前作をお読み頂けた方から「この内容で応募しようと思ったところが、凄い。伏字が多すぎて気持ち悪い。パロディの意味を履き違えてる。読んでいて不快になる人もいることを考えたほうがいい」と、ご指摘を頂きました。
全くもって、仰る通りでございます。
短いのに大変的確で、とても有り難かったです。
稚拙な文章で、誠に申し訳ございません。
第二章
「お婆ちゃんの●宿」と名高い、都内某所のコインパーキングへ駐車させる。運転席から降りると、助手席のドアを開けて、ミクのシートベルトを外してやる。全く、手がかかって仕方がない。
さて、いよいよメモリーの出番だ。
「聞き込み捜査のメモリーは、青か。ちょっと失礼」
説明書で確認しながら、ミクが着ているジャケットの前ボタンを全て外す。そこには、某仮面●イダーが着けていそうな、ド派手なベルトが着いていた。
「アイタタタ! 少年心を失わない大人は、これだからっ!」
深々とため息を吐きながら、差込口を探す。説明書によると、どうやら横に挿すのではなく、上から縦に挿すものらしい。
「よっと」
青のメモリーを挿し込むと、変身したり派手な音を出したりはしなかった。だが途端に、ミクの表情が変わる。さっきまでは無表情だったのに、急に人間らしい表情になった。俺は、その変わりように驚きを隠せなかった。
「おおっ! 何かカッコイイぞ、タロウくん!」
『ありがとうございます、光太郎さん。では、聞き込み捜査を始めましょうか』
颯爽と立ち上がり、ミクは笑顔で流暢に喋った。さっきまで、木偶だったクセに。
早速ミクは、通りすがりの爺さんに、にこやかに話しかける。
『すみません、そこを行かれる方。少々お時間を頂いてもよろしいですか?』
「なんだい、わしゃ今――。ウホッ! いい女っ!」
声を掛けられた爺さんは面倒臭そうに振り向いたが、ミクの顔を見るなり、嬉しそうに頬を緩めた。男性受けするように作られた顔立ちなだけに、効果は抜群だ! 爺さんからすると、孫の年代になるのだろうか?
ミクも微笑み返すと、ジャケットから犯人の写真を取り出す。
『最近、このような人をご覧になられませんでしたか?』
「ええ? どれどれ?」
写真を見るべく、爺さんは老眼鏡を取り出した。写真を受け取って、穴が開きそうなほど見つめるが、顔をしかめて首を傾げる。
「うーん。見たことあるような、ないような」
これじゃ、例え隣にいたとしても気付けないに違いない。それでもミクは笑みを絶やすことなく、警察手帳を提示し、柔らかい口調で言う。
『最近はあなたのような、か弱い方を狙う犯罪が多発しているのです。くれぐれも、お気を付け下さい』
「おや、お嬢ちゃん、警察官だったのか。じゃあもし、わしが犯罪に巻き込まれたら、あんた助けてくれるかい?」
『もちろんです。その為に、私は存在しているのですから』
爺さんの手を取って、ミクは優しく微笑みかけた。
「おやおや、そりゃうれしいねぇ。ああ、そうだっ。さっきそこで、塩大福買ったんだよ。ここの塩大福は、美味しいって有名でね。お役に立てなかったお詫びに、あげよう」
爺さんは、まるで孫を甘やかすような表情を浮かべ、ビニール袋を差し出した。ミクはそれを受け取り、爺さんに満面の笑みを向ける。
『これはこれは。お心遣い頂き、ありがとうございます。貴重な時間を割いて頂きまして、すみませんでした。また機会がありましたら、お会いしましょう』
「はいはい、またね」
見ているこっちが恥ずかしいくらい、ミクは口説きのプロだった。
「やるね、ミクちゃん」
『ミクちゃんじゃなくて、キカイタロウです』
俺は意地悪く笑いながら、茶化すようにミクの肩を叩く。こうして並んでみると、ミクは俺より頭ひとつ分くらい背が低いのだと気付いた。俺の身長は約一七五センチなので、ミクは一六十センチ弱ということになる。
苦笑しながら、ミクが俺に耳打ちしてくる。
『まぁ、これもビジネスですから』
「それ言っちゃうんだ?」
『私は、その為に作られました』
「あ、そーいやそうだったな」
あまりに人間らしく振舞うので、ミクがロボットであることをすっかり忘れて、普通の人間と話すように喋っていた。あ、ロボットじゃなくって、アンドロイドだったか。
俺の肩を叩いて、笑顔でミクが促す。
『さて、聞き込みを続けますか』
「そうだな」
いつの間にか、指示を出す立場が逆転してしまっていた。メモリーを挿すと、こんなにも変わるんだな。宮本さんの説明を聞いた時は本当に使えるかどうか半信半疑だったが、これは期待して良いかもしれない。
ミクはあちらこちらで爺さんに声を掛けては、せんべいやらまんじゅうやらを貢がれている。貴金属類ではなく、そこらへんで売っている菓子というあたりが、なんともお年寄りっぽい。
十人目の爺さんと別れたところで、ミクが俺の手を掴んで耳打ちする。
『光太郎さん、ちょっと』
「ん?」
細くて小さな手に掴まれて、俺は何故か胸を高鳴らせた。こいつはロボットなのに、俺はなんで胸をときめかせてしまっているんだ?
