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序章 世界の果て放浪編
竜の見せる夢
「ん? ここは……部の弓道場?」

頭の中がはっきりしない。なんで、僕はここに。

いきなり、でもないか。

道場にいるんだから部活だな。奇妙な焦燥は納得と共に散っていく。

もう夕暮れ、夜もすぐだ。つまり、もう練習は終わった後か。

自分はまだ胴着を着ている。

手には弓も持っていた。

これから射るところだったか。確かに、僕は部活の後は皆を帰して一人弓を射ることがあった。

いけないな。何射できるかくらいの少ない時間で茫洋としてるようじゃあ。

「部長にまた怒られそうだ」

気持ちを切り替えると、座して中てる事を決め。

放つ。命中。

相手はいない。

続いて僕はもう一射。命中。

前の射で的に当てた矢に中った。竹製の矢は裂け、今の射の矢が残る。

「うん、調子は良い、な」

そういえば、もうすぐ代替わり、か。

「多分部長は東、だろうなあ。副部長は誰になるんだろうな」

む。まただ。やけに心が騒ぐ。

中てる境地が遠ざかるなんて久しぶりのことだった。

何でだ?

一度弓を置き、正座する。

「副部長。副部長は……僕、だった?」

焦りの原因を突き止める。

何とまあ取りとめのない。

なりたいなどと思った覚えも全く無いんですが。僕も案外野心家なのかな。

だったら部長くらい言ってみればいいのに。我ながら小物だな。

だいたい『まだ』代替わりはしてない。

先輩たちが毎年盆休みの前に次の部長と副部長を発表する。多分内々ではもっと前に声がかかっているんだろうけどね。

そういう決まりじゃないか。

道場を見渡す。

かすかに影が動いたように見えた。が、見直してみても誰もいない。錯覚か。

誰にも聞かれていないのなら、それに越したことはない。

「ふぅ」

気持ちを落ち着ける。

三度目の射もど真ん中、前の矢に中った。何とか、だが。

今日はここまでにしようか。

僕は存外に早く終わるひと時を、やや悔いる様に構えを解いた。調子が良ければもっと続けるんだけど……。

視界に入る自分の道具入れ。

見慣れた私物の弓が目に入る。

そうだ、終わる前にはいつもアレで一度やっていた。なんっでこんなことさえ忘れてしまっているのか。

不安さえ覚える覚束無さだった。

弓を持ち替えて弦を引く。先ほどまでよりも遥かに強い抵抗。だけどそれが僕には心地よい。

「ふっ!」

思わず久々の感覚に声が漏れた。毎日のことのはずなのにどうしてこんな感覚が。

的のかなり深いところまで放った矢が突き刺さる。

しまった。いつもは外して射ていたのに。

「仕方ないな、抜くのが結構大変なんだけどなあ」

溜息と一緒に矢を回収に向かい、そして苦労の末戻った僕は片付けと着替えをすませる。

制服に戻った僕は点検を済ませて出口に向かう。

そこには、一人の少女がいた。











「先輩、お疲れ様です」

決まり文句から切り出してきたのは僕の後輩だった。

確か月を挟んで遅れて入部した娘だ。とても熱心で、もう他の新入部員との実力の差はない。むしろ、彼女が追い抜いているくらいか。

もともと、弓道は中学までの経験者が少ない部活だ。やる気がモノをいってくれる。

「あぁ、長谷川か。どうした、今まで残ってたのか?」

「は、はい。私、休みに入る前にどうしても、その、」

「ん?的に当てるのだったらもう出来ていたじゃないか?」

確か、そんな目標を掲げていたことを思い出す。

