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本編を更新しなきゃって気持ちは遠くで手を振っています。
これだけは止められないです。お祭りですからね~。
番外編
extra2 その頃現代②
「すみません、私好きな人がいるのでお付き合いできません」

今年もう何回になるのか、玉砕確定の台詞が静かに放たれた。

断ったのは女の方。男はブレザータイプの制服姿だが、彼女は少々趣の違う格好をしていた。

白の道衣に黒の馬乗袴。弓道着として一般的な姿だった。

交際を申し込んだ男性身長は175cm前後といったところだが、彼女もちょうど同じ程度。目は真っ直ぐ見据えて視線を交わす高さだし、ヒールを履く服装を選べば間違いなく身長は女性が高くなるだろう。

そして僅かに乱れた道衣は彼女の着こなしや着付けが拙い訳ではない。高身長にあいまった見事なバストの為だ。和装をして尚存在を示すほどに立派な物だった。

去ろうとする彼女に声をかける気力も残ってないのか男の方はこの世の終わりのような表情で見送るばかり。

汗で少し跡がついた道衣の右袖には長谷川、と刺繍が入っていた。

「お疲れ様~、また断ったんだね~」

「晴子、いい加減数えるのはやめてって言ってるでしょ?」

もう一人、来た道を戻る長谷川嬢の前に弓道着を着込んだ女の子が現れた。中津原高校の弓道場は校舎の裏手、一段高い丘に建っている。帰り道の脇の木から彼女は沸いて出たようだった。

「そうは言ってもさ~、時期外れの弓道部入部、息吹先輩からの告白に口火を切って次々に思いを告げる男子生徒の全てをぶった斬ってる実力派一年生女子!」

そこまで一息に興奮した口調で話しきると手帳を片手にしていた娘はニカッと笑った。チャーミングである。弓道部は美形が多い。彼女のように見た目小動物系の可愛い子も多いのだ。勿論、長谷川嬢のようなモデルタイプも揃ってる。

恐るべし中高弓道部。

「と来れば、これは取材しなきゃでしょ。対象の調査は基本よキ・ホ・ン」

残念ながらこの彼女の場合について言うと性格は大分伴っていないようである。口を開くと残念なタイプと言えるか。可愛い毒舌のチワワとでも表そうか。

「とくれば、って……勘弁してよ。そんなので勝手に話題の人にされるのはお断りなんだからね!?」

「でもなぁ。今全校で最も告白されている女子は誰だ!?この娘にコクれば君も勇者だランキングの作成には必要なのよ、集計まで我慢してねん♪」

長谷川嬢、いや長谷川温深(ぬくみ)は心の底から嘆息した。そのわけのわからないランキングをどうして作る算段になったのか問い詰めたい所でもあったが、恐らく聞いても答えてもらっても結果は変わらないのだろう。

発表などされたら今より状況が悪くなりかねない。予想では確実に悪化する。

自分を好いてくれている人からの告白だと言うならこちらも真摯に答えるべきだと彼女は考える。だが度胸試しや勇者認定の為に来られるのは御免である。

「……私、そのランキングで被害を受けたら作成に晴子が関わってること、ばらすから」

「今のところ、ぬくみんと部長が本命、対抗なのよねぇ……って、ええ!?記者の情報を漏洩するのは反則よ、表現の自由への侵害だわ!例え知ってても記者Aとか情報筋とかにしておこうよ!」

今回作るランキングの性質上、弓道部の面々は結構名前が出てきている。在籍している身で犯人扱いされてしまうのは非常にまずい。表現の自由を求めた晴子記者は焦った。扱い、もなにも実際中心人物は晴子なので真犯人そのものなのだが。

長谷川の反撃は実に効果的なようだ。

「わけのわからないランキングに載せられる人にも人権くらいある!大体、同じ一年じゃない晴子は。まだまともに的に中てられもしない癖に部活をさぼらない!」

「むうう永遠の命題を出してくるとはぬくみんも口が達者になって、ヨヨヨ」

「半年も付き合えば少しは慣れるわ。とにかく、道場に戻ろ晴子」

「……入部するとか言い出した時から思ってたけど、真面目よね~ぬくみん」

首根っこを掴まれた猫のような困った表情の晴子がぼやく。ランキングの作成については一時停止か中止か不明だが。

「入部の挨拶だって、私が言ったこと真に受けて恋人います宣言するしさ」

「あのことはもういわないで…」

額を押さえる温深。道衣から覗く手が何と無しに色気を纏う。

(わ。仕草が女っぽいわ。無意識でこんだけ色気出てたらそりゃあ告白もされるわーねぇ…やっぱ、男出来たか?)

