2012年02月16日
パーフェクトフレンド3
山道を駆け上がったタイチは、ぼくたち一行が目指していた山頂を通り過ぎ、隣の山へと続いている尾根道へと入っていった。
「そこから先、行っちゃダメ。タイチくん。みんなとはぐれちゃうよぉ」
ようやく山頂にたどり着いたぼくは、ハアハアと肩で息をしながら、タイチを追って尾根道へと入って行くヒロヤの叫び声を聞いた。まだバクバクしている心臓を押さえながら、滝のように流れてくる汗を拭って、タイチとヒロヤの行った尾根道の入口へと歩く。案内の矢印が立っているところまで来たぼくは、思わず叫んだ。
「うそぉ、マジかよぉー」
尾根道は、いま登ってきた道と同じくらいの勢いで一気に下っている。そして一番下まで下りきったところでまたグイーンと登って、ここの山頂より少し高い隣の山の頂へとつながっているんだ。見晴らしのいい山頂からは、もう一番下まで下りきって、今度は隣の山へ登ろうとしているタイチの姿と、タイチとおそろいの黄色いTシャツを着てその後を追って急な下り道を駆け下りるヒロヤの姿が見えた。
「あいつら、どんだけ体力あるんだよぉ」
つぶやきながらも、ぼくはまた走り出す。もしヒロヤが先を走っていなかったら、ぼくはここで引き返して引率の大人たちに報告へ行くだろう。でも、ヒロヤの背中を見ながら、その後を追わないわけにはいかないもんね。
体力が残っていなくても、下り道というのは足が勝手に進んでいくもんだ。あれよあれよと言う間にヒロヤに追いつきそうになったとき、一番下まで下りきったあたりのところでヒロヤがものすごい勢いで転んだ。
「ヒロヤぁ」
駆け寄ってみたら、ちょうどそのあたりはいつも木々に覆われて日陰になっているらしく、小さな水たまりがあちこちにあるジメッとした場所だ。その水たまりの一つに足を取られたヒロヤは、つぶれたカエルみたいにうつぶせに倒れていた。
「大丈夫?」
肩を掴んで起こそうとしたら、ヒロヤは自分で四つんばいになって起き上がった。上半身が泥だらけで、鼻の下と頬にも飛び跳ねた泥がついている。
「へへっ、へへっ」
泥で濁った水たまりの上にベチャッと座ったヒロヤは、半分笑いながら、半分泣きそうな顔をしてぼくを見つめた。
「怪我しなかった?」
こくりと頷くヒロヤ。顔がクシャッとなって、なんか本当に泣き出しそう。
ヒロヤのこんなブザマでこんな子供っぽい姿、始めてみた。
ショック。
なんかものすごいショックだぁ。
ヒロヤに失望したとか、そんなのでは全然ないけれど、いままでずっとずーっとヒロヤのことを遠くから見続けてきたぼくが一度も見たことのなかった姿がそこにあって、自分の中でそれを受け入れられないって感じ。
「あ、とにかく、タイチ追っかけるから」
これ以上ヒロヤの傍にいたら、ショックで自分がおかしくなりそうに思えて、ぼくは逃げるようにタイチの後を追った。
「タイチーぃ。待てよぉ」
どんどん先に走っていくタイチだったけど、さすがに登り道を走り続けるのは疲れてきたみたいで、ようやく山頂に着くころにはほとんど歩いていた。一方、ヒロヤの姿にショックを受けたぼくは、その衝撃を走るエネルギーみたいなものに変換して走り続けたから、山頂に着いたのはほぼ同時だった。
「待てよ、タイチ」
ようやく追いついて腕を掴んだら、タイチが激しく腕を振って抵抗した。3年生にしては体の大きなタイチだけど、さすがに腕力では負けない。振り放されないように、もっと強く腕を掴んだら、タイチはキャーと叫んでパニックになった。
「あ、うるさいなー、もう」
頭に来て、思わず乱暴にタイチの体を引き寄せたその時、頭の上を音もなく白い線が通り過ぎていった。
「え?」
見上げたら、信じられないほど青い空に真っ白な飛行機雲を描いて小さな白い翼が飛んでゆく。
「ヒコウキ、ヒコウキ、ミニイコウ」
同時に気がついたタイチはピタッと叫ぶのをやめた。ぼくは掴んでいた手を離して、タイチと共に山頂のもっと空が開けている場所へと走った。
山の頂で始めてみる飛行機雲がそこにあった。何も遮るもののないところで、自分の頭のものすごく近くに次々と描かれ、流れていく雲は、さっき登ってくる途中で木々の隙間からチラッと見た飛行機雲とは、全然迫力が違う。
「すげえな。めっちゃきれい」
思わず並んで見上げるタイチの横顔を見た。
飛行機に夢中のタイチはぼくのことなんか見ちゃいない。特に嬉しそうな顔をするわけでもなく、一見、無表情だけど、目だけはキラキラと輝いている。その顔を見ていたらなんとなくこの感動を二人で分かち合ったっていう気分がした。
「さあ、帰ろうか」
しばらく二人でぼんやりと空を眺めた後、ぽつりと言ったら、タイチは「カエロウ、カエロウ」と返事をして先に歩き出した。黙ってその後をついていくと、タイチはちゃんと登ってきた道を下って行く。ぼくも下り道に入って尾根道を見下ろしたら、さっき転んだ場所のあたりにヒロヤが座っていた。もしかして、心細くて泣いていたりするんじゃないか。見捨てるように走り去ったぼくに怒っているんじゃないか。そんなことを思いながらドキドキして道を下ってゆくと、ヒロヤが立ち上がってぼくらのほうへ駆け寄ってきた。
「タイチくん、お帰り」
ヒロヤはキラキラと輝くような笑顔を浮かべてタイチの肩を遠慮がちに叩いた。タイチはあいかわらず何を言われても無表情だけど、体に触られても嫌がる様子はなかった。
「リョウヤすごいな。ちゃんとタイチくんを連れ帰ってきた。すごいよ、リョウヤ。すごいすごい」
そして、そこにいたのはいつもヒロヤだった。顔も服も泥だらけだけど、自分のことよりも、ぼくやタイチのことを気にかけている。優しくて思いやりも勇気もある、何もかも完璧ないつものヒロヤだ。
そのヒロヤに認められ、褒めちぎられたのはめっちゃ嬉しかった。
でも、そんな嬉しさが霞んでしまうくらい、ぼくは、ぼくの知らないヒロヤの姿をもっと見てみたい、という思いで、胸がいっぱいだった。
もっともっとヒロヤに近づきたい。もっともっとヒロヤのことが知りたい。
今まで以上にヒロヤのことが好きになった。そうしたらなんだか、とても苦しくなったんだ。
「そこから先、行っちゃダメ。タイチくん。みんなとはぐれちゃうよぉ」
ようやく山頂にたどり着いたぼくは、ハアハアと肩で息をしながら、タイチを追って尾根道へと入って行くヒロヤの叫び声を聞いた。まだバクバクしている心臓を押さえながら、滝のように流れてくる汗を拭って、タイチとヒロヤの行った尾根道の入口へと歩く。案内の矢印が立っているところまで来たぼくは、思わず叫んだ。
「うそぉ、マジかよぉー」
尾根道は、いま登ってきた道と同じくらいの勢いで一気に下っている。そして一番下まで下りきったところでまたグイーンと登って、ここの山頂より少し高い隣の山の頂へとつながっているんだ。見晴らしのいい山頂からは、もう一番下まで下りきって、今度は隣の山へ登ろうとしているタイチの姿と、タイチとおそろいの黄色いTシャツを着てその後を追って急な下り道を駆け下りるヒロヤの姿が見えた。
「あいつら、どんだけ体力あるんだよぉ」
つぶやきながらも、ぼくはまた走り出す。もしヒロヤが先を走っていなかったら、ぼくはここで引き返して引率の大人たちに報告へ行くだろう。でも、ヒロヤの背中を見ながら、その後を追わないわけにはいかないもんね。
体力が残っていなくても、下り道というのは足が勝手に進んでいくもんだ。あれよあれよと言う間にヒロヤに追いつきそうになったとき、一番下まで下りきったあたりのところでヒロヤがものすごい勢いで転んだ。
「ヒロヤぁ」
駆け寄ってみたら、ちょうどそのあたりはいつも木々に覆われて日陰になっているらしく、小さな水たまりがあちこちにあるジメッとした場所だ。その水たまりの一つに足を取られたヒロヤは、つぶれたカエルみたいにうつぶせに倒れていた。
「大丈夫?」
肩を掴んで起こそうとしたら、ヒロヤは自分で四つんばいになって起き上がった。上半身が泥だらけで、鼻の下と頬にも飛び跳ねた泥がついている。
「へへっ、へへっ」
泥で濁った水たまりの上にベチャッと座ったヒロヤは、半分笑いながら、半分泣きそうな顔をしてぼくを見つめた。
「怪我しなかった?」
こくりと頷くヒロヤ。顔がクシャッとなって、なんか本当に泣き出しそう。
ヒロヤのこんなブザマでこんな子供っぽい姿、始めてみた。
ショック。
なんかものすごいショックだぁ。
ヒロヤに失望したとか、そんなのでは全然ないけれど、いままでずっとずーっとヒロヤのことを遠くから見続けてきたぼくが一度も見たことのなかった姿がそこにあって、自分の中でそれを受け入れられないって感じ。
「あ、とにかく、タイチ追っかけるから」
これ以上ヒロヤの傍にいたら、ショックで自分がおかしくなりそうに思えて、ぼくは逃げるようにタイチの後を追った。
