤツが巣食っていたとはまったく気付かなかった。

最近の疲労や徐々に強くなる奇妙な感覚は、樹刑の能力に目覚めたことへの反動じゃなかったようだ。

いや、もしかしたら力への目覚めの前からヤツはいたのかもしれない。それは、誰にもわからんことだが。

リッチは、蜃とかいう結界を張ってくれた竜が始末した。靄みたいな濃い霧がそいつの体を包み、跡形も無く消した。

瘴気の欠片さえ残らない高位の力の行使。なるほど、上位竜種という存在がどんなものか、よくわかった。

体こそ言うことを聞かないが何とか翌日の刑場への外出には俺もついていった。

アクアとエリスに肩を借りるなんて情けねえ限りだが、生命力そのものの枯渇がどうのとか、結構危ない状況だったみたいだし文句は言えねえ。生きてるだけでめっけもんだ。

俺は軽口を叩きながらも連中、黒い女と仮面の男、それに竜の女を観察していた。

いや、はっきり言うなら仮面の男を見ていた。

良くわからない術でリッチを倒したらしい奴。竜の女はニルギ爺に餓鬼の頃から延々と聞かされていた上位竜種。黒い女も、よくわからんがヒューマンじゃねえ気がする。

だがあいつは、あの子供はヒューマンだ。なのにどうして二人の異形を従えているのか。また奴らが従っているのか。

わからねえ。

オレはここの所、外から戻って以来不穏なあいつを警戒していた。

どうにも動きのおかしい長老の息子だ。

体調不良もあって、管理地域や森の護衛は他の皆に任せていたからオレは村にいることが多かったしな。

村を探っているようなおかしな動きを見せるあいつは、オレが抱いたモンが杞憂じゃねえって確信させた。

時折どこかと連絡を取っている様子だが、その相手が掴みきれん。

そんな日だった。

アクアとエリスが五体無事に侵入者と帰ってきやがった。

つまりあの二人が手加減された上で敗北したってことだ。最近ヒューマンに負けて村に誘い込むパターンがちらほらとありやがる。アクアとエリスは初めてだが、こりゃ全員強制超特訓コースだな。

となるとこの後は侵入者は宴で潰されて牢屋にぶち込まれてってなるんだろうが、アドノウが動いた。

もしかするとこの連中があいつの連絡相手か?

そう思ったが、どうやら違ったようで、幾つか質問だけしてどっかにいっちまいやがった。ハズレか。

部屋にはオレの弟子と連中だけ。

弟子達はこいつらをオレの所に連れてくるつもりらしい。

ここまで近づいているのに気配に気付けねえとは後で折檻確定だ。

なるほど。

つまりこいつらは、そのくらい危険なのか。

宴がどうとか全部吹っ飛ばしてオレの所に連れて来たい位。

なら予定変更だ。

先にこいつらやっちまおう。結果は同じなんだしな。

「よー!お前らが客人か!?」

手っ取り早く壁壊して挨拶した。

黒い女は弟子を警戒しながらこちらも意識している。やる、こいつは強い。

仮面の方も音の瞬間にはこちらを警戒している。ふむ…。

だが無駄なんだ。オレにはな。

弟子達を苛めてくれたようだし、早々に終わらせてもらうぜ。

「アクアとエリスを子供扱いなんだって?大したもんじゃねえか、おい、そこの兄ちゃん握手だ!握手しようぜ!」

『師匠!』

ニカッと笑って仮面の方に手を伸ばす。弟子達はオレの意図に気付いたらしく微かに緊張するのがわかった。

そしてオレは確かに仮面の男と強引に握手した。

仕舞いだ。

樹刑発動。

数秒でこいつは木、に。

ならなかった。

何度か握りこんでみる。悪寒は伝わってくるが反応が薄い。

「は、離してもらえます?」

手から力が抜けるのがわかった。もう少しか?だが初めてのケースだな。どうなっている?

中々面白い。良いな。こういう場合もあるのか。

瞬間。

手首に衝撃が走った。

痛みだ、と気付いたときには目の前に何かがある!

顔全体に強烈な衝撃を感じて吹っ飛びながら涙目で鼻っ面を抑えたオレが見たのは黒い女が扇を振り切った姿勢。

殴られた!まったく、反応できなかった!

背に何度か強い衝撃を感じながらオレは勢いのままに転げて、止まった場所で大の字になった。

凄え。あの女凄え!

まさかあの姿なりでこんな速度の打撃が打てるなんざ何者だ?

遠くから聞こえてくる弟子達の声を聞きながら。オレはタバコを懐から出した。

それがオレの、昨日の最後の記憶だ。

その間にも色々と行動はしていたみたいなんだが、肝心のオレの記憶が無い。推測の域を出ないがリッチに体を好きに使われていたんだろう。

オレの意識が目覚めたのは翌日の朝。

全身が信じられんくらい重く、だるかった。

リッチという存在がオレの口から黒い煙のように出てきてどうとか。

そのリッチを撃退したのが、この仮面の男。何がどうなって決着したのかは要領を得ないが、本当のトドメ自体はあの青い髪の、蜃がやったらしい。

ライドウ。ツィーゲの新人商人、ねえ?

絶対嘘だな!

連中とオレ達森鬼の話し合いは刑場から戻った後も続いている。

もっとも、会談のその場にいるのは長老と奴らだけ。

俺達は結果を聞くことしかできない。

この際、オレがライドウに樹刑を仕掛けたことは内緒にしとこう。話が無駄にこじれそうだ。

しっかし、何でかからなかったんだ?これまでにこんなことは一度も無かったんだが、な。

「師匠、お伺いしたいのですが」

アクアが会合の終わりを待つ微妙な緊張感の中オレに話しかけてきた。

「ん?」

「あのライドウという男のことで……」

「ああ、っと悪ぃ。後な」

質問に答えてやりたかったが。どうやら会合は終了のようだ。

俺たちの今後の処遇はどうなるか。最悪はあいつらの奴隷扱い、最高で家来ってとこか?

黒い女に竜の女を脇に置いた商人との会談だ。どんな無理難題を押し付けられても不思議は無い。

まあいざとなりゃあオレが出るか。樹刑が効かんくても、戦えんわけじゃない。

何とかあのライドウとかってのとタイマンになりゃ、オレにも分があるだろ。

それも、拳と拳の殴り合いに持ち込めば、さ。

魔術師なんてのはどいつもこいつも、近づいて一撃入れればお終いなんだ。

話術でライドウとの一騎打ちの状況を作るのが骨だが……そこは何とかやるしかないわな。

森鬼で最強の戦闘力を持っているのは、間違いなくオレ。

ライドウども。

オレたちが諾々と脅しなんぞに屈すると思うなよ?
あずです。
徐々にクールダウンしてもだえ始める真君です。
性欲、溜まれば短気になったり注意力散漫になったりするケースもあると思いまして拙作ではこの方面に発現、反省させた後に沈静化させる予定です。
ハーレムに向けて順調に、と思っていた方が見えましたらごめんなさい、です。

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