時論公論 「がれき処理を急ぐために」2012年04月25日 (水)

松本 浩司  解説委員

【リード】
ニュース解説「時論公論」です。
岩手・宮城の震災がれきを全国で分担する「広域処理」が国の思うように進んでいません。国の再三の要請で受け入れを表明する自治体は増え始めましたが、放射性物質への不安を理由に事実上拒否するところも少なくありません。国や専門家が繰り返し「安全だ」と説明しているにもかかわらず受け入れが広がらない根底には、国への不信と、基準づくりなど広域処理の進め方の問題があります。今夜はがれき処理を急ぐために何が必要なのか、あらためて考えます。

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【がれき受け入れはどこまで広がったか】
がれきの処理と受け入れはどこまで進んだのでしょうか。

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広域処理は、被災地のうち福島第一原発から遠い岩手と宮城のがれきを全国の自治体で分担して処理するものです。がれきの量は2つの県であわせて2050万トンと見られますが、処理が終わったのは1割にも届きません。
すでに受け入れているのは東京都と青森、秋田、山形の3県で、このほか14府県と9の政令指定都市が具体的に受け入れを表明しています。しかし国の要請に対し「受け入れは難しい」と答える自治体も多く、その理由は「放射性物質への不安」や「広域処理は本当に必要なのか」という疑問が解消されないからです。

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このふたつをどう考えたらよいのでしょうか。
 
【がれきの安全性】
まず安全性です。国はがれきの放射能の安全基準を設けています。

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焼却前のがれきの場合、焼却炉のタイプによって幅があり、放射性セシウムが1キログラムあたり240ベクレルないし480ベクレル以下であること。焼却した灰の場合、1キロあたり8000ベクレル以下であれば安全なので広域処理で受け入れて欲しいとしています。

この基準については最大の科学者の団体である日本学術会議も「妥当」と認めています。今月まとめた提言の中で、この基準に従えば処理施設周辺の住民などに「健康被害を引き起こすものではない」と評価しています。具体的には、処理作業にあたる人や、仮にがれきを埋め立てた上に家を建てたとして、そこに住む人ががれきから受ける恐れのある被ばく量は、普通に生活していて自然界から受ける被ばく量の100分の1以下で、国際的な安全基準を下回る。焼却炉周辺の住民が粉塵を吸い込むなどして被ばくする恐れのある量は1万分の1以下だと説明しています。

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それでも「国の基準は信用できない」と言う県知事もいます。なぜ国の説明に納得できないのでしょうか。

一部の強硬な反対派住民に影響されて決断ができないのだと見る人もいます。
しかし根源的な問題として、原発事故で被害を過小評価する発表を続けた政府への根深い不信があるのは間違いありません。加えて国が安全基準をまとめるまでの手続きや説明の仕方に問題があったという指摘があります。

原発事故以前、廃棄物の放射能についての直接の基準はありませんでしたが、原子力施設内での基準、つまり放射性セシウムで1キロあたり100ベクレルを超える廃棄物を「放射性廃棄物」として厳格に管理するというルールに従って取り扱われていました。
現在のがれきの安全基準は、原発事故のあと環境省の検討会が原子力安全委員会などの意見を聞いて決めたものですが、検討会はすべて非公開だったうえ、議事録も一部しか公開されていません。しかも当初、福島県内のがれきの基準として決められたものが、広域処理にも適用されることになりました。
その結論は100ベクレルから8000ベクレルと大幅な緩和でした。

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廃棄物の問題に詳しく、日本学術会議の提言のとりまとめにも参加した東京大学大学院の森口祐一教授(もりぐち・ゆういち)は、基準そのものについては「これを守れば受け入れ側の住民に、放射線の被ばくによる健康被害が出るということは心配しなくてよいと思う」としています。

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一方で「新しい基準は、放射性物質の管理の根本原則を大きく変えるものだ。にもかかわらず、急ぐ必要があったとはいえ手続きが拙速で不透明なうえ、説明も不足している。『前の基準が厳しすぎた』というのであれば、そう説明しなければ、自治体や住民の不安を払拭できないだろう」と話しています。

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【広域処理の必要性】
次に「広域処理が本当に必要なのか」という疑問についてです。

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国は被災地のがれきを2年後までにすべて処理する目標を立てていて、そのために岩手・宮城のがれきの少なくとも20パーセントを広域処理する必要があるとしています。

しかし一部の自治体などから
▼処理施設をもっと作れば被災地内で処理できるのではないか。
▼目標にこだわらず時間をかけて処理すれば分別作業などで雇用も長く確保できるのではないか、といった声が出ています。

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実際どうなのか、被災地を取材するとそう簡単ではないようです。

被災地では27カ所に仮設の焼却施設が建設されることになっていますが、自治体は用地の確保にたいへん苦労していて、さらに多くの施設を作るのは容易ではありません。また焼却した灰などを埋める最終処分場は、新たに造ろうとすれば、地権者や近隣住民の同意を得ることをはじめさまざまな手続きの必要があり、少なくとも5年以上、場合によっては10年もかかると見られ、とても間に合いません。

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雇用の問題も、すでにどこの自治体もがれきの分別などでできるだけ多くの被災者を雇用する計画を立て、一部で始まっています。しかし担当者は、被災者が求めているのは将来にわたって長く働ける仕事で、一時的ながれき処理には働き手が集まらないと困っています。そもそもがれきの処理に時間をかけることができるのは、がれきの置き場所に困っていない、一部の自治体だけです。
 
【広域処理を進めるための課題】
それでは被災地のがれきの処理を急ぐため、広域処理をどう進めたら良いのでしょうか。

▼まず、がれきの量や内訳をより正確に把握する必要があります。
今の計画の前提になっているがれきの量は、震災から間もない段階でまとめた推計に過ぎません。また1年が過ぎて処理が順調な自治体と遅れているところの地域差も大きくなっています。地域ごとのがれきの量や、木材、コンクリートなどの内訳をできるだけ正確に把握し、どこの、どんながれきを、どれだけ広域処理にまわすのか、計画を練り直す必要があると専門家は指摘します。

▼がれきの再利用も重要です。現状ではほとんど手がついておらず、国が態勢づくりを支援する必要があります。かさ上げや防潮堤の材料などとして再利用することで復興に役立てると同時に、処理が必要ながれきを減らし、広域処理に頼る分も減らすことにつながります。

▼そして、国が受け入れ自治体や住民に対してていねいに説明を重ね、放射線のデータなど情報公開を徹底しなければならないのは言うまでもありません。さらに廃棄物の放射能基準を変えた根拠や今後の放射性廃棄物の管理の考え方を国民にはっきりと示す必要もあると思います。

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がれきに一番苦しんでいる自治体のひとつ、宮城県石巻市の担当者は「がれき処理が進まないと復興の道筋が示せず、住民の流出を食い止めることができない」と悩んでいます。「必要な広域処理」を今、進めることができるのかどうか。それが、被災地の町や、町を出るのか残るのか迷っている人たちの将来を左右すると言っても言い過ぎではないと思います。

(松本浩司 解説委員)