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 第四章までお付き合い頂けるとは、お心の広い貴方様に感謝致します。
第四章
 捜査を始めて、五日後。俺とミクは、捜査会議に出席していた。
「安藤巡査」
 ホワイトボードを背に座っていた捜査本部長が、安藤を呼ぶと、彼は立ち上がって、手帳を見ながら報告を始める。
「はい。容疑者が通っている大学で、知人だという人物と接触しました。どうやら容疑者は人見知りが激しく、合コンへ誘っても『行かない』の一点張り。つねに一人でいることを望んだと、証言しました。大学に勤務している教授の話によると、容疑者は大人しい性格で、真面目で勉強熱心であったと、いうことです」
 そういう人間こそ、キレるとヤバイ。普通の人間がとてもやりそうにない残忍なことを、平気でやってのけたりする。普段は自分を押さえ込んでいるが、いざ爆発するととんでもない行動に出る。例えば、放火や動物虐待。どこかへ八つ当たりをして、憂さ晴らしをする。どんなに残忍なことをしても、それが悪いことだとわかっていても、自分を止めるすべを知らない。いや、もしかすると善悪の区別がつかないのかもしれない。

 午後一時頃。俺は、また「お婆ちゃんの●宿」へ聞き込みにやってきていた。もう何度も足を運んでいるので、顔を覚えられてしまった。俺ではなく、青いメモリーを挿したミクが。
「おや、タロウちゃん。また今日も聞き込みかい?」
『はい。皆様を守るのは、警察の義務ですから。日々、皆様のことを考えていますよ』
「俺もだよ、タロウちゃんっ」
 声を掛けてきた爺さんは、キザったらしくポーズ付きで言い放った。何が「俺もだよ」だ。年齢を考えろ、年齢を! ミクも罪なき爺さんを落とすのは止めろ。なんでお前はそう、見境がないんだっと、心の中だけで叫ぶ。
「おい、聞き込みするぞ」
『はい、光太郎さん』
 俺が呼べば、ミクは、俺の命令を最優先する。ちょっと優越感。今まで俺は下っ端だったので、誰かに命令されることはあっても、命令することはなかった。だから、有能なミクが相棒兼部下だと思うと、ちょっと誇らしい。爺さんは一瞬残念そうな顔をしたが、懲りずにミクに話しかけてくる。
「あ、そういえば、タロウちゃん。山田さん家が燃えたって話、知ってる?」
『ええ。ちょうど私が、山田さんのお宅を見張っていた時でした。私が不甲斐なかったがばっかりに、山田さんを助けることが出来ず……。本当に、惜しい方を亡くしました』
 役者張りに、ミクがお涙ちょうだいの大げさな演技をした。無駄に可愛らしい顔でしおらしくやるものだから、爺さん達の涙を誘う。
「タロウちゃんが悪い訳じゃないよっ」
「そうだよっ、放火した人が悪いっ!」
「タロウちゃん、泣かないでくれっ!」
 爺さん達が懸命に、ミクを慰めようとしている。だが、慰めずとも結構だ。そもそも、ミクは泣かないし、繊細な心を持っている訳でもない。初めから、そんな機能は持ち合わせていない。そのクセ、変なこだわりのある機能なら、各種搭載されている。今の茶番も、その一つだ。
 はかなげな笑顔で、ミクはゆっくりと爺さん達の顔を見回す。
『ありがとうございます。これからも精一杯、皆様のお役に立てるように、頑張りたいと思います』
「おお、なんて健気なんだっ!」
「頑張れ、タロウちゃん!」
「俺達は、タロウちゃんの味方だ!」
「タロウちゃんっ!」
 いつの間にやら、ミクは爺さん達に囲まれ、タロウちゃんコールと拍手に包まれている。俺は、すっかり蚊帳の外だ。
『強盗殺人および、放火犯に関することがあったら、小さなことでも良いので、教えて下さい。一刻も早く、容疑者を捕まえて、皆様を安心させたいのです』
 ほほぅ、そういう流れへ持っていくか。こう言えば、爺さん達は率先して情報提供してくれるだろう。無駄話が減れば、時間も節約出来る。当然、効率も上がる。人の心を掴むのが上手いな、ミク。
 すると爺さん達は口々に、先日強盗殺人および放火犯に殺された、被害者鈴木くめさんのことを話し始める。
「わたしゃねぇ、この間亡くなった鈴木さんと仲良かったんだよ。お土産も良く頂いてね。荷物が重くて大変だから、お土産はみんな郵便配達に頼っていたらしいよ」
「そうそう。鈴木さん家には、郵便屋さんがよく来ていたのぅ」
「放火された日は、見たこともない宅配屋さんが来たねぇ」
 それを聞いて、「おサルのカゴ屋」を思い出した。俺はどうにか、人の輪に入り込んで、訊ねてみる。