「タイチーぃ。待てよぉ」
どんどん先に走っていくタイチだったけど、さすがに登り道を走り続けるのは疲れてきたみたいで、ようやく山頂に着くころにはほとんど歩いていた。一方、ヒロヤの姿にショックを受けたぼくは、その衝撃を走るエネルギーみたいなものに変換して走り続けたから、山頂に着いたのはほぼ同時だった。
「待てよ、タイチ」
ようやく追いついて腕を掴んだら、タイチが激しく腕を振って抵抗した。3年生にしては体の大きなタイチだけど、さすがに腕力では負けない。振り放されないように、もっと強く腕を掴んだら、タイチはキャーと叫んでパニックになった。
「あ、うるさいなー、もう」
頭に来て、思わず乱暴にタイチの体を引き寄せたその時、頭の上を音もなく白い線が通り過ぎていった。
「え?」
見上げたら、信じられないほど青い空に真っ白な飛行機雲を描いて小さな白い翼が飛んでゆく。
「ヒコウキ、ヒコウキ、ミニイコウ」
同時に気がついたタイチはピタッと叫ぶのをやめた。ぼくは掴んでいた手を離して、タイチと共に山頂のもっと空が開けている場所へと走った。
山の頂で始めてみる飛行機雲がそこにあった。何も遮るもののないところで、自分の頭のものすごく近くに次々と描かれ、流れていく雲は、さっき登ってくる途中で木々の隙間からチラッと見た飛行機雲とは、全然迫力が違う。
「すげえな。めっちゃきれい」
思わず並んで見上げるタイチの横顔を見た。
飛行機に夢中のタイチはぼくのことなんか見ちゃいない。特に嬉しそうな顔をするわけでもなく、一見、無表情だけど、目だけはキラキラと輝いている。その顔を見ていたらなんとなくこの感動を二人で分かち合ったっていう気分がした。
「さあ、帰ろうか」
しばらく二人でぼんやりと空を眺めた後、ぽつりと言ったら、タイチは「カエロウ、カエロウ」と返事をして先に歩き出した。黙ってその後をついていくと、タイチはちゃんと登ってきた道を下って行く。ぼくも下り道に入って尾根道を見下ろしたら、さっき転んだ場所のあたりにヒロヤが座っていた。もしかして、心細くて泣いていたりするんじゃないか。見捨てるように走り去ったぼくに怒っているんじゃないか。そんなことを思いながらドキドキして道を下ってゆくと、ヒロヤが立ち上がってぼくらのほうへ駆け寄ってきた。
「タイチくん、お帰り」
ヒロヤはキラキラと輝くような笑顔を浮かべてタイチの肩を遠慮がちに叩いた。タイチはあいかわらず何を言われても無表情だけど、体に触られても嫌がる様子はなかった。
「リョウヤすごいな。ちゃんとタイチくんを連れ帰ってきた。すごいよ、リョウヤ。すごいすごい」
そして、そこにいたのはいつもヒロヤだった。顔も服も泥だらけだけど、自分のことよりも、ぼくやタイチのことを気にかけている。優しくて思いやりも勇気もある、何もかも完璧ないつものヒロヤだ。
そのヒロヤに認められ、褒めちぎられたのはめっちゃ嬉しかった。
でも、そんな嬉しさが霞んでしまうくらい、ぼくは、ぼくの知らないヒロヤの姿をもっと見てみたい、という思いで、胸がいっぱいだった。
もっともっとヒロヤに近づきたい。もっともっとヒロヤのことが知りたい。
今まで以上にヒロヤのことが好きになった。そうしたらなんだか、とても苦しくなったんだ。
2011年11月13日
パーフェクトフレンド2
「テンキ、テンキ、アシタワハレ、テンキ」
青い空を見上げながらタイチが言った。
何度も何度も繰り返されるタイチの言葉は、抑揚がなくて、どこか風の音のように聞こえる。
「うん、いい天気だね。ほら、富士山が見えるよ。おっきいね」
ヒロヤがタイチの耳元で優しく微笑んだ。いつ見ても、ヒロヤは優しくて、爽やかで、かわいくて。後ろから、その横顔を眺めながら、こんな近くにヒロヤがいるなんて、うそみたいだとぼくは思う。
ヒロヤとともに参加したなかよしキャンプで、ぼくは河口湖に来ていた。初日はバスを降りてから、開会式というのをやって、弁当を食べて、それからちょっとしたハイキングだ。
キャンプの参加者は全部で120人ほどの子どもと20人くらいの引率の大人たちで、バス四台でここまでやってきた。ぼくたちの小学校から参加したのは、ぼくとヒロヤだけだった。
キャンプの間は、一人の障害や病気のある子どもと、二人のそうでない子どもがひと組になって、ずっと一緒に行動することになっている。元気な子どもが、病気や障害のある子どもの世話をしながら、仲良しになろう、ということらしい。そして、ぼくはタイチという小学3年生の男の子と、ヒロヤと三人ひと組になった。
信じられる?三日間、ずっとヒロヤと一緒に行動するんだよ。
いままでずっと遠くから見ていたヒロヤとずっと一緒なんだ。
よく整備された山道を長い一列になってぼくらはゆっくりゆっくりと歩いている。タイチのすぐ横に寄り添いながらヒロヤが歩き、その後ろからぼくが行く。ハーフパンツ姿のヒロヤのお尻が目の前にあるので、どうしてもそこに目がいってしまう。薄い生地のズボンのお尻には、中にはいているパンツの線がときどきくっきりと浮かび上がるんだ。ヒロヤは今日、ブリーフをはいているらしい。夏の間だけ、ぼくもブリーフになるんだけど、ヒロヤのパンツはどんな柄なのだろう。
「テンキ、イーテンキ、アオイソラ」
せっかくヒロヤがニコニコして話しかけているのに、タイチはまるで上の空でさっきから同じことばかりつぶやいている。あまり感情のこもっていない機械みたいな声というか、通り過ぎる風の音のような話し方だ。
タイチは自閉症という障害らしい。人と話すことがあまり上手ではなくて、他人に体を触られるのも嫌がるとスタッフの大人たちから聞かされた。だから、ぼくとヒロヤは、ずっとタイチと行動を共にしながらも、どうしても危ないとき以外は、タイチの体に触れることはしないことにした。
ヒロヤのお父さんの小児科クリニックには、自閉症の子どもの患者もいるから、ヒロヤも少しはこういう子どものことを知っているらしいけど、それでもタイチとはどう接したらいいかわからなくて、時々ぼくのほうを向いて困った顔をする。もちろん、ぼくなんか、もっとひどくてタイチに何を話しかけたらいいか、全然わからない。二人しておろおろしながらも、ヒロヤと同じことで困っていられるのが、ちょっとシアワセ。
「アオイソラ、ヒコウキ」
それまで調子よく歩いていたタイチが突然立ち止まる。それにあわせてヒロヤも止まったから、少し反応が遅れたぼくはヒロヤの背中に軽くぶつかった。一瞬、ヒロヤの髪の毛がぼくの腕に触れる。
このまま抱きしめたい。
思わず思っちゃった。
「アオイソラ、ヒコウキ、ミニイコウ」
タイチは空を指差してそう言った。指の先に飛行機が真っ白な飛行機雲を描いて飛んでいる。同じように空を見上げたヒロヤが、チラッとぼくのほうを見た。
「ああ、飛行機か。飛行機飛んでるね」
ようやく会話らしいものができて、たぶんヒロヤはホッとしたのだろう。ぼくもホッとして、ヒロヤに微笑みかける。と、その瞬間、タイチがものすごい勢いで坂を駆け上がり始めた。
「え?ちょっと、タイチくん、待ってよ」
あわてたヒロヤが後を追う。ぼくもそのヒロヤの後から走り出した。
「ヒコウキ、ミニイコウ」
タイチは並んでハイキングコースを歩く仲間たちを次々と追い越して先へ先へと行く。後を追いかけるぼくたちに、スタッフの大人たちが口々に声をかけた。でも、話を聞いている暇なんてない。ぼくらはただひたすら坂道を駆け上った。タダでさえ急な坂道を走ると、心臓がバクバクと破裂しそうに鳴って、汗がものすごい勢いで噴き出してくる。
やがて列の一番先頭まで追い越したタイチは全く疲れた様子もなく、目の前に広がった山の頂上目指してさらにスピードを上げて駆けてゆく。タイチとそしてその後を追うヒロヤについていこうと、ぼくは必死に走り続けた。
青い空を見上げながらタイチが言った。
何度も何度も繰り返されるタイチの言葉は、抑揚がなくて、どこか風の音のように聞こえる。
「うん、いい天気だね。ほら、富士山が見えるよ。おっきいね」
ヒロヤがタイチの耳元で優しく微笑んだ。いつ見ても、ヒロヤは優しくて、爽やかで、かわいくて。後ろから、その横顔を眺めながら、こんな近くにヒロヤがいるなんて、うそみたいだとぼくは思う。
ヒロヤとともに参加したなかよしキャンプで、ぼくは河口湖に来ていた。初日はバスを降りてから、開会式というのをやって、弁当を食べて、それからちょっとしたハイキングだ。
キャンプの参加者は全部で120人ほどの子どもと20人くらいの引率の大人たちで、バス四台でここまでやってきた。ぼくたちの小学校から参加したのは、ぼくとヒロヤだけだった。