だが彼女は確か七月の頭に目標を達成していたと記憶している。

僕の目から見てまぐれ当たりだった。しかも、中てるではなく当てるだったとは思う。

だが、まぐれとはいえそれで当てることができるレベルには到達していたのだから上達は早い方だ。少なくとも僕よりもずっと早い。

「いえ、ちがくて、あ~、わかりません!?」

「何の事だ? さっぱりわからんぞ? ああ、忘れ物か?」

長谷川は僕の言葉にわずかに肩を落とす。

俯く彼女の赤みがかった黒髪が風に揺れる。姿勢を教えていたとき、彼女はサイドテールに髪をまとめていた。

ポニーは男の永遠の属性の一つだと思うけど、サイドテールもまた趣がある。

普段の彼女と違う髪のまとめ方で、真新しく思えたことも手伝ってつい「似合うな」とこぼしたことを覚えている。

それからは律儀に常にその髪型でいるようになったことで早くに彼女の名前を覚えられた。

男で短髪の僕には機会も無いことだが、あの髪型って頭が痛くならないものなんだろうか。

深澄みすみ先輩、」

妄想モードに入りそうになった僕を彼女が引き戻す。

「うん? どうした?」

悩みなら解決してやらないとな。もっとも、僕にできる範囲で、だけど。先輩としてここは器を見せたいもんだ。

「ずっと、憧れていました。好きなんです。私と付き合ってください。」

「……」

「……」

「……」

すごい沈黙。雑多な音はあるはずなのにまったく。そんなものは感じず、聞こえない。

……はい?

この娘なんつった?

アコガレテイマシタ?

スキナンデス?

ツキアッテクダサイ?

言っては何だが僕、あまり格好よくないと思う。中くらいだと言いたいけれど、人の好みによっては後ろから数えた方が早い。そんなレベルだ。

勉強は、まあ、好きなほうだけど上の下ってところだし。

弓道以外の運動も中の上、いや中の中だよ。

しかも目の前の後輩を僕は少し、少し! 上向いて見ている。

少しなんだからねっ!!

しかし部内、とりわけ、この娘からは「そういう」好意はあろうはずないんだが……。

「せん、ぱい?」

恐る恐る告白と同時に下げた頭を上げる長谷川温深ぬくみ嬢。

また少し上を見ないと、って今はそれどころじゃないな。

「いや、いやいや。待て、待たれよ」

額を押さえる。現状を把握するために、いくつか彼女に確認しなければ。まず超大事な一点から。

「お前、入部初日に僕に言ったこと、あれはなんだ?」

「あれは……」

「確か付き合っている彼氏がいますって聞いてもいないのに公言したよな? あれ、なに? もう別れたなんて言うのか!?」

「あれは、先に入った友達から息吹先輩のこと聞かされてて、予防しなきゃって思って、つい!」

「……嘘か!?」

「はい!!」

力強いお言葉! じゃなくて、入部一ヶ月の後輩に友達の心配させるくらい警戒されるなよ悪友、息吹(涙)

「でもお前、僕が最初に姿勢注意して直した時、弓で突いてきたよね。「ひあああ!!!」とか大層に叫んで」

だから僕は彼女に、誤解されないよう、とにかくちょっとずつスキンシップを取るよう心がけて今に至るんですが。

最初の内は、間に女子部員入れてその子に指導を伝えて、それを彼女がやるって方法を取ったんだけど。

人手が二倍かかるだけで無駄極まりないので廃止しました。

それだけで僕に惚れるか!? いや、それはねえ! だったら僕は今頃彼女がいる!

自分がどのくらいモテてないのかは、もう黒歴史を形成するくらい自覚してる。

順番に語ると、もう今日は立ち直れなくなるので自重するけれども!