「それって、猿のマークが付いた車じゃありませんでしたか?」
「ああ、それそれ。猿が描いてあった」
「猿のマークって、珍しいのぉ」
「わしゃ見たことないわ」
「俺は見たぞ」
『どこでですか?』
 ミクが「見た」と言った爺さんに向かって、声を掛けた。顔を間近で見た爺さんは、とろけそうな笑顔を浮かべる。
「そうさのぉ、三日前くらいかな」
 三日前といえば、俺達が容疑者のアパートに張り込みしていた日だ。その日、鈴木さんは強盗殺人犯に殺され、家ごと火葬された。だが、遺骨の引き取り手はいないらしい。可哀想なことに夫には先立たれ、子宝にも恵まれなかったそうだ。
『それ以降、そのワゴン見た人はいますか?』
 しかし、爺さん達は首を横に振った。「おサルのカゴ屋」のワゴンは、一体どこへ行ってしまったのだろう? ややあって、一人が呟く。
「もしかすると、もうないのかもしれん」
『どういう意味ですか?』
 俺もミクも、周りにいた爺さん達も首を傾げる。先程の爺さんが話を続ける。 
「スクラップ工場へ行ったか、どこかへ乗り捨てたか、塗装して分からなくしたか」
「なるほど。その可能性はありますね」
 俺は、何度も頷きながらメモを取る。手掛かりを掴むのは大変そうだが、探してみる価値はある。
「行くぞ、ミク」
『はい、光太郎さん』
 ミクを連れて歩き出すと、爺さん達は心底残念そうな顔をした。
「タロウちゃん、もう行っちゃうのかい?」
「もっとお話しせんかね」
「じゃあ、これ、持って行っておくれ」
「タロウちゃん、おやつに食べるんだよ」
『はい、ありがとうございます』
 別れ際に爺さん達は、いくつもお菓子を差し出す。満面の笑みを浮かべて、ミクはそれを受け取って礼を言った。残念ながら、それを食べるのはミクではなく、俺なんだけどな。
「タロウちゃん、また来てくれるよねぇ?」
『はい、また来ます。皆様、くれぐれもお気を付けてお過ごし下さい』
 ミクがサービス満点の笑顔を向け、名残惜しそうな爺さん達に手を振った。いっぱしのアイドル気取りか。爺さん達は黄色い声(?)を上げながら、ミクに大きく手を振った。ずいぶん離れてから振り返っても、彼らは手を振り続けている。
「きっと、見えなくなるまで、見送り続ける気だな。全く、ご苦労なこった」
『そういうことは、言っちゃダメですよ、光太郎さん』
 俺の呟きを聞いたミクが、苦笑しながら耳打ちした。

 コインパーキングまで戻ると、早々にメモリーを引き抜いた。青いメモリーは使える奴だが、放っておくとドンドン爺さん達をタラしこんでしまう。困った奴だ。
 爺さん達の提案を元に、スクラップ工場をカーナビで調べる。都内にあるスクラップ工場は、わずかに一件。ここから結構距離はあるが、とりあえず車を走らせる。
 工場へ辿り着く頃には、午後三時近かった。広い敷地には、潰されて大きな鉄の塊となった車が、ブロックのように大量に積まれている。作業をしているフォークリフト、空き缶を潰すように、車を鉄クズにしてしまうスクラップ専用の大型機械。あちこちで大型機械が動いていて、とてもうるさい。
 ここではメモリーはいらなさそうなので、木偶状態のミクを連れて、工場内にある事務所を訪ねる。
「あのー、すみません。少々お話をお聞きしたいのですが、お時間よろしいですか?」
「どちら様ですかー?」
 会計事務をしていたらしい若い女性が、こちらへやってくる。薄化粧で、メガネを掛けている地味な女性だ。俺は警察手帳を見せながら、ここへやってきた事情を話す。
「強盗殺人及び、放火の容疑者を捜索しているのです。それでですね、こちらで猿のマークが付いた車を、見かけませんでしたか?」
「そうですねー、少々お待ち下さい」
 事務員は俺にひとこと断りを入れると、他にいた事務員に声を掛ける。彼女達はしばらく相談して、工場長を呼ぶことにしたらしい。受話器を取り、内線を繋ぐ。
「すみません、そちらに工場長はいますかー? ……ええ、はい。実は、刑事さんがいらっしゃっていてー。……はい。では、お待ちしていますー」
 事務員は二言三言話すと、受話器を戻した。
「今、工場長が参りますのでー、そちらでお待ち下さーい」
 事務所の片隅にある、簡単な応接セットへ促された。俺とミクは、所々破けた部分をガムテープで塞がれた、古いソファへ腰掛ける。
「粗茶ですが、どうぞー」
 さっきの女性事務員が、色の薄い緑茶を、俺とミクと工場長の前に置いた。いやいや、お姉さん。ミクは機械ですから、水濡れ厳禁です。生活防水性能があるとはいえ、端子に水が入ったら、さぁ大変!
