今回は他の召喚者のお話です。
こちらにおいては視点は基本第三者で書いて、特に視点を変えるときだけ~???~にしています。
この子は基本勇者っぽい勇者の立場で王道をひた走ります。
王都は活気に満ちていた。
ここリミア王国はヒューマンの勢力の北端、最終防衛線を構える大国だ。
ちなみに東の隣国であるグリトニア帝国も同様に大国であり、防衛線も共有する強固な同盟関係が築かれている。実質この二国が魔族の侵攻を食い止めているわけで、各国に対する発言力もまた非常に強い。
だがこのような状況で王国が今のように活気が湧くことは珍しい。
そう、理由があった。女神の啓示という祭りが起きよう程の出来事が。
この十年、女神はどれほどの祈りにも耳を貸さず、ただ黙していた。
魔族の未曾有の大侵攻を前に女神の祝福を得られなかったヒューマンは実に大敗を喫した。五大国と言われた大国の一つが滅び、大陸の版図が大きく塗り変わった。北端の過酷な氷原に住まうだけの魔族が今や港を持ち、豊かな大地を得て大きな国を成した。
大国を容易く呑み込んだ侵略に中小国家が敵う筈も無く。いくつもの亜人国家もなす術なく滅んだ。
かつてヒューマンの楽園のごとく存在した大陸は、魔族の繁栄の象徴になりつつある。
その現状に待ちに待った、もう見放されたかとさえ思った女神から神託があったのだ。国が祭りに見紛う騒ぎになっても幾らも不思議はなかった。
市井の噂では魔を滅ぼす為に女神が勇者を遣わされたと大分大げさなことになっていた。
だが実際神託の内容はそんな大層なものではなかった。
”勇者を与える。魔族を討て”
である。とにかく彼女の女神としての資質を疑わざるを得ない。付箋のメモ書きではないのだ。こんな解釈が自由自在な神託で派遣される方の身になって欲しい。
この神託。勇者を英雄として、救世主として扱ったのがここ、リミアである。この世界に来た三人の異世界人の中で最も良い扱いを受けたのがリミアの勇者だった。
喧騒の城下から所変わってここは神殿。魔族に滅ぼされた今は亡き宗教国エリュシオンが年中行事である祭礼儀式全般を行うための女神の神殿。
城の一部に組み込まれたその場所に金色の光が突如にして氾濫、炸裂した。散った光の跡、供物をばらばらに吹き飛ばした場に立っていたのは一人の少女。先ほどまでの光を呑み込んでしまいそうな深い黒髪、年の頃は十代半ばから後半。170センチ強の身長に整った顔、スタイル。
何より、黒髪と同色の切れ長の瞳。意志が満ちている。
神官は突然の彼女の登場に大いに困った。
不審者なのだが、金色は女神の色。その光を纏っていたことが困惑の原因だ。
そこへ鶴の一声。
ここ数十年聞こえることの無かった女神の声。
”勇者である。良き様に”
神官たちは歓声に湧いた。エリュシオンからリミアに亡命した高齢の神官には彼女の声を確かに聞いた者もいたから、聞き間違いはなかった。
女神が帰ってこられた。しかも勇者様を遣わされた!
