「ラノベ作家になろう大賞」に、投稿する用に現在執筆中の小説です。
お試し版ですが、もしよろしければどうぞ。
※「巨人と妖精とロボットオタク(仮題)」は、こちらの投稿が終わったら、続きをうpする予定です。
第一章
第一章 秘密警察
俺の名前は、南光太郎。某警察署捜査一課の巡査であり、中肉中背、顔立ちも十人並み、仕事も人並みの二四歳。これといって特技もなく、犯人確保歴もない。その他大勢に属する、捜査員のひとりとして思われているに違いない。
ある日、捜査一課の事務処理をしていたところ、捜査一課長から声を掛けられた。
「南」
「はい」
「お偉いさんが、お前を呼んでるらしいから行って来い」
「は?」
何の取り得もない俺が、お偉方から呼び出し。お偉いさんというのは、警察組織の上層部に収まりかえっている人達のことだ。
「お偉いさんって、誰ですか?」
「警視正だそうだ」
「警視正っ?」
驚きのあまり、声が裏返った。警視正といったら、巡査の上の上の上。マジもんのお偉いさんだ。といっても、初めて会う顔だし、一体どんな人間なのかも知らない。そんな人から呼び出されるって、一体俺が何をしたというのか。見に覚えがなくて、首を傾げるばかりだ。
「そういう方々は、気が短い。急いで、第一小会議室へ行って来い」
「は、はいっ」
課長に急かされるまま、俺は椅子から立ち上がり、一課を飛び出した。
呼び出された小会議室の入り口に立ち、俺は緊張に身体を強張らせながら一礼する。
「ご用でしょうか?」
「用がなければ、呼びませんよ。まぁ、入りなさい」
「はい……」
やけに偉そうな五十代になろうかという、紺色のスーツ姿に身を包んだ男に声を掛けられて、恐々会議室へ入る。会議室には、四人の人物が座っていた。一人はさっきのスーツ姿の男、ふたりの若い男女は科警研の制服を着ていて、ひとりの中年男性は同じ制服に白衣を羽織っている。スーツの男が恐らく警視正、三人は服装から察するに科警研の人間だろう。
視線をずらすと、部屋の隅っこで、何故か一人だけ立っている人物がもうひとり。高校生くらいの女の子だった。何で、こんなところに女子高生が? 彼女は何故か無表情で、どこを見て何を考えているのか分からない。一見、ちょっとアホっぽい。しかしなかなかの美少女で、目は黒目がちで大きく、顔は小さい。胸は残念だが色白でスタイルも良く、まるでアイドルのようだ。
艶やかで豊かな黒髪は、腰まで届きそうなツインテール。服は上は白のブラウスに緑のネクタイ、その上に黒いジャケットを着ている。下は細かいギャザーが入った黒いミニスカート、足は膝まで覆うローヒールのブーツを穿いていた。
そうだ、アレに似てる。バーチャルアイドル、ボー●ロイド初●ミク。
警察学校で厳しく教えられた敬礼をして、俺は自己紹介をする。
「捜査一課、南光太郎巡査です」
「ほう、君が南光太郎君ですか。明らかに、名前負けしてるね。まぁ、良いか。初めまして、南君。私は刑事部参事官、横島辰夫です。ちなみにそちらにいるのは、科学警察研究所所長の宮本君。同じく科警研の、岡本君と伊藤君です」
神経質そうな痩身の横島参事官は、薄笑いを浮かべながら失礼なことを言った。恐らくこの人が、俺を呼び出した張本人で警視正とやらだろう。
突然、横に座っていた四十代の恰幅が良い白衣の男が、勢い良く立ち上がった。かと思うと、テンション高く美少女を指差す。
「今ご紹介に与かった、宮本太だ! そして、これが我が科警研が最新鋭の技術を駆使して作った、汎用人型試作機二十八号だっ!」
「え? ってことは、ロボット?」
今まで見たことあるこの手のロボットは、ひと目見ればすぐに作り物だと分かった。だが、この目の前にあるロボットは、どうだ? どう見ても人間にしか見えなかった。微動だにせず突っ立っているところと、無表情という点は人間らしくないけど。だが、言われなかったら絶対にロボットとは分からない。
