ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
このお話では人が死にます。中には無残な死に方をする人も出てくるかもしれません。お気をつけください。
世界滅亡は突然に
1

 僕は間違えていた。
 僕達は間違えていた。
 現実は辛く険しく渡っても鬼ばかりだというのに、実は奇跡も起こるし神も存在するし、いざとなれば世界の滅亡を朝飯前と言わんばかりに救ってくれるんじゃないかと、荒唐無稽なことをどこかで期待していた。
 けれどそれは間違いだった。


 あの日、一週間前、午後三時過ぎ。平日の木曜日。学生は残り僅かな授業時間を退屈に過ごし、社会人は後半も終わりに差し掛かったと小休憩を挟んでいたくらいの時間帯。
 空から化け物が降ってきた。
 数え切れない程の極太の針が全体から伸びている球体の化け物は、大きな一つ目玉をぎょろりと動かして人間に悲鳴を沸かせた。ぱっくりと切られたかのような裂けた口からはマトリョーシカの如く何層も歯が連なっていた。その鋭さと凶暴的な歯の尖り方から捕食するためのものだと想像するに難くない。

 あまりにも非現実的な光景に逃げるより先に僕は笑った。あまりにも馬鹿馬鹿しい光景に「知らなかった、この世界は漫画だったんだ」と呟いたけど、だからって事態は不変に狂気を撒き散らす。
 恐ろしさに震えるのは数分後だった。とてもくだらないことを考えた。
 例えばこれが漫画だとして、その作者はどうエンディングに持っていくつもりなのだろう、とか。果たしてそこに人類は生存しているのだろうか、とか。僕が主人公であるはずがないから、世界のどこかで主人公となったヒーロー的な役割の人があの化け物を退治してくれるんじゃないだろうか、とか。

 しかしなにも起こらなかった。自衛隊がどんな気持ちだったかはさておき、明らかな人類滅亡の事態に日本も軍隊を派遣した。上空に迫る化け物に向けて、自然に害が大きそうな武器をあれこれと使っていたように思う。だとすればとっくにこの辺りは汚染されていて、そういった意味では僕はもう死んでしまうのかもしれないけど、だとしてもあんな化け物に食べられるなんて我慢ならないので、自衛隊頑張れとエールを送った。もしかしたら自衛隊ではなく米国の部隊だった可能性もある。これは数日後に知ったことだけど世界各地で(米国も含めて)それぞれ個性的な化け物がどこかより来訪したそうだから、あちらに余裕はなかっただろう。

 あまりの大きさに最初は月でも降ってきたのかと勘違いした。けれどよく見なくても仰げば恐ろしい刺と目玉と口があるのだから、ファンタジーの理だと気づくことに時間はかからない。
 実際、あまりの大きさで判断つかなかったけれど、化け物が見ていた場所は僕のいる辺りではなく、電車で二十分は離れた都会だったらしい。その辺りが目視できるわけじゃないけれど、上空に吸い上げられていくビルや人間(塵のようだったけれど、人間だと思う)や車等の、様々な痛みが耳に届いたような気がして手で塞いだ。吸引力は凄まじく、僕にもちょっとした引力が発生したように思う。押すのではなく引く風に恐怖を覚えて近くの電柱を掴んだ。同時に地震も起こっていたような気もするけれど、それは吸い込みの影響かもしれない。

 もぐもぐもぐ、と。
 球体の針化け物は口に運んだそれらをよく噛んでいたような、ある意味で人間味あふれる動作を取った。もぐもぐもぐ、と。その度にどれだけの人が潰れ千切れ砕けたのかは定かではない。右にもぐもぐ、左にもぐもぐ、そして、ごっくん。
 球体なのだから喉は見当たらないが、一つしかない目玉を細めて球体の化け物は嬉しそうに飲み込んだ。どう足掻いたって吸われた人間は死んだのだろう。

「ざけんじゃねえよ化け物が!」

 そう叫んだかどうかは僕の想像でしかないけれど、一機の戦闘機が化け物の弱点と思わしき目玉に特大のミサイルを発射した。あまりにも刺々しく攻撃が阻害されてしまいそうな化け物、しかしその目玉は人間に似ていて、ただ巨大なだけで脆そうなのは素人目でもよくわかる。
 けれどだからどうしたと言わんばかりの化け物が、もやの晴れた空に浮かんでいた。その目玉は傷つくことなく、割ることなく、かといって怒るでもなしに次の餌を求めて口をすぼめた。

 僕達はあの化け物に、正確には世界各地に降臨した七体の化け物に負けて滅亡するんだと絶望した。同時にこうも思った。でももしかしたら――と。

 その希望はなんら変態的ではない、普通の論理的思考だったように今では思う。あんな化け物が現れたくらいだ。ウルトラマンが現れたっておかしくない。おかしくないのにウルトラマンがシュワっと登場することはなく――一週間が経った。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。