「ご親切にどうも」
 礼を言いながら、茶をすする。予想通り、安いティーパックの味がした。俺はこう見えて、舌は肥えている。特に緑茶の良し悪しは、すぐ分かる。まぁ、出されたものを無碍にするのは悪いので、一応飲むけど。
 しばらくして、作業着を着た小太りの中年男性がやってきた。いかにも工場長ですと、いった風格だ。
「どうもお勤め、お疲れ様です、刑事さん」
「お忙しいところを、すみません」
 俺とミクは立ち上がって会釈すると、工場長は苦笑しながらソファに腰掛ける。
「いやぁ、恥ずかしながら、そんなに忙しくないんですよ。不況の煽りを受けましてねぇ、受注がずいぶん減ってしまって。全く、困ったものです。あ、どうぞお座り下さい」
「それは、大変ですね」
 答えながら俺とミクは、ソファに腰掛けた。
「いや、それに引き換え、貴方方は羨ましい」
「羨ましい?」
 工場長の言う意味が分からず聞き返すと、彼は意地悪な笑顔を浮かべる。
「警察は不況とか、関係ないでしょう? むしろ、犯罪が増える訳ですから、商売繁盛でしょう?」
「あー、なるほど」
 この世には、商売繁盛を願ってはいけない職業が、実は結構たくさんある。病院、葬儀屋、警察などがそれにあたる。
 工場長は、ゲラゲラ笑っている。これは、彼なりのギャグなのだろうか? 正直笑えないんだけど。俺は、愛想笑いをするほかなかった。
 とりあえず薄い茶で喉を潤すと、俺はここへやってきた理由を今一度話した。工場長は顔をしかめて、考え込む。
「うーん、見たことありませんね」
「そうですか」
 俺が肩を落とすと、工場長は顎に手を当てて苦笑する。
「そもそも、このあたりで猿のマークが付いたワゴンなんて、見たことないですけど」
「そこなんですよね。黒猫や飛脚なら良く見かけますけど、猿はないです」
「どっか別の県でなら、見た覚えがあるんですけどねぇ」
 手帳を取り出し、安藤から聞いた「おサルのカゴ屋」本社の住所を確認する。確かに、関東から遠く離れた県だ。俺も首を傾げる。
「なんで、東京なんでしょう? 東京じゃ、却って目立つのに」
「変ですよねぇ」
 俺と工場長、そして何故かミクまでが、首を傾げた。
 関東エリアに、他県の宅配車が走っていること自体が不自然だ。その県内ならば、さほど目立つことはなかったはずなのに、容疑者はわざわざ東京で犯行を続けている。何故か? それが、今ひとつ分からない。東京で目撃されれば、一発で分かる。
 あえて、そうしなければいけなかった理由とは何だろう? 仮に、だ。目立つことが目的だとしたら、一体何が考えられる? 目撃されたかったのだろうか? 自分の犯行を、誰かに止めて欲しかった? その可能性もなくはない。
 工場長にあれこれ訊ねてみても、大した情報は得られなかった。
「ご協力頂き、ありがとうございました」
「いえ、すみませんね。何のお役にも立てず」
「そんなことありません。ああ、そうだ。今後、猿のマークが付いたワゴンを見かけたら、署へご連絡下さい」
「分かりました」 
 工場長に見送られて、事務所を後にした。
 それにしても、おやつ時に行ったにもかかわらず、茶菓子のひとつも出ないなんて、本当に経営が厳しいんだろうな。出された茶も、文字通り粗茶だったし。
 車へ戻ると、後部座席に置いた大量のビニール袋の中から、賞味期限が早そうなまんじゅうを選び出して食べる。昨日、爺さん達から頂いたものだ。とにかく、賞味期限の早そうなものから片付けなくてはいけない。
 あ、しまった。工場に、少し分けて上げたら良かったかな? でもわざわざ、お菓子を上げるのに戻るのも変か。 

 さてお次は、塗装業を探す。車の塗装をする店も、数は限られている。工場から近い小さな塗装屋へ行くと、ちょうど車を塗装している場面に出くわした。テープとビニールシートで窓やタイヤを覆い、専用のスプレーで車を塗り替えている。ガレージ内には、鼻を突くシンナーの臭いが充満している。俺は思わず、鼻と口をハンカチで覆った。
 作業が一段落してようやく、つなぎを着た中年の作業員は、俺達の存在に気付いた。ゴーグルとマスクを外して、こちらへ訊ねてくる。
「お客さんですか?」
「いえ、こういうものです」
 警察手帳を開いて自己紹介をすると、中年男は驚いたように目を見張った。
「刑事さんでしたか。で、何のご用でしょうか?」
「ええ。こちらへ猿のマークが付いたワゴンは、来ませんでしたか?」
「猿? さぁ? 知りませんね」
 作業員は不思議そうな顔をして、首を横に振った。

 その後、手当たり次第に塗装屋を回ったが、どこの塗装屋も似たような答えだった。
 次は、カー用品専門店へ向かう。何も塗装屋に頼まなくても、カラースプレーを買えば、自分で車の塗装は出来る。
「いらっしゃいませー」
 営業スマイルを浮かべる店員に、警察手帳と容疑者の写真を見せる。
「すみません、この男が来店しませんでしたか?」
「さぁ? うちには来てませんね」
 ほかのカー用品専門店でも、答えは似たり寄ったりだった。
 次は、百貨店だ。ここにも、塗装用のスプレーやペンキが売られている。だが、ここにも手掛かりはなかった。
 次はどこを探せばいいのだろう。あと、考えられるのは、どこかへ乗り捨てた場合だ。これは、どうやって探せばいいのだろう? あてずっぽうに探して、見つかるはずもない。容疑者とワゴンは、一体どこへ?