目を丸くして驚く俺に、宮本さんは心外そうに顔をしかめる。
「ロボットではない、せめてアンドロイドと呼びたまえ」
「はぁ」
曖昧に俺が頷くと、宮本さんは気を取り直して、説明してくる。
「彼女は、優秀でね。警察のデータベースからデータを転送したり、尾行や聞き込み、犯人確保も出来る優れものだ」
「へぇー、それはスゴイですね」
俺は、素直に感心した。そんな高度な技術があるなら、人間の刑事なんていらなくなるじゃないか。人間と違って給料はいらないし、不眠不休だって大丈夫。その上、情にも流されない。データが完璧なら、誤認逮捕もない優秀な警察官となるに違いない。
「そう、スゴイのだよ」
宮本さんはさも満足げに何度も頷いた後、勢い良く俺を指差す。
「そんな有能な彼女を、君に託したいと思う」
「ええーっ?」
その言葉を聞いた瞬間、驚きのあまり叫んでいた。はたと気が付いて、問う。
「何で俺……、じゃなかった、私なんですか?」
「君は今まで手柄を立てたことがない、何の取り得もない平刑事だ。そんな平刑事の君と組ませて、彼女の性能を観察しようという。まぁ、言うなれば、試運転だ」
「はぁ」
二回も『平刑事』と言われて、俺は気のない返事をした。確かに、まだ何の役職にもついていない巡査だけどさ。イラッとくるなぁ、その言い方。俺の態度を気にすることなく、宮本さんは嬉々として話を進める。
「彼女はまだまだ、試作段階でね。扱いは面倒臭いが、上手く使えば平刑事の君にも、手柄が取れるだろうというものだよ」
「そう、『平刑事、平刑事』言わないで下さいよ」
口ごたえすると、今まで黙っていた横島参事官が眉間に皺を寄せて諌めてくる。
「事実なのだから仕方ないでしょう、口は慎みなさい」
「はぁ、すみません」
渋々謝ると、宮本さんは続ける。
「それから、君の名前」
「名前?」
指を差されて、俺は目を瞬かせて聞き返した。宮本さんは、薄笑いを浮かべながら、不躾に俺を舐めるように上から下まで見る。
「南も光太郎も、取り立てて珍しい名前じゃない。だが、それが合体した時、とても面白いことになる。君も、分かっているだろう?」
「はぁ、まぁ。過去にも散々、名前でいじられましたから」
近年ありがちなキラキラネームというヤツではないが、この名前は昔からやたら注目された。仮面●イダーファンなら、必ず食いついてくる。俺は放送当時に生まれたので、リアルタイムは知らない。が、ある程度大きくなってから、親父にビデオで観せられた記憶はある。剣聖ビル●ニアという白塗りの中ボスや、毎週出てくる不気味な怪人達に、大泣きしたのは懐かしい思い出だ。
そんな思い出にひとり浸っていると、宮本さんはしみじみと言う。
「特撮ファンなら、一度会っておきたかったというのが本音だ。まぁ、会ってみたら、南光太郎とは似ても似つかぬ、これといって面白みのない人間で、がっかりしたよ」
「そうでしょうね……」
これも、散々言われ慣れた言葉だ。「仮面●イダーBLACK」の主人公、南光太郎。俳優は倉田てつをさんで、今でも充分通用するレベルのイケメンだ。長身で、日本人としてはありえないくらい足が長い。観たことがない人は、一度インターネットで検索してみると良い。その足の長さに、驚くはずだ。
それに引き換え、俺は至って普通の外見だ。客観的に見ても不細工ではないのに、みんな失望する。たまたま「木村拓哉」だったがばっかりに、本物と比べられる感覚に似ている。それよりはマシかもしれないけど、恨むぜ親父。
「以上の二点が、君を選んだ理由だ」
大きくため息を吐いた後、宮本さんは気を取り直して、横に座っていた二十代そこそこの女性、岡本さんに声を掛ける。
「おい」
「はい」
