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福島原発事故Ⅰ

爆発で壁が崩落した福島第1原発4号機の温度を観測した米無人偵察機グローバルホーク、菅直人首相(左上)、オバマ米大統領(左下)、ヤツコ米NRC委員長のコラージュ(福島第1原発4号機の写真は東京電力提供のビデオ画像。その他の写真素材はAP、ロイターなど)

爆発で壁が崩落した福島第1原発4号機の温度を観測した米無人偵察機グローバルホーク、菅直人首相(左上)、オバマ米大統領(左下)、ヤツコ米NRC委員長のコラージュ(福島第1原発4号機の写真は東京電力提供のビデオ画像。その他の写真素材はAP、ロイターなど)
太田昌克 おおた・まさかつ

太田昌克(おおた・まさかつ)1968年富山県生まれ。早大政治経済学部卒業、政策研究大学院博士課程修了、博士(政策研究)。92年共同通信入社。広島支局、大阪社会部、高松支局、外信部、政治部、ワシントン特派員を経て2009年から編集委員。06年度ボーン・上田記念国際記者賞、09年平和・協同ジャーナリスト基金賞を受賞。近著に『日米「核密約」の全貌』(筑摩選書)。

 メルトダウン(全炉心溶融)が世界を震撼させている福島第1原発事故。危機封じ込めへ向け、3月11日の事故発生から全面支援を続ける米国だが、初動から事態悪化への懸念に加え、日本への疑念と不信を募らせた。「フクシマの核危機」に襲われた日米同盟の死角と食い違いを検証した。

上空から温度観測

 「実は事故発生後、米国は4号機の使用済み燃料プールを上空から観察していた。偵察衛星や(無人偵察機の)グローバルホークを使って」。複数の日米両政府の当局者がこう明かした。
 3月15日午前6時すぎ、福島第1原発4号機で爆発が起き4階の壁が崩落、火災も発生し、水素爆発の恐れが指摘された。偵察機搭載の赤外線センサーで同機の温度を観測していた米政府も当初、この見方をとった。
 津波による電源喪失で燃料プールの冷却機能が失われ、燃料を冷やす水の温度が上昇し蒸発。その後、燃料が空気にさらされ、燃料を覆うジルコニウムが燃え、水素が発生し爆発―。米政府専門家の見立てだった。
 事故対策を所管する米政府高官が振り返る。
 「水素爆発しか他に爆発の理由が考えられなかった。プールの水が減りジルコニウムが燃えたと思った。水温は上がっていたし、長い横揺れで水がプールからこぼれ出た可能性があった。また地震でプールが損傷、水が漏れ出た恐れもあった」

ノーマーク

 米東部時間16日の米議会緊急公聴会。「(4号機プールから)大部分の水がなくなった」。米原子力規制委員会(NRC)のヤツコ委員長のこの証言が、日本側関係者を仰天させた。
 「プールの水が沸騰するとは思い始めていたが、燃料が壊れる事態は考えもしなかった。過酷事故時における使用済み燃料プールの問題は、日本の原発事業者にとって全くのノーマークだった」
 ヤツコ証言に驚いたという日本政府内の原発専門家はこう語った。
 それまでは、大震災後の数日内で電源が復旧することが事故対策の大前提だった。今回のように全電源喪失でプールの冷却機能が長期間なくなる事態は「想定外」で、日本の原子力界にとってまさに死角だった。
 「燃料プールは(格納容器で守られた)原子炉と違い、放射性物質を閉じ込める防壁は建屋だけだ。水素爆発が起きていたとしたら、それは(外部への)防壁がなくなったことを意味した」。先の米高官は4号機プールをめぐり米政権内に広がった危機感を解説した。