意識しないように「これはロボット、機械、無機物」と、心の中で唱え続けた。無機物なのに、手触りは滑らかで体温があった。これはただ単に機械が起動中で、熱を持っただけだ。分かっているのに、何だか変な感覚だった。
そのまま手を引かれて、細い路地へと連れ込まれる。何故か俺を隠すように、ミクは表通りに背を向けた。向かい合う顔が、やけに近い。さらに胸が高鳴っていくのが、分かる。
「お、おいおい、なんだよ?」
路地に連れ込まれた意図が分からず、俺はぎこちなく訊ねた。するとミクは「静かに」というように、唇の前に人差し指を立て、小声で話し始める。
『くれた方の目に触れると、気を悪くされるかもしれませんから』
と、前置きをして、菓子が入った大量のビニール袋を俺に差し出す。
『よろしければ、私の代わりにお召し上がり下さい』
「おう、サンキュ。お前、食えないもんな」
手渡されたビニール袋を見て、俺は嬉々として受け取った。実は俺は甘党で、特に和菓子に目がない。そんな俺を見て、ミクは苦笑して肩をすくめる。
『食べて、エネルギーに出来れば良いんですが。生憎、そういう機能はありませんので』
食べたものをそのままエネルギーに出来るロボットってのは、確かかの有名な青い猫型ロボットだったか。
「動力は電気だっけ?」
『ええ、そうです。七時間フル充電で、二八時間の稼動が可能です』
ちなみにそれはメモリーを挿していない待機状態の場合で、メモリーを挿せば電力を食う。豊かな表情を浮かべて流暢に喋る為には、相当な電力を要しているらしい。
ミクは声を掛けたほぼ全員から貢がれていたので、俺の両腕にはビニール袋がびっしりブラ下げられた。ひとつひとつの重さは大したことないが、量が増えれば重さも増える。見た目もかなりカッコ悪い。この状態、俺はここへ何しに来た人なんだ?