 困り果てて、今度は容疑者が通っているという大学へ足を向けた。既に他の捜査員達が聞き込みを済ませた後だが、ミクがいれば、何か違う証言が得られるかもしれない。
 都内有数の大学の中でも、レベルの高い大学だ。容疑者は、相当頭が良かったのだろう。せっかく、こんな良い大学に入れる頭を持っているのに、もったいない。今頃は連続放火殺人で、除籍されたに違いない。 
 捕まったら、大学へ行くことはおろか、外へも出られなくなる。可哀想に、と思う。殺人犯なのに、可哀想と思うのは、自分でも変だと思う。でも、もう二度と通えなくなるのだ。一生懸命受験勉強をして、苦しい難関を乗り越えて、やっと入れた大学なのに。
 さて、ここでも聞き込みをするにあたって、ミクに青のメモリーを挿す。
「頼むぜ、ミク」
『任せて下さい』
 へぇ、「任せて下さい」ときたか。爺さんには百発百中のミクだが、大学生にはどうなる? 楽しみなような、不安なような。
 ミクはしなやかな動きで、男子大生の一団に近付き、優しく声を掛ける。
『すみません、ちょっとよろしいですか?』
「何?」
 ウザったそうに顔を上げた男子大学生は、ミクの顔を見るなり目の色を変えた。彼は頬を緩めて、隣にいた友人らしき大学生に声を掛ける。
「うわ、ちょっと、マジ可愛くね?」
「超可愛いじゃん!」
「ひょっとして、芸能人?」
「え? 何々? 何、この子! どこの学科?」
 男子大生達は、興奮して盛り上がっている。大学生も落とせるのか、やるなミク。「百発百中ジジイキラー」は、撤回しよう。「男たらし」だ。
 芸能人が来たかのような騒ぎに、男達が続々と集まってくる。ミクは自分の周りに囲んだ男子大生に向かって、声を張る。
『すみません。私はここ生徒でもなければ、芸能人でもありません。警察です。皆さんに、この容疑者についてお教え願いたいのですが』
「えー? 何? 刑事なの?」
『はい。捜査に協力して頂けると、助かります』
 ミクが可愛く微笑むと、男子大生達はまた声を上げた。あまりの騒がしさに、職員らしき男が飛んでくる。
「一体、何の騒ぎだ!」
『ああ、お騒がせしてすみません。警察です。学生の皆さんに協力して頂こうと、思ったのですが……』
 困ったように上目遣いで、ミクは苦笑してみせた。すると教員は、訝しげな目を向けた。わざとらしく咳払いをすると、渋々といった様子で、手招きする。
「ああ、そういうことでしたら、一旦校長室へ行きなさい」
『はい、すみません』
「ええーっ?」
「何だよそれーっ!」
「っざけんなーっ!」
 ミクと俺が職員に連れられて行くと、男子大生達は一斉にブーイングを始めた。それを尻目に、俺達は校舎に入った。教員は、申し訳なさそうに、謝ってくる。
「すみませんね、うちの子達が」
「いえ、こちらこそ。騒ぎを起こしてしまって、すみません」
 校舎に入っても、ミクはすれ違う大学生達の目を惹いている。うーむ、何だか気まずい。そんな中、俺達は校長室の前に立った。職員は、ドアをノックする。
「校長、警察の方がお見えです」
「どうぞ、入りなさい」
「失礼します」
 職員がドアを開くと、どこの学校でもありがちな校長室が広がっていた。壁には、歴代の校長の肖像が並べて掛けられている。重厚な校長机に、ヒジ掛けが付いた黒い革張りの高級な椅子。校長机の前には応接用と思われる、二人掛けのソファが、木製の小さなテーブルを囲むように、二つ置かれている。革張りの椅子に座っていた校長が腰を上げて、俺達をソファへ促した。
「どうぞ」
「失礼します」
『失礼します』
 俺とミクは、ソファに並んで腰掛ける。校長は向かいのソファに座った。
「それで、刑事さん。当校へは、何のご用ですか?」
「恐らく察していらっしゃると思いますが、連続強盗殺人、及び放火犯の件で伺いました」
「その件に関しては、以前、他の刑事さん達にお話しましたが」
「ええ。ですが、確認の為もう一度、キャンパス内の生徒さん達に聞き込みに参りました。出来れば、その許可を頂きたいのですが」
 俺が真剣な面持ちで言うと、校長は渋い顔で小さく嘆息する。
「正直申しますと、あまり事を荒立てたくないんですよ。マスコミが、あちこち嗅ぎ回っていましてね。学生が落ち着いて勉強出来る環境でないと、困るのです」
