お気に入り18000件突破記念、extra21です。
深澄真が異なる世界に転移し、彼が姿を消してから。
日本では数ヶ月が過ぎていた。
年も変わり、ひと月が過ぎようとしている。
中津原市は特に大きな事件もなく、穏やかな時間を過ごしていた。
深澄真は生まれ育ったこの街をギャルゲーの舞台みたいだと思っている。
そこそこアクセスが良く、そこそこに施設が揃っている、そんな中途半端な街を皮肉った言葉だったのだろう。
駅裏にある小奇麗なアーケードもその特徴を持っており、流行の食べ物から、それなりのブランドファッション、趣味の買い物まできちんと満たしてくれる場所だ。
商店街の知恵を絞った一手、アーケード開発は成功していて、休日ともなると多くの人が訪れる定番スポットのひとつになっている。
「とうとうSSDデビューだな」
「グラボ優先だったからちょっと遅くなった。仕事用のPCをゲームに使う訳にもいかんから、家族の目も気になるもので」
「二台目のPCはなあ……。自分で稼いだ金といってもやりにくい。早く大学行って一人暮らししたいもんだ」
「だのー。俺らは大学も決まってるんだし、いっそ飛び級させてくれても全然良いんだが」
「ま、高校生活最後の一年はネトゲ三昧で過ごせるだけ良しとしとこう」
「夏の聖戦の時に、東京で適当な部屋でも探そか。秋葉原通いが出来そうな場所で」
「いいね。二つ並びで入れる部屋か、シェアしても十分広い所が理想か。ここの電気屋通りも揃えはそこそこ良いけど、やっぱ秋葉原に通えるならそっちのが良いしな」
アーケードの一角。
パソコンショップがいくつも並ぶ通りで若者二人が雑談をしながら歩いている。
手には既に店の袋があり、まだ昼前ながら二人が買い物を終えた事が知れた。
「なあ、話変わるけどさ」
「うん?」
「真、あいつ本当にどうなったと思うよ? 俺たちが調べ回っても全然行き先がわからん。それどころか妙な名前まで出てくるし」
「……真にそんな危ない方面と関係があったとは思えないんだけどな。回れ右確定の名前に辿り着いちゃったしな」
二人の会話に真、深澄真の名前が登場した。
それまでのややおちゃらけた雰囲気から、表情がやや緊張感のあるものに変わる。
「“癒し手”だぞ? あの金を払えば何でも治すとか言うファンタジーな存在」
「コネクションも広くて、少なくともハッキングなんてかけられる相手じゃないよな。命が幾つあっても足りん。成功しても多分消される気がする」
「何でクラスメイトの安否を調べていたらあんなビッグネームに遭うんだか」
「それに真の家族だって、あれ写真本物か? エア家族だろ、絶対」
「あいつにそんな加工技術も無いと思うぜ? 多分、本物だろ。隠す必要が無い」
「……深澄隼人も、深澄雪子も実在するもんな。何て羨ましい奴だ」
「作家の父親に、有名柔道選手だった姉、か。妹は空手だったか? なんつうか、少し同情もするけどな」
「妹……真理タンか。あれは今でもCGだと思う。あんなもの実在してたまるかと。ドストライクですご馳走様」
「真の妹だからな。手、出すなよ。お前のロリ趣味は外人限定かと思ってたけど、日本人でもいけるんだな。初めて知ったよ」
「可愛いは正義だ。いいか、真理タンは教祖になれる逸材だぞ」
「頼む。真顔で言うな。耳が腐る」
「……真理タン」
「おい、しつこいぞ」
「いや、あそこ」
「えっ?」
真のクラスメイトである二人の会話は二人が同じ一点を見つめた事で中断された。
彼らは真と同じクラスの友人で、名を天野久善と古賀守と言った。
天野はネットゲームで「昼猫」と名乗り、古賀は「夜猫」と名乗っていた。
真にオンラインネットゲームを教えた張本人である。
高校のクラスメイトであると言うのに、友人としての出会いの切っ掛けは郊外の猫カフェだったという不思議な友人関係だ。
彼らと真の一番共通するところは飼ってはいないが猫が好き、つまり猫友な点でありいつか飼う日を夢見ている。
いずれも家族のアレルギーなど事情がある為、中々難しい事も彼ら自身良くわかってはいるが。
パソコンや情報技術に特に通じ、クラスメイトとして真が知る以外の顔を持っている二人だったが、突然いなくなった真の事は気にしているようで、彼らなりに調べているようだ。
その調査が思いもよらない名前が出てきた事で難航しているのが、先の会話から伺える。