最近の長谷川温深の女性らしさ、色気の成長はちょっと凄い。晴子はそう思っていた。原因はやはり一番は男性だろうと当たりをつけているのだが。

「さっきの的に中られも…のくだりなんて深澄先輩そっくりだったし。そういえば!あの先輩の突然の海外留学の為の転校ってのも寝耳に水だったわ!あれは一生の不覚だった~。行き先も聞いたことない場所だったし」

貴重な情報源の一つだったのに~と残念がる晴子。

「……リヒテンシュタインよ」

「へ?りひ?」

「何でも無い。早く行こ」

切り替わった話題に身を硬くした長谷川の変化には、ジャーナリスト志望の柳瀬晴子は気づかない。まだまだアマチュアなのである。ちなみに彼女はちびっ子である。向かい合うと長谷川の胸と会話するくらいに。

表情を隠した身長差に、温深は感謝すべきかもしれない。顔を見られていたら、きっと悟られていただろうから。

「長谷川さん、用事は済んだの?」

道場に入る直前、横から声をかけられる。

「東部長。済みませんでした、練習に遅れてしまって」

頭を下げる。声をかけたのは代替わりした新部長である東ゆかりだった。告白のために呼び出されていた為、クラスの用事で遅れると部長には事前に伝えていたのだ。

正直、もう着替えた後だったのでまたにして欲しかったがそうもいかず、仕方なく道着のまま会うことになり。目立ったために同学年の晴子に気づかれることにもなった。

東ゆかりはちょうど水を飲んできた帰りのようだった。

「あら、柳瀬さんも一緒だったの?」

「え、はい~そうなんです!手伝ってました!」

やれやれと長谷川は級友でもある晴子の要領の良さに呆れつつ苦笑する。

「そう。じゃあ二人とも行きましょうか」

『はい!』

そうそう、と両名の先を歩いていた東部長が歩を緩め柳瀬の横に添う。身を屈め彼女の耳元に顔を近づけた東ゆかりがにこやかな表情を崩すことなく何事か呟く。

囁かれた晴子は目を大きく見開いて冷や汗をダラダラと効果音が聞こえそうな勢いで流す。表情も青い。大きな音に驚いて総毛だった猫みたいなご様子だ。

長谷川は何事かとゆかりの顔を見るが、その発言の内容は伺えない。

「ほどほどにね」

そう言って東ゆかりは一年生を引き連れるでもなく道場内に戻っていった。





「長谷川ちゃん、帰り一緒しよ~」

「息吹先輩」

人好きのする笑顔で汗を拭く彼女に近づく男がいた。日本人離れした足の長さ、自然な明るい栗色の髪。唯一顔立ちだけが彼が日本人であることを示す特徴といえた。

某芸能事務所に所属していると嘯いても大半の者が納得しそうな男だ。

名は息吹正宗。中津原高校二年弓道部、張り出された最新のテスト結果は学年で二位。上位の超人といえよう。

だが息吹の場合、その名は主に色恋方面で取沙汰されていて有名人だった。

何股しようと関係ない。取るのもOK、でも取られるのもOK。楽しければ良い。快楽主義者である。

真剣に誰かを愛し交際する、と言うより皆と楽しく過ごしたい男だ。ほか大勢の男性にとっては迷惑以外の何者でもない。

最近の弓道部ではごくありふれた光景であった。息吹の最近一番のご執心は一学年下の成長株、長谷川温深だった。

彼は”一度きっぱりとフられた”のに意に介した風もなく、かの後輩へのアプローチをやめていない。

見上げた精神である。

「予定ないならいいだろ?」

「先輩の方にはありそうですけれど」

「……あはは」

意味深な温深の言葉からの視線の先には数人の女子生徒。

「私、先輩の彼女の一人にはなれないですから」

「そこで諦めないのが息吹クオリティなんだよ長谷川ちゃん」

「一人だけと真剣にっていうのが長谷川クオリティなんです」

慣れた様子で先輩の言葉をかわしてみせる。彼との会話も、晴子への対応の変化に一役買っているのかもしれなかった。以前の彼女なら顔を真っ赤にして狼狽していただろうから。