「それ、は。いきなり触られたから…つい。先輩、心の準備が出来ていない時に不意を突くから」

「あ~そうか、悪かった。な、長谷川」

「はい」

「悪い、お前と付き合う気は無い。僕は古いかも知れないが相手を好きになって付き合いたい。だから今突然言われても、頷けない」

こんな機会は二度と来ないかもしれないが、好いてくれるから付き合う。というのに抵抗があった。

好きで僕から告白して、それを受け入れてもらって付き合う。それが、良い。

馬鹿だと思う。息吹辺りには思い切り言われてもいる。ならお前に告白してくるがいたら、お前は自分と同じ気持ちで告白してくるその娘を全部振るのかよ、ってね。

好かれて付き合って何が悪い、そう諭してくれた彼の言葉は正しいと思うし理解も出来るんだけど。どうも、気持ちがまだ頷いてくれないでいる。我ながら馬鹿だ。

「嫌です!」

「え、えええええええ!?」

あれ? なにこの展開。

僕の辞書には無いぞ。

「なら、お試し期間からでいいです!それで私を好きになってください!!駄目ですか先輩!ま、真さん!」

ぶふううう!!!

なにこの神展開。ゲーム? これなんて恋愛ゲーム?

ご都合主義でもこれはないだろう!? 男に都合よすぎだ。何の打算で僕に、こんな!?

軽くパニック。

「お。おい長谷川!おま、それでいいのかよ!」

「温深って呼んで下さい!それとも、もう、実は他に考えてる女性がいるんですか!?」

「いやそんなんいねえけどさ?」

ちょっと乱暴口調。押されっ放しとはこのことだ。

しかもちょっと考えようと目線を下げると、発育の良い肢体が制服からでもわかるので、これまた無遠慮に見るわけにもいかず。

目線がもろ胸なんですよ!

結局彼女の顔みて話しているわけで。

「良いですよね!? お試し、何ですからいつフってもらっても、私泣きませんから!」

嘘つきだ! 絶対泣くだろうよ、この流れだと。

あーうー……。

断れ、ない。

「お前が、本当にそれでいいなら。だけど一個だけ聞かせてほしい。何で、僕なんだ? 言うのも悲しいが僕のどこが?」

「……先輩がさっきみたいに弓を引いている姿」

「みてたん!?」

コクン。

「それを初めてみたとき。先輩が最後に射るまで、ずっと見ちゃってました」

「……それで?」

「凄く綺麗だって思いました。その時、私部活だけじゃなくて他の何にも興味が持てなくて毎日ボーっとしてたから。ココに入る為に受験頑張りすぎちゃったからか目標、急に無くなって」