「真の妹、だな」
「ナマ真理タンキタコレ」
これまで真の家族の顔など知らなかった二人だが、彼の事を調べる内に幼少期は体が弱かった事をはじめ真の様々な情報や、他の家族の簡単なプロフィールなどを得るに至っている。
今、電気店が並ぶ通りにいる雰囲気に合わない少女が深澄真理、つまり真の妹だと言う事もそれで知っていた。
「何してんだろうな。来年高校に上がるからパソコンが欲しいとか?」
「真理タンは空手と文学をこよなく愛する清い娘さんだぞ。ちなみに一番お気に入りなのはスタンダール著、赤と黒だ」
「……後で警察に通報しときたくなるストーカーぶりだな守。文学どころか活字自体エロラノベくらいしか読まん癖に」
「何だと、主人公が栄光を掴みながらも破滅に向かっていく、彼を取り巻く女性模様も見事に書ききった名作じゃないか。特に夫人が良い」
「……まさか、読んだのか」
「真理タンの愛読書だ。当然だろう」
「嘘つけ。だったらせめて好みの女性は若いお嬢様の方にしておけ。お前のロリ趣味で夫人が好みだとか、書評をかじっただけだってばれるぞ」
「……」
「……」
「なぜわかった」
「真に勧められて去年読んだ。確かに長いし文章も堅苦しいが、面白かったぞ」
「厚さがな……武器にしか見えんかったんだ」
「ハードカバーじゃなくて文庫で探せば見た目は少し誤魔化せるぞ?」
「機会があれば挑戦するさ。今は真理タンだろう?」
「何か困ってるみたいだな」
「ああ、じゃ行くか」
すたすたと真理のいる方に歩いていく古賀。
「お、おい! 行ってどうするんだよ!?」
「そりゃお前、真の友達ってのを全面に出して仲良くなる」
「いつからそんな行動力を身につけた」
「……彼女を見た時から、さ」
高校生にしてビール腹を抱える相棒がキラリと表情を決めてみせる。
「キメェ」
だが天野が一蹴した事などまるで気にしていない。
古賀には迷いが無かった。
天野は溜息をつきながら、真の妹と古賀を二人にするのもまずいかと、彼の後を追った。
彼は冷静である。
何故なら彼は人妻が好きだからだった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「あれ、部長。あそこにいるのって深澄先輩の妹さんじゃ?」
「ホント、真理ちゃんね。もうウチへの推薦が決まって空手部にも何度か顔を出しているらしいわね。力があって行動力もあるって部長の頼子が喜んでた。でも、なんであんな所に?」
「パソコンショップとかある方ですねー。男の子に声かけられてるみたい。ぬくみん、これは来年ライバルの入学ですなぁ」
知った顔がいた事で買い物をしていた女の子三人がアーケードの中で足を止めた。
見かけた顔は以前本屋で出会った知人の妹。
部長、と呼ばれた女の子が彼女を一番よく知っているようだった。
「ああ、そう言えば空手をやってるんでしたね。何か困ってるみたいですけど、どうしましょう?」
「そうね。知らない顔も出来ないわね」
「え、放って置いていいんじゃないですか? あの二人だったら真里ちゃんなら楽勝で撃退できるでしょうし。何考えてるんだか。鏡と趣味を見てからナンパしろってんですよ」
「……柳瀬さん、あの二人知ってるの?」
助けに行こうか、と考える弓道部の先輩後輩である東ゆかりと長谷川温深に対して残る一人、同じく弓道部で好奇心旺盛な長谷川の同級生、柳瀬晴子はその必要を感じていなかった。
「確か……深澄先輩と同じクラスの天野と古賀です。パソオタで運動神経は無し。むしろ血迷ったオタクの死に様を見るのが一興かな~なんて」
「……うちの生徒なの? はぁ、行くわよ二人とも」
「はい!」
「え、ええ!? 行くんですかあ? しょうがないなあ」
率先して歩き出した二人の後を仕方無い感を出しながら追う晴子。
とは言っても、ちゃっかりデジカメを出して面白そうなら記録に残しておこうとする辺り、彼女も満更ではないのだろう。
「ああ、ですからその、私、詳しくないのでよくは……」
ゆかりが到着すると、そこには二人の中津原高校生、それも真のクラスメイトらしい男子二人を相手に困った様子の真理。
「それだと、結構範囲広いし困るなあ」
「他に何か思いつかない? 俺達真の友達だし力になりた――」
「はい、そこまで」
カシャ、と音がしたと思った二人の男子が振り返ると、そこには同年代の女子が三人。