「やー、まいったなあ。でも長谷川ちゃん本当に変わったよね~。しばらくご機嫌斜めだったと思ったら急に大人びちゃって。何かあった?」

「さぁ、自分ではよくわかりませんので」

「本当に~?僕は何となく原因の相手がわかるんだけどさ。あんま拘ってると良くないとか思うんだけど?」

「わかる、ですか。それでしたら私が気楽なのも気付いているんじゃありません?私、一回目の告白以外は全部、牽制してくれている意味なんだと思ってました」

牽制という言葉に息吹の顔から人懐っこい笑顔の口元が下がりかける。辛うじて笑顔を作り直しはしたが。

「……鋭いなぁ。でも何度も告白してるのもそれだけじゃないんだけどな。俺結構温深に本気……」

真剣な表情に切り替えて名前を呼び捨てにした正宗は長谷川を正面から見る。が、その言葉は最後まで結ばれることは無かった。

「息吹先輩は……きっと最後には友情を取る人だと思います。先輩の愛人さんの一人には、私なれませんから。じゃあ失礼します。お疲れ様でした」

更衣室に入っていってしまった後輩の後姿を見送る息吹。

(やれやれ、一人に絞っても良いかなって最初に思った女が友達に片思い中とは。俺も焼きが回ったかね。さりげなく守るってのはカッコいいけど、しっかり見抜かれてるとわかると告白繰り返してる自分が恥ずかしいもんだ)

引きとめようと伸ばした右腕が所在無い。仕方なく後頭部に持っていくと髪を掻いてみせる。ままならない彼の心情を表しているかのように。

「息吹~女の子たちが待ちくたびれてるんだけど。さっさと着替えて出て来いって」

「今行くよ」

道場の外で待っている女性が複数いる辺りで彼が非常に異性にもてるのがわかる。だがその中には弓道部部員はいない。

部内では彼の評判がしっかりと伝えられている、というのもあるが単純に彼が部内ではそれほど異性受けしてないから、という驚く事実もあった。

理由は至極簡単。彼は容姿に優れ勉強が出来、なおかつ話題豊富で女性を楽しませるのが好きだから女性にモテる。

だが弓道部には同時にその条件のいくつかを揃えている別の男性が何人かいるからだ。

そのため、これだけの条件が揃っていながら女性に(一途という意味で)誠実ではないと思われ、そこが欠点だと認識されているのである。何人もの女性と同時に付き合う事については納得できるかは別にして彼なりの理由はあるが、理解されなければ今その理由に意味は無い。

(真の奴、いったいどうやって東と長谷川の同時攻略なんてやってのけたんだ?ったく弓だけじゃなくこっちでも負けたんじゃ立つ瀬がねえな)

深澄真という少年にそこまでの計算などない。というか女心など、なまじ女姉妹がいる為か鈍い傾向があるくらいだ。

弓だけじゃなく、とは彼にとって真が好敵手であることを示していた。息吹から彼への一方的な思いではあるけれど。

何度か彼の弓を射る姿に魅入ったことがある。息吹はそこで初めて神業とかいった類の技量に出会った。

卓越した技術、尋常ではないソレを人は神や悪魔の技に例える。息吹正宗にとっては深澄真の弓が初めて触れる神業と呼ぶ領域だった。

以来、確実に彼の中で神業認定のハードルはあがった。一度認めた物がある以上、同程度でないと認めることができなくなってしまった。

だからこそ彼はその真に心惹かれた女に興味を持ち、そして見事に惚れてしまったわけである。

(なぁ真。東にしろ、長谷川にしろ。どっちもえらい良い女になってきてるぜ?お前、いつか帰って来いよな。律儀なお前が消えるんだ、ただごとじゃねえのはわかる。でもな、二人と何かあったんだろ?だったらせめてその決着くらいはつけろよ。俺らの目が届く間は変な虫つけないようにしとくから。……くっそ丸損な役回りだ、俺。スペックは主人公張れる自信があるってのに。家はそこそこ金持ちだし顔も身長もスタイルもバッチリ、成績だって一桁から落ちたことないしスポーツも万能なんだぜ?さらに話題も豊富で男女問わずに人気者なんだけどな~。どっからどう見ても主人公じゃね?)

確かに。息吹政宗は恐ろしいほどのスペックを誇る。ほぼ満点のグラフを作るに違いない。総合能力的には真を遥かに上回る。……果たして主人公になれるかは別にして。

対して深澄真は一点特化である。彼には数値化できそうな能力で誇れるのは弓全般しかない。レーダーチャートにするとその項目に最高をあわせれば出来上がった図形は線になるだろう。潔い程の特化振りである。

何か真に有利な点はと探せば。恐らく真の方が共感は、出来そうかといった位か。

勇者と呼ばれた友人の始めての色恋を見守る心算を固めた息吹正宗。その決心はおよそ外に漏れることなく、待っていてくれた女の子に愛想良く振舞う姿は入学以来変わることの無い彼のままだった。




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