キャンプの間は、一人の障害や病気のある子どもと、二人のそうでない子どもがひと組になって、ずっと一緒に行動することになっている。元気な子どもが、病気や障害のある子どもの世話をしながら、仲良しになろう、ということらしい。そして、ぼくはタイチという小学3年生の男の子と、ヒロヤと三人ひと組になった。
信じられる?三日間、ずっとヒロヤと一緒に行動するんだよ。
いままでずっと遠くから見ていたヒロヤとずっと一緒なんだ。
よく整備された山道を長い一列になってぼくらはゆっくりゆっくりと歩いている。タイチのすぐ横に寄り添いながらヒロヤが歩き、その後ろからぼくが行く。ハーフパンツ姿のヒロヤのお尻が目の前にあるので、どうしてもそこに目がいってしまう。薄い生地のズボンのお尻には、中にはいているパンツの線がときどきくっきりと浮かび上がるんだ。ヒロヤは今日、ブリーフをはいているらしい。夏の間だけ、ぼくもブリーフになるんだけど、ヒロヤのパンツはどんな柄なのだろう。
「テンキ、イーテンキ、アオイソラ」
せっかくヒロヤがニコニコして話しかけているのに、タイチはまるで上の空でさっきから同じことばかりつぶやいている。あまり感情のこもっていない機械みたいな声というか、通り過ぎる風の音のような話し方だ。
タイチは自閉症という障害らしい。人と話すことがあまり上手ではなくて、他人に体を触られるのも嫌がるとスタッフの大人たちから聞かされた。だから、ぼくとヒロヤは、ずっとタイチと行動を共にしながらも、どうしても危ないとき以外は、タイチの体に触れることはしないことにした。
ヒロヤのお父さんの小児科クリニックには、自閉症の子どもの患者もいるから、ヒロヤも少しはこういう子どものことを知っているらしいけど、それでもタイチとはどう接したらいいかわからなくて、時々ぼくのほうを向いて困った顔をする。もちろん、ぼくなんか、もっとひどくてタイチに何を話しかけたらいいか、全然わからない。二人しておろおろしながらも、ヒロヤと同じことで困っていられるのが、ちょっとシアワセ。
「アオイソラ、ヒコウキ」
それまで調子よく歩いていたタイチが突然立ち止まる。それにあわせてヒロヤも止まったから、少し反応が遅れたぼくはヒロヤの背中に軽くぶつかった。一瞬、ヒロヤの髪の毛がぼくの腕に触れる。
このまま抱きしめたい。
思わず思っちゃった。
「アオイソラ、ヒコウキ、ミニイコウ」
タイチは空を指差してそう言った。指の先に飛行機が真っ白な飛行機雲を描いて飛んでいる。同じように空を見上げたヒロヤが、チラッとぼくのほうを見た。
「ああ、飛行機か。飛行機飛んでるね」
ようやく会話らしいものができて、たぶんヒロヤはホッとしたのだろう。ぼくもホッとして、ヒロヤに微笑みかける。と、その瞬間、タイチがものすごい勢いで坂を駆け上がり始めた。
「え?ちょっと、タイチくん、待ってよ」
あわてたヒロヤが後を追う。ぼくもそのヒロヤの後から走り出した。
「ヒコウキ、ミニイコウ」
タイチは並んでハイキングコースを歩く仲間たちを次々と追い越して先へ先へと行く。後を追いかけるぼくたちに、スタッフの大人たちが口々に声をかけた。でも、話を聞いている暇なんてない。ぼくらはただひたすら坂道を駆け上った。タダでさえ急な坂道を走ると、心臓がバクバクと破裂しそうに鳴って、汗がものすごい勢いで噴き出してくる。
やがて列の一番先頭まで追い越したタイチは全く疲れた様子もなく、目の前に広がった山の頂上目指してさらにスピードを上げて駆けてゆく。タイチとそしてその後を追うヒロヤについていこうと、ぼくは必死に走り続けた。
2011年11月02日
パーフェクトフレンド1
カザマヒロヤのことを考えるたびに、頭に浮かんでくるのは「完璧」という言葉だ。
まず何よりも頭が良くって、全国小学生模試で有名なあの塾の模試で、三回続けて全国ベスト10に入るスゴさ。中学は私立を受験するらしいんだけど、どこの中学受けても受かるんじゃないかって言われてる。
そのうえスポーツも超得意で、地域のサッカークラブのキャプテンまでしてる。普通、中学受験するやつは、4年生くらいでクラブを辞めるのに、6年生になった今もずっと続けているんだって。
よくテレビドラマや漫画なんかでは、頭が良いやつって、人を見下してばかりいるような性格の悪いキャラに描かれているけれど、現実にはそんなやつはあまりいない。それにしても、ヒロヤの恐ろしいところは、性格がメチャメチャいいところ。こんなにすごいやつなのに何よりも謙虚でいつも周りの人をなにげなく褒めている。そのうえ明るいし、やさしくて友達思いだし。うそつかないし、裏切らないし。もちろん4年生のときからずっと学級委員に選ばれ続けている。
これだけで十分なんだけど、ついでにヒロヤの家はそれなりに裕福だ。お父さんはお医者さんで、駅前で小児科クリニックをやってる。ぼくも何度もお世話になった、いつもニコニコして優しい先生だ。いやみなほどの豪邸ではなくて、普通の一戸建ての1.5倍くらいのきれいで広い家に住んでいるんだ。
まあ、強いて言えば、ヒロヤの弱点は背が平均より低くて成長が遅いところかな。顔も子猫みたいで、イケメンではないけど、メッチャかわいい顔してる。これでイケメンで背が高かったら、何かもかも完璧だったのかな。いや、むしろイケメンでないところこそが、ヒロヤの完璧なところなのかもしれない。
こんなやつだから、学校中で人気がある。男の子も女の子もクラスメイトはみんなヒロヤが好きだし、下級生にも慕われているから、いつもヒロヤの周りには人が集まっている。
そして・・・・そんなヒロヤをぼくはいつも遠くから見ているんだ。
ヒロヤを見ていると、胸が苦しくなる。自分がとてもちっぽけで、取るに足りない人間のように思えてくる。
ヒロヤがうらやましい。
ヒロヤが妬ましい。
でも、それだけだったら、こんなに苦しくはなかっただろう。
ぼくはヒロヤが好きだ。友達として好きなだけじゃない。ヒロヤの姿を見ていると、胸がキューッとなる。いつもいつもヒロヤのことが頭から離れないんだ。
いつもヒロヤのそばにいたい。ヒロヤをずっと見つめていたい。ヒロヤの体に触りたい。ヒロヤの・・・・裸が見たい。体の隅々まで全部見たい。ヒロヤの吐く息を全部吸い込みたい。
おなじ男なのに、どうしてこんなことを思うんだろう。
どう考えても、ぼくはおかしい。ぼくは変態だ。でも、この気持ち、どうしょうもないんだ。
何もかも自分とは違いすぎるクラスメイト。しかも同じ男の子を好きになっちゃった。
いっそうのこと、ヒロヤが嫌いになれたら、ずっと楽だったのに。
だからかえって、ぼくはヒロヤと普通に話すことができない。同じ班になって、机をくっつけても、よそよそしい態度しかできないし、みんなでふざけあうときだって、ヒロヤに触ることができない。
6月の修学旅行だって、みんながヒロヤと同じ部屋に泊まりたがったので、クジ引きで班を決めた。ぼくはそのクジに参加することすらできないでいた。みんなで風呂に入ったときもそうだ。ヒロヤの裸が見たくて見たくてしかたなかったのに、緊張して全身がこわばって近寄ることができなかった。結局、ヒロヤのお尻をチラッと見たのが、6年間の小学生生活で一番印象に残った出来事で、しかも一番悔いが残る思い出になりそうだ。
夏休み。ヒロヤに会えない毎日。毎晩毎晩、ぼくは布団の中でヒロヤのことを思った。お風呂に入るときも、湯の中でヒロヤの裸を想像しながら、自分のおちんちんを触った。ヒロヤのおちんちんはどんな形をしているんだろう。自分のより小さいだろうか。まだ毛は生えていないだろうか。そんなことを続けていたら、7月の終わりころになって、湯の中で初めての射精を経験した。腰が抜けるほど気持ちよくて、頭の中が真っ白になった。その後はものすごく情けなくなって、自分が汚らしくて、いやでいやでしかたなかった。でも、それから毎日、ぼくはヒロヤの姿を思い浮かべながら、お風呂の中で射精している。ヒロヤのことが好きになるほど、自分が嫌になる夏休み。
そんなある日、親に無理やり行かされた塾の夏期講習の帰り道の電車の中で、ヒロヤを見かけた。一人で窓にもたれて外を見ていた。いつものようにヒロヤに見つからないよう少し離れたところから、ずっとずっとその姿を見た。それだけで、夏休みに入ってから一番幸せな気分になった。
するとしばらくして、一人の大学生くらいの男がスッとヒロヤの前に立った。
ちえっ、せっかくのヒロヤの姿が見えにくくなるじゃんか。そう思って男の背中を睨んだら、その背中越しにヒロヤはその男を見上げて、少し困った顔をした。急行電車なので、しばらくの間、ヒロヤの立っている側のドアは開かない。男はグイッとドアに近づいて、ヒロヤにピタッと体を密着させる。ヒロヤはますます困ったような恥ずかしそうな顔になった。
何か様子がおかしい。あいつ、何してるんだ?