しかも、知っている顔だった。
「東、さんに。一年の長谷川、それに……パパラッチ?」
「いや、この子はほら、妙なランキングを作っては報道がどうとか……パパラッチ?」
「違うわ! 何であんたら名前も知らないでそんな事知ってんのよ! 天野に古賀。とにかく真理ちゃんから離れなさい!」
「……何故一年から呼び捨てにされねばならんのか」
「ちゃんじゃない、タンだ!」
「守、少し熱を下げてくれ。お願いだから」
「中学生をナンパって、あんまり良くないと思うんだけど? 真理ちゃん困ってるみたいだし」
「その子、深澄先輩の妹さんなんです。その、見逃してあげて下さい」
天野と古賀は互いの顔を見合わせる。
何か、凄い誤解をされていると直感した。
そしてこのまま誤解を放っておくと、呼び捨てにしてきた一年の女子が手にしているデジカメの画像が“悪用”される気がしていた。
「ちょ、ちょっと待って。俺達はナンパしてたんじゃない。こ、この子が真の妹だっていうのも知ってる。空手をしているって事も。その、真に聞いた事がある、から」
咄嗟に真に聞いたと嘘を言った天野。
どうやって情報を手に入れたか。
あまり褒められた方法ではないし、言える事でも無かったから天野はそこに触れたくなかった。
「そ、そうだよ。ナンパじゃない」
「だったら何で真理ちゃんがこんなに困ってる訳? ただ声を掛けただけで困る訳ないじゃない?」
ゆかりは二人と真理の間に入って腕を組んで仁王立ち。
更に二人の後ろを抑えるように、温深と晴子が立った。
「こ、この辺りは、パーツショップが集まってる。だからパソコンに詳しいんでもなければ、来ない所なんだ。特に女の子は」
「困ってる、みたいだったから、こ、声を掛けただけだよ。友達の妹が困ってるなら助けたいって、思うだろ?」
囲まれた形の状況に焦りながら、天野、古賀は釈明する。
別によからぬ事を考えた訳では無いのだから。
下心が無いとまでは言わないが、本心からの言葉だった。
しかしゆかりを始め、三人の表情は天野と古賀を疑ったままだ。
「あ、先輩方! すみません、違うんです、実は……」
二人の男子を救う言葉はそれまで黙っていた真理から出てきた。
良くない雰囲気になりそうな状況で、真理は年上の人達の誤解を解くべく説明をした。
高校入学に際して持ち主のいなくなった兄のパソコンを使わせてもらえる事になった事。
けれどいざスイッチを入れても反応しない事。
パーツの名前やメーカーなど、とにかくメモをしてショップに話を聞きに来たが、素人の真理の説明では店員も判断がつかず、右往左往していた事。
諦めかけて外に出てきた所で天野と古賀に会って話を聞いてもらっていた事。
同じ高校の同学年と後輩の表情から険しさが取れていくのを見て、一応無害なパソコン好き二人は胸をなでおろした。
「悪かったわ、ごめんなさい。遠目には強引なナンパに困ってるようにしか見えなかったから」
「すみません。知っている娘が困っているみたいだったので、つい……」
ゆかりと温深が大人しく頭を下げて謝る。
「べ、別に良いよ。わかってくれれば」
「き、気にしてないから」
女性と話す事自体が不慣れな為か、二人は弱腰で普段見られないドモった話し方だったが、謝罪を受け入れる。
「なんだ。誤解かぁ。じゃ、これお詫びの印」
晴子が何かを握り、二人に渡す。
「……○ロル?」
「……チロ○だ」
「違うわよ。チ○ルアソートバレンタイン仕様よ。ホワイトデーのお返しは倍返し位で良いからね。期待しないで待ってるから」
「な、なんて言い草だ」
「ありがと」
素直に受け取った古賀に対して天野は違う反応だった。
「天野は素直じゃないなあ、嬉しい癖に」
「先輩、をつけろパパラッチ!」
「チョコもらっといてそれ!?」
「押し付けでもらっても嬉しくないわぁ!!」
「はっはー。義理チョコも友チョコも無い分際で偉そうな。私がその程度知らないと思ってるの?」
「はっはー。お前のでっちあげ記事にはウイルス位しかお返しも来ないだろうからチョコのバラマキか?」
「……」
「……」
「あ、あのウイルスあんたの仕業ーーー!? さいってーー!」
「もらってるわ。俺だってチョコの一個や二個もらってるわーー!!」
天野と晴子は何やら妙にヒートアップして激論、いや口汚い罵り合いに突入していった。
「あ、あの」
