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 いよいよ終章です。
 ここまでお付き合い頂けた優しい皆様に、心より感謝致します。
 ※ちなみに「ラノベ作家になろう大賞」の規定では、このサイトにうpしたものに関しては問題ないそうです。
終章
 ゆっくりと意識が浮上する感覚。それと共に、刺すように酷く痛み始める背中。同時に聞こえてくる、規則正しい電子音、酸素マスク特有のこもった呼吸音、水が沸き立つような音。どこか薬品臭い変な空気、やけに喉が渇いて口内に張り付く舌、肌に触れる清潔なシーツの感触。
 目を開けると、白い天井とステンレス製の細い棒に吊り下げられた点滴容器が見えた。俺の脈拍に合わせて、透明な輸液が一滴ずつ滴り落ちている。きっとカテーテルと針を通じて、俺の左腕に繋がっているだろう。左腕だけが、流れ込んでくる輸液によって冷え切っている。
 覚醒し切らない頭で考えて、ようやく病院のベッドの上にいることに気が付く。そういえば、強盗殺人犯に背中を刃物で刺されたんだった。たぶん病院へ搬送されて、一命を取り留めたのだろう。
 死に損なった今となっては、あの時口にした遺言みたいな言葉が、こっ恥ずかしくて仕方がない。
 横たわったまま視線を左右に動かすと、右に誰かの影が視界の端に映って驚く。人間の気配なんて、ぜんぜんしなかったからだ。少し首をそちらへ動かすと、ツインテールの美少女がベッドの横に腰掛けていた。
「ああ……、ミク……か」
 乾いて硬くなった唇を開いて言葉を紡げば、たどたどしい掠れ声しか出なかった。ちょっと喋っただけでも、喉と口が痛んで、空咳が出た。どうやら人間って奴は、使わないと鈍るものらしい。しかも、咳をする度に背中の傷が引きつれるように痛んだ。
「いっ、ててて……っ」
『大丈夫ですか? 光太郎さん』
「こほ……、いや、あんま……大丈夫、じゃない……」
 咳をしながらどうにか答えて、枕元に垂れ下がっていたナースコールを押した。病室の天井に設置されたスピーカーから、看護士の声が聞こえてくる。
『どうしました?』
「すみ……、み……を……」
 少し大きめの声を張ろうと思ったが、思うように喋れない。横にいたミクが気を利かせて、俺の代わりに答える。
『光太郎さんが目覚めました、水が欲しいそうです』
『ああ、はい。分かりました』
 看護士が答えると、スピーカーが途切れる音がした。しばらく待っていると、紙コップを持った中年女性の看護士がやってくる。
「南さん、目が覚めましたか。良かったですね。はい、お水」
「あり、がと……、ござ、ます……」
 ベッドのサイドテーブルに紙コップが置かれて、それに手を伸ばそうとして、背中の傷に痛みを覚える。
「――っぃてっ!」
「あら、ごめんなさいね、気が利かなくて。ベッド起こしましょう」
 慌てて看護士は俺の枕元へ近付くと、ベッドから出ているスイッチを操作した。どうやらベッドを隆起させる為のスイッチだったらしく、俺が横たわっていたベッドの上半分が傾斜し始めた。斜め四十五度くらいの高さまで上がったところで、動きが止まる。
「このくらいで良いかしら。さ、どうぞ」
「すみ、せん……」
 点滴をしていない右手で紙コップを受け取って、口に付けると一気に煽った。よほど喉が渇いていたらしく、水がこれほど甘美で美味いものとは思わなかった。渇いていた土が水を吸い込むような勢いで、身体が水を求めていた。
「すみません、おかわり下さい」
『はいはい。起きたばっかりだから、喉が渇いてたのね』
 看護士がおかしそうに小さく笑いながら、俺から受け取った紙コップを手に病室を出て行った。数十秒で看護士は戻ってきて、紙コップを渡してくれた。さすがにこれ以上を忙しい看護士の手を煩わすの申し訳ないので、少しずつ水を飲むようにした。
「ありがとうございました」
「はいはい。何かありましたら、またナースコールを押して下さいね」
「はい、どうも」
 看護士が出て行くのを見送って、ミクに小声で話し掛ける。
「後で、水貰って来てくれるか?」
『はい、すぐ廊下に給水タンクがありました。看護士は、そこから水を汲んでいましたから、貰ってきます』
「おう、サンキュな」
 水を飲み干して、ミクに三杯目の水を持って来て貰うと、ようやく落ち着いた。大きくため息を吐き出して、ミクに訊ねる。
「俺がここに運ばれてから、何時間経った?」
『百六十八時間です』
