化け物は北上しながら餌を求めて移動している。実際に化け物の餌が人間かどうかは明確化されていない。なにせあの化け物は無機質なビルだろうと生い茂る木だろうと人間だろうと吸い上げて、もぐもぐごっくんなのだ。なにが餌なのかなんて、わかったものじゃない。排泄もしないから不要物も不明だ。
けれど確実に言えることは、あの化け物が生体であるということだった。そんなものはどこかの科学者が発表した話に過ぎないのだけど、しかし一週間を通して観察していると生体だということにも納得がいく。
あの化け物は一日に一度、午後三時すぎに吸い上げる。北上しているとわかったため避難している者が大半のはずだけど、とにかく三時すぎに食事を始める。一日に一度。だから一週間経っても世界は滅んでいない。聞く話によれば他の六体も同じらしい。
餌を欲するということはエネルギーが必要ということで、それは生体であると言える。単純な三段論法だがなるほどと思った。そのエネルギー変換効率や物体浮遊方法やケタ外れの巨大さに説明はつかないけど、説明がつかないから違うというのはそれこそ妙な話だろう。
だからどうした、とも言えるけれど。あれが生体だからどうしたのだ。殺せる手段はないのだろう? それなら生きていようと死んでいようと、化け物は化け物。人類を滅亡する存在に過ぎない。
幸い、僕の家は化け物の行く先とは逆方向だったので、僕は自宅に引きこもることができた。だがあくまでそれは不幸中の幸いであり、共働きの両親は一週間前のあの日、都会で働いていて――帰ってこない。どうなったかなんて考えたくもない。だからこの家にいるのは僕と妹の千種、二人だけだった。
家にある程度の食料品はあった。地震に備えて非常食もあった。ただ、お金はないので買い足すことはできない。今はいいけど来月再来月となれば困ったことになる。食事の配膳は今のところ行われていない。行われている地域もあるようだけど、そこは捕食された被害の中心地であり、先述の通りこの家からは電車で二十分だ。歩いて二時間近くかかるだろう。そして当たり前だけれど電車は動いていない。
テレビは放送されなくなって、電波を飛ばすラジオだけが今の頼りだった。携帯は基本的に繋がらない。電波塔と基地局が無事だったのか電波は立っているけれど、回線はパンクしてしまっているらしい。
唯一の受信手段であるラジオのニュースは日々絶望色に彩られている。化け物によって人類は滅亡するだろう。そんなことは誰が言わなくても理解することだ。しかし、それとは別に人類は既に滅亡に向けて走り出している。どうしようもない連中が暴徒とかして犯罪の限りを尽くしているらしい。
殺人、強奪、誘拐が主だ。人間は極限状態に迫ると犯罪に走る傾向が、どうやら昔からあるそうだけれど、どうしてそんなことをするのだろう。唯一理解できるのは強奪だ。理解できるからってやらないけれど、食の確保に疑心暗鬼になり暴走してしまうのはまだ解る。
どうしてこんな時に人を殺すのだろう。どうしてこんな時に人を傷つけるのだろう。
「恐いよ……」
隣で妹が震えて零した言葉を耳にして、肩を抱いて引き寄せる。男よりも女の方が危険性は高かった。女が誘拐される事件が多発している。この街も例外ではない。女を誘拐してやることなんて目に見えている。下手をしなくても妹が狙われる可能性はある。
「お前は絶対に家を出るなよ」
促すと、妹は小さくを頷いた。まだ中学生になったばかりの妹に欲情する変態がいることは耳にしている。小学生が誘拐されたりもしているのだ。年齢なんて、よほど老いない限り安心ではない。もっとも、老婆が誘拐された話も聞いたけど、ふるいにかければ数は少ないだろう。
最たる年齢は女子高校生くらいだろうか。そのあたりは需要が高そうだ。だからって誘拐して事を及ぼす気にはならない。仮に生命の危機を感じて本能が膨張し子孫を残そうと躍起になっているのだとしても、それを抑えられるから人間だ。なんのために知能が進化したのか、これではわかったものじゃない。
「この先どうなるのかな」
そう言う妹の表情は半ば諦めている風でもあった。それに対して僕自身元気になれるように、明るい返答をしたかったけれど、そんな気力も沸かなかった。
「どうだろうな」
世界を喰らう七体の化け物。奴らによってどれだけの期間で人類が滅亡するのだろう。日本に降り立った化け物は北上しているが、他の化け物がどう動いているのかは知らない。情報がそこまで多いわけじゃない。仮に逃げ続けるとして食料は尽きる。仮に逃げ続けるとしても選民されることは間違いない。そこに僕達は含まれないだろう。
あの化け物が人類を滅ぼすよりも先に効果的な兵器が開発されて、殲滅できれば全てが救われる。でもその可能性ってどれだけ高いんだろう。そうだ、僕の体には多分、毒の雨が降ったはずだ。八方塞がりだった。
「ご飯食べよう」
「うん」
電気は通っている。けれどこの電気もその内になくなるだろう。今は今できる範囲内でやっていくしかない。しかしそれができなくなった時、僕達はどうすればいいのだろう。
当面の問題は食料だ。食料は配給されない。しかし物価は高騰している。けれどお金はない。どうしようもない、どうしようもない。それでも――妹の青ざめた顔が目に入る。
僕は妹を護りたい。どうしようもなくなってしまうまでは、この妹を生かしてあげたいと強く思った。
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