岡本さんは持っていたジェラルミンケースを、机の上に置いて開く。中には、五本のUSBメモリーとミニパソコンが、衝撃吸収材に収められていた。宮本さんはメモリーを一本取り出して、俺に見せつける。
「このメモリーには、それぞれ作戦が入っている」
「作戦?」
オウム返しすると、宮本さんは「良くぞ聞いてくれた」と、言わんばかりの表情を浮かべる。
「この赤いメモリーには『ガンガンいこうぜ』という、作戦が入っている」
「『ドラ●エⅣ』ですかっ!」
あまりにヒドイ名前で、俺は思わずツッコんだ。ゲーム好きじゃなくても知っているタイトル、『ドラゴンクエスト』その四作目にあたる『ドラゴンクエストⅣ』には、初のAI(Artificial Inteligenceの略)機能が搭載されていた。作戦名を命令することによって、主人公以外のキャラクター達が作戦通りに動くという当時は画期的なシステムだった。
確か、『ガンガンいこうぜ』『じゅもんせつやく』『みんながんばれ』『いろいろやろうぜ』『じゅもんつかうな』『いのちをだいじに』といった作戦名だった。それに加え、AIを解除してプレイヤーがひとりひとり動かす『めいれいさせろ』があった。
宮本さんは何やら楽しげに大きく頷くと、明るい声で続ける。
「『ガンガンいこうぜ』はその作戦通り、銃をガンガンブチかまして犯人を追い詰め、容赦なく確保をする為のものだ」
「それでいいんですかっ? 日本警察!」
俺のツッコミを聞いているのかいないのか、宮本さんはメモリーを次々と取り出して見せる。
「青色のメモリーは『いろいろやろうぜ』これは、聞き込み捜査の際に使える。緑のメモリーは『みんながんばれ』これは、尾行捜査の際に使える。黄色のメモリーは『じゅもんせつやく』これは、張り込み捜査の際に使う」
作戦名と機能があっていない気がするが、そこはツッコむべきだろうか。たぶん宮本さんは、その名前が使いたかっただけだろうな。
ジェラルミンケースには、あと一本のメモリーが入っている。色は白だ。そのメモリーを指差して問う。
「あの~。このメモリーは、何ですか?」
「ああ、それは『クリ●ト使うな』」
「『クリ●ト使うな』?」
『ドラ●エⅣ』そんな作戦名はなかったはずだと首を捻る俺に、宮本さんは鼻で笑う。
「ボス戦で絶対効かない魔法をかましまくったり、必要な時に回復魔法を使わないなど、空気が読めない時に使うメモリーだ」
「いるんですかっ? そのメモリー!」
すかさずツッコミを入れる俺に、宮本さんは不敵に笑う。
「別名『めいれいさせろ』メモリーだ」
宮本さんは白のメモリーとミニパソコンを、ジェラルミンケースから取り出した。ロボットに何か細工をした後、ミニパソコンを叩きながら宮本さんは続ける。
「このパソコンで無線LAN通信し、直接話させたい内容をタイピングする。と――」
『あなたが好きだからーっ!』
「チャン・●ンゴン?」
突然、目の前のロボットが身体を乗り出して、無駄に可愛い声で叫んだ。声も、初●ミクそのものだった。声優は、確か藤●咲だったか。製作者は、よっぽど初●ミクが好きらしい。それとも、音声データをそのまま流用したからなのだろうか。
しかし、初●ミクは喋りが苦手だったはずだ。歌う用に作られたものだからだ。だが、目の前のロボットは不自然さはまるでなく、とても流暢に喋った。その辺は、上手く調教されているらしい。
「ちなみに、メモリーーの切り替えは、ベルトの穴に差し替えて行う」
メモリーーとミニパソコンをジェラルミンケースに戻すと、宮本さんは眉間にシワを寄せて目を閉じた。
「本当は切り替える度に、派手な効果音や光が出るようにしたかったのだが、上から『そんなもんはいらん』の一言で、却下されてしまった。実に、遺憾である」
「それは、私でも却下すると思います」