「……」

「それで、先輩の射る姿を何度か見ている内に」

「何度も見てたの!?」

全然気づかなかったぜ。不覚だ。

「この人の事をもっと知りたいって思いました。それで弓道部に入ったんです」

初めからってことですか。まさか練習後の密かな楽しみを部員でも無い子に見られていたなんて。これからは自重、は出来ないから。周囲の警戒とかを気をつけよう。

「入って教えてもらうようになったら、もう、ダメで」

「そ、そっか。長谷川、ありがとな。ちょっと嬉しい」

続けようとする彼女を抑えて感謝を一つ。弓を射るところをみて感じ入ってくれた、なんて同年代の女性は初めてだったから。

「ぬ・く・みです!」

「悪い。そこは努力して呼べるようになる。今は許してくれ。で、今日はもう帰れ。大分暗いしな。駅までは近いし大丈夫だろう?」

ここで送っていくよ、とか言えたら良いんだろうけど。僕は流石に言えなくて。

「あ、はい! なんか、言っちゃったらすごく楽です。先輩、夏休みいっぱい遊びましょうね!!」

「おう。楽しみだな」

僕は彼女に相槌を打つ。不意にきしり、と違和感を感じる。僕の中で何かが叫んだ気がした。

生涯初めて告白「される」なんて重要イベントに遭遇しちまったんだ。見送る間に少しくらい変な感じがしてもおかしくないよな。

いや「した」こともないんですけどね。今のところ。

「は~びっくりした。まさか、こんなことが僕の人生にあるとわ」

靴を履いて今度こそ道場を出る。

「……遅い、お帰りね真」

そこには。

「東」

おそらくは確実に部長になるだろうと予想した同級生が。

かなり気まずそうに、外壁に背を預けて僕を見ていた。





「少し、歩こっか。真も歩きだったよね」

「あ、ああ」

僕とあずま、東ゆかりは正門からの帰り道を同行している。

間違いなく先ほどの僕の人生における特大イベントを目撃されている。

珍しく東が緊張した感じだし間違いない。

こういう時はどう話したらいいものか。まるでわからない。

「まさかあんな場面に出くわすとは思わなかったわ。ウチの部の男連中見てると、まあ可能性は皆無じゃないでしょうけど」

苦笑いをこぼしながら僕のほうを見る東。視線はほぼ同じ高さだったがやや彼女が高い。まだ十代だし、これからだよね!?

「だけど、ごめん! 正直、あんたでの場面はまったく予想してなかった! 狙って聞いたわけじゃないから本当にごめん!」

「何気にものすごく失礼な。否定できない自分が情けなくて何も言えないけどさ!」

む~と唸ってみせる。

考えてみると。

東も何か話があって僕が出てくるのを待っていたわけか。盗み聞きって性格でもないよな、こいつだったら。

さばさばした性格で男っぽい、というわけではないが話しやすい。

男女ともに人気の高い羨ましいタイプだ。

かといって体つきは貧相でもなく平均的なスタイルで実に女性だと思う。早熟気味な長谷川は置いておくとして。頼むから身長分けてください。

何でもかんでも大きければいいわけでもないし。

抜群のスタイルと整ったスタイルは互角だと僕は思うわけで。

僕の中では東はしっかり魅力的な女性に映っている。多分理想の女友達、とかのランキングがあれば間違いなく校内トップだな。

ちなみに密かに実在するお姉さまランキングでは二位でした。三年の投票も少なくないのが恐ろしいところだが。

年上相手にもタチを熱望され、げふげふ、自重しよう。

「ま、いいよそれは。そんで? お前も僕に用じゃないのか?」

うむ? 待てよ。お前もってことはこいつもってことで、もしかすると?

再び額のしわとご対面。みえないけど。

「ま、ね」

歯切れの悪い東の声。トーンも一つ下だ。というこはやっぱり!

「お前も僕が中ててるとこみてやがったのかあ!!」

「はぁ!? なによ、いきなり……見た事はあるけど」

「ぐぽおお、誰にも見られてないと思っていたのにいいいい」

悶えた。両手で頭を抱えたね。

秘密の時間だったのに。そのために片付け点検その他自分から引き受けてきたのに!!

なんということだぁぁぁぁぁぁ!

東は何を今更って顔してる。

さらに、悶える! 悶絶!

「まあ、ちょくちょくね。それに道場を締め切るわけでもなく、秘密も何もあったもんじゃないでしょうに」

「だって、弓道場は学校の外れだぞ。部活終わって皆帰ったら、もう誰もいないはずじゃん!?」

「誰かが忘れ物を取りに来たら一発じゃないの」

「ちゃんと始める前にそういうの無いか確認してたもん!」

「なんで駄々っ子なのよ。実際無くても道場だったかも~って思って人が来たらお仕舞いでしょ? 大体、私もそれが初めてだったんだし」

「ご自分の記憶は正確にーー!!」

「そうはいかないもんよ人間だもの」

うううう、すごく負けた感じがする。

「話、続けるわよ?」

哀れむような東さん。

いいよ、さっさと続ければ良いよ。

諦めて頷く。僕……今日帰ったら新しいゲーム始めるんだ。癒しがあると良いなあ。

「今日ね、部活始まる前なんだけどさ。先輩から呼び出し受けて次の部長やるように言われた」

「それで?」

だから何だと言うんだ? むしろお前は第一候補だと皆思ってるぞ?