認識にギャップ

 ヤツコ証言から間もない日本時間の17日朝、原子力政策を担当する日本政府高官の卓上電話が鳴った。受話器の向こうにはホワイトハウス高官。
 「水があるのか、ないのか教えてくれ。4号機プールは壊れているのか...」と質問する同高官。
 日本側は17日に自衛隊ヘリで3号機プールに放水を開始する前日、4号機プールに十分な水量があることを画像で確認。これを米側に説明したが「信じてもらえなかった」(内閣官房幹部)。防衛省幹部は「4号機の認識については日米にギャップがあった」と話す。
 プール問題は米側にとっても死角だった。NRCがそれまで「使用済み燃料プールに問題はない」と、その安全性に太鼓判を押してきたからだ。
 しかし福島の事故で燃料プールの脆弱さが浮き彫りになった。この点が核テロの脅威と結び付けられ、米国で脱原発論を喚起する可能性もある。

苦言

 事故の初動段階で、米政府が日本側から満足な情報提供を受けられなかったことも、米側の対日不信に拍車を掛けた。
 「最初の3、4日はワシントンにまともな情報が入ってこなかった」と在米日本大使館関係者。別の関係者は「危機なのに自衛隊が前面に出ず、東京電力と経済産業省原子力安全・保安院任せの対応に米側は不満を募らせた」と証言する。
 スタインバーグ国務副長官やキャンベル国務次官補も当初、枝野幸男官房長官や藤崎一郎駐米大使に「透明性の確保こそ重要」と苦言を呈し続けた。最初の1週間、オバマ大統領は事故の現況報告を毎日受け「フクシマ」は米政権内の最優先課題に浮上していた。
 1号機についてもNRCは3月26日、炉心の水がなくなり燃料が空だきになった恐れを指摘。東電が同様の見方を示したのは5月中旬だった。
 事故翌日に現地視察した菅直人首相の行動も、米側の懸念を増幅させた。
 「米側の早くからの助言は『(炉内の蒸気を放出する)ベントを早くやれ』だった。日本政府の専門家は『現場に行けば作業の支障になるから、視察はやめてください』となぜ首相に言わなかったのか」。先の米高官の疑念と不信は今も消えない。(ワシントン=共同通信編集委員 太田昌克 敬称略、2011年05月17日公開、肩書は当時)

自衛隊ヘリから撮影した福島第1原発。(手前から)1号機、2号機、3号機、4号機=4月26日(防衛省提供)

自衛隊ヘリから撮影した福島第1原発。(手前から)1号機、2号機、3号機、4号機=4月26日(防衛省提供)

米の疑念と不信消えず 同盟襲ったフクシマの危機

広島、長崎への原爆投下で本格的な幕を開けた原子力時代は、福島第1原発事故を受け大きな転換点を迎えた。核保有とは決別する一方、原子力の平和利用にまい進してきた被爆国。原子力時代の裏面をえぐり、核と日本人の軌跡を追う。

初動から食い違い

4号機プール問題

 定期検査中で原子炉内に燃料棒はなかったが、隣接するプールに使用済み燃料1331本と新燃料204本が入っていた。取り出してから約100日後の燃料もあり、水冷却の必要があった。だが3月15日に4号機で爆発が発生。当初は燃料が一部露出し水素爆発が起きたとされたが、東京電力はその後、4号機燃料に大きな破損はなく、3号機から流出した水素が4号機建屋にたまり、爆発したとの見方を示した。

4号機プール問題
コラム

「船」の沈没回避狙う 米、早期対日支援の背景

 「国務省で原発を担当していた際、一つの原則があった。原発事故はどこで起きようが、すべての原発に影響を与えるという原則だ。われわれは同じ船に乗っている。どこの国で大事故が起きようが、原子力という船全体を沈没させかねない」
 核専門家で元米政府当局者のチャールズ・ファーガソン全米科学者連盟会長は、早くから米原子力専門家を大量派遣するなど、米政府が大規模な対日支援に踏み切った背景をこう解説する。
 オバマ政権は原子力を「クリーンエネルギー」の有力な選択肢とみており、「フクシマの核危機」が「原子力ルネサンス」にブレーキをかける事態を何とか回避したい。
 米国自身、世界最大の104基の原発を抱えており、1979年のスリーマイルアイランド原発事故以来となる新規原発の建設・稼働を目指す。今回事故を起こした炉を開発したのが、米ゼネラル・エレクトリック(GE)だったという事実も米政府には重い。

コラム