「はい。ですからこちらも、早く容疑者を突き止めて、学生さん達を安心させたいのです。ご協力、願えますか?」
 校長は、しばらく逡巡していたが、大きくため息を吐き頷く。
「まぁ、そういうことなら、協力しない訳にはいきませんね。ですが……」
 校長はわざとらしく言葉を溜め、言葉を継ぐ。
「なるべく、生徒の勉強を邪魔しないよう頼みますよ?」
「わかりました」
 俺は邪魔しない自信があるが、ミクがなぁ。ちょっと声を掛けただけで、あの騒ぎだ。「お婆ちゃんの●宿」だったら問題はないが、ここは学び舎だ。騒ぎが大きくが大きくなれば、学生達が迷惑するだろう。男子大生よりも、女子大生の目が怖い。俺だって、事を荒立てる気はない。だが、ミクがたらしで、色々やらかしそうで怖い。下手すると、通報されるかもしれない。警察が通報されるなんて、とんだお笑い草だ。
 礼を言って校長室を出ると、待ってましたとばかりに、男子大生達が声を上げた。あーあ。早くも、生徒達を賑わせている。モテる相棒を持つと、苦労するよ。
『すみません、皆さん。静かにしてもらえますか? あまり騒ぐと、追い出されてしまうので』
 ミクが唇に人差し指を押し当てて言うと、男子大生達は一時的に静かになった。人を操るのが上手いな、ミク。だが、一人が一言発したことにより、場は一転する。
「じゃあさ、食堂へ行ったらいいんじゃね? あそこだったら、多少騒いだって怒られないしさ」
「おお、それ、良い考えだなっ」
「食堂へ移動ーっ!」
 結局、男子大生達に背中を押されて、俺達は食堂へと連れて行かれた。
 食堂は結構広く、百人入っても大丈夫なんじゃないかと思うほどだ。入ってすぐ右手に食券機があり、そのまままっすぐ進めば注文カウンター、左手にはテーブルがずらりと並んでいる。テラスにもテーブルはあるが、出入り口は閉められている。夕食にはまだ早い時間なので、利用客は少ない。
 俺達が窓際の席を陣取ると、それを囲むように、男子大生達が座る。俺が口を挟む間もなく、彼らが勝手に喋り始める。
「で、刑事さんは何しに来た訳?」
「バカ、例の殺人放火魔の聞き込みに、決まってんだろっ」
「ああ、あれねー」
「まだ、犯人捕まんねぇの?」 
『どなたか、容疑者をご存知の方は、いらっしゃいませんか?』
 ミクが訊ねると、一人手を挙げた。
「俺、同じ学科専攻してるから知ってるー」
『どんな方ですか?』
「暗ぁい奴。つまんねぇ男」
『つまんねぇ男?』
 ミクがオウム返しすると、男子大生は頷く。
「そ。外も中もつまんねぇの。研究以外、興味がないっていうか。オタク?」
「あー、いるいる、そういう研究バカ」
「その典型だな。アイツ、誰ともつるんでるとこ、見たことないし。いつも汚い格好してたしね。多分、彼女もいないんじゃない?」
「貧乏なんだろ」
「ううん、そんなことないと思う。バイトしてるみたいだったから」
「ケチなのかもなぁ」
「そうかも」
「ケチな男は、モテねぇぞー」
 放っておくと、好き放題話し続ける。女はかしましいものだが、最近は男もおしゃべりな奴が多いらしい。適当なところで切り上げないと、いつまでも付き合わされそうだ。
 ところが、ミクはまだ聞きたいことがあるらしい。
『そのアルバイトというのは、どこでやっていたか、ご存知ですか?』
「さぁ? 話したことないから、知らね」
 だが、俺は知っている。数年前、彼は地元の宅配業者で、アルバイトしていたことを。どうしても名門大学に入りたくて、留年したのだ。それなのに、今は強盗殺人者になった。苦労して入った憧れのキャンバスライフを、自ら棒に振った。彼の身に、一体何があったのだろう?
 なおも容疑者の情報を得ようと、取り囲む男子大生達を見回してミクが声を掛ける。
『ほかに、何かご存知のことはありませんか?』
「付き合いが悪そうなタイプだったから、分かんない」
 うーむ。ここで聞き出せそうな情報はこんなもんか。
「そんなことより、刑事さんっ。刑事さんのこと教えてよー」
『私のことですか?』
「好みのタイプとか、趣味とかさ」
『好みのタイプ?』
 ミクが首を傾げる。そういうことは、プログラミングされていないだろう。ややあって、ミクは微笑みを浮かべる。おっ? 何か思いついたか?
『みんな好きですよ』
 なんじゃ、そら?