となった。
祭壇にいた勇者、こと召喚者音無響は周囲の反応に思わず苦笑いを浮かべた。戸惑う人々にも自分の出現で吹っ飛んだのだろう供物の果物にも、彼女はそう反応する他なかった。
始めは、夜眠った自分が夢を見たのだと思った。
妙にキラキラと金色に輝く空間で金髪のとんでもない美人の女性から、事の顛末は聞いていたから事情はある程度飲み込めていた。
私の守護する世界が「邪悪な」魔族の手によって侵略を受けている。私が出来うる限りの力を授けるからどうか力を貸してほしい。この異世界の住人ならば世界を渡ることが可能で、しかも女神たる自分と波長の合う貴女しかない。
要約すると以上の様に泣きつかれたのだった。
かなり嘘が混じっている上に、侵略の原因には一切触れていなかった。邪悪という部分なんて完全に捏造だ。
今居る世界や友人の事を考えて一度は彼女も断った。
やたらと食い下がる女神に、あぁこれは夢ではないな、と彼女は考えた。とすると彼女は考える。
”本当に”ここではない世界にいけるなら。彼女の望むところでもあった。
女神は身体能力を向上させ、強力な魔力を与えてくれ、さらに人を惹きつけるカリスマの付与、神器の譲渡もしてくれるという。
彼女はこの世に飽いていた。さほどに今の生活に未練がないのだ。
生まれた家はお金持ち、そして容姿にも恵まれ、さらには勉強、運動両方に才覚があった。
努力はしたが、彼女は勝ち組で。しかも。どんな社会に入っても気がつけばトップにいるくらいの勝ち組だ。
それは家族の中での兄弟の間でも。
小学校でも。中学校でも。そして今通っている高校でも変わらない。
美人で勉強は全国レベルで上位を争い、運動では部活の剣道で全国区、他の競技でも助っ人で即戦力。満場一致で生徒会長。
優しく面倒見が良いと評判も良い。
なんでも出来たからだろう。誰かと苦労を共有した覚えがない。
ゆえに。友人は数多いが親友は一人もいなかった。少なくとも彼女からそう思える者は。
一人、面白いと思う生徒が同じ学校にいたがまだ親友とも呼べる状態になってない。いや、もうその機会もなかろう。
満たされすぎたせいで彼女は現実に、世界に大きく執着していなかった。
だから勇者と言う名に少し惹かれた。
苦難を乗り越えて目標を達する者。目標があるのは良い。
女神が食べても太らない体質を加えるまでもなく、彼女の答えは決まっていた。
おそらく切っ掛けの一つにはなっただろうが。美味しいものを何気にすることなく食べる自由も得た彼女は女神に肯定を返して今に至る。
「おお、勇者さま。どうかお名前をお許しいただけますでしょうか」
整列し、おそらく一番高位の者であろう神官が前に出る。
「響。音無響といいます」
ざわざわと。かみ締めるように波紋が広がっていく。
一方の響はほっとしていた。女神より言語については心配ないとは言われていたものの。
やはり髪の色の瞳の色も違う異国の人が目の前にいると、実際に言葉を交わすまでは不安があるものだ。
どうやら杞憂のようだ。内容も伝わっていると感じられた。
「響様。良い御名です」
「それで、ここはどこ?貴方のお名前は?」
「これは、ご無礼をお許しください。ここはリミア王国の城中。私の名は司祭ヘンリー・リュナミウス・イラ・ポートガ・エリュシオンと申します」
「な、長いお名前ね」
思わず口にしてしまった響。自分の姓だけでなく出身や父母の元の姓までも名前に含むのだろうか。
「ではハリーとお呼びください」
一言になった。
「響様は勇者としてこの地に降りられた。そういうことでよろしいのでしょうな」
名前の短縮っぷりに緩みかけた響を応対の神官が引き締めた。
そうだ、自分は戦いの為に女神に寄越されたのだと。
「……ええ、女神から魔族の駆逐を頼まれているわ」
おお、とまた感嘆の息が漏れる。
なかには、響の口調から女神と対等の関係であることに驚く声もあった。
「響様は戦女神様でございますか?」
恐々と声を掛けられた。勇者とはいえ、それが人であるか神であるかで対応もまた違うからだった。
「いえ、私はただの人間よ。女神から幾つかの加護と、道具をもらってきてるけどね」
銀帯を見せる。これは闇を退け、かつ魔力を高める作用も持つ物だと言われている。
神器だと、誰かが頭を下げた。神からもらった道具なのだからマジックアイテムより神器というのが確かに相応しい。
「人間……。我らヒューマンの祖と言われる種ですな。なるほど、良く似ている。いや瓜二つですな外見は」