 淡々とした口調で、ミクが答えた。えーっと、百六十八時間って、何日だっけ? どうやら、質問の仕方を間違えたようだ。俺は言い直す。
「何日経ったんだ?」
『七日です』
「そんなにっ?」
 ミクの答えを聞いて、俺は驚いた。七日も俺は眠っていたのか。
「俺が寝ている間に、何か変わったことはなかったか?」
『犯人の手口が、海原先輩の事情聴取により、明らかになりました』
「ああ、姉さんに尋問受けたのか。可哀想になぁ……」
 海原彩、通称「オトシの姉さん」彼女の尋問に掛けられて、ゲロらない奴はいないと言われている。そのくらい、いびられるのだ。犯人は、相手が悪かったな。ご愁傷様。
 合掌する俺を見ながら、ミクが淡々と語り出す。
『まず、犯人は宅配便業者を装って、扉を開けさせます』
「うん、大体思った通りだな」
 腕組みをして、さもありなんと頷く。この手口は、俺と安藤も予想した。
 チャイムと共にドア越しに「配達でーす」なんて声を掛けられたら、誰でも警戒なく玄関を開けてしまうという心理を突いている。ただチャイムを鳴らされただけなら警戒するが、その魔法の言葉を口にするだけで、警戒を解いてしまう。恐ろしい言葉だ。
『次に刃物か何かでお年寄りを脅して、金品を出させます。その後、通報を恐れて、住人を絞殺します。さらに金目になりそうなものを物色し、持って来たダンボール箱に詰めます』
「宅配業者と思わせる為のダンボールは、凶器を入れるのと金品を詰める為に使うのか。なるほど、犯人は頭良いな」
 おっと、うっかり感心してしまった。どれだけ大きなダンボールを抱えていても、宅配業者なら絶対に怪しまれない。これも、宅配業者という特殊な職種を上手く使った心理作戦だ。
『その後、潜伏先としてしばらくそこに住み着きます。そこに住み着いている間、移動に使った車は家の持ち主の月極め駐車場に停め、カバーを掛けておきます』
「確かに、カバーを掛けておけば、どんな車が停まっているか分からないもんな。しかも、月極め駐車場っていっても、普段そんな気に掛けないし」
 同じ駐車場内でも、どこに何の車が停まってるなんて、さほど気に掛けないのが普通だ。知り合いや友達ならまだしも、全然知らない人間の車なんて、車に興味がある人くらいしか気付かないだろう。恐らく犯人は、心理学に長けていると見た。
 そこで、ふと思い出す。カバーを掛けている時ならまだしも、「おサルのカゴ屋」のワゴンは、走っていれば相当目に付きやすいはずだ。
「何で、あんな目立つワゴンを使ってたんだ?」
『わざわざ目立つワゴンで犯行を行っていたかについては、特に理由はなかったとのことです』
「理由はない?」
『単にあったから使ったと、供述したそうです』
 そうか。犯人にとっては、宅配業者であれば何でも良かったんだ。それこそ黒猫だろうが、飛脚だろうが。いくら目立つワゴンだとはいえ、実際に走っている時はそんなに注目しないか。目の前を通り過ぎても「あら、珍しい」くらいで、気にしない。
「で、時期を見て証拠を隠蔽する為、ガソリンを撒いて放火すんだろ? 火が小さいうちに、再び宅配業者を装って逃走。火事が大きくなる頃には、犯人は車でどこかへ走り去った後といったとこか?」
『さすが光太郎さん、その通りです』
 可愛らしく微笑んで、ミクが小さく拍手をした。まぁ、そのくらいは俺にだって見当付くさ。でもやはり、褒められると嬉しいもんだ。顔が緩んで、自然と笑みが浮かんだ。
「で、犯人はどうなったんだって? 犯行動機は?」
『犯人は現在、留置所にいます。犯行動機は、金欲しさによるものだったようです。殺人もゲーム感覚で、罪の意識はまるでなかったと』
 もしかしたら彼にとって人を殺すということは、虫を殺すのと同じ感覚なのかも知れない。殺したことを悔いることなく、邪魔だから殺す。そんな気持ちなのかもしれない。俺は嫌悪感を覚えた。
「うわっ、サイテー野朗だな」
『ええ。光太郎さんを殺そうとした、最低野朗です』
 ミクが憎々しげに吐き捨てたので、俺は思わず吹き出した。笑う俺を見て、ミクがますます渋い顔で睨みつけてくる。
『何です?』
「いや、ミクちゃんも、そんな顔出来んだなって思って」
『そんな顔って、どんな顔ですか?』
 不機嫌そうな口調で訊ねられて、俺は声を上げて笑いながら答える。
「人殺しそうな顔っ」
『そんなことしませんよ』
 ミクが拗ねたような顔をしたので、俺はおかしくて笑ってしまった。しばし笑った後、話の続きを促す。