「えー? 何だそれ?」
「意味分かんねぇ」
 ほらみろ、みんなも不満そうだ。
『好みなんてありません、好きになった人がタイプですよ』
 ミクはみんなに、無駄に良い声と男殺しの魅惑の笑みを向けた。すると、男子大生達が興奮に満ちた声を上げた。
「マジかっ!」
「じゃあさ、俺と付き合ってよ、刑事さーんっ!」
「いやいや、俺と結婚してーっ!」
 何故だ? 何故この展開になるんだ? 今、ものすごくあいまいにごまかしたぞ。それでいいのか? いや、いいのか(ただし、美少女に限る)。
 ここで得られそうな情報は、こんなものかもしれない。男子大生ばかりではなく、女子大生にも話を聞きたいところだが、ミクは女受けが悪いかもしれない。男はイケメンに厳しく、女は美少女に嫉妬するものだ。俺がイケメンだったら良かったんだけど、生憎フツメンだからな。
「そろそろ署に帰るぞ」
『はい、光太郎さん』
 俺が声を掛けて立ち上がると、ミクも立ち上がった。すると、周りの男子大生達から、ブーイングが始まる。
「ええーっ? もう帰るのかよー?」
「仕事なんていいから、遊ぼうぜーっ」
「帰らないでー」
「そっちのおっさんだけ、ひとりで帰ればいいじゃーん」
 おっさんとは失礼な! まだ二四なんだから、君達とさほど変わらないんだぞ。すると、ミクが俺をかばうように口を開く。
『すみません。今日のところは、もう帰らないといけません。まだ、仕事がありますので』
 ミクが両手を合わせて申し訳なさそうに謝ると、名残惜しそうに男子大生が群がる。
「まだ、帰らないでよー」
「仕事なんていいじゃん」
「そうそう。もうこんな時間だしさ、仕事なんて終わり終わり」
 言われて時計を見れば、午後七時を回ろうとしていた。ミクの電池が、あと数時間で限界だ。今日こそはちゃんと署に戻って、コンセントで充電しなくては。
『また来ますから、ね?』
 ウィンク付きで微笑むミクに、男子大生達が喜びの雄叫びを上げた。こらこら、勝手にそんな約束をするな。また来るとは、これっぽっちも思っていないぞ。
 たくさんの男子大生に見送られながら、俺達は大学を後にした。何となく既視感デジャブー。ああそうか。「お婆ちゃんの●宿」でも、たくさんの爺さん達に見送られたっけ。こういうところは、若くても年をとっても変わらないんだな。

 署の駐車場へ車を停めて、仮眠室へと入る。ドアを閉めるなり、コンセントを探す。
「コンセント、コンセントっと、あった!」
 ドアの側に一つ、そして二段ベッドの裏に隠れるように、二つコンセントがあった。
「ミク、ベッドの下段に横になって布団をかぶれ」
『ミクではありません、キカイタロウです』
 メモリーを抜いたミクは無表情のまま、堅い声で答えた。メモリーを挿してない時は、完全否定してくるのか。まぁ、いいけど。俺は有無を言わさず、ミクの肩を押す。
「いいから、とっとと入れってば」
『はい』
 ミクは、言われた通りに下段のベッドに横になって布団を被った。俺はミクの電源を落とし、コンセントにプラグを挿した。スリープモードに入ったミクは、本当に眠っているかのように見える。
「綺麗な顔してんなぁ。惚れちゃいそー……」
 無意識に、言葉を発していた。それに気が付いて、自分の顔が急に熱くなる。
「え? 何今の? 今のなしなしっ!」
 誰もいないのに、俺は激しく首を横に振って言い訳していた。
 充電が始まったのを確認すると、俺は慌てて仮眠室を出た。仮眠室のドアに寄りかかり、大きくため息を吐く。
「はぁ~。どうしちゃったんだろ、俺。何で、よりにもよってロボットなんかに……」
 それ以上は、恥ずかしくて言葉にならない。赤くなった顔を、両手で何度か叩いた。

 捜査一課の部署へ戻ると、空木が中学生くらいの女の子とふたりで、ハンバーガーを食べていた。ジャンクな美味そうなその匂いに反応して、俺の腹が、盛大に鳴った。その音で空木は俺の存在に気付いたらしく、いつものように元気に挨拶してくる。
「ああ、ブラックさん! お疲れ様でーすっ!」
「おう、お疲れさん」
「お腹が空いてるんですか?」
「まぁな」
 答えると、空木は俺の机の上を指差した。例によってお年寄りから貢がれた菓子が、山積みになっている。今日の分だけでも、結構なもんだ。一昨日と昨日の分も残っている。もちろん賞味期限が、長そうなものだけだ。賞味期限が当日中の物は、俺が美味しく頂きました。
「さっき見たら、お弁当みたいのも入っていましたよ! それを食べては、どうです?」 
「そーだな」
 ビニール袋の中から幕の内弁当を探し出し、給湯室にある電子レンジで弁当を温めた。適度に温まった弁当を持って戻ると、空木がまんじゅうを食っていた。戻ってきた俺に、嬉々として声を掛けてくる。
「あ、お帰りなさい。これ、貰いました! 美味しいですっ!」 
「悪くなっても、もったいねぇからな。好きなだけ食えよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて、もうひとつ頂きます!」
「おう、食え食えっ」
 自分の席に着くと、ビニール袋を安藤の机へ押し退けて、弁当を食べ始める。あ、しまった。付け合せのポテトサラダと漬物も、一緒に温めてしまった。ま、冷めてから食えばいいか。焼き鮭をつつきながら、空木に問い掛ける。
「で、お前の隣にいる女の子は、誰なんだ?」
 空木の横で、十代そこそこのショートカットが良く似合う女の子がハンバーガーを頬張っている。空木は嬉しそうに、女の子を紹介してくれる。
「ああ、彼女は茉莉花まりかちゃんといいまして。引ったくりの常習犯を、捕まえてくれたんですよ! 勇敢な子ですっ!」
「へぇっ! そりゃスゴいな!」