「ミク。ちょっと俺、これ置いてくるから。聞き込み続けててくれ」
『了解です。あと、ミクじゃなくって、キカイタロウですってば』
「へいへい、タロウくん」
その場はミクに任せて、一旦愛車が置いてあるコインパーキングへ戻った。後部座席に菓子を置いて、再びミクの元へ戻る。
この街はお年寄りばかりなので、若いミクは人ごみの中でもすぐ見つかった。その腕には、またビニール袋が下がっている。しばらく、おやつを買わずに済みそうだ。足の早いものばかりなのが、難点だが。出来れば、賞味期限の長いものを貢いで頂けるとありがたい。
そうこうしていると、俺の腹時計が十二時を告げた。それを聞いたミクが、おかしそうに小さく笑う。
『お腹空いたんですか?』
「俺は人間だからな。一旦戻るぞ」
『はい、光太郎さん』
聞き込みを中断して、ミクと共に車へ戻った。その時、驚くべきことが起こった。ミクが指示なく助手席に座り、シートベルトを締めてドアを閉めたのだ。どうやら、学習機能が作動したらしい。
「おお~っ! エライぞっ、タロウッ!」
『ありがとうございます』
思わず犬を褒めるように、頭を撫でてしまった。するとミクは、はにかんで礼を言った。メモリーを挿していると、こんな表情も出来るんだ。俺も、何だか照れ臭くなって笑ってしまった。
「おっと、忘れるところだった」
挿しっぱなしにしていると、早々に電池がなくなってしまう。俺は慌てて、メモリーを引き抜く。途端に、人間らしい表情を浮かべていたミクが、元の木偶に戻った。ちょっと寂しい。
貢がれたいくつものビニール袋の中から、助六寿司を取り出した。実はお菓子以外にも、太巻き寿司やおいなりさんも貰っていたのだ。おまけに、箸や茶のペットボトルまで入っている親切っぷり。ミク、使える奴だ。
甘酸っぱい太巻き寿司を頬張りながら、ミニパソコンを起動させる。ミクが聞き込みで得た情報を、整頓しなければ。データを転送して、言語化された会話文から有力な情報だけを選び出す。これがなかなか、面倒な作業だ。
爺さんの話は、とにかく無駄話が多い。近所の犬がどうしたの、芸能人の誰それがどうしたのと、事件とは無縁の話がダラダラ続く。面白くもあるが、しょうもないものばかりなので、関係ない話は削除していく。
だが、中には重要な手がかりもあるかもしれないので、注意深く文章を読む。
考えてみればミクは、このしょうもない話を、笑顔を絶やさずに熱心に聞いてくれる。ミクは機械だから、感情というものはない。つまり、何時間どんなに下らない長話を語られたとしても、聞き疲れるということはないってことだ。これは良いな。
パソコンの画面を見つめすぎて、目がショボついてきた頃、無線機が雑音交じりの中、喋り始めた。
『有力な情報が入った。全捜査員署へ戻れ。繰り返す、有力な情報が入った、全捜査員……』
無線が同じ言葉を繰り返す中、アクセルを踏み込み、指示通り署へ戻った。
大量のビニール袋を抱えて帰ってきた俺を見て、すれちがう誰もが振り返った。そりゃそうだろう。みんなの目がちょっと痛い。部署へ戻る途中、空木と廊下で鉢合わせた。彼女は、目を丸くして訊ねてくる。
「どうしたんです? ソレ」
「お、空木。土産だ、好きなの持ってっていいぞ」
「お土産って、聞き込みに行ったんじゃなかったんですか?」
「いやぁまぁ、そうなんだけどさ。こいつが、ちょっと……」
曖昧に言葉を濁すと、俺の後ろで棒立ちしているミクを見て、空木はさもおかしそうに笑う。
「ああ、新人さんが珍しがって買ったんですね」
どうやら、良いように解釈されたらしい。空木が天然で助かった。
ビニール袋を自分の机へ置く為、捜査一課へ足を向ける。会議室とは、反対の方向だ。そんな俺を見た空木は、軽く会釈して会議室へ向かう。
「では、私はお先に」
「おう」
次いで安藤と姐さんも、一課へ戻ってきた。安藤が呆れた様子で、ビニール袋の山を指差す。
「お前そんなにたくさん、何買ってきたんだよ?」
「俺じゃねぇよ、こいつがさ――」
ミクを指差して弁解しようとすると、姐さんが薄笑いを浮かべる。
