なぜ横浜「モバゲー」ベイスターズではダメなのか
2011年11月、日本プロ野球に所属する「横浜ベイスターズ」を、筆頭株主として所有するTBSホールディングスは、携帯電話ゲームサイト「モバゲー」を運営する株式会社ディー・エヌ・エー(DeNA)への球団売却を発表した。DeNAが株式を保有する割合は約66.92%。この数字は取締役の解任権もある議決権ベースの3分の2を超えている。会社法上は原則、議決権の過半数を有する株式会社を「親会社」、持たれている側を「子会社」と呼ぶので、このまま加盟申請が認められればディー・エヌ・エー(DeNA)が「親会社」で球団が子会社となる。
ところで申請された新しい球団名は「横浜DeNAベイスターズ」である。実はDeNA側は、チーム名に主力商品の「モバゲー」を入れたかった。他球団から企業名でなく商品名を入れるのに疑義が差し挟まれ、ならばと、球団を持つ子会社の名称に「モバゲー」を含もうと模索したものの、難色は止まず結局親会社名に落ち着いた。
なぜ商品名ではいけないのだろうか。世に響いている名は「DeNA」よりも圧倒的に「モバゲー」なのに。その理由は「そもそも何で親会社名を入れるのか」を知らねばならない。
ニューヨーク・ヤンキースやボストン・レッドソックスのように、米メジャーリーグの球団名に企業名は入っていない。日本でもサッカーJリーグは、親会社が存在していても球団名に入れていない。日本プロ野球だけ大半がそうしているわけは「企業名を入れたい」もさることながら「企業名を入れた方がいい」からだ。
その根拠は1954年8月10日に国税庁長官から国税局長宛に出された「職業野球団に対して支出した広告宣伝費等の取扱について」と題された通達から探れる。この通達は「親会社」が「子会社」である職業野球団に対して、支出した広告宣伝費等の取り扱いを定めている。4つの条件のうち重要な2項を挙げると
1 親会社が、各事業年度において球団に対して支出した金銭のうち、広告宣伝費の性質を有すると認められる部分の金額は、これを支出した事業年度の損金に算入するものとすること。
2 親会社が、球団の当該事業年度において生じた欠損金(野球事業から生じた欠損金に限る。以下同じ。)を補てんするため支出した金銭は、球団の当該事業年度において生じた欠損金を限度として、当分のうち特に弊害のない限り、1の「広告宣伝費の性質を有するもの」として取り扱うものとすること。
つまり子会社の球団が企業名を名乗って知名度などを上げるから「広告宣伝費」となり、球団運営で赤字(欠損金)が出ても同じようにみなして損金に算入できる。法人税が課される所得は「益金-損金」だから損金とみなされれば、その分だけ法人税が下がるというのがざっくりとした仕組みである。言い換えれば「職業野球団」(プロ野球)だけに認められた税の優遇措置となる。
プロ野球12球団はいずれも非上場で収支の詳細はほとんどわからず、推察するにほとんどが赤字のようだ。その分を親会社が補充しているケースが多かろう。買収となった横浜ベイスターズは毎年20億円規模の赤字とみられている。
ここでいくつもの疑問が出てくる。
①わざと赤字にした方が得ではないか
親会社にとって赤字額を上回るだけの「広告宣伝」価値が球団名にあるとすれば、損金処理できる分だけ節税にもなるので球団は赤字の方が都合がいい。となると球団は経営にゆるみを生じモラルハザードに陥りかねない。
②どこまでが「広告宣伝費」なのか
ある意味①と反対の問題。横浜ベイスターズのような巨額の赤字に見合うだけの「広告宣伝」価値がないと親会社が判断すれば、保有する価値を大きく失う。また親会社自身はいいと判断しても国税当局が「広告宣伝費の性質を有」しないとか「特に弊害」があると判断したら損金算入できない可能性がある。だいたい親会社が「広告宣伝費」に音をあげて球団を手放すというのは本末転倒。「広告宣伝費」に見合う広告宣伝になっていないという証拠に他ならないと自ら白状しているようなものだ。
③企業名である必要はあるのか
「通達」を読む限り「親会社」と「子会社」の関係が明白であるかどうかが条件で、球団名に企業名を標榜しなければならないとはどこにもない。会社法上の親子は、資本の関係であるのは常識である。親子の社名が違うから子会社とは認めないといった話は聞いたことがない。
百歩譲って子会社に親の名がついていた方が「広告宣伝」価値が高いとしよう。となると、DeNAの場合は社名よりも主力商品の「モバゲー」の方がむしろ「広告宣伝」価値があるとさえいえる。また横浜ベイスターズの場合、球団名にTBSは入っていない。だから損金処理ができないなどと聞いたこともない。
④不公平税制ではないか
「通達」そのものがおかしいとの指摘も可能だ。「職業野球団に対して」のみ税制が優遇されていていいのかと。出されたのは1954年。もう60年近く前の話である。この年に球団を保有していた主な親会社は新聞が3社、鉄道が6社、映画が2社などとなっている。新聞社は自紙の販売促進と、当時発足して間もなかった系列放送局で中継して得られる広告料が、鉄道会社は沿線に設けた球団の観客イコール乗客になる、映画もそのまま宣伝とわかりやすかった。しかし世は移って中心的存在だった鉄道は阪神タイガースのみ。「通達」の前提も変わっている。
こう考えると、本来はプロ野球側から通達を返上すべき状況なのだ。そうすると「そんなことをしたら球団経営は成り立たない」という反論が起きよう。しかし本来は「だから通達が必要だ」ではなくて、そんな経営を許していた来し方を反省して「子会社」でも独立し経営する努力をするのが先である。現に親会社を持たない広島東洋カープのように存続してきたケースもある。
1球団の売上高は数十億円以上。この規模は本来中小企業に属する。なのに球団が生え抜きの新卒社員や中途採用を熱心に行っているという話を聞いた試しがない。野球やスポーツとは何の関係もなかった親会社からポンと異動してきても、まともな経営ができるはずがない。
米メジャーでは2011年6月、名門ロサンゼルス・ドジャースの経営破たんが報じられた。しかし内実はオーナー側の経営ミスで球団自体は優良企業。日本とはまるで逆だ。
もし日本プロ野球の各球団が広く優秀な社員を公募すれば「給料などいくらでもいいから働かせてくれ」という人材がきっと殺到すると思うのだけど。