そう思って目を凝らした。男の手がヒロヤの股の間に伸びたように見えた。
何してるんだよ、あいつ。
ヒロヤに何するんだよ。
頭にカッと血が上った。顔が沸騰したように熱くなって、胸がドックンドックン鳴って、いつもだったら近づくことができないヒロヤのそばに、ぼくは近づいて行った。
「よう、カザマ」
男を殴りつけてやろうと思ったけど、ぼくの口から出てきたのはそんななさけない一言だった。男はクルッと振り返ると、ぼくを見下ろしてちょっとびっくりした顔になり、それからスッとヒロヤから離れていった。
「あ・・・シロキ・・・リョウヤ?」
とぎれとぎれにヒロヤがぼくの名前を呼んだ。しかもフルネームで。
「どうしたの?」
「あ・・・ちょっと・・エロいことされかけた・・・」
「あいつに?」
振り返ったときには、男はもう別の車両に移ったみたいだった。ヒロヤにエロいことするなんて、許せないと思ったのに。
「シロキはどこ行くの?」
再び振り返ると、ヒロヤはもういつものニコニコしたヒロヤに戻っていた。こんな近くにヒロヤがいる。ぼくはいま、ヒロヤと話をしている。そんな現実にふと気がついて、うれしさよりも、ドシンとものすごい緊張が襲ってきた。
「あの・・・塾の帰り」
「塾、行ってるんだ。栄進?慶ゼミ?」
「栄進のほう。夏期講習だけ」
もちろん、ヒロヤの通っている塾の夏期講習のほうを選んだんだ。でも、ヒロヤは夏期講習には来ていなかった。
「そっか。おれの通っている塾だ」
「ヒロヤは夏期講習来てなかったね」
思わずヒロヤって呼んじゃった。いつも心の中でそう呼んでたから。ヒロヤはちょっとびっくりしたようにぼくの顔を見た。
「あ・・・ごめん」
すぐに笑顔になるヒロヤ。ああ、この天使のような笑顔。ぼくは・・・やっぱヒロヤが大好き。
「別に謝らなくていいよ。ちょっとびっくりしただけ。じゃあ、おれもリョウヤって呼んでいい?」
もちろん。大歓迎だよ。と言おうと思ったけど、言えるわけない。黙ってうなずくのが精一杯だった。
「リョウヤとはあんまししゃべったことなかったし、おれ、もしかして避けられてるのかなあ、って思ってたから、ちょっと意外だったんだけど、でも、嬉しい」
目の前にヒロヤがいる。手を伸ばせば触れられる。ヒロヤの言葉が、ヒロヤの吐く息がぼくの体に吹きかかる。もう、みんなに変態と思われてもいい。このままヒロヤに抱きつきたい。
「避けてた・・・・わけじゃないけど。ヒロヤは人気者だから、いつも周りに人がたかってるだろ。だから近づきにくかっただけ」
気持ちが高まるほど、不思議と体が動かない。でもそのぶん言葉はすらすらと出るようになった。ヒロヤと話をしている、それだけでも十分シアワセ。
「別に人気者でもないけどね」
「で、ヒロヤはどこ行くの?」
「なかよしキャンプの説明会に行ってきたんだ」
「なかよしキャンプ?」
「病気や障害のある小学生たちと一緒に2泊3日で富士山でキャンプするの」
「それに行くの?」
「そう。おれのお父さん小児科の医者だから、ボランティアでそういうのに関わってるんだ。それで誘われた」
「ふーん」
「おれらと同じ歳の小学生でも、病気で長く生きられない子もいるんだよ。おれ、将来は小児科の医者になって、そういう子を治したいんだ。だから、キャンプも参加しよっかなって思って」
相変わらずエライというか、スゴイというか、完璧なヒロヤ。
「あ、そうだ。8月12日から2泊3日なんだけど、リョウヤも行かない?」
手に握っていたパンフレットをヒロヤはぼくのほうへ掲げてみせる。
キャンプ?もしかして、一緒にお風呂はいったり、寝たりするの?ヒロヤと一緒に?
「あ、そうね。もう講習も終わってるし」
あいまいな返事をしながら、心の中でワクワクしていた。
あのカザマヒロヤに誘われて、こんな立派なキャンプに参加するんだから、親だって反対するわけがない。
ヒロヤとずっと一緒の2泊3日。今度こそ、ヒロヤの裸もヒロヤの寝顔も見たい。ぼくとヒロヤが同じ中学に行けるわけないから、これが人生で最初で最後のチャンス。
「まあ、考えておいてよ」
ヒロヤにそう言われたときには、もう何があっても参加するって決めていた。最後のチャンスに、ヒロヤの姿、何もかも心に刻み付けてくるんだ。
まず何よりも頭が良くって、全国小学生模試で有名なあの塾の模試で、三回続けて全国ベスト10に入るスゴさ。中学は私立を受験するらしいんだけど、どこの中学受けても受かるんじゃないかって言われてる。
そのうえスポーツも超得意で、地域のサッカークラブのキャプテンまでしてる。普通、中学受験するやつは、4年生くらいでクラブを辞めるのに、6年生になった今もずっと続けているんだって。
よくテレビドラマや漫画なんかでは、頭が良いやつって、人を見下してばかりいるような性格の悪いキャラに描かれているけれど、現実にはそんなやつはあまりいない。それにしても、ヒロヤの恐ろしいところは、性格がメチャメチャいいところ。こんなにすごいやつなのに何よりも謙虚でいつも周りの人をなにげなく褒めている。そのうえ明るいし、やさしくて友達思いだし。うそつかないし、裏切らないし。もちろん4年生のときからずっと学級委員に選ばれ続けている。
これだけで十分なんだけど、ついでにヒロヤの家はそれなりに裕福だ。お父さんはお医者さんで、駅前で小児科クリニックをやってる。ぼくも何度もお世話になった、いつもニコニコして優しい先生だ。いやみなほどの豪邸ではなくて、普通の一戸建ての1.5倍くらいのきれいで広い家に住んでいるんだ。
まあ、強いて言えば、ヒロヤの弱点は背が平均より低くて成長が遅いところかな。顔も子猫みたいで、イケメンではないけど、メッチャかわいい顔してる。これでイケメンで背が高かったら、何かもかも完璧だったのかな。いや、むしろイケメンでないところこそが、ヒロヤの完璧なところなのかもしれない。
こんなやつだから、学校中で人気がある。男の子も女の子もクラスメイトはみんなヒロヤが好きだし、下級生にも慕われているから、いつもヒロヤの周りには人が集まっている。
そして・・・・そんなヒロヤをぼくはいつも遠くから見ているんだ。
ヒロヤを見ていると、胸が苦しくなる。自分がとてもちっぽけで、取るに足りない人間のように思えてくる。
ヒロヤがうらやましい。
ヒロヤが妬ましい。
でも、それだけだったら、こんなに苦しくはなかっただろう。
ぼくはヒロヤが好きだ。友達として好きなだけじゃない。ヒロヤの姿を見ていると、胸がキューッとなる。いつもいつもヒロヤのことが頭から離れないんだ。
いつもヒロヤのそばにいたい。ヒロヤをずっと見つめていたい。ヒロヤの体に触りたい。ヒロヤの・・・・裸が見たい。体の隅々まで全部見たい。ヒロヤの吐く息を全部吸い込みたい。
おなじ男なのに、どうしてこんなことを思うんだろう。
どう考えても、ぼくはおかしい。ぼくは変態だ。でも、この気持ち、どうしょうもないんだ。
何もかも自分とは違いすぎるクラスメイト。しかも同じ男の子を好きになっちゃった。
いっそうのこと、ヒロヤが嫌いになれたら、ずっと楽だったのに。
だからかえって、ぼくはヒロヤと普通に話すことができない。同じ班になって、机をくっつけても、よそよそしい態度しかできないし、みんなでふざけあうときだって、ヒロヤに触ることができない。
6月の修学旅行だって、みんながヒロヤと同じ部屋に泊まりたがったので、クジ引きで班を決めた。ぼくはそのクジに参加することすらできないでいた。みんなで風呂に入ったときもそうだ。ヒロヤの裸が見たくて見たくてしかたなかったのに、緊張して全身がこわばって近寄ることができなかった。結局、ヒロヤのお尻をチラッと見たのが、6年間の小学生生活で一番印象に残った出来事で、しかも一番悔いが残る思い出になりそうだ。
夏休み。ヒロヤに会えない毎日。毎晩毎晩、ぼくは布団の中でヒロヤのことを思った。お風呂に入るときも、湯の中でヒロヤの裸を想像しながら、自分のおちんちんを触った。ヒロヤのおちんちんはどんな形をしているんだろう。自分のより小さいだろうか。まだ毛は生えていないだろうか。そんなことを続けていたら、7月の終わりころになって、湯の中で初めての射精を経験した。腰が抜けるほど気持ちよくて、頭の中が真っ白になった。その後はものすごく情けなくなって、自分が汚らしくて、いやでいやでしかたなかった。でも、それから毎日、ぼくはヒロヤの姿を思い浮かべながら、お風呂の中で射精している。ヒロヤのことが好きになるほど、自分が嫌になる夏休み。
そんなある日、親に無理やり行かされた塾の夏期講習の帰り道の電車の中で、ヒロヤを見かけた。一人で窓にもたれて外を見ていた。いつものようにヒロヤに見つからないよう少し離れたところから、ずっとずっとその姿を見た。それだけで、夏休みに入ってから一番幸せな気分になった。
するとしばらくして、一人の大学生くらいの男がスッとヒロヤの前に立った。
ちえっ、せっかくのヒロヤの姿が見えにくくなるじゃんか。そう思って男の背中を睨んだら、その背中越しにヒロヤはその男を見上げて、少し困った顔をした。急行電車なので、しばらくの間、ヒロヤの立っている側のドアは開かない。男はグイッとドアに近づいて、ヒロヤにピタッと体を密着させる。ヒロヤはますます困ったような恥ずかしそうな顔になった。
何か様子がおかしい。あいつ、何してるんだ?