俺は呆れて、上の人の気持ちを察した。すると、宮本さんは拳を握り締めながら力説する。
「何を言うかっ! ベルトを操作する度に、ゴージャスなサウンドが鳴ったり、スタイリッシュなエフェクトが発動したら、カッコイイじゃないか!」
「でも、いりませんよね?」
確かめるように聞き返すと「まぁね」と、少し堅い顔をして宮本さんは小さく頷いた。ややあって、宮本さんは気を取り直してロボットの顔を指す。
「ちなみにスキンは、一般男性が好きなタイプの美少女を、ベースにしてある」
一般男性というか、オタクが好きそうなタイプの美少女だと思うが。気になって、質問してみる。
「何故ですか?」
「考えても見たまえ。ブッ●イクなおっさんに尋問されるより、美少女に尋問された方が、嬉しいに決まっているだろう」
「ああ、なるほど」
正直外見などどうでもいいと思ったが、俺は妙に納得してしまった。取り調べは、長時間に及ぶことが多い。ブッ●イクな顔を、何時間も見続けることになるのは、確かにキツイだろう。しかし、口を開かずにいれば、ずっと美少女と個室でお話し出来る。逆効果になるのではないだろうか。
宮本さんは難しい顔付きで腕組みをしながら、ロボットのまわりを意味もなく一周する。
「実は、このスキンとボイスにするまで、なかなか大変だった」
「と、いいますと? 何か不具合でもあったんですか?」
そういえば、試作機二十八号と言っていたな。これだけの性能を備えたものを作るのだから、相当な苦労があったのだろう。と、思いきや。
「科警研内で、好みが分かれて、揉めに揉めたのだよっ!」
「そんなことですかっ!」
思わず呆れてツッコむと、宮本さんは声を荒げる。
「そんなこととは何だっ、そんなこととはっ! もしノリ●なんかに、優しく『話して?』なんてお願いされてみろっ! 私なんぞ、洗いざらい話してしまうわっ!」
「ノリ●?」
聞き覚えのない愛称に首を傾げると、宮本さんは憤慨する。
「何っ? 君、知らんのかね? あの酒井法●をっ!」
「よりにもよって、酒井法●はマズイでしょうっ!」
酒井法●といえば、麻薬取締法違反で夫と共に逮捕された芸能人だ。かつてはノリ●と呼ばれる超人気アイドルだったらしい。ノリ●語と呼ばれる流行語まであったというが、俺は彼女のアイドル時代を知らない。俺が知る酒井法●は、女優だからな。
「何を言うかっ。ノリ●は私にとって、永遠のアイドルなのだよっ! 可愛いは正義だっ! 例え世間が許そうとも、高●を私は絶対に許さないっ!」
「警察がこんなだなんて、日本の未来は暗いですね」
肩を落とす俺に、宮本さんは俺ではなくロボットの肩を叩いた。
「そうっ! こんな時代だからこそ、『キカイタロウくん』が必要なのだよ!」
「うわっ、ダサ! その子、女の子なのにそんな名前なんですか?」
あまりにベタな名前に、俺はツッコんでしまった。すると宮本さんは、眉間にシワを寄せて、ため息を小さく吐く。
「元は『ロボット刑事二十八号』という名前だったのだが、それもどうかと思ってね」
「まんまですもんね」
「まぁね」
大きくため息を吐き出して、宮本さんは続ける。
「上に申請を出す時は、名前をどうするか科警研で揉めていてね。スキンやボイスを設定する前に、ひとまず仮として『キカイタロウくん』として書類を提出したのだ。が、そのまま受理されてしまってな。変えるに、変えられなくなってしまったのだ」
「それは、うっかりですね」
呆れた口調で呟いた俺を置き去りにしたまま、宮本さんはロボットの足を指す。
「それはさておき。彼女は、時速四キロで移動が可能だ」
「遅っ! それじゃ、犯人に逃げられちゃうじゃないですか」
「それは大丈夫だ。『ガンガンいこうぜ』のメモリー装着時のみ、スプリンター並みの速さで走行が可能となる。一般人が逃げられるスピードではない」