「もしかして、タロちゃんってば、男の子に貢がれちゃったんじゃないの?」
「うっ」
さすがはオトシ(自供させる名人)の姐さん、察しが良い。思わず絶句すると、姐さんは身体をくねらせながら、楽しげに笑う。
「あらやだ、図星ー?」
「いや、男の子じゃなくって、残念ながらお爺ちゃんなんだけどさ」
渋々白状すると、生真面目な安藤が眉間にシワを寄せる。
「貢がれたって。それは、警察官としてどうなんだ?」
「何よ、頭が堅いわね。市民からの好意を無碍にするなんて、失礼じゃな~い?」
意地悪く笑いながら擦り寄る姐さんに、安藤はますます渋い顔になる。
「しかしだな……」
「ふふっ。でも、アンタのそういうとこ、嫌いじゃないわ♪」
姐さんは楽しげに笑いながら、安藤の尻を掴んだ。途端に、安藤が顔色を変えて、距離を取る。
「尻を揉むなっ! 逆セクハラ反対っ!」
「いいじゃないの~、減るもんじゃなしーっ」
「減るっ! 俺の中の何かが減るっ!」
逃げるように、安藤は会議室へ向かってしまった。その尻を、姐さんが嬉しそうに追い掛けて行く。
「ああんっ、待ちなさいよ~っ」
「姐さんは、相変わらずだなぁ……はは……っ」
いつも通りの姐さんに、俺は苦笑するしかなかった。
たぶん、この署内で姐さんに尻を揉まれたことのない人間は、署長くらいなものだろう。老若男女構わず尻を揉むんだ、あの女は。
ミクはまだだけど、揉まれたら人間じゃないことがバレるかもしれない。一度、俺が試しに揉んでみるか? いや、それはちょっとない。そもそも何故俺が、機械の尻の柔らかさを確認しなきゃいけないんだ? いやしかし、ミクは人間じゃないんだから、触っても問題ないはずだ。
超ミニスカートに覆われた、ミクの尻がすぐ横にある。今なら机の影に隠れているから、誰の目に触れることもない。しかし、謎の罪悪感が苛む。うーむ……、やっぱり無理だな。
俺も鈍足のミクを連れて会議室へ向かい、目立たないように一番後ろの席に座る。会議室の席が八割ほど埋まった頃、捜査会議は始まった。
「先程無線で連絡した通り、有力な情報を手に入れた。と、いうのも、容疑者が住んでいるアパートを発見した。そこで捜査員を、聞き込み班と張り込み班に分ける。その割り振りは――」
いつもなら聞き込み班の俺が、張り込み班に入れられたと聞いた時には、自分の耳を疑った。じっとしていることが苦手な俺は、足で稼ぐ方が性に合っている。捜査員達が大会議室を出て行く中、本部長に問い掛ける。
「何で、俺が張り込み班なんですか?」
「知らんが、上からの要請だ。行って来い」
のら犬でも追っ払うように、本部長が「しっしっ」と、手を振った。
これは間違いなく、ミクのせいだ。上からの要請と言っていたが、もしかすると、ミクがロボットであるということは、限られた人間にしか知らされていないのだろうか。試運転の段階だから内密にと、科警研の宮本さんも言っていたし。
今日は、こいつに振り回されっぱなしだ。試作ロボットのお世話や、慣れない仕事までさせられて、本当に冗談じゃない! 何で俺が、こんなことしなくちゃいけないんだよっ!
「しゃーねぇっ。行くぞ、ミク!」
『私はミクではありません、キカイタロウです』
「はいはい! キカイタロウ様っ!」
やけくそになって、だんごやらまんじゅうやらが入ったビニール袋をいくつかひっ掴むと、ミクを連れて愛車を出した。
太陽が西の空へ傾き、オレンジ色の光が世界を照らす頃。容疑者が住んでいるという安アパートの周りには、数人の刑事達が張り込みを始めた。
俺とミクが乗った車は、アパートから少し離れた場所に停車している。ウカツに近付きすぎて、容疑者に警戒されては困る。さて、次のメモリーの力量が試される時だ。
「ええっと、張り込みは黄色黄色っと」
取り扱い説明書で確認しながら、派手なベルトに黄色のメモリーを挿す。すると今度は、ミクの眼光が鋭くなった。蟻の子一匹逃すまいと、目を凝らしている。きっと、暗視スコープも搭載されているに違いない。ちょっと期待。