「ヒューマン、ですか?見たところまるで同じにみえるけど」
「ですが中身が違います。我々の中でそれほどの魔力を秘めている存在はおりませぬから」
神官の言葉に響が眉をひそめた。いつの間にか調査されていたのだろうか。もしそうなら少し気分が悪い。
だがその表情を目ざとく読み取った彼は慌てたように手を横に振った。
「我々は何もしておりませぬ。御身からにじみ出る魔力があまりに強大でしたので」
知ったのは偶然だ。と言いたかったのだろう。
もらいものの魔力にこうも平伏されるのもなんだか悪い気がした。だが自然に漏れてしまうのは困ると彼女は感じた。
相手に自分の実力を初めからある程度推察されたのでは勝負で切れる手が減ってしまう。
魔力を隠すすべは知っておこうと、密かに決めた。本来持ってもいなかった魔力だ、少しは扱いに苦労するかもしれない。
苦労、といっているのに響の表情は笑みを浮かべていたのは彼女の性格ゆえだろう。
「まあ、それはいいです。で、私はどうすればいいの?ここに居ればいいのかしら」
許しを表情に浮かべて響は神官に話しかけた。
場内にほっと安堵する雰囲気が生まれる。自分ひとりの挙動がこうも他人を左右するのはあまりないことだった。少し、楽しいと彼女は思った。
「あ、いえ!早速で申し訳ありませんが是非王に、謁見の許可はすぐにとりますので」
「いきなりで王様に会えるものなんですか?」
「貴女様は勇者様。特別な存在ですから!」
響は口元が緩むのを感じた。
彼女はゲームをさほどするわけではなかったが。
RPGを好む人間の気持ちが少しわかった気がした。
自分は特別で。そしてこれからその特別ゆえに非凡な冒険をする。
その始まりは、心地よい高揚を伴う得難き感情だったから。
「あら、そういえば」
響は神官たちに連れられて豪奢な城を歩く中、不意に足を止めた。
城の装飾に見とれたのではない。
「いかがされましたか?」
「ええ、私のほかにもう一人、勇者がいるはずなんですけど、今何処に?」
ザワ……ザワ…
「もう、一人ですと?」
「ええ、女神はもう一人先に送ってある、と言っていたわ」
その言葉に周囲は大きくざわめく。
決して心地よい騒ぎではない雰囲気で。
「もう一人、ではまさか帝国が勇者を得たという話は本当だったのか!」
「あのような国に先に女神が勇者を遣わすはずがない!」
「なぜ二人ともをわが国にお与えにならなかったのだ?」
などなど。
どうやらもう一人の勇者はこの国と仲良くない国にいるのだなあと響は漫然と考えた。
目的が一緒ならいずれ会うのだろうと、そのときは全く気にしていなかった。
「なるほど、ここにはいないようですね。やることは同じでしょうから別に構いませんけど」
「……そうですな。頼もしい限りです」
含みを持たせた様子の神官はそれきり話すことなく。
謁見の間に彼女は通された。
「貴女が勇者殿か」
(見事に想像通りの光景なのねえ)
広い空間に赤い絨毯、正面階段の上に二つの玉座。
中年の男と若い女が座っていた。多分、王と王女。もしかしたら王と王妃。年の差は気にしないことにした。
「ええ、ヒビキ=オトナシです。こちらの礼節はまだ知りませんので無礼はお許しください。王様、でよろしいですか」
礼儀のことは先に断って王に返答を返す少女。そこに物怖じは無い。対等の誰かと話をしているように誰の目にも見えた。
臣下の誰からも無礼を咎める声は無い。
「勿論、女神様より異世界よりの召喚と聞いておるからな。構わんよ。だが、ふむ。確かに勇者よな。その身を包む魔力だけでも最早疑う余地も無い。私がこの国の王ノルニルだ。長い名ゆえオトナシ殿にはこう覚えてもらえればよい」
「ご配慮ありがとうございます。自分では魔力のことはよくわからないのですが。女神からここに送られたということは、私はこの国で魔族という存在と戦う、ということかしら」
「……うむ、そなたのような女性が勇者とは思わなかったが。我が国は魔族との戦争、今は小競り合いだがその防衛線を担っておるゆえ。いずれはな。だがまずは世界を知るのが先だろう」
(いずれ?結構余裕あるのかしらね。一切の余裕がないよりはずっとマシだけど)
それにしても。響は先程からどうにも周りの目が気になっていた。
好奇という類のものではない。崇拝というか恍惚というか。居心地はあまり良くない。
ちなみに彼女の美貌への反応、そして勇者への反応、神秘的な黒髪と同色の瞳に向けられる反応の相乗ゆえの視線だったが彼女にはそこまでの自覚はなかった。