 俺は感心して、茉莉花の頭を撫でた。見る限り、どこにでもいそうな普通の女の子なのに。人は見かけで判断してはいけないというのが、警察の常識だが、にわかには信じられなかった。ハンバーガーを食べながら、茉莉花が得意げに言う。
「ボクね、ちっちゃい頃から格闘技やってるんだっ」 
「ボク? 格闘技?」
 中学生にありがちな、ボクっ娘か。聞き返すと、茉里花は軽くシャドーボクシングをしてみせる。
「うん、柔道と空手! だから、引ったくりくらいわけないよっ!」
「そうか。でも、いくら強いといってもな、遅くなると親御さんが心配するから、早く帰るんだぞ?」
 俺は適当に菓子をいくつかみつくろって、茉莉花に渡してやった。
「わぁ! ありがとうっ!」
「どーいたしまして」
 茉莉花がとても嬉しそうに受け取ったので、俺も何だか嬉しくなって笑った。ハンバーガーを食べ終わると、茉莉花は大きく手を振りながら元気に帰って行った。
「ごちそうさまでしたーっ。またねー!」
「はーい! 気を付けて帰って下さいねーっ!」
 茉莉花を見送った後、空木が菓子の山を見ながら訊ねてくる。
「それにしても、ブラックさんの相方さん、キカイさんでしたっけ?」
「ん? アイツがどうした?」
「こんなにたくさんお菓子を買って、どうするつもりなんでしょうね?」
「う」
 思わず口ごもった。警察官が、民間人に貢がれているなんて知られたら、やっぱ怒られるかな? 初めのうちは、何とかゴマカせてたけど、あんまり続くと怪しまれるよな。俺はぎこちなく答える。
「さ、さぁ? どうするつもりなんだろーなー?」
「よっぽど、買い物好きなんでしょうか? それとも、食いしんぼうさん? でも、あまり食べてる様子はないみたいですけど」
「あー……。さぁな?」
 俺は、知らんぷりを決め込むことにした。今後は、自分の机の上ではなく、別の場所へ持っていかなくては。
 そういえば、科警研はミクの監視をしているはずだった。と、いうことは、貢がれていることも知っている訳で。気が付いたら、さぁっと血の気が引いた。
 早々に弁当を平らげると、科警研へ電話をする。
「もしもし!」
『はい、科学警察研究所です』
 電話に出たのは、若い女性だった。恐らく、先日バッテリーを運んできてくれたあの子だろう。名前は確か、岡本とかいったはずだ。また仮面●イダーの話をされるんじゃないかと、内心引く。
「先日は、どうも。捜査一課の南です」
『南刑事! こちらこそ、どうも。それで、本日はどのようなご用件で? タロウくんに、何か不具合でも?』
「いや、それは問題ないです。有能過ぎて、困るくらいで」
『それは何よりです』
 自分達が作り上げたロボットが、褒められたことが嬉しいのだろう。岡本さんは、照れ臭そうに笑った。
『それで、何かご用でしょうか?』
 促されて、恐る恐る岡本さんに確認する。
「ええっと、その。俺とミ……、いやキカイタロウくんの行動って、監視されているんだったでしたよね?」
『監視というと、響きが悪いですが。二四時間体制で、観察させて頂いています』
「やっぱ、そうだよな~……」
 力なく嘆くと、岡本さんは不思議そうな声で聞いてくる。
『それが何か?』
「……和菓子は好きですか?」
『は?』
 脈略のない質問に、岡本さんが呆気に取られたのが分かった。たっぷり二秒置いて、岡本さんは俺が何を言いたいか、気付いたらしい。
『あ、ひょっとして、タロウくんに貢がれたお菓子のことを、言っているんですか?』
「ああ、いや、まぁ……」
 俺が言葉を濁すと、岡本さんは明るく笑った。
『いやぁ、このくらい問題ありませんよ。南刑事が悪いんじゃありませんし、タロウくんの仕業ですからね』
「ああ、それなら良かった。それで、これから、この菓子そっちに持ってって良いでしょうか? さすがに、ひとりで食べるには多過ぎまして」
『そういうことでしたら、どうぞ』
「じゃ、また後で」
 電話を切って、大きく息を吐き出した。見られていたことには変わりないが、貢がれたことについてのお咎めはないらしい。しかし、俺のアホな行動も見られていたかと思うと、顔から火が出そうだ。今後は、気をつけなければ。

 大量のビニール袋を抱えて、科警研の部署へ足を運んだ。なるべく明るい声を作って、挨拶する。第一印象は大事だ。
「お疲れ様でーす、捜一(捜査一課)の南光太郎です!」
「ようこそ、南刑事。わざわざ足を運んで下さって、ありがとうございます」
 にこやかに岡本さんが、俺を出迎えてくれた。手にしていたビニール袋の山を、岡本さんに差し出す。
「ミ……タロウくんに貢がれたってことは、そちらさんに貢がれたってことですもんね」
「そんな、お気遣いなく。そうだ。ちょうどいいから、みんなでお茶にしましょう。よろしければ、南刑事もご一緒に」
「あ、じゃあ、遠慮なく」
 科警研の面々と共に、夕食後のティータイムとなった。ティータイムといっても、優雅さはない。科警研で出された安い茶と、お年寄り好みの茶菓子だ。
 菓子を食べながら、科警研の研究員達が、ロボットを作る時の苦労やエピソードを語ってくれた。
「とにかく、女性型を作るのは大変なんですよ。みんな、好みのスキンやボイスがバラバラで」
「佐藤は、絶対くぎゅ(釘●理恵)以外却下って言うし」
「井上だって、ゆかりん(田村●かり)じゃなきゃ認めないって、ゴネてたじゃないか」
「佐々木なんか、断固ほっちゃん(堀江由●)だって、譲らなかったしなー」
「で、話し合いの結果、無難なところで、サッキー(藤●咲)になったんだよね」
 科警研の面々は楽しそうだが、俺には何が何やら、さっぱり分からない。何か、専門用語的なものだろうか?