そう思って目を凝らした。男の手がヒロヤの股の間に伸びたように見えた。
何してるんだよ、あいつ。
ヒロヤに何するんだよ。
頭にカッと血が上った。顔が沸騰したように熱くなって、胸がドックンドックン鳴って、いつもだったら近づくことができないヒロヤのそばに、ぼくは近づいて行った。
「よう、カザマ」
男を殴りつけてやろうと思ったけど、ぼくの口から出てきたのはそんななさけない一言だった。男はクルッと振り返ると、ぼくを見下ろしてちょっとびっくりした顔になり、それからスッとヒロヤから離れていった。
「あ・・・シロキ・・・リョウヤ?」
とぎれとぎれにヒロヤがぼくの名前を呼んだ。しかもフルネームで。
「どうしたの?」
「あ・・・ちょっと・・エロいことされかけた・・・」
「あいつに?」
振り返ったときには、男はもう別の車両に移ったみたいだった。ヒロヤにエロいことするなんて、許せないと思ったのに。
「シロキはどこ行くの?」
再び振り返ると、ヒロヤはもういつものニコニコしたヒロヤに戻っていた。こんな近くにヒロヤがいる。ぼくはいま、ヒロヤと話をしている。そんな現実にふと気がついて、うれしさよりも、ドシンとものすごい緊張が襲ってきた。
「あの・・・塾の帰り」
「塾、行ってるんだ。栄進?慶ゼミ?」
「栄進のほう。夏期講習だけ」
もちろん、ヒロヤの通っている塾の夏期講習のほうを選んだんだ。でも、ヒロヤは夏期講習には来ていなかった。
「そっか。おれの通っている塾だ」
「ヒロヤは夏期講習来てなかったね」
思わずヒロヤって呼んじゃった。いつも心の中でそう呼んでたから。ヒロヤはちょっとびっくりしたようにぼくの顔を見た。
「あ・・・ごめん」
すぐに笑顔になるヒロヤ。ああ、この天使のような笑顔。ぼくは・・・やっぱヒロヤが大好き。
「別に謝らなくていいよ。ちょっとびっくりしただけ。じゃあ、おれもリョウヤって呼んでいい?」
もちろん。大歓迎だよ。と言おうと思ったけど、言えるわけない。黙ってうなずくのが精一杯だった。
「リョウヤとはあんまししゃべったことなかったし、おれ、もしかして避けられてるのかなあ、って思ってたから、ちょっと意外だったんだけど、でも、嬉しい」
目の前にヒロヤがいる。手を伸ばせば触れられる。ヒロヤの言葉が、ヒロヤの吐く息がぼくの体に吹きかかる。もう、みんなに変態と思われてもいい。このままヒロヤに抱きつきたい。
「避けてた・・・・わけじゃないけど。ヒロヤは人気者だから、いつも周りに人がたかってるだろ。だから近づきにくかっただけ」
気持ちが高まるほど、不思議と体が動かない。でもそのぶん言葉はすらすらと出るようになった。ヒロヤと話をしている、それだけでも十分シアワセ。
「別に人気者でもないけどね」
「で、ヒロヤはどこ行くの?」
「なかよしキャンプの説明会に行ってきたんだ」
「なかよしキャンプ?」
「病気や障害のある小学生たちと一緒に2泊3日で富士山でキャンプするの」
「それに行くの?」
「そう。おれのお父さん小児科の医者だから、ボランティアでそういうのに関わってるんだ。それで誘われた」
「ふーん」
「おれらと同じ歳の小学生でも、病気で長く生きられない子もいるんだよ。おれ、将来は小児科の医者になって、そういう子を治したいんだ。だから、キャンプも参加しよっかなって思って」
相変わらずエライというか、スゴイというか、完璧なヒロヤ。
「あ、そうだ。8月12日から2泊3日なんだけど、リョウヤも行かない?」
手に握っていたパンフレットをヒロヤはぼくのほうへ掲げてみせる。
キャンプ?もしかして、一緒にお風呂はいったり、寝たりするの?ヒロヤと一緒に?
「あ、そうね。もう講習も終わってるし」
あいまいな返事をしながら、心の中でワクワクしていた。
あのカザマヒロヤに誘われて、こんな立派なキャンプに参加するんだから、親だって反対するわけがない。
ヒロヤとずっと一緒の2泊3日。今度こそ、ヒロヤの裸もヒロヤの寝顔も見たい。ぼくとヒロヤが同じ中学に行けるわけないから、これが人生で最初で最後のチャンス。
「まあ、考えておいてよ」
ヒロヤにそう言われたときには、もう何があっても参加するって決めていた。最後のチャンスに、ヒロヤの姿、何もかも心に刻み付けてくるんだ。
2011年08月20日
再会5
「さてと」
アスカは、ぼくの顔を見上げてニッコリと笑う。今まで見たことのなかったその恥ずかしそうな表情に、なんとも言えず戸惑った。
ぼくにとってアスカは異性というより、単なる幼馴染のはず・・・・なんだけど、なんか、その、かわいいな、って思ったりして。そう思う自分にびっくりして、うろたえたりする。
「トモキ、せいえき、出してみてよ」
「あ・・・うん。でも・・・どうすればいいんだ?」
二人して、ぴょこんと立ち上がったままのぼくのおちんちんを見つめた。いまさらながら、自分でもピクンピクンと震えているイモムシのようなその部分が、なんだかかわいいと思えてきた。
「おちんちんしごいてみたら?」
「しごくって?」
「つかんでさ、こうやって」
アスカは手を軽く握って上下にしごいてみせる。その仕草がおかしくて、思わずふき出した。
「笑うなよ。あたしだって、恥ずかしいんだから」
「ご、ごめん」
とにかく、アスカに教えられたとおりにおちんちんをつかんで、上下にしごいてみる。しばらくすると、なんだかお尻の奥がゾゾッとしてきて、フシギな気分になってきた。
「どう?気持ちよくなってきた?」
「え?ああ」
こういうの、気持ちいいっていうんだろうか。今までの感じてきた気持ちよさとは何かが違う感じ。そして気持ちよさがどんどん高まってくると同時に、そんな自分の姿と顔の表情をアスカにじっと見られていることが、たまらなく恥ずかしくなってきた。
「ちょっと・・・だめ」
もう恥ずかしすぎて我慢できなくなったぼくは、おちんちんを掴んだまま、クルリとアスカに背を向けた。しゃがんでいたアスカはゆっくりと立ち上がり、「どうしたの?」と素っ頓狂な声を出しながら、ぼくの肩ごしに覗き込んできた。
「み、見るなよ」
「さっきからずっとおちんちん丸出しのくせに、なにを今さら」
「なんか、また恥ずかしくなった。っていうか、さっきよりずっと・・・」
「なにそれ?」
「とにかく見るなよ。あっち向いてろよ」
「そうはいかないよ。ちゃんとせいえき出るところ、確認しないと」
「出たら教えてやるからぁ」
「おこちゃまのトモキなんかに、ちゃんとわかるのかなぁ」
とうとうたまらなくなってしゃがみこんだ。アスカはクスクスと笑いながら、ぼくに合わせて再びしゃがんだ。
「ほんとに恥ずかしいんだ、トモキ」
「だからそう言ってるじゃんか」
「トモキとはちっちゃいころからずーっと一緒だったけど、こーんなに恥ずかしがってるトモキ見たの初めて。なんか胸キュンとしちゃったかも」
バーカ。こんな時にそんなこと言うなよ。アスカ。
アスカ。アスカ。アスカ。
心臓がものすごい勢いでドックンドックン鳴り出した。顔も胸もおなかも全部熱くなって、腰が抜けるほどの気持ちよさがおちんちんのずっと奥のほうから駆け上がってきた。
「あっ、あっ」
そこでブッツンと記憶が途絶えた。
気がついたら、目の前が薄暗闇になっていた。ぼくは教室の並べた机の上で素っ裸のままで横になっていた。おなかの部分には脱いだぼくのTシャツがかけてあったけど、おちんちんは丸出しのままだ。横を向いたら、ぼくに添い寝するような格好でアスカが横たわっていて、すぐそばに頬と唇があった。
「わっ」
驚いて声をあげたら、アスカが目を開けた。黒く澄んだ瞳がぼくをじーっと見つめて、それから嬉しそうに笑った。
「よかった。トモキ、死んだかと思った」
「え?なに?おれ、どうしたの?」
「なんか突然、気失ったみたい。気持ちよすぎた?」
「え?あ・・・その・・・」
慌てて股間を隠す。アスカはそんなぼくの姿を見ないように、横を向きながら言った。
「せいえき・・・でなかったみたい」
「あ・・・そう。なんていうか・・・・・ごめん」
「ううん。やっぱ、あたしたちにはまだ早いってことなんだろうな」
アスカはそう言うと、おなかからずり落ちたTシャツを掴んで、ぼくの頭から被せた。頭を入れて、手を通してTシャツを着ている間に、いつのまにか手元においてあったぼくのパンツと半ズボンをぼくの両足にはかせようとする。
「いいよ。自分ではくから」
「あたしね、トモキが気を失っている間、ずーっと見てたんだよ」
アスカはぼくの言葉を無視して、ぼくの両足にはかせたパンツを引っ張りあげてゆく。思わず腰を浮かせて、ちょっとの間、されるがままになった。
「見てたって?」
「トモキのおちんちん」
「なんだよ、それぇ」
「ごめんね。あんまりかわいかったから。最初ピーンって立ってたのが、だんだん元気なくなって、フニャッとなっちゃって。最後にはキュッとタマタマが縮んじゃってさ」
「もう聞きたくない」
両手で耳を塞いで立ち上がったぼくは、そのまま机の上から飛び降りた。もう月の明かりが床の上にぼくの影を作っていた。その影を踏むように、続いてアスカが飛び降りる。ふわあっとワンピースの裾がめくりあがって、中の白いパンツがチラッと見えた。
「トモキ、エロい。パンツ見たでしょ」
「人のちんちんずっと見てたやつに言われたくないって」
よかった。やっといつもの二人に戻ったって気がする。そう思ってホッとした瞬間、アスカが抱きついてきた。
「トモキ、トモキ、トモキー」