「あー、笑った笑った。で、それで? 奴はどうなるって?」
 少し不服そうに俺を睨んだ後、ミクが淡々と話し始める。
『裁判が始まれば死刑確実だろうと、言われています』
「あ~……、だろうな。何人、殺したんだって?」
 恐る恐る訊ねる俺とは対照的に、ミクはいとも簡単に答える。
『十三人です』
「そりゃ、当然か」
 何人殺したって、罪は同じ。待っている最高刑は死刑。それ以上はない。他国だったら、死刑を禁じていることがある。最高刑は終身刑で、死ぬまで刑務所で生き続けなければならない。一生刑務所に閉じ込められて、外へ出ることが許されないまま死ぬ。これほど辛い刑もない。いっそ殺してくれた方が、楽になれるというものだ。たまに刑務所の生活が快適になってしまって、社会復帰出来ない者もいるらしいが。
 俺は深々とため息を吐くと、ミクに笑い掛ける。
「でも、もう、被害者は出ないんだよなっ? もう事件は終わったんだよな?」
『ええ、そうですよ』
「そっか、良かった」
 ミクも俺を見て、穏やかに笑った。ああ、やっぱり何度見ても綺麗だ。美人は三日で飽きるというけど、あれは嘘だな。いくら見ても、見飽きることはない。
「あ、じゃあさ……。お前とのコンビも、これで解消ってことなのか?」
 ミクと離れるのは、とても辛い。でもこいつはロボットで、今回の事件が試運転だって聞いている。試用期間が終われば、科警研に戻るのだろう。離れたくない、でも仕方がない。俺にはもったいないくらい、有能で完璧な相棒。
 寂しさを隠して、あえて明るい口調で笑って見せる。
「今まで、ありがとな」
『そのセリフは、もう聞きたくありません』
 ミクが急に冷たい口調で言い放ったので、俺は呆気に取られる。
「は?」
『貴方、そのセリフ、刺されて気絶する直前にも言ったでしょう? 一度聞けば、充分ですっ!』
「聞こえてたのか、あれ」
 ほとんど、息で喋っていたようなもんだったのに、良く聞き取れたもんだ。俺が感心していると、ミクは怒った口調で言う。
『最初は分かりませんでしたが、後から解析しました』
「さっすが、ミクちゃんっ」
『褒められても、嬉しくありません。あの時と同じ言葉を言うなんて、最低です』
「何、怒ってんだよ? せっかくの美人が、台無しだぞ?」
 ミクの頬を突付いてからかってやると、ミクが烈火のごとく怒鳴る。
『死ぬかと思ったんですよっ? 貴方を、失うかと思ったんです! そんなの、耐えられませんっ!』
「ミク……」
 そうか。こいつ、そんなに俺のこと大事に思ってくれていたのか。思わず感動していると、ミクはさっきとは打って変わって、爽やかに笑う。
『ですから、もう二度と貴方から離れません』
「え? それって、どういう……」
 俺が呆然として聞き返すと、歯切れ良く説明してくれる。
『光太郎さんが寝ている間に、私、科警研の皆さんと交渉したんです。私の試用運転を、無期限延長して、光太郎さんの側にずっといさせて欲しいと』
「えぇっ?」
 俺の知らない間に、ミクがそんな交渉をしていたなんて信じられない。だが、それが本当だとしたら、かなり嬉しい。胸の奥が温かくなって、思わず声を弾ませる。
「マジかっ! じゃあ、また一緒に捜査したり、犯人捕まえたり出来んのかっ?」
『ええ。これからも、ずっと一緒ですよ、光太郎さんっ』
「やったぁーっ!」
 俺はミクの首に抱き付いて、思い切り笑った。嬉しくて嬉しくて、幸せが全身に満ちていくようだ。急に動いて背中の傷がかなり痛んだけれど、そんなことはどうでも良かった。
「ミク」
『はい?』
「俺は、ミクが大好きだ」
『はい、私も光太郎さんが大好きです』
 俺達は顔を見合わせて、微笑み合う。だが、俺の好きとミクの好きは意味が違う。どんなに俺がミクを愛しても、ミクが俺を愛してくれることはない。ロボットだってことは重々分かっている。俺を慕うようにプログラミングされた、ただの機械だってことも分かっている。それでもいい。
「ずっと、側にいてくれ」
 ミクがいてくれるだけで、幸せだから。
 ここまでお読み頂けた方、ありがとうございました。並びにお疲れ様でした。
 もし不快になられた方がいらっしゃったら、申し訳ございませんでした。
 初の純情恋愛風刑事物は、いかがでしたでしょうか? 正直、こっぱずかしい思いでいっぱいです。
 少しでも、暇潰しになりましたら幸いでございます。
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