でも、昼間のようにミクが喋らなくなったので、つまらない。青のメモリーを挿している時とは、えらい違いだ。青の時は、あんなに友好的だったのに。今は、硬い表情でだんまりを決め込んでいる。残りの赤と緑と白のメモリーは、どんな性格なんだろう? ぜひ試してみたいところだが、今は我慢しよう。
それにしても、張り込みほどヒマな仕事もない。容疑者が現れなければ、いつまでも待ちぼうけを食らう。アパートの見張りは、ミクに任せるとして。俺はヒマ潰しに、ミニパソコンで聞き込みの内容を確認することにした。
と、その時腹が鳴った。そういえば、今日は何かと忙しくて、おやつを食べていなかった。一応言っておくが、俺は甘いもの好きだがデブではない。至って普通の体型だ。
「おい、ミク。塩大福貰うぞー」
一応ひと声掛けると、対象から目を離さずに、冷たい声でミクが応える。
『ミクではありません、私の名前はキカイタロウです。どうぞ、勝手に食べて下さい』
「へいへい、タロウ。つれないねぇ」
『うるさいですね、黙っていられないんですか』
「ふーんだ、すんませんねーっ」
つれない態度のミクに、少し腹を立てながら、後部座席に乗せておいたビニール袋を取る。大福にまぶされた餅取り粉を、パソコンや車内に落とさないように気を付けながら口へ運んだ。
「うん、美味いっ」
普通の大福よりも甘くなくて、程よい塩気が絶妙だ。甘い物好きとしては少々物足りないが、これはこれで美味い。もちもちとした食感に、つぶあんの食感が相まって、食べ応えもある。
「おっと、塩大福を堪能している場合じゃなかった。仕事仕事」
粉まみれの手を車外で拭って、ミニパソコンの画面に集中する。それにしても、本当にくだらない話が多いな。爺さんのちょっとした武勇伝とか、婆さんとの馴れ初めとか、正直どうでも良い話ばかりだ。全くといって良いほど、事件に関係する話がない。爺さんは、ニュースを見ないのだろうか。
太陽が地平線の彼方へ姿を隠し、闇夜に月がはっきりと確認出来るようになった頃。遠くから、消防車と救急車のサイレンが響いてきた。そちらの方角だけが、やけに赤々と明るい。火の粉を巻き上げながら、漆黒の煙が空へ伸びていた。俺を含めた張り込み班全員が、反射的にサイレンの方角へ顔を向ける。
「やられた!」
炭化した柱が、何本も見える。火に焙られて、窓という窓のガラスが割れていた。割れた窓からは、黒い煙と紅い炎が立ち昇っている。たくさんの火の粉が飛び、燃える音に放水の音が交じり合い、せめぎ合っていた。
『消火活動が行われているアパートの一室には、鈴木くめさん、七九歳が一人で住んでいたということです。鈴木さんとは連絡が取れず、現在行方を捜しています。連続強盗殺人が関与しているかもしれない、との方向で警察が調べを進めています』
俺は張り込んでいた車の中で、そのニュースを携帯電話のワンセグで見た。無線機からも、全捜査員に知らされた。
「くそぉっ! 容疑者は、分かっているのにっ。何で捕まえられないんだっ!」
どんなに警察の人海戦術を使っても、犯罪の後手に回ってしまう。犯罪が未然に防げない。容疑者は捕まらない。警察の努力を嘲笑うかのように、犯罪は次々起こる。近年検挙率は上がっているというが、実際のところはどうなんだろう?
翌日。聞き込み班から、容疑者はもう何日もアパートへ帰って来ていないことを、知らされた。アパートへ戻れば、捕まる可能性が高い。警察が張り込んでいることくらい、誰だってすぐ予想出来る。今頃居場所を転々として、逃げ回っていることだろう。俺達がいくらアパートの周囲を張り込んだところで、無駄だったのだ。
俺を含む昨夜の張り込み班は、人数を大幅に減らした第二陣の張り込み班と交代し、眠い目を擦りながら署へ戻った。
メモリーを一晩中挿し続けて、電池切れになったミクも、充電してやらなくてはいけない。俺にも、仮眠が必要だ。
しかし困ったぞ。ミクをどうやって動かそう? 電池が残っているうちは、コンセントがあるところまで歩いてもらえばいいが、今のミクはただの人形だ。とりあえず車で署の駐車場までは運んだものの、これからどうしたらいいんだろう?