とにかくこの場を早く切り抜けたかった彼女のとった手段はといえば。
「その申し出はとても嬉しいです。この世界のことは何一つわかりませんので順に教えて頂きたく思います。さしあたっては私の力がどれほどか知っておきたいのでどなたかに手合わせをお願いしたいのですが?」
体を動かせる場所に移動する、というものだった。
この発言で彼女に向けられる視線は一気に強まる。それも好意的な方向に。与えれたカリスマの作用だろうか。
(魔力はおいおいで構わないけど、とりあえず身体能力云々は把握しておきたいものね。刀はないでしょうけど剣道って下地を考えると剣を使うのが妥当なのかな)
自らが使う武器は何にしようか、などと考えながら音無響の勇者生活が始まった。
~騎士(?)~
勇者と名乗る少女はその一挙動が妖精が舞うかのように光り輝いて見えた。
自信に満ちた表情、凛とした立ち姿、王を相手にして対等としか思えぬ威厳。光を受けて艶やかに輝く漆黒の髪。
意思の行き届いた言葉と所作は礼法を知らずとも無礼には見えず。私は一目で彼女に心を奪われた。
王は女性であることを考慮して戦場での扱いを考えているのだろうが、おそらく彼女にそのような心配はいるまい。
戦闘技術を学んで魔力の扱いを覚えれば我らの誰よりも強くなられるに違いない。敵将を討つエースとして活躍なされる筈だ。
その彼女が最初に王に望んだことは、何と戦うことだった。我々騎士の方を見てどなたか手合わせを、とおっしゃったのだ!
女性ながらそこらの貴族や魔術師どもとは違う、質実剛健たる芯をもっている!
心を奪われた、どころかこれは…。憧れをさらに一周したこの想いは。この女性と寄り添って生きることが出来たなら人生がどれほど輝くのだろう。
欲しい。生まれて初めて女性にそう思えた。
だが驚きは留まってくれなかった。女神に選ばれた勇者という存在は凄まじいものだった。
自分なぞ相手に選ばれることも無く、騎士の中でも実力上位の数名が団長の指名の下、彼女と立ち会ったが結果は彼女の圧勝。身のこなしさえ目に追えぬ程で剣筋はさらに速い。些か素直すぎる剣かとも思うが力も強いらしく大の男が当たり前に打ち負けていた。
ついには団長が出て彼女と試合をしている。周囲にいる者は全て彼女に魅入られている。無理もない。華奢な少女が舞うように騎士を下し、今国で最も強い騎士団の長と互角に戦っている。
しかも身体から溢れる魔力は尋常ではない。あの剣の腕に魔力さえもつとは。勇者とはこのような者を言うのか。
……桁が違う。
キィィィィィィ!!
甲高い音が一つ訓練場に響いた。
見れば勇者殿の剣が半ばで折れている。これは、団長の勝ちか。
いや!?団長の剣が宙に打ち上げられている。ひどく汗を流した団長の手が少し震えていた。
勇者殿は折れた剣を汗一つかいてない表情で考え込むように見つめていた。
馬鹿な、既にここまで剣を使えるのか。あの女性は戦女神か!?
憂うような表情はまた彩りが違う美しさで、私の他にも何人もの若い騎士がその姿に見とれていた。
やがて団長の剣が訓練場の固い土床に突き刺さり、我らの長が頭をたれようとしたとき。
彼女はその動きを制するように自らの剣を捨てた。
「ありがとうございました騎士団長殿。実践剣術とは凄いものですね。感服しました。またご指導をお願いします」
そういって手を差し出した。団長はその手をとって握手を交わす。団長のプライドを折らぬように配慮したのだろう。
起こる歓声。ち、団長め、死ねばいいのに。っといけない心の声が。
勇者殿が折れた剣を拾い上げ団長に渡すと、王や神官になにやら促がされている。もう、行ってしまわれるのか。
騎士たる我らはこの場で修練となってしまったから見送る他無い。わが身も現在は騎士の身分である以上は従わねばなるまい。
不意に。
見つめている勇者殿がこちらを見た。吸い込まれるような黒い瞳に優しげな色を湛えて、そして微笑んでくれた。
ああ、もうだめだ。
私はもう、彼女と在る。そう決めた。彼女を、手に入れてみせる!
この名に誓おう。リミア王国第一王子ベルダ・ノースト・リミアの名に。
響が王子様に微笑んだのはあまりにガン見されてたので「なにこいつ、あんまりガン見しないでね」って遠まわしに遠慮を促す微笑みをしただけです。他意は欠片もないです。
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