■「みる・きく・はなす」はいま
【清水大輔】3月5日、石川県議会の自民党役員室。紐野(ひもの)義昭・県連幹事長(57)がつぶやいた。
「空気読んどらん」
同席した議員4人が続いた。「見過ごせん」「止めたもんはいなかったのか」
前日の新聞記事。オーケストラ・アンサンブル金沢(OEK)音楽監督、井上道義さん(66)の北朝鮮入りを伝えていた。
井上さんは、県と金沢市が設立したOEKに招かれて以来、クラシックの音楽祭誘致に尽力してきた。今回の訪朝は3月8日に平壌で国立交響楽団と公演するのが目的とあった。
北朝鮮の核実験の強行後の2月末、北朝鮮に抗議する決議案が全会一致で県議会で可決された。案は県連の議員が作成した。
3月7日。本会議で自民党議員2人が井上さんの訪朝をとりあげた。「社会の常識から逸脱した異常な行動」「北朝鮮の広告塔としての発言をさせてはならない」。見解を求められ、谷本正憲知事が答弁した。「一人ひとりそれぞれいろんな考えがある」
地元では「訪朝『許されることではない』」と報じられた。県連の議員はさらに井上さんに関する質問を通告した。
12日。予算委員会で再訪朝する場合の対応を問われ、知事が言った。「監督としての立場を十分考え、自重していただくようお願いしたい」
14日。同じ質問が繰り返された。知事は答えた。「こういう中で訪問するのは常識的にあり得ない」
知事の答弁は、1週間前の質問で自民党議員が訪朝を問題視した中身と同じだった。答弁はなぜ変わったのか。複数回にわたり取材を申し入れたが、知事は「コメントはしない」と文書を寄せた。
井上さんは帰国後、取材に語った。「ぼくは政治家にできないことをしてきたつもりだ」
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川崎市。阿部孝夫市長は2月、朝鮮学校の補助金の一部を削り、学校に通う児童らに配る拉致問題の教材に充てると表明した。核実験の後、各地で補助金支給の見送りを決める動きが広がっていた。
4月初め、阿部市長に真意を聞くと、自身の体験から語り始めた。
旧自治省出身。1973年から数年間、在サンフランシスコ日本総領事館へ出向した。そこで戦時中に強制収容所に入れられた日系人とも交流した。国同士が争う責任を、地域に住む人たちに負わせるのはおかしいと思ってきた――。
「しかし、だ」
市内には拉致被害者横田めぐみさんの両親が暮らす。「国民感情からも、何らかの意思表示をしないわけにはいかない。北朝鮮の味方をしているのかと受け止められかねない」
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4月20日、東京・渋谷のミニシアター。公開初日の様子を見届ける李鳳宇(リボンウ)さん(52)の姿があった。
スクリーンには抱き合って喜ぶ主人公の2人の女性。映画「ハナ〜奇跡の46日間〜」は、韓国と北朝鮮が卓球の統一チームを作り、世界選手権の団体で優勝するという実話をもとにした作品だ。
上映は大手含め数社の映画会社から断られ、2月の予定がずれ込んだ。「『北朝鮮』ですよね、これ」「何が起こるかわからない」と言われた。
李さんは数々の韓国映画を配給してきた。「シュリ」や「JSA」は北朝鮮が前面にでてくる。在日朝鮮人が主人公の作品も手がけた。批判や中傷もあった。「それでも『二分(にぶ)』は残しておこうという余裕が10年前はまだあった」
「村八分」でさえ生ぬるい。李さんはそんな空気を感じている。
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朝日新聞社会部