アスカの涙で肩が濡れてゆく。キュッと腕に力を込めるアスカをぼくもギュッと抱きしめた。信じられないほどやわらかい胸が首の辺りに押し当てられる。フワッと立ち上るように女の子の匂いがした。
しばらくぼくを抱きしめて泣いていたアスカは、やがて泣き止むと、怒ったように先に駆け出して言った。後を追って暗い校舎から月明かりの校庭へ飛び出したとき、アスカはこう言ったんだ。
「10年後の今日、ここに来て。そのとき、二人で新しい命を生み出そう。あたしどこへ行ってもトモキのこと忘れないから。10年後の今日、絶対にここへ来るから」
ものすごい勢いでそういうアスカに、ぼくは返事をすることもできず、ただウンウンとバカみたいにうなずくばかりだった。
あれからちょうど10年。ぼくらの一家もこの町を離れ、ずっと新潟で暮らしてきた。アスカとはときどきメールでやり取りをしてきたけれど、一度もあったことがなかった。
大学生になって、何度か東京へ行くことはあったし、埼玉の彼女のところへ行こうと思えば寄ることもできたけれど、なぜか10年経つまでは会ってはいけないような気がしていた。
本当に、アスカは来るんだろうか。そんなことを思いながら、懐かしい校庭の跡地を歩いてみる。あの時の記憶はいつまでたっても忘れられないのに、当時のことを思い出させるものは、何一つ残っていなかった。
何時間、待っただろうか。日が傾いて、そろそろ夕日になり出した頃、どこかでぼくの名を呼ぶ声がした。
「トモキー、トモキー」
名を呼ぶ、というより、叫んでいる。
遠くにアスカを見つけた。あのときと同じ白いワンピースを着ている。髪型も10年前とちっとも変わっていない。アスカは布みたいなものを肩から下げ、重そうに抱えながら、ゆっくりゆっくりとぼくに近づいてきた。
「トモキ、全然変わってないね。あいかわらずガキっぽい。でも背はあたしより高くなったんだね」
そんなことを言うアスカが重そうに抱えていたものは・・・小さな赤ん坊だった。
「なにこれ?」
「失礼な。あたしの赤ちゃんよ」
「子供産んだの?」
「そっ。去年、結婚したから」
「なにそれ」
「ごめんね。トモキが成長するの待ってられなくてさ」
約束違うじゃんか、と思ったけど、赤ん坊を覗き込んで嬉しそうに笑うアスカを見ていたら、そんなこと言えなくなった。
「新しい命、生み出したんだ」
「そう。でもね・・・やっぱ生み出すっていうよりは、授けられて生まれてきたって感じだよね」
「うーん」
「で、トモキは?」
「え?」
「まだ童貞くんなの?」
「うるせーよ。っていうか、おまえが勝手に約束したからさ・・・・」
「もしかして、この日のために?ごめんごめん。で、どう?少しは大人になったの?」
「なにが?」
「おちんちん。ちっとは大きくなったの?毛、生えた?射精はできるようになった?」
「あたりまえだろ。もう22歳なんだから」
「そっか。見せてよ。あの時みたいにさ」
「無理に決まってんだろ。おまえ人妻なんだしさ」
ああ、やっぱり、アスカはアスカなんだな、と思う。
10年目のこの日、子供を生み出すための行為をするぼくとアスカの姿を、この間一度も想像しなかったと言えばうそになる。っていうか、ほぼ毎日、想像していた。はじめて射精したときだって・・・・
でも、ぼくらにはやっぱり、それは似合わないんだなぁと改めて思った。ちょっと、いや、かなり、がっかりしたけれど。
「アスカの子供、おれにも抱かせてよ」
「落とさないでよ」
「落とすわけないじゃん。で、男の子?」
「見ればわかるでしょ?男の子よ」
「男の子か。ちゃんとちんちん着いてるんだ。あ、おまえ、毎日、この子のちんちん眺めてニヤニヤしてるんだろ」
アスカに背中を叩かれながら、赤ん坊を抱きしめる。あの日のアスカの胸と同じくらいやわらかくて温かい。
これがアスカの子供なんだ。
新しい命だ。
そう実感していたら、なぜか急にあそこが硬くなった。やばい、と思ったぼくは、アスカに気づかれないように、腰を引き、彼女に背を向けた。
おしまい
アスカは、ぼくの顔を見上げてニッコリと笑う。今まで見たことのなかったその恥ずかしそうな表情に、なんとも言えず戸惑った。
ぼくにとってアスカは異性というより、単なる幼馴染のはず・・・・なんだけど、なんか、その、かわいいな、って思ったりして。そう思う自分にびっくりして、うろたえたりする。
「トモキ、せいえき、出してみてよ」
「あ・・・うん。でも・・・どうすればいいんだ?」
二人して、ぴょこんと立ち上がったままのぼくのおちんちんを見つめた。いまさらながら、自分でもピクンピクンと震えているイモムシのようなその部分が、なんだかかわいいと思えてきた。
「おちんちんしごいてみたら?」
「しごくって?」
「つかんでさ、こうやって」
アスカは手を軽く握って上下にしごいてみせる。その仕草がおかしくて、思わずふき出した。
「笑うなよ。あたしだって、恥ずかしいんだから」
「ご、ごめん」
とにかく、アスカに教えられたとおりにおちんちんをつかんで、上下にしごいてみる。しばらくすると、なんだかお尻の奥がゾゾッとしてきて、フシギな気分になってきた。
「どう?気持ちよくなってきた?」
「え?ああ」
こういうの、気持ちいいっていうんだろうか。今までの感じてきた気持ちよさとは何かが違う感じ。そして気持ちよさがどんどん高まってくると同時に、そんな自分の姿と顔の表情をアスカにじっと見られていることが、たまらなく恥ずかしくなってきた。
「ちょっと・・・だめ」
もう恥ずかしすぎて我慢できなくなったぼくは、おちんちんを掴んだまま、クルリとアスカに背を向けた。しゃがんでいたアスカはゆっくりと立ち上がり、「どうしたの?」と素っ頓狂な声を出しながら、ぼくの肩ごしに覗き込んできた。
「み、見るなよ」
「さっきからずっとおちんちん丸出しのくせに、なにを今さら」
「なんか、また恥ずかしくなった。っていうか、さっきよりずっと・・・」
「なにそれ?」
「とにかく見るなよ。あっち向いてろよ」
「そうはいかないよ。ちゃんとせいえき出るところ、確認しないと」
「出たら教えてやるからぁ」
「おこちゃまのトモキなんかに、ちゃんとわかるのかなぁ」
とうとうたまらなくなってしゃがみこんだ。アスカはクスクスと笑いながら、ぼくに合わせて再びしゃがんだ。
「ほんとに恥ずかしいんだ、トモキ」
「だからそう言ってるじゃんか」
「トモキとはちっちゃいころからずーっと一緒だったけど、こーんなに恥ずかしがってるトモキ見たの初めて。なんか胸キュンとしちゃったかも」
バーカ。こんな時にそんなこと言うなよ。アスカ。
アスカ。アスカ。アスカ。
心臓がものすごい勢いでドックンドックン鳴り出した。顔も胸もおなかも全部熱くなって、腰が抜けるほどの気持ちよさがおちんちんのずっと奥のほうから駆け上がってきた。
「あっ、あっ」
そこでブッツンと記憶が途絶えた。
気がついたら、目の前が薄暗闇になっていた。ぼくは教室の並べた机の上で素っ裸のままで横になっていた。おなかの部分には脱いだぼくのTシャツがかけてあったけど、おちんちんは丸出しのままだ。横を向いたら、ぼくに添い寝するような格好でアスカが横たわっていて、すぐそばに頬と唇があった。
「わっ」
驚いて声をあげたら、アスカが目を開けた。黒く澄んだ瞳がぼくをじーっと見つめて、それから嬉しそうに笑った。
「よかった。トモキ、死んだかと思った」
「え?なに?おれ、どうしたの?」
「なんか突然、気失ったみたい。気持ちよすぎた?」
「え?あ・・・その・・・」
慌てて股間を隠す。アスカはそんなぼくの姿を見ないように、横を向きながら言った。
「せいえき・・・でなかったみたい」
「あ・・・そう。なんていうか・・・・・ごめん」
「ううん。やっぱ、あたしたちにはまだ早いってことなんだろうな」
アスカはそう言うと、おなかからずり落ちたTシャツを掴んで、ぼくの頭から被せた。頭を入れて、手を通してTシャツを着ている間に、いつのまにか手元においてあったぼくのパンツと半ズボンをぼくの両足にはかせようとする。
「いいよ。自分ではくから」
「あたしね、トモキが気を失っている間、ずーっと見てたんだよ」
アスカはぼくの言葉を無視して、ぼくの両足にはかせたパンツを引っ張りあげてゆく。思わず腰を浮かせて、ちょっとの間、されるがままになった。
「見てたって?」
「トモキのおちんちん」
「なんだよ、それぇ」
「ごめんね。あんまりかわいかったから。最初ピーンって立ってたのが、だんだん元気なくなって、フニャッとなっちゃって。最後にはキュッとタマタマが縮んじゃってさ」
「もう聞きたくない」
両手で耳を塞いで立ち上がったぼくは、そのまま机の上から飛び降りた。もう月の明かりが床の上にぼくの影を作っていた。その影を踏むように、続いてアスカが飛び降りる。ふわあっとワンピースの裾がめくりあがって、中の白いパンツがチラッと見えた。
「トモキ、エロい。パンツ見たでしょ」
「人のちんちんずっと見てたやつに言われたくないって」
よかった。やっといつもの二人に戻ったって気がする。そう思ってホッとした瞬間、アスカが抱きついてきた。
「トモキ、トモキ、トモキー」
アスカの涙で肩が濡れてゆく。キュッと腕に力を込めるアスカをぼくもギュッと抱きしめた。信じられないほどやわらかい胸が首の辺りに押し当てられる。フワッと立ち上るように女の子の匂いがした。
しばらくぼくを抱きしめて泣いていたアスカは、やがて泣き止むと、怒ったように先に駆け出して言った。後を追って暗い校舎から月明かりの校庭へ飛び出したとき、アスカはこう言ったんだ。