考えてみて欲しい。一メートル半の人型の鉄の塊を運ぶことは、そう容易なことではない。たぶん、いや絶対に人間より重い。しかも超高性能機器。うっかり落とした日には、大変なことになる。俺の給料、何か月分になるんだろう? いや、何年分? きっと、とんでもなく高いに違いない。
仕方ないので、科警研へ連絡を入れることにした。六回ほどコール音が鳴った後、無愛想な男が出た。
「はい、こちら科学警察研究所です」
「捜査一課の南です。キカイタロウくんの件で――」
すると俺の言葉をさえぎるように、男の声が荒れる。
「何っ? もう壊したのかっ!」
「いえ、単なる電池切れです。署の駐車場までは車で運んだのですが、どうしたら良いか――」
弁解するように説明すると、明らかに安堵した声になった男は、急に偉そうな口調になって指示する。
「そうか。ではうちのを一人寄越すから、待っていてくれたまえ」
相手は一方的に電話を切った。短気なおっさんだ。たぶん、昨日会った宮本さんだろう。言われた通り待っていると、科警研の制服を着た若い女性がひとり、台車を押しながらやってきた。俺は車から降りて、会釈する。
「お手数お掛けして、すみません」
「いえいえ、お疲れ様です」
先程の男と違い、随分と腰が低い。まだ二十代そこそこと思われるから、科警研の中でも下っ端なのだろう。猫背なせいで、小柄な身体がますます小さく見える。
「先日お会いしましたよね、覚えていらっしゃいますか? 岡本です」
「覚えてますよ、岡本さん」
「覚えていて頂けて光栄です! 私岡本敦子と言います、以後お見知りおきを」
初めてミクと会った時、宮本さんの横に座っていた助手のひとりだ。美人ではないが、小動物のような愛嬌があるメガネっ娘。岡本さんは嬉しそうに俺の手を握り、興奮気味で声を弾ませる。
「南光太郎さんですよねっ! 私、仮面●イダー大好きなんですよっ! まさか、同姓同名の方がいらっしゃるなんて、感激ですっ! あ、サイン貰っていいですか?」
「何で? 俺、仮面●イダーじゃないんですけど?」
岡本さんの典型的なオタクっぷりに、俺は顔を引きつらせながら、求められるまま手帳にサインをした。サインを確認すると、岡本さんは嬉しそうに笑った。それを大事そうにポケットへしまい、眼鏡を指で上げる。
「名前に意味があるんですよっ。そういえば、ご存知ですか? 仮面●イダーというのは、改造人間で……」
それから延々、岡本さんから仮面●イダー談義を聞かされることになった。しかし腕は良いようで、岡本さんは喋りながら、台車で運んできたバッテリーとミクを赤と黒のケーブルで手際良く繋いだ。
数十分に渡る仮面●イダー談義が終わった頃、ようやくバッテリーの話になった。台車に乗せられていたもうひとつのバッテリーを、俺に差し出す。
「このまま、七時間充電して下さい。次回からは電池があるうちに、コンセントまで移動させて下さいね。一般的な家庭用コンセントで、充電が可能です。あ、こちらは予備のバッテリーです。困った時は、こちらをお使い下さい」
「色々お気遣い頂き、ありがとうございます」
バッテリーを受け取って、車の荷台に積み込みながら礼を言うと、岡本さんははにかむ。
「いえいえ。キカイタロウくんは、私達にとっては我が子同然ですから。このくらい、どうってことありません」
眠っているように目を閉じたミクの頭を、岡本さんは愛おしそうに撫でながら続ける。
「どうですか? うちの子は?」
「あ~……」
訊ねられて、答えに詰まった。メモリーを挿し替えるのが面倒臭いとか、手が掛かるとか、足が遅いとか、説明書が分厚いといった、数々の苦情が脳裏をよぎった。が、それを直接開発者に言うのは、ちょっと気が引ける。少し考えて、無難な答えを導き出した。
頭を掻きながら、愛想笑いを浮かべて答える。
「ええと、その。付き合い始めて間もないので、まだ良く分かりません」
「何かと、手が掛かるでしょう?」
苦笑しながら岡本さんが言ったので、俺も釣られるように頷く。
「まぁ、そうですね」