「真理ちゃん。これは放っておけばいいわ。多分、何か悲しい過去とか自業自得とか色々なものを抱えてるから好きにやらせておきましょう」
「東先輩。はぁ、そうなんですか?」
「それで、古賀君。真のパソコンは、直せそうなの?」
「う、うん。実際に見てみないと俺にもわからないけど、接触とかじゃないかと思うから時間があれば大丈夫だと思う」
「本当ですか、古賀先輩!」
「センパイ、センパイ、コガセンパイ……。ICレコーダを持ってこなかった俺、死ね……」
「古賀先輩?」
「へぇ、凄いんだ。ちょっと見直した。可愛い後輩の為、私からもお願いね」
「わ、私からもお願いします。パソコン直してあげて下さい」
「皆さん……ありがとうございます」
「じ、じゃあ。れ、連絡先を教えてくれる? 都合が良い日を教えてくれたら一度見に行くから」
「あ、だったら。もしお時間があれば今日これから見に来てくれませんか? 時間も時間ですから、お昼は家で食べていってください」
「!?!?!?!?」
思わぬ、いや生涯初めての申し出に古賀の思考が停止する。
「となると、あれもそろそろ止めましょうか。天野君もいた方がきっと良いのよね?」
「いや、あいつは別にいなくても良い。むしろ来るな」
黒い本音が臓腑から染み出る。
本能が吐いた言葉かもしれない。
「え?」
「いや、何でも」
「熱もピークは過ぎたでしょうし、あのままにしておくのも中高の恥、柳瀬さんは私達が連れて帰るから天野君と真理ちゃんの事お願いね。古賀君」
「ん、な、なに?」
す、と近づいてきたゆかりに体を強ばらせる古賀。
「上手く直ったらお礼はするから。でも、真理ちゃんにおかしな事をしたら……別のお礼をするからね」
ゆかりからぼそりと一言付け加えられ、その温度の低い声に古賀は震えた。
天野と晴子の争いを止めると、帰るゆかり達と真理の家へと向かう古賀達に別れて、それぞれアーケードを立ち去っていった。
◇◆◇◆◇◆◇◆
夕刻。
深澄家からの帰り道。
二人の男子、天野と古賀が夢心地で歩いていた。
無事に、かはともかく真のパソコンを修理して歓待を受け、このまま留まったら溶けると確信する素晴らしいひと時を味わった後である。
姉の雪子も二親も揃った深澄家は彼らにとって理想郷だった。
余談だが、天野は人妻に加えて年上のお姉さんにも目覚めた。
一応父親である隼人から怨嗟と殺意の目をいくらか浴びているのだが、浮かれきった二人はソレに気づかずひたすら良い心地でいた。
「すげえ。深澄家、すげえ」
「真理タン。来年から、真理タンと同じ高校生活……」
駄目である。
まったくもって二人とも、駄目である。
一際強く、息がつまるような冷たい風が二人を打つまで、彼らはそんな感じだった。
「はぁ……。にしても、夢みたいな一日だった」
「ああ。でも、ちょっと気になったな」
「真のパソコンだろ?」
「接触問題かと思ったけど、HDD自体が無くなってた。そんな事ってあるのか」
「もう少し、真の事調べてみるか?」
「手伝ってくれるか? お義兄さんの無事は確認しておかないとな」
「っ!?」
「それに、ダイエットもしないとな。ピザデブは卒業だ」
「……お前、まだ夢見てんだなあ。俺も雪子さんに彼氏さえいなかったらなあ。奥さんが未亡人でも全然良いんだけど」
「……お前の方が外道だ。夢見てんじゃねえ」
「SSDあげてきちゃったお前ほどじゃねえよ。良いのか320GB」
「後悔はない」
「本当か、RAID0」
「……してない、断じてしてない。とりま明日からランニング付き合え」
「明日からとか早速折れてんじゃねえか」
口論をしているようで楽しげな。
夕闇の中、真の友人二人の会話は続いた。
真の意思、パソコンは丁重に破棄して欲しい。
それは叶わなかったようだ。
救いは、物理的にハードディスクを持ち去り、念の為にストレージは全て綺麗にした、意外と理系な月読のフォロー。
彼は思わぬ所でも真を助けていたのだった。
次は、神様か勇者サイドのこぼれ話とかを考えています。
ここまで多くのextraを書ける程、沢山の方に見て頂ける話になって嬉しい限りです。
とりあえず、これで現状に追いつきましたので少し休憩ですが。
それではご意見ご感想お待ちしています。
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