「10年後の今日、ここに来て。そのとき、二人で新しい命を生み出そう。あたしどこへ行ってもトモキのこと忘れないから。10年後の今日、絶対にここへ来るから」
ものすごい勢いでそういうアスカに、ぼくは返事をすることもできず、ただウンウンとバカみたいにうなずくばかりだった。
あれからちょうど10年。ぼくらの一家もこの町を離れ、ずっと新潟で暮らしてきた。アスカとはときどきメールでやり取りをしてきたけれど、一度もあったことがなかった。
大学生になって、何度か東京へ行くことはあったし、埼玉の彼女のところへ行こうと思えば寄ることもできたけれど、なぜか10年経つまでは会ってはいけないような気がしていた。
本当に、アスカは来るんだろうか。そんなことを思いながら、懐かしい校庭の跡地を歩いてみる。あの時の記憶はいつまでたっても忘れられないのに、当時のことを思い出させるものは、何一つ残っていなかった。
何時間、待っただろうか。日が傾いて、そろそろ夕日になり出した頃、どこかでぼくの名を呼ぶ声がした。
「トモキー、トモキー」
名を呼ぶ、というより、叫んでいる。
遠くにアスカを見つけた。あのときと同じ白いワンピースを着ている。髪型も10年前とちっとも変わっていない。アスカは布みたいなものを肩から下げ、重そうに抱えながら、ゆっくりゆっくりとぼくに近づいてきた。
「トモキ、全然変わってないね。あいかわらずガキっぽい。でも背はあたしより高くなったんだね」
そんなことを言うアスカが重そうに抱えていたものは・・・小さな赤ん坊だった。
「なにこれ?」
「失礼な。あたしの赤ちゃんよ」
「子供産んだの?」
「そっ。去年、結婚したから」
「なにそれ」
「ごめんね。トモキが成長するの待ってられなくてさ」
約束違うじゃんか、と思ったけど、赤ん坊を覗き込んで嬉しそうに笑うアスカを見ていたら、そんなこと言えなくなった。
「新しい命、生み出したんだ」
「そう。でもね・・・やっぱ生み出すっていうよりは、授けられて生まれてきたって感じだよね」
「うーん」
「で、トモキは?」
「え?」
「まだ童貞くんなの?」
「うるせーよ。っていうか、おまえが勝手に約束したからさ・・・・」
「もしかして、この日のために?ごめんごめん。で、どう?少しは大人になったの?」
「なにが?」
「おちんちん。ちっとは大きくなったの?毛、生えた?射精はできるようになった?」
「あたりまえだろ。もう22歳なんだから」
「そっか。見せてよ。あの時みたいにさ」
「無理に決まってんだろ。おまえ人妻なんだしさ」
ああ、やっぱり、アスカはアスカなんだな、と思う。
10年目のこの日、子供を生み出すための行為をするぼくとアスカの姿を、この間一度も想像しなかったと言えばうそになる。っていうか、ほぼ毎日、想像していた。はじめて射精したときだって・・・・
でも、ぼくらにはやっぱり、それは似合わないんだなぁと改めて思った。ちょっと、いや、かなり、がっかりしたけれど。
「アスカの子供、おれにも抱かせてよ」
「落とさないでよ」
「落とすわけないじゃん。で、男の子?」
「見ればわかるでしょ?男の子よ」
「男の子か。ちゃんとちんちん着いてるんだ。あ、おまえ、毎日、この子のちんちん眺めてニヤニヤしてるんだろ」
アスカに背中を叩かれながら、赤ん坊を抱きしめる。あの日のアスカの胸と同じくらいやわらかくて温かい。
これがアスカの子供なんだ。
新しい命だ。
そう実感していたら、なぜか急にあそこが硬くなった。やばい、と思ったぼくは、アスカに気づかれないように、腰を引き、彼女に背を向けた。
おしまい
2011年08月01日
再会4
「あ、ちょっと・・・・やばい」
あわてて股間を押さえてしゃがむと、「どうしたの?」と言ってアスカが背後から覗き込んだ。上半身裸になった背中と首のあたりをアスカの温かい息が撫でてゆく。くすぐったくて、思わず体を縮めたら、ぼくの肩をアスカの両手が軽く掴んだ。ちょっとびっくりするほど熱くて、じっとりと汗で湿った手のひらだった。
「いや、なんでもない」
裸の体をアスカに触れられたのは、小学2年生ころが最後だったか。2年生までは、毎年夏になると二人で海に行って、波に浮かびながら、二人の体を絡ませて、ふざけあっていたっけ。あの頃のアスカは、胸だってペッタンコだったし、ぼくと同じような汗と塩と土の匂いがした。でも、いまのアスカはずっとずっといいにおいがする。
「早くしないと、日が落ちて真っ暗になっちゃうよ」
「あ・・・うん。わかった」
ぼくは股間を押さえたまま立ち上がり、アスカに背を向けると、「ちょっと向こうむいてて」と言った。「もう、男の子のくせに恥ずかしがるなよ」と笑いながら、アスカはクルリと背を向ける。ワンピースから覗いた首筋の白さがバッと目に焼きついた。
半ズボンに手をかけると、思わず「うわあっ」と声を出したくなるほど恥ずかしくてドキドキして、目がくらくらした。それでもぼくは、体中の勇気を全部振り絞って、一気にスボンを下ろした。腰から下が急に涼しくなって、バッと目についたブリーフは、硬くなったおちんちんの部分が小さく尖っていた。
「あっ、かわいいパンツはいてるんだ」
追い討ちをかけるようなアスカの声。
「向こうむいてろって、言っただろ」
股間を押さえて両足をバタバタさせながらズボンを足首から抜いている情けない姿をアスカに見られたぼくは、もうすでに全身が火のように熱くなっている。立ち上がったアスカは、ぼくの言葉を無視して、つかつかと近寄ってくると、「ほっぺ、まっかっかだねー」と言いながら、ぼくの頬をツンツンと突いて喜んでいる。
「おまえ、もしかしておれのこと、からかってる?」
ちょっとムッとしながら言うぼく。
「あたしは真剣だよ。でも、なんていうか・・・マジになるの恥ずかしいじゃん。こうやってふざけてないと、いたたまられないっていうか・・・」
たしかに。マジな顔されても困るけど・・・・
「さあ、それより早く。パンツも脱いでよ」
「う・・・うん」
しかたなく股間を押さえていた両手を離してパンツを掴んだら、アスカが目をぱちくりさせた。やばい。おちんちん、硬くなったこと、気づかれちゃった。と思ったけど、いまさらそんなことを恥ずかしがってもしかたがない。ぼくは目をキュッと閉じて、エイッと心の中で叫んでパンツを下ろした。
「わっ、わっ、ぴょこんって飛び出した。トモキのおちんちん」
目を開けるより先にアスカが叫んだ。っていうか、アスカのやつ、いつの間にかしゃがんでぼくの股間をマジマジと見つめてるし。
「バカ。見るなよ」
あわてて股間を隠した。まだパンツは膝のあたりに残ったままだ。
「見ないとわからないでしょ?ちゃんと子供作れるかどうか確かめなくっちゃ」
「そうだけど・・・・」
「ちゃんと見せなさいよ。あたしとトモキの仲でしょ?保育園でお漏らししたとき、あたしのパンツ貸してあげたでしょ?」
「そ・・・そんなの・・・・覚えてないってば」
「あたしだって、あとで裸になるんだから。トモキにぜーんぶ、見られちゃうんだから。トモキが恥ずかしがってたら、あたしだって、恥ずかしくなっちゃうでしょ」
「そんなこと言われても・・・・」
「こらあっ、堂々としろ、トモキ。男の子でしょ?おちんちんついてるんでしょ?」
「わかったよ。わかりましたぁ」
しぶしぶ手をどけると、斜め上を向いて立ち上がったおちんちんがぴょこんとアスカの目の前に現れた。アスカは息を飲んで、ジーッとぼくのおちんちんを見つめたあと、マジメな顔をしてぼくを見上げた。
「これって・・・勃起?してるの?」
「え?あ・・・そう・・・みたい」
「これで勃起してるんだ。ずいぶんと・・・かわいいね」
「え?」
「まだ毛も生えてないし、保育園のころに見たトモキのおちんちんとあんまし変わってない」
ショック・・・・なんていうか、死ぬほど恥ずかしい気持ちでさえも吹っ飛ぶくらいの衝撃。
「たしかに、トモキ、体もちっちゃいし、幼いっていうか、成長遅いからなぁ」
そんなこと言われたって・・・
素っ裸で気をつけの姿勢をしながら、呆然と突っ立っていたら、アスカは、チョンと指先でぼくのおちんちんをつついた。
「あ・・・」
「でも、ちゃんと勃起するんだから、少しは望みがあるのかな」
立ち上がったアスカは少し恥ずかしそうに微笑む。
おれ・・・・アスカにおちんちん、触られた。
女の子に、おちんちん、触られちゃった。
そんな言葉がクルクルと、何度も何度もぼくの頭の中で回っていた。
あわてて股間を押さえてしゃがむと、「どうしたの?」と言ってアスカが背後から覗き込んだ。上半身裸になった背中と首のあたりをアスカの温かい息が撫でてゆく。くすぐったくて、思わず体を縮めたら、ぼくの肩をアスカの両手が軽く掴んだ。ちょっとびっくりするほど熱くて、じっとりと汗で湿った手のひらだった。
「いや、なんでもない」
裸の体をアスカに触れられたのは、小学2年生ころが最後だったか。2年生までは、毎年夏になると二人で海に行って、波に浮かびながら、二人の体を絡ませて、ふざけあっていたっけ。あの頃のアスカは、胸だってペッタンコだったし、ぼくと同じような汗と塩と土の匂いがした。でも、いまのアスカはずっとずっといいにおいがする。
「早くしないと、日が落ちて真っ暗になっちゃうよ」
「あ・・・うん。わかった」
ぼくは股間を押さえたまま立ち上がり、アスカに背を向けると、「ちょっと向こうむいてて」と言った。「もう、男の子のくせに恥ずかしがるなよ」と笑いながら、アスカはクルリと背を向ける。ワンピースから覗いた首筋の白さがバッと目に焼きついた。