「それは頼もしいですね」
「そうだろう、そうだろう」
宮本さんは満足げに何度か頷いた後、俺を指差す。
「ところで君、自動車の免許は持っているかね?」
「はい。今のところ無事故無違反で、ゴールド免許です」
ジャケットの内ポケットから運転免許証を取り出して見せると、宮本さんは「良し」と、頷いた。
「それは何より。彼女の移動は、基本徒歩だ」
「車両運転技術は、想定しなかったんですね」
冷静にツッコむ俺に、宮本さんは力説する。
「『デカは足で稼げっ!』が、コンセプトだ」
「つまり、元々想定していなかったんですね?」
「まぁね」
宮本さんは自嘲気味に笑うと、二十代後半くらいの男性伊藤君に合図を送った。伊藤君は、大人気週刊少年雑誌に分厚い本を差し出した。宮本さんは声を弾ませながら、説明書を叩く。
「詳しい操作内容は、この説明書に書いてある。熟読して、彼女を上手く使いこなしてくれたまえっ。健闘を祈っているぞ!」
「うわ……。これ、全部読まなきゃダメなんですか?」
俺は重量感のある説明書を手に取って、ページをめくった。小難しい文章の羅列に、早くも頭が痛くなってきた。
宮本さんは俺の両肩を力強く叩いて、意味深長な薄笑いを浮かべる。
「当然だ。ああ、そうそう。彼女には、カメラやマイク、GPS機能なども搭載されている。必然的に、君の行動も監視させてもらうことになるな」
それって俺がヘマをしたら、全部筒抜けってことじゃないか。冗談じゃない!
「げげっ! マジですかっ?」
「大マジだ。それから、彼女がロボットであることはくれぐれも、内密にしてくれたまえよ。まだ試作段階で、公になっては不味いんだ」
口の前に人差し指を立てて、宮本さんは声を潜めた。
「では南君、頼みましたよ」
横島参事官がやたら良い笑顔で俺の肩を軽く叩くと、宮本さんと岡本さんと伊藤君を連れて、小会議室から出て行った。残された俺とロボットは、アホみたいに突っ立ったまま、遠ざかっていく四つの背中を見送った。
「え、えぇ~……。何で、俺がこんな目に遭わなきゃなんないんだよぉ」
可愛い女の子は、大好きだ。人間の女の子が相棒だったら、そりゃあ喜んださ。でも、ロボットが相棒なんて、特撮やアニメの世界じゃあるまいし。別に、俺じゃなくても良かったんじゃないか。何で、こんな面倒臭いことになったんだ。
愚痴を言っても始まらない。とりあえず、俺はロボットの取扱説明書を読むことにした。説明書を読む限り、どうやら相当ややこしい構造のようだ。この相棒を使いこなすには、まず分厚い説明書を読破しなければいけないらしい。早くも、頭が痛くなってきた。
パイプ椅子に腰掛けて、確認するように口の中で呟きながら、説明書と起動したミニパソコンを見比べる。
「ええっと、『まずデスクトップにあるアイコンをダブルクリックし、プログラムの設定を』――。うわっ、面倒臭ぇーっ。初期設定くらい、やっといてくれればいいのに」
文句を言いながらも、手元のミニパソコンで説明書の手順通り、初期設定をする。細かい作業が苦手な俺は、初期設定をするだけで小一時間も掛かってしまった。こんな調子で、大丈夫だろうか? 今から超不安。
説明書を何度か読み返して、どうにか基本動作は理解した。大体は、メモリーとミニパソコンで指示するらしい。簡単な動作なら、口頭でも指示を受け付けるようだ。ここまでで、二時間が経過。使いこなせるようになるまで、一体どれくらい掛かるのだろう? 何だか果てしないものを感じた。
とりあえず、軽く動かしてみよう。
「キカイタロウくん」
『はい、光太郎さん』
「おおっ! 本当に返事したぁっ!」
呼べば返事をするのは分かっているのだが、実際目にすると驚いてしまった。初期設定で、パートナーを俺の名前で入力してあるので、ロボットは俺を「光太郎さん」と呼んだ。初めて動くおもちゃを手にした時の、あの興奮が湧き上がった。
