研究背景
2008年の夏、紀伊水道にてメスのウミガメ(アカウミガメ)が発見された。このアカウミガメは
発見される直前にサメに襲われていたようで、前肢を両方とも食いちぎられていた。日本ウミガメ協議
会はこのアカウミガメを公募で悠と名付けた。この悠の遊泳速度を測った結果、両前肢が健常なアカウ
ミガメの約6割しかなく海に帰すには十分な遊泳速度ではなかった。そこで日本ウミガメ協議会は“人
工鰭”を作り、元の遊泳速度を取り戻させるプロジェクトを開始した。このプロジェクトはさまざまな
方々の寄付や、ボランティア、専門家、企業によって行われているプロジェクトである。
研究目的
このプロジェクトにおいて本研究の担うところは、ウミガメのヒレの運動解析と翼素理論を使った推力計算
より、健常な状態のウミガメの動きと、悠ちゃんのヒレの動きを比較し、また、人工鰭が遊泳に及ぼす影響
などを調べる。そして、悠がより健常なウミガメの動きに近づけるように、人工鰭の改良に貢献することを
目指す。
研究方法
まず運動解析として、鰭に解析点を設け、その解析点をトラッキングすることで、鰭の軌道
をもとめた。 側面からの運動解析を行うことで、健常なウミガメに対して前肢を失った悠の鰭の
軌道と捻りが違うことがわかった。次に、側面からの解析に加え、下面から解析が可能となり、3次元
運動解析を行った。また人工鰭を装着した泳ぎも解析が可能となった。その結果、下面から解析してみると、
健常なウミガメは鰭を前方から後方まで、円弧上の軌跡をとって胴体まで掻き切っているのに対して、人工鰭
を装着した悠は関節が固定された関係で、前方から後方まで直線状の軌跡を描くことがわかった。また、側面
からの解析においても人工鰭によって捻りが制限されているということが分かった。
次に、捻りが推力にどう影響しているかを調べるために、翼素理論を使って推力を算出した。鰭の動きと捻り
からウミガメの翼への流入速度と流入角が得られ、ウミガメの鰭を翼とみなし、翼素理論を用いることで、
悠と健常状態のウミガメの推力を求めることができた。捻りの制限によって確かに推力が減ることが明らか
となった。
以上の結果から2009年9月時点の人工鰭のモデルでは悠は本来の泳ぎを取り戻せていないと判断でき、更なる
改良が必要であると考えられる。
研究公表
磯部ら、アカウミガメの前肢の運動解析、第20回日本ウミガメ会議、2009年11月28日
磯部ら、人工鰭を装着したアカウミガメの運動解析、第10回海中システム研究会、2009年12月9日