「へ、へぇ、そうなんだぁ……」
 俺は、適当に相づちを打つしかなかった。
「そういえば、南刑事はタロウくんを『ミク』って、呼んでますよね?」
 意味ありげに口元を吊り上げて、佐藤という男性研究員が笑った。やっぱ、バレてるか。まぁ、監視されてるんだし、当たり前か。俺もぎこちなく笑い返して、乾いた笑いを上げる。
「あはは~……、ダメですかね?」
「いやぁ、呼びたい気持ちは分かりますよ。声も見た目も、初●ミクですもんねー」
 同意するように、井上研究員も笑う。
「でもいんじゃないですか? タロウくんも、南刑事なら良いって言ってますし」
「僕らもミクって呼んじゃいましょうかね」
 井上研究員が楽しげに笑うと、佐々木研究員がツッコみを入れる。
「いやいや、それはダメだろ。一応『キカイタロウくん』って正式な名前があるんだし、『ミク』は色々不味いだろ」
「えー、いいじゃん。あだ名ってことでさー」
「ま、あだ名ならな」
 研究員達は、「キカイタロウくん」を「ミク」と呼ぶことに満場一致したようだ。
 ちなみ宮本さんは、もう帰宅していて不在ということだった。彼がこの話を聞いたら、怒るだろうか? いや、別に怒らないかも知れない。むしろ、進んで呼びそうな気もする。
 ふと思い出して、俺は胸ポケットから例の物を取り出す。
「おっ、そーだ。遅くなってしまいましたけど、これ」
「ああっ! こ、これはっ?」
「約束の俺の名刺です」
 以前会った時に、岡本さんから名刺を要求されたけど、その時はたまたま切らしてて、渡せなかった。今後も使う予定があるだろうから、簡易名刺機で作っておいたんだ。
「わぁーっ! 感激ですっ! ありがとうございますっ!」
 目を輝かせて、壊れ物でも扱うように、岡本さんは大事そうに受け取った。その様子があまりにも無邪気で、俺は思わず笑ってしまう。
「名刺一枚で、よくそんなに喜べますね」
「だって、南光太郎の名刺だなんて、レアですよ、レア! カッコイイッ!」
「おいおい、そこまでベタ褒めされると、照れますよ」
 俺は照れ臭くなって、頭を掻いた。
「それじゃ、俺はこれにておいとまさせて貰いますね」
 話がひと段落付いたところで、俺は腰を上げた。正直話についていけなくて、手持ち無沙汰だったし。
「あ、どうも、お疲れ様でした」
「また、時間があったら来て下さいね」
「ミクを、よろしくーっ」
 科警研の面々に見送られて、俺は早々に立ち去った。
「さて、腹も膨れたし疲れたし、もう寝るかぁ」 
 俺は署内にあるシャワー室で、さっさと身体を洗った。仮眠室に戻ると、ミクの顔を見ないように二段ベッドの上段に上がり、眠りに就いた。
「実家の布団が恋しいぜ……」
 ミクと組むようになってから、俺は家に帰っていない。いや、厳密に言うと、服や私物を取りに行ってはいるのだが。ここ五日は、車内か署内の仮眠室で寝泊りしている。
 さすがに、ミクを家に連れ帰る訳にはいかないからだ。一日二日、新人の面倒を見ているということで泊めることも出来るだろうが。飯は食わない、風呂は入らない、便所にも行かないんじゃ、さすがにマズイだろう。ミクがロボットであることは極秘だし、ましてや両親に彼女と勘繰られるのは厄介だし、面倒臭い。
 まぁそんな諸々の理由から、家に帰れない日々が続いている。両親には、「張り込みや捜査が忙しくて帰れない」と、言ってごまかしてはいるけれど。一体、こんな生活がいつまで続くんだろう? もしかして、放火強盗殺人魔を捕まえるまで、ずっと? それはさすがに、しんどすぎる。どこかで、見切りを付けて欲しいところだ。
 ここまでお読み頂けた方、ありがとうございました。並びに、お疲れ様でした。
 もし不快になられましたら、申し訳ございません。


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