試しに「歩け」「座れ」などを口頭で指示すると、ロボットは言われた通りに動いた。ロボットを操作することは、思っていたよりも面白い。パイプ椅子に腰掛けたロボットの頭を、俺はムツゴ●ウさんみたいに撫でる。
「スゴイぞ、タロウ! エライぞ、タロウッ! スゴイぞ、ターローオーッ!」
『何が、スゴイ、エライですか?』
ロボットが、無表情のまま首を傾げた。なかなか良く出来ていて、人間臭い動きも出来るようだ。
「そういえば、簡単な会話も出来るんだったな」
楽しくなってきた俺は、説明書に書かれていた『会話する』のページを開く。手始めに、説明書に書いてある例文通りに話しかけてみよう。
「こんにちは」
『こんにちは』
「ご機嫌いかがですか?」
『お蔭様で、元気です。あなたは?』
「ありがとう、わたしも元気です」
ロボットは淡々と、例文通りに返答した。あまりに良く出来ていて、俺は感心するばかりだ。
「へぇー。話し掛ければ、言葉も覚えていくのか。何だか面白くなってきたぜーっ」
だんだん愛着が沸いてきた俺は、良いことを思いついた。
「おっ、そうだ。お前にあだ名付けてやろう! うーん、そーだなぁ。あ、そうだ。初●ミクに似てるから、ミクなんてどうだ?」
『私はミクではありません、キカイタロウです』
ロボット、いやミクは無表情のまま否定した。ご丁寧に訂正してくるあたりが、ロボットらしい。ミクの頭を撫で回しながら、俺はからかうように笑う。
「そんな硬いこと言うなよーっ」
「ブラック、こんなところにいたのか。会議始まんぞ」
そういえば、小会議室のドアが開けっ放しだった。俺を探して来てくれたのか、高校時代からの腐れ縁、安藤が声を掛けてきた。ガチムチで厳つい風貌をしているが、気は優しくて力持ち。仲間からの信頼も厚い、いい男だ。
ちなみに「ブラック」というのは、俺の名前「南光太郎=仮面●イダーBL●CK」から付けられたあだ名だ。俺の親父が「仮面●イダーBL●CK」の大ファンで、息子が生まれたら絶対に「光太郎」と付けると言って、聞かなかったそうだ。
「おぉ、わりぃ。今行く」
荷物をまとめて、慌てて立ち上がる。分厚い説明書と、ジェラルミンケースが異様に重い。絶対、全部で三キロ以上はある。持っているだけで、腕が鍛えられそうだ。
小会議室を出て、数歩駆け出したところで踏み止まる。おっといけない、ミクを忘れるところだった。
「立って、俺についてきなさい」
『はい』
ミクは指示した通り、後をついてくる。が、移動速度が時速四キロなので、いかんせん遅い。たった五部屋先の大会議室へ着くのに、ずいぶん時間が掛かってしまった。会議室の一番後ろの席に、ミクと並んで着くと、安藤が小声で短く注意してくる。
「遅ぇ」
「わり」
捜査会議は、もう始まっていた。俺はミニパソコンを取り出して、ミクに捜査データを覚えるように指示する。ミクは、機械特有の小さな唸りを上げて、情報収集を始めた。
事件内容はこうだ。一人暮らしのお年寄りを狙っての強盗殺人、および放火事件が多発している。容疑者も目星がついていて、警察は写真を公開し、警戒を呼びかけているということだった。
ここまで分かっているなら、あとは犯人を追い詰めて逮捕するのみ。今のところ動機は不明だが、それは犯人を問い詰めれば分かる話だ。
「各員、聞き込み捜査を行え。解散っ!」
「はいっ!」
犯罪対策課長が一喝すると、捜査員達は威勢良く返事をして一斉に立ち上がり、出口へ急いだ。俺も急かされるように、ミニパソコンをシャットダウンさせる。
「そこの可愛い女の子、誰よ? 彼女?」
唐突に俺の右頬に、誰かが化粧臭い顔を押し付けてきた。確かめるまでもない、同僚の姐さんだ。「姐さん」というのはあだ名で、本名は海原さんという。警察官らしからぬ、派手なスーツを着たモデルのような美人だ。年齢を聞いたら怒られたので知らないが、たぶん二十代後半だろう。天真爛漫で、面倒見の良い姐御肌だ。