「プロトタイプ(試作機)ですからねぇ。まだまだ至らないところが、たくさんありまして。何かとご苦労されるかと思いますが、どうかうちの子を、よろしくお願い致します」
深々と岡本さんが頭を下げたので、俺も慌てて頭を下げる。
「俺の方こそ、よろしくお願いします」
「分からないことがありましたら、いつでもご連絡下さい」
制服のポケットから岡本さんが名刺を差し出したので、俺も慌ててポケットを探る。
「あ、やべ。名刺切らしてたんだった。すみません」
謝ると、岡本さんはとても残念そうな顔をした。が、彼女は気を取り直して微笑む。
「じゃあ、次回会う時に下さい。コレクションにしますから」
「本当にぃ? 物好きですね、俺の名刺が欲しいなんて」
俺が軽く引きしながら苦笑すると、岡本さんは楽しげに笑いながら言う。
「さっきも言ったじゃないですか、その名前に価値があるんですって。次回、お会いする時に下さいねっ」
「あ~。分かりました、作っときます」
「絶対ですよ? 約束ですからね!」
「は、はぁ」
顔を引きつらせながら頷くと、岡本さんは何も乗っていない台車を押しながら、ご機嫌で去って行った。
オタクって奴は、本当に凄い。監督がどうの脚本がどうのと、細部に至るまで詳しすぎる。ここまで愛して貰えるなんて、製作者としては有り難いのだろうけど。延々と語られたけど、実際のところ話の半分も覚えていない。俺も子供の頃は仮面●イダーを観てたけど、単純にカッコイイって思ってただけだからな。
さて、ミクも充電中だし、こちらも一休みするか。今日は何時間も説明書を読まなくてはいけなくなるし、普段会わない人種と出会って、普段やらない張り込みをやらされて、色々疲れた。
運転席のシートを大きく倒して、目を閉じると、間もなく睡魔が訪れた。
「ん~?」
あれから何時間経ったのだろう? 目覚めて携帯電話で時刻を確認すると、昼近かった。張り込みを終えて、署へ戻って来てから四時間ほど経っていた。ミクの充電完了には、あと三時間近く掛かる。俺には、睡眠時間が四時間なんて少なすぎる。肝心のミクも、充電中でまだ動けない。
助手席で目を閉じているミクを、横目で見る。ロボットとは思えないほど人間に近く、見とれるほどの可愛らしい寝顔だ。
「それにしても、ホント綺麗な顔してるよなぁ。まつ毛も、なげぇし」
職人が丹精込めて作り上げた、芸術品みたいな完成度。誘われるように、ミクの頬に手を伸ばした。シリコンゴムの手触りが、すべすべして気持ちが良い。電源が落ちているからか、人肌よりちょっと冷たい。
そのまま指を滑らせて、形の良い唇に触れる。いつまでも触っていたいくらい、柔らかくて触り心地が好い。反対側の手で、自分の唇を触り比べてみるが、カサついていて硬い。全然違うんだ、そう思った途端。自分の唇を合わせてみたい、という欲求が湧き上がる。
「……ちょっとくらい、良いよな?」
ミクの細い顎にそっと手を添えて、俺の――。
その時、携帯電話が鳴り始めた。俺は飛び上がりそうなほど驚いて、慌てて電話に出る。
「ふぇいっ! 南ぃっ!」
驚きのあまり、裏返った変な声が出た。まもなく、不機嫌な姐さんの声が耳に入ってくる。
『ふぇい? 何よ、その声? ま、いっけど。で、今、アンタどこにいるの?』
「どこって、署の駐車場だけど」
寝起きの声で答えると、姐さんが苦笑交じりに俺を労う。
『そういえば、アンタ昨日は珍しく張り込み班だったらしいじゃない。ご苦労様。ひょっとして寝てた? 起こしちゃったかしら? ごめんなさいね』
「い、いや、さっき起きたとこだから、大丈夫っ」
取り繕うように笑うと、姐さんは小さく含み笑いをしながら教えてくれる。
『ふふっ。じゃあ、捜査会議で決まったことだけ伝えるからわよ。捜査員は引き続き、聞き込み捜査をしろですって』
「了ー解。ありがとう、姐さん」
『どういたしましてっ。じゃ、またね♪』
明るい口調で、姐さんは電話を切った。たぶん、彼女は今朝の捜査会議に出席したのだろう。俺がいないことに気付いて、わざわざ電話をくれたに違いない。姐さんは、本当に面倒見が良い姐御だ。
ミクに向けていた変な感情に後ろめたさを感じ、俺は自分を律して、振り切るように激しく首を横に振った。
