テイラー展開とは何かテイラー展開は便利だし、良く使われるテクニックである。 その意味も計算方法もとても簡単だ。 細かな注意点は後にして、まず式から書いてしまおう。
ちょっと複雑に見えるかも知れないが、説明を加えればすぐに意味をつかんでもらえるだろう。
自分はある点
それらの「溢れんばかりの情報」を使って、
このような具合にして、関数
もし
このような「原点のまわりでのテイラー展開」のことを「マクローリン展開」と呼ぶことがある。
なぜ成り立つのか(1) 式をどのようにして思いつくことができるのかという説明は面倒だが、 (1) 式がなぜ成り立つのかを説明するのは簡単である。 (1) 式の両辺を微分してみてほしい。 右辺にある
ははぁ。
全体が一段下がってきただけで (1) 式とまったく似た形になっているではないか。
この両辺にある
何度やっても同じ形だ。
(3) 式の両辺に
どれくらい離れてもいいのか先ほどから「(1) 式は
関数のグラフというのは曲線かも知れないが、 ところが 2 点間の距離が大きくなってくるにつれてグラフの線が単なる直線とはみなせなくて微妙な差が出てくる。 (1) 式の 3 項目以降はそのずれを補正するためのものだ。
だとすれば
いや、そう甘くはないのだ。
項を増やすほどに正確になるのは、 (1) 式の右辺は、収束半径の内側では正しい値に収束し、外側では発散してしまうのである。 ちょうど収束半径ピッタリの場所では収束する場合もあれば発散する場合もあって、特に決まりがない。
収束半径が幾つになるかはどんな関数をどこの周りに展開するかによって異なっている。
その求め方は後で説明しよう。
関数によっては収束半径が無限大になるものもある。
その場合には
剰余項(1) 式の右辺は発散することがあるだって?! つまり (1) 式は必ずしも正しい式だとは言えないことになるではないか! ・・・そうだ。 ・・・。 騙して申し訳ない。数学の教科書では正確さを重んじるのでもう少し気を使った書き方になっているはずだ。 有限の項までで止めておいて、最後に「剰余項」と呼ばれる項を付けておくのである。
ややこしく見えるだけで、形式は先ほどと変わらず、最後まで同じパターンである。
ただ、最後の項の もし (4) 式の右辺を 2 つの項だけで止めておけば、
であり、高校で習う「平均値の定理」と変わらない内容である。 テイラーの定理はその拡張版というわけだ。
剰余項は「左辺にある関数
また
細かな注意点以上で、テイラー展開についての基本的なことは話し終わった。 収束半径の求め方についてだけはまだ話していないが、 それは次回に回すことにする。 テイラー展開に限らない話として一から話した方が効率が良いように思えるからである。この他にも色々と知っておいた方がいいこともあるのだが、 勘が良ければ自分でも気付けるようなことだし、 たとえ自力で気付けなくても、他の教科書を読んだりするうちにいずれは気付くことになるだろう。 だいたいこんなものだと思って、自信を持って使ってもらって大丈夫だ。
え、気になるって?
うーん、そうだなぁ。
今回の話に出てきた まぁ、省いているのはそういう細かい話である。 数学ではあらゆるひねくれた可能性を排除して論理を完璧にする必要があるので、 表現には実に細かい配慮が施されている。 その一見面倒なだけに思える表現の裏に隠された存在理由に気付くことができたとき、 その用意周到さには本当に感心するのである。
他にもテイラー展開ができないようなひねくれた例はあるのだが、 そういうものを見つけ出すのは数学が趣味の人に任せておけばいいだろう。 以下では雰囲気の紹介程度に具体的な使用例を並べておくことにしよう。
具体例 1指数関数や三角関数を 0 の周りで展開すると次のようになる。
これらの関数が単純な和で表現できてしまうのはなかなか面白いだろう。
これらの収束半径は無限大である。
つまり
具体例 2指数関数が上のように表せるのなら、 その逆関数である対数関数についてもどうなるのか試してみたくなる。 しかしかと言って、原点以外で展開したようなごちゃごちゃしたものは、 それほど見てみたいという気も起きないだろう。 そこで原点を少しずらしてやるという工夫をするのである。 次のような関数ならば 0 の周りに展開ができそうだ。
実際、やってみると次のようになる。 自分で試してみた方がこうなる理由が分かって面白いと思うけれど。
