~side 巴~
我が主が着座していた。
気配は希薄。死の一歩手前だ。
だが、主の様子に死の匂いが無い。何という矛盾か。
宴を中座したであろう主の気配が突如薄れたのを察知して澪とこうして居場所を突き止めたものの。
これは何だというのだろう。
澪の奴はすぐにでも飛び出して安否を確認しようとするが、儂はそれを止めた。
若の様子だ。まるで日々の習慣を行っているかのように見えたのだ。
様子を見ようと澪を言い含める。若に自殺の兆候は無かった。それどころか仮面を外すだの商会の店舗だ所属だと、むしろ充実しておられるようだ。
澪の見つけてきた花の件でも大層にお喜びだった。
そんな儂らの目の前でそのトンデモ儀式は行われた。
見ていて飽きぬ方だとは常日頃から思っていたが今回という今回はそれ所ではなかった。
調査しても進展させられなかった問題の1つ、亜空の拡大がまさに若の意識が再び若に戻っていく瞬間に起こったのだ!
同時に若は存在を明らかな物としてそこに立ち、番えた矢は遠く離れた的に吸い込まれていった。一連の所作は見惚れるほどの美しさだった。まるで呼吸するように、儂の目は若から矢へ、そして遠方の的へと視線を動かしていた。
当たらぬ、などとは露ほどにも考えなかった。若が静から動へと転じた時、儂までもがその結果を確信していた。
そして的から若を見遣った時、儂は口があんぐりと大きく開かれるのを感じた。
これまでも十分に巨大だった若の魔力が一気に跳ね上がっていた。
魔力の最大値など、早々上がるものではない。一生をかけたとて自力のみで生来の値を倍する程に鍛えたのなら、その者は明らかに大魔導と呼ぶに相応しい存在だと思う。
契約を利用した裏技はあるものの、あれはデメリットも相当大きいからの。様々な意味で外法、禁術と呼ぶべき手段じゃ。
その魔力の最大量が一瞬で、倍増した。
また気配が薄らぐ。澪の顔が悲壮になる。儂とても不安じゃ。
そして亜空に歪みが走り、そして魔力が倍増した。
死と再生をこの短時間に繰り返しているとでもいうのか!?亜空も何度か矢を放つ度に拡大していく。
亜空世界とは、つまり若の最大魔力に応じて広さが変わるというのか?
では、儂が作る亜空とこの亜空世界は別物?これは、契約によって若が無意識に作り上げた世界!?
世界の創造など、この世界に存在する何者にもできぬ業だぞ?
儂のような空間に特殊な干渉をかけられる存在を近しい位置に置いたとて生半可なことでは……無い。
そう、何者にも、だ。かの女神ですら出来ぬ。
女神はこの地に”降り立ち”先住たる幾つかの存在と話をし、この場に人の住める世界を作り上げた。自らとこの地の間に契約を交わし、その上で多様な生物を生んだ。
かくいう儂や他の上位竜種もその先住の一人、ちなみに澪も先住と言う意味ではそうじゃの。奴の場合は漂流者であり、偶然にこの地に居ただけであったが。
そう、女神とて無から有を創り上げてはおらん。アレが最高位の神族では無いことはわかるが、世界に降りて管理を行うのだ。それなりの格ではあろう。
では我が主は一体……。かの女神よりいくつかランクの違う行為を無意識で行ったというのか?
独力で?それとも、主がこちらにくる時に力を与えたという神の力が関わっているのだろうか。記憶から確かめたことがあるが大したことの無さそうな翁に見えたあの神。
如何なる世界から来ようと元は人族。独力だろうと助力があろうと可能とは思えぬが。
待てよ、もし世界についての推論が真実だった場合。頼まれていた問題の調査がもう一つ終わるかもしれん。
亜空の気候の不規則さ。解決方法も一つ、浮かぶ。
いずれにせよ。
何と興味深いことか。創造神クラスの魔力にさえ、あと数回弓道をなされば届くヒト。なんと馬鹿げた。しかも高位の神に近づこうとするその弓道とは試練ではなく習慣なのだ。
尽きぬ。まこと興味の尽きぬ方だ。本当にこの方はたかだか百年くらいで死ぬのだろうか。信じられない。
これならばいっそ女神とコトを構えるのも吝かではないな。むしろ、有力な存在を幾人か従者とした後なら圧倒さえ叶うのではないか。
神超え。
若は女神を悪し様に罵るが、そこに敵意や悪意はあっても純粋な憎悪と結びつくような殺意までは見えなかった。
罵倒はしよう、喧嘩もしよう。相容れることも無いかもしれん。だが、何故かな。我が主が女神の返り血に染まり、その存在を滅びへと追いやる姿は想像できぬ。
儂がただ、憎悪に囚われ殺戮に染まるお姿を見ていないから思い浮かばぬだけかもしれぬが。普通なら殺されている扱いはされているものな。よりによって荒野に捨てるなど正気を疑う。
よって神超え。神殺しではない行為の名を儂は浮かべた。
どちらであっても禁断である言葉に至り、儂はしょんぼりと力なく笑う主を見て釣りあがる唇を押さえることができなかった。
商会の番頭でも亜空の調査役でも。この世界における便利な辞書扱いでも。
何でもしようではないか。この素晴らしく危うい、果て見えぬ主のためならば。
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