「あと三時間は寝れるんだ、寝よ寝よっ」
充電が完了するまで休もうと、ミクに背を向けて、再びシートの上で横になった。
不快なノイズに混じって、何かが聞こえる。
『――は、連続強盗殺人犯の行方を――』
「ん? 何?」
俺は飛び起きて、無線に耳を傾ける。
『――ターネット喫茶の捜索へ向かえ。以上』
今の途切れ途切れの無線から察するに、どうやら容疑者は、インターネットカフェに出没したらしい。
最近のインターネットカフェには、ドリンクバーはもちろん、食事を出すところや、シャワーを設置するところまであると聞く。会員制の店もあるが、身分証明を提示せずに利用出来る店もまだまだある。ビジネスホテルや、カプセルホテルを利用するよりも安いし、パソコンで情報収集も出来る。容疑者には、絶好の隠れ家ではないか。
オウム真理教の信者で逃亡を続けていた高橋●也容疑者も、最後に捕まった場所はインターネットカフェだった。今回の容疑者も、同様の場所を隠れ家としているらしい。
寝心地の悪い運転席で、固まった体をほぐして伸びをする。
「んーっ! はぁ……」
時間を確認すると、充電が完了するまでまだ一時間近くあった。今の状態でも充分動けるだろうけど、やっぱり完全充電した方が良いよな。
「仕方がない、ひとりで捜査するとしますか」
シートを起こしてハンドルを掴むと、アクセルを踏み込んだ。運転しながら、目に付いたインターネットカフェの前に駐車する。
店内に入ると、カウンターの若い男が愛想よく挨拶してくる。
「いらっしゃいませー」
早速警察手帳と写真を見せながら、店員に話し掛ける。
「あの、すみません。最近、この男がこちらを利用されませんでしたか?」
「さぁ? 俺、シフト毎日入れてる訳じゃないから、分かりませんね」
店員が小さく首を横に振ったので、俺は手を変える。
「他にバイトの人は、いますか?」
「はい。おーい、長谷川くーん! 加藤さーん! ちょっと来てー!」
店員が大声で、名前を呼ぶ。ややあって、漫画本を何冊も抱えた若い男がやってくる。続いて、腕まくりをした中年女が現れた。彼らにも、同じ質問を投げかけてみる。
「うーん。少なくとも、僕がレジ番だった時は見ていないと思いますけど」
「お客さんの顔なんて、いちいち覚えちゃいませんよ」
彼らの答えも、いまいち頼りにならなかった。俺は礼を言って、車へ戻った。
その後、何軒かインターネットカフェを回ったが、これといった証言は得られなかった。全く、東京にインターネットカフェが、何軒あると思ってんだ。一体捜査員を何人配備すれば、見つけられるというのだろう。ハンドルにもたれて、深々とため息を吐いた。
ちょっと疲れたし、まだ飯食ってないし、何か甘いものでも摂ろう。後部座席から、消費期限が早そうな串だんごを取り出す。丁寧に包まれた包装紙の中には、みたらしと磯部巻きとよもぎあんが、二本ずつ入っていた。
あえて味をつけない素朴な餅団子を炭火で軽く焙り、甘じょっぱい砂糖としょうゆのたれを纏ったみたらし団子。炭火で少し焦げたしょうゆが香ばしく、磯の香りが漂う海苔が巻かれた磯辺巻き。爽やかな緑の香りがするよもぎが練り込まれた餅に、甘すぎないつぶあんが乗せられたよもぎあん。どれも美味いけど、一日経っているのでちょっと硬かった。
昨日の聞き込みでも、大した成果は得られなかった。捜査員はこうやって、地道に聞き込みをして、犯人をあぶり出す。刑事ドラマみたいにいく訳がない。
それにしても警察手帳を見るなり、顔をしかめられるのも、あまりいい気はしない。警察と見ると、何故みんな渋い顔をするのだろう? 心のどこかに、やましい気持ちでもあるのだろうか?
俺は子供の頃、交番のおまわりさんと仲良しで、お菓子貰ったり遊んで貰ったりしたから、別に嫌な気持ちにはならないんだけどな。
ここまでお読み頂けた方、ありがとうございました。並びに、お疲れ様でした。
もし不快になられましたら、申し訳ございません。
+注意+
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