「それで!? いや、もうちょっと何かリアクション無いの!?」

「だって、お前だと思ってたしなあ」

「へ?」

今度は東が取り乱し始めたが、僕は別に悪ふざけもせず真面目に答えた。東が真剣に話し出したのが空気でわかったから。

ツラがまずい分(自分で言ってて実にしょっぱいが)僕はエアーリーディングは有段者な心算だ。

「逆に聞きたいんだが、お前以外誰がいるよ?」

「え、あ、それは、その、あんたとか」

そこでいきなり、圏外確定の僕に振るかね。

「あのなあ、大会には出ません。対外試合も出ませんなんて輩が部のトップでどうするんだよ? しかもウチは歴代女系だろうが」

そうなのである。試合云々はともかくとして、我が部の部長は何故か代々女性が就いているのだ。

「あんたの射なら、それでもまかり通る実力があると思う」

「おいおい」

「それに、部で一番慕われてるのは多分、真だし」

「おいおいおい!」

なんだ、やけにネガティブだな。今日の東は。

快活で竹を割ったような性格の彼女にしては本当に珍しい。

「先輩たちは真の実力を知らないから。一応推薦しといたのに、結局私にやって欲しいって」

なんて物騒な提案をしてやがるんだ、こいつは。その手の相談が先輩のお姉さま方からなかったから僕の線はないと確信していたのだが。

まさか紙一重だったとはね。ダラダラダラ。

気のせいか冷や汗の効果音が聞こえたね。

一緒に歩く僕らは、長く続く下り坂の半ばにいる。下りきると商店街に入り、人の通りも多いのだが、下校時間を外れたこの時間は僕らしかいなかった。

「ねえ」

そういってこちらに振り向く横の東。

僕が顔だけ向けて応じようとすると、彼女の両手が僕の両肘辺りをしっかりと掴んで、東の方に僕の体を向けさせる。

当然、向かい合う。

掴まれた両手から少し、彼女の力が弱まるのを感じた。

「真……部長、やってくれない?」

「東、それは駄目だ。僕が思っていたように、部の皆もお前が部長になると思ってるし、やれると思っている」

「そんなの真が一回みんなの前で見せればいい! 前の矢に中て続ける射を見せれば、すぐ大人しくなるよ!」

「東!」

どうするべきか迷ったけど、僕は掴まれた手を振り払うように彼女の両肩を逆に掴む。

細かく震えていた彼女の体が、掴まれた時に大きく震えて、止まった。瞳がやや潤んでいた。

残念だけど、彼女の期待する言葉を僕は選べない。東に部長を張れる確かな器があるのは確かだ。だからここは自信をもたせないと。

「月並だけど、お前ならできる。周りだって絶対協力する。いやさせる! とにかく、お前、やってみろ! ……な?」

「……ほんとに?」

怯えているんだろか? 僕が東に怒鳴ったことはない。大体、その必要もないくらい優秀で、一緒にいて楽しい奴だ。

そう……こいつが僕に弱みなんて見せたことは無い。だから今の東を見ているのが少し辛かった。

「ああ、保証する。勿論僕も手伝うから」

「……じゃ、副部長やってくれる?」

「ああ、もちろ……はっ!?」

「やってくれる、よね?」

ハメられた、のか?

利用、されたのか?

いや東のことだ。本心、なんだろうけど。

絶対、断れない気がする。ここで断るなんて王様の無限ループなお願いを断るより無理!

「汚いな~。はいはい、やらせていただきますよ副部長。末永く、よろしくな東部長さん」

「へへ~、じゃもうひとつ、いいかな?」

潤んでいた目のまま笑ってみせる。

きしり。またなにか。

警鐘が鳴る。それもさっきよりも強い。何だ、これは。

「ね、私と付き合ってよ」

「ああ、はいはい……はいいい!?」

「あはっ、言ってみるものね。よろしく彼氏♪」

「な、な、な、な」

「な~に~?」

「なにじゃねえよ!? お前見てたんだろ!?」

告白される現場を。

そしてあんまり格好のつかない僕の返答と「その結果」を。

「ええ」

あっけらかんと答えやがった。

知らない、こんな東は僕は見たことがない。こんな、「女」の顔した東ゆかりは。

「でも。長谷川さんとはお試し期間なんでしょ? 私もソレでいいよ?」

「なあっ!」

二股しなさいといわれているんだよなこれは。

あの東がか? 同じ部の後輩に告白された僕に?