「本当、初めてみる顔ですね」
興味津々といった具合で、後輩の空木も近寄ってくる。こちらはこの歳までどうやって生きてきたのか、純粋で天然素材一〇〇%の可愛い女の子。まだこちらに配属されてきたばかりにも関わらず、仕事が出来る有能な二〇歳。真面目で、性格も温厚な愛されキャラだ。
横に座っているミクを指差して、俺はみんなに紹介する。
「ああ。こいつは、今日から俺と組むことになった、新人のキカイってんだ」
『キカイ』のアクセントは『機械』ではなく、名前らしく聞こえるように気を付けた。安藤は少し不思議そうに、わずかに目を見開く。
「キカイ? 変わった苗字だな。それにしても、ブラックに相棒ねぇ」
安藤は興味深げに、俺とミクを見比べた。
「自己紹介しなさい」
俺がミクに指示を出すと、ミクは友好的な笑顔を浮かべる。なんだ、こういう顔も出来るんじゃないか。初めて見る表情の変化が、俺は我が子の成長を見るようで嬉しかった。ミクは自然な動きで、三人に握手を求める。
『初めまして、キカイタロウと申します』
「太郎? 女なのに、変わった名前だな。俺は安藤大介だ、よろしくな」
「あたしは、海原彩。姐さんって、呼んでっ♪」
「私は、空木良子です! よろしくお願いしまーすっ!」
彼らは次々と、ミクと握手を交わした。空木に至っては笑顔全開で、元気いっぱい握った手を勢い良く上下に振った。
「ちょっと、そこの。遊んでないで、早く行きなさい」
「あ、すみません」
自己紹介が終わったところで、捜査本部長から怒られた。見れば、会議室に残っている捜査員は俺達だけだ。安藤が片手を上げて、背を向ける。
「先行くぞ」
「ああん、しょうがないわねぇ。またね♪」
「それでは、また会いましょう」
「おう」
本部長に急かされて、安藤達は他の捜査員達と一緒に出て行った。彼らは、ミクがロボットであることに気が付かなかったようだ。もっとも、ミクはよほど注意して見なければ気付かないくらい、人間に近い。それほど、精巧に作られている。さすが、最新技術を駆使して作られたと、いうだけはある。
さて、問題はこれからだ。ミクの実力を、実践で試さなければならない。上手く使いこなせれば、犯人逮捕も夢ではないというが、本当だろうか?
「ミク、ついて来い」
『私はミクではありません、キカイタロウです』
「はいはい、ミクちゃん」
『ミクちゃんでもありません、キカイタロウです』
律儀に訂正してくるミクが、おかしくて仕方がない。俺は喉の奥で、小さく笑った。
警察署の駐車場に止めてある、愛車の運転席に着く。しかしミクは、車の横に突っ立ったまま、一向に乗ろうとしない。しばし考えて、気が付く。
「あ、そうか。指示しなくちゃ、車にも乗れないのか」
一旦車から降りて、助手席側へ移動する。
「こっち来て、ドアを開けて、椅子に座れ」
『はい』
言われた通り、ミクはドアを開けて助手席に座った。
「シートベルトを締めて」
どうやら理解出来なかったらしく、首を傾げている。『シートベルト』という単語くらい、覚えさせておいて欲しかったな。俺はため息をひとつ吐くと、ミクにシートベルトを締めてドアを閉めた。改めて運転席へ着いて、車を発進させる。
「こりゃ、先が思いやられるぜ」
お読み頂きまして、ありがとうございました。並びにお疲れ様でした。
「這いよれ! ニャル子さん」を読んで、パロディ要素の多い作品でもいけるのかもと思って書いてみました。
ギリギリアウトかもしれない。ボーダーラインが、今ひとつ分かりません。
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