計算の仕方は次回にするが、この展開の収束半径は 1 である。
つまりこの展開は そこで、(5) 式の右辺に 1 を代入してやると、
となり、正の項と負の項が交互に現れる級数「交項級数」となる。 交項級数は各項の絶対値が単調減少で 0 に収束するなら収束することが言えるのである。 こういうことも次回説明しよう。 また (5) 式の右辺に -1 を代入してやると、
となる。 これは「調和級数」と呼ばれるものの全体にマイナスがかかっている形である。 音楽理論との絡みでそのような名前が付けられたという歴史がある。 調和級数の各項は単調減少で 0 に収束するにも関わらず、無限大に発散することが知られている。 無限に小さくなるものの和が一定値にとどまらないで発散するだって?! 直観に反するような結果なので、そのことが初めて示された時にはかなりの驚きがあったらしい。 今ではそのことを簡単に証明する方法が分かっている。
元よりも小さくしたものでさえ発散するのだから、元の級数は当然発散するという理屈だ。
とにかく (5) 式の収束半径は 1 で、
具体例 3
ここから続けて二度三度と微分をしていくと項がどんどん増えて行って手に負えなくなってくる。
だから今回説明したような方法でのテイラー展開は難しい。
しかし、(6) 式の結果を利用して、
ところで、初項が
であった。
ここで
公比
これはテイラー展開したのと同じことだ。 めでたしめでたし。
方法は次回説明するが、これの収束半径を調べてやるとちゃんと 1 になっている。
先ほど
というわけで、(8) 式については両辺に 1 を代入しても成り立っているということになるだろう。
ちなみに左辺に 1 を代入すると
むむっ、つまり
これも驚きではなかろうか! 私が中学のとき、テイラー展開なんて知らなかったけれども、なぜかこの式だけをどこかで知ったのだった。 慌ててパソコンに計算させて、値が徐々に円周率に近づいてゆくことに感動した日のことを今でも良く覚えている。
具体例 4ここまでの例とは違って、何度か微分したら 0 になってしまうような関数をテイラー展開してみたらどうなるのだろうか。 今、テキトーに思い付いた次のような関数を展開してみよう。
これは 3 回目の微分より後は何度微分しても 0 になるので結果の項の数は有限である。
無限の項がなければ発散などはしないので収束半径などを気にする必要はないだろう。
これを
項の順序が変わっただけで元と全く同じものである。 まぁ、当然といえば当然だ。 項が加わるごとに正確になってゆくという見方もできるだろう。
では同じ式を
こういう式変形ならわざわざテイラー展開を使わなくてもできるのだが、 テイラー展開を使っても出来ることなのだと知っておくと、いずれ役に立つときが来る。 この形の式を見たときに、テイラー展開と同じ思想が表現されている式だな、と気付けることが大切である。
具体例 5では最後に実際的な例を一つやっておこう。 相対論では物体のエネルギー
エネルギーが運動量の関数になっていると見るならば、次のように書いたほうが雰囲気が出る。
関数らしくはなったけれども複雑に見える。
この式は物体が光速に近い時にも成り立っているのだが、
物体が極めて遅い場合、つまり
ところで式の中にある運動量
次のように展開できるはずである。 ちょっとだけ時間が掛かるが、技術的に難しいところはないだろう。
真面目にやってみた人は計算量の多さの割に単純すぎる結果しか残らず、がっくり来たかもしれない。 実はあらかじめ次のようなテイラー展開を公式として知っていると、こういう無駄な苦労をしなくて済んだのである。
この式はよく使う。
覚えておいて損はない。
覚えるのが苦手なら最初の 2 項だけでも十分だ。
この式をテイラー展開を使って自力で導くのは簡単だろう。
この右辺の冪級数の収束半径は 1 である。
先ほどから収束半径が 1 になる例ばかりになってしまっているのが少々不満だ。
この公式をどう利用すれば良いのか分かるように、もう一度 (9) 式を変形してみよう。
ほーら、さっきと同じ結果だ。
楽なものだ。
公式を当てはめるときに
という条件が満たされていないと良い近似にはならないことがうかがえる。
これはつまり
ああ、なるほど・・・、(10) 式の さあ、これくらいで終わりにしておこう。 学生の頃、あちこちでちょこまかと聞いて、長いこと頭の中で一つに繋がらなかった話を こうして一つにまとめて書くことができて満足である。
|