きしり、きしり。

捩れるようなきしむような痛みまで伴うような警鐘は続いている。

違う、これは東じゃない。

『コイツハコンナコト言ワナカッタ!』

まただ。道場で感じた既視感。だが何かが食い違う!

「そんなに重く考えないでよ。私も、あの娘も試されることに納得してるの。貴方は実際にどっちも味わって、好きな方を選べばいいの。私、真なら……二番でも良いよ?」

艶やかな顔をした東がそっと一歩踏み出す。僕の方へ。手は僕の胸に添えられている。少し、膝を曲げたのか添えた手に重ねるように頬も寄せてきた。

『違ウ! 違ウ! 違ウ!』

そうだ、違う!

髪から香る東の匂いは否応なく欲情を誘う。だが!!

違うんだよ、「コウ」じゃなった!

現実は。

僕の中にある記憶は!

これよりずっとずっと後味が悪くて。

きしり。警鐘は痛みを和らげ、代わりに周囲を歪ませた。これは僕の涙の錯覚? いや違う!

重い記憶だけど、それでも大事なことだ! こんな、こんな馬鹿なことじゃなかった!!

長谷川も、東も。

こんなにしたたかでも、強くも無かった! 僕が、傷付けたであろう二人は!

だから、こんなのは。

頭がガンガンする。警鐘は続く。だが弱い。そうだ、この警鐘こそが僕の真実だ。

「こんなのは現実じゃねえよ……」

弱弱しく、ここまで流された自身を恥じて。

この二人に、こんな茶番を演じさせることを望んでしまったのだろう自分を嘆いて。

僕は悔しさに流した涙を袖でふき取った。

大きく歪む世界。

これが幻だと。

前後の状況も理解した僕は確固たる気持ちで再び世界を見る。

そこはただ深い、とても深い霧の中。

「蜃気楼、ってレベルじゃねえだろうがよ、アレは。畜生、ちくしょう!!」

油断すればすぐにまた幻に飲まれるだろう。今度はどんな劣情で、もう会えない知己を汚してしまうかわからない。

そんなものは、もう見たくない。耐えられない。

だが具体的に脱出方法を考える前に。一度この狭い世界の壁を殴りつけなければ気が済まない。

この悔しさと情けなさはすっきりさせなければならない。いや吐き出さずにいられない。

「蜃、僕の情けなさを思い知らせてくれて礼を言うよ」

ほどなく、壁を見つけた。僕を濃霧の中に閉じ込める障壁を。

済まん、息吹。僕の大事な悪友よ。僕は常々お前に物申したい事があったが、遠慮もあって言えずにいた。

だがここは異世界だ。どこかの国で言うと井戸や木のうろに例えて問題は無いよね。

元の世界の醜態を見て不意に連鎖して思い出した友人の行いを頭に浮かべる。

もちろん、言葉に出すことは恥ずかしくて彼の事を題材にしてしまったものの、本当に殴りつけたい自分の顔”も”浮かべた。

「大体、お前はなあ!!」 

興が冷めるのでブリッドはぼそぼそと先行詠唱。

「次から次へと女の子に声ばっかりかけやがって!!」

右手を纏わりつくように赤い光が包み込み球形を成す。心なしかさっき撃ったときよりも威力高いような。

きっとテンションのせいだな!!

左足を地面に叩きつけるようにふんばって!

ボクシング漫画でみたストレートの打ち方を参考にして!

手は嘗のまま炎球を携え!

「いい加減こっちにもとばっちりが来てるんだよ息吹いいいいいいいい!!!」

部の友人、天から幾つの才能をもらっているのかわからない息吹某への不満を一緒にして、思いっきり壁に叩きつけてやったのさああああ!!
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