半ズボンに手をかけると、思わず「うわあっ」と声を出したくなるほど恥ずかしくてドキドキして、目がくらくらした。それでもぼくは、体中の勇気を全部振り絞って、一気にスボンを下ろした。腰から下が急に涼しくなって、バッと目についたブリーフは、硬くなったおちんちんの部分が小さく尖っていた。
「あっ、かわいいパンツはいてるんだ」
追い討ちをかけるようなアスカの声。
「向こうむいてろって、言っただろ」
股間を押さえて両足をバタバタさせながらズボンを足首から抜いている情けない姿をアスカに見られたぼくは、もうすでに全身が火のように熱くなっている。立ち上がったアスカは、ぼくの言葉を無視して、つかつかと近寄ってくると、「ほっぺ、まっかっかだねー」と言いながら、ぼくの頬をツンツンと突いて喜んでいる。
「おまえ、もしかしておれのこと、からかってる?」
ちょっとムッとしながら言うぼく。
「あたしは真剣だよ。でも、なんていうか・・・マジになるの恥ずかしいじゃん。こうやってふざけてないと、いたたまられないっていうか・・・」
たしかに。マジな顔されても困るけど・・・・
「さあ、それより早く。パンツも脱いでよ」
「う・・・うん」
しかたなく股間を押さえていた両手を離してパンツを掴んだら、アスカが目をぱちくりさせた。やばい。おちんちん、硬くなったこと、気づかれちゃった。と思ったけど、いまさらそんなことを恥ずかしがってもしかたがない。ぼくは目をキュッと閉じて、エイッと心の中で叫んでパンツを下ろした。
「わっ、わっ、ぴょこんって飛び出した。トモキのおちんちん」
目を開けるより先にアスカが叫んだ。っていうか、アスカのやつ、いつの間にかしゃがんでぼくの股間をマジマジと見つめてるし。
「バカ。見るなよ」
あわてて股間を隠した。まだパンツは膝のあたりに残ったままだ。
「見ないとわからないでしょ?ちゃんと子供作れるかどうか確かめなくっちゃ」
「そうだけど・・・・」
「ちゃんと見せなさいよ。あたしとトモキの仲でしょ?保育園でお漏らししたとき、あたしのパンツ貸してあげたでしょ?」
「そ・・・そんなの・・・・覚えてないってば」
「あたしだって、あとで裸になるんだから。トモキにぜーんぶ、見られちゃうんだから。トモキが恥ずかしがってたら、あたしだって、恥ずかしくなっちゃうでしょ」
「そんなこと言われても・・・・」
「こらあっ、堂々としろ、トモキ。男の子でしょ?おちんちんついてるんでしょ?」
「わかったよ。わかりましたぁ」
しぶしぶ手をどけると、斜め上を向いて立ち上がったおちんちんがぴょこんとアスカの目の前に現れた。アスカは息を飲んで、ジーッとぼくのおちんちんを見つめたあと、マジメな顔をしてぼくを見上げた。
「これって・・・勃起?してるの?」
「え?あ・・・そう・・・みたい」
「これで勃起してるんだ。ずいぶんと・・・かわいいね」
「え?」
「まだ毛も生えてないし、保育園のころに見たトモキのおちんちんとあんまし変わってない」
ショック・・・・なんていうか、死ぬほど恥ずかしい気持ちでさえも吹っ飛ぶくらいの衝撃。
「たしかに、トモキ、体もちっちゃいし、幼いっていうか、成長遅いからなぁ」
そんなこと言われたって・・・
素っ裸で気をつけの姿勢をしながら、呆然と突っ立っていたら、アスカは、チョンと指先でぼくのおちんちんをつついた。
「あ・・・」
「でも、ちゃんと勃起するんだから、少しは望みがあるのかな」
立ち上がったアスカは少し恥ずかしそうに微笑む。
おれ・・・・アスカにおちんちん、触られた。
女の子に、おちんちん、触られちゃった。
そんな言葉がクルクルと、何度も何度もぼくの頭の中で回っていた。
2011年07月22日
再会3
並べた机の上に座ったぼくたちは、肩を並べて窓の外を見た。胡坐をかいて座るぼくの横で、アスカはワンピースの下からパンツが見えないように足を揃えて座っている。ちっちゃいころは、アスカもぼくと同じように胡坐をかいて座っていたのに、いつの間にかそんな仕草の一つ一つが、女らしくなっていたんだな、と気がついた。
「子ども産むのってさ、たいへんなんだろう?」
長い沈黙の間、海の音が聞こえた。なぜかその音が耐えられなくなって、ぼくは昔、学校の授業で見た出産のビデオなんかを思い出しながらそう言った。
「アスカもビデオ見たろ?スゲー命がけっていう感じだったよな」
「うん」
「恐くないのか?」
「うーん。ちょっと恐いかも」
「それにさ、子ども産んだとしても、どうやって育てるんだよ」
「・・・・・」
「親だってさ、びっくりするぞ」
「・・・・・」
協力してやるよ、とは言ったものの、考えれば考えるほど、無謀な話だと思った。口をついて出てくるのは、そんな言葉ばかり。アスカはぼくの膝のあたりをじっと見ながら、アスカらしくない小さな声でぽつりと言った。
「あたし、新しい命を生み出したい」
「え?」
「ねえ、トモキ。ユカリちゃんもミズキちゃんもカッちんもスズっちも、みんな死んだんだよ」
「・・・ああ。シノハラもコバちゃんも。オオタケだって、まだ見つかってないし」
「死んでも、死んでも、死んでもいい。また生まれてくればいい。あたし・・・・新しい命を生み出したい」
「新しい、命か」
日に日に陽が伸びてゆく夕方の長い日差しが教室の奥深く差し込んでいる。壁に張ってあった絵はすべて流され、後に残った画鋲だけが、その夕日を浴びてキラキラと光っていた。
「ところでさ、トモキ」
唐突に、アスカがグッと体を寄せてきた。思わずびくっとして体を離したぼくを見て、アスカはけらけらと笑った。
「なにビビッてんの?」
「べつにビビッてなんかないけど。何だよ急に」
「トモキってさ、もう子ども作れるからだなの?」
「え?」
「だから、その・・・・せ、せいえき、っていうか・・・そういうの出るの?」
「せいえき?」
「授業で習ったでしょ」
見る間に真っ赤な顔になったアスカは、ペチンとぼくの背中をひっぱたいた。温かくてやわらかい女の子の手の感触が日焼けの跡みたいに皮膚に残った。
「ああ。二次性徴とかなんとかいうやつ」
「で、どうなのよ?」
「どうって?」
「精液、もう出るの?」
「出るって・・・・どこから出るの?」
「もう。バカ」
ますます赤くなるアスカの頬。いったいこの顔はどこまで赤くなるんだろう、と思っていたら、アスカはプイと顔を背けた。
「・・・・おちんちんから出るんだよ」
「へ?」
「トモキ、出たことないんでしょ」
「うん」
「あちゃぁ。まだガキだぁ」
「しょうがないだろ?まだ小学生なんだから」
「やってみたことないの?」
「やってみたことって?」
「もう、ほんとガキ」
アスカはスッと立ち上がると、ぼくのほうへ手を伸ばす。ちょっとむっとしたぼくは、その手を無視して自分で立ち上がった。
「とにかく見せてよ」
「見せてって、何を?」
「決まってるじゃない。トモキのおちんちん。精液が出なかったら、子どもなんか作れないから、確認しないと」
「それって・・・パンツ脱げってこと」
「あたりまえじゃない」
「やだよ、そんなの」
「脱がないでどうやって子どもつくるのよ。あたしだって死ぬほど恥ずかしいの我慢して脱ぐんだから、いいでしょ」
「え?アスカも脱ぐの?」
思わず叫んじゃった。そんなことも理解していなかった自分は確かにガキだなぁ、と思う。
「そんなにびっくりしないでよ。ちっちゃいころは一緒にお風呂はいったりしてたんだから、できるでしょ」
怒ったように言ったアスカだったけど、しばらく黙った後、急にマジな顔になった。
「ねえ、お願い。やっぱ、トモキのほうから先に脱いでくれないと、あたしも勇気がでないから」
「うーん・・・・・わかったよ」
アスカも脱ぐのなら、やっぱ先にぼくのほうから脱がないとダメなんだろう。そんなことを思った。
それからぼくは一気にTシャツを脱いだ。しぶしぶと脱ぐのはかえって恥ずかしいから。そしたら、別に上は脱がなくていいのに、とアスカが言う。咄嗟に、アスカは上は脱がないのかなぁ、と思ってちょっとがっかりしたけれど、ワンピースだから上だけ脱がないわけにはいかないだろうと思いなおして、アスカの胸を見る。ちょっと膨らみ始めたあの胸は、どんなふうになっているんだろうと思ったら、おちんちんが急に硬くなってきた。
「子ども産むのってさ、たいへんなんだろう?」
長い沈黙の間、海の音が聞こえた。なぜかその音が耐えられなくなって、ぼくは昔、学校の授業で見た出産のビデオなんかを思い出しながらそう言った。
「アスカもビデオ見たろ?スゲー命がけっていう感じだったよな」
「うん」
「恐くないのか?」
「うーん。ちょっと恐いかも」
「それにさ、子ども産んだとしても、どうやって育てるんだよ」
「・・・・・」
「親だってさ、びっくりするぞ」
「・・・・・」
協力してやるよ、とは言ったものの、考えれば考えるほど、無謀な話だと思った。口をついて出てくるのは、そんな言葉ばかり。アスカはぼくの膝のあたりをじっと見ながら、アスカらしくない小さな声でぽつりと言った。
「あたし、新しい命を生み出したい」
「え?」
「ねえ、トモキ。ユカリちゃんもミズキちゃんもカッちんもスズっちも、みんな死んだんだよ」
「・・・ああ。シノハラもコバちゃんも。オオタケだって、まだ見つかってないし」
「死んでも、死んでも、死んでもいい。また生まれてくればいい。あたし・・・・新しい命を生み出したい」
「新しい、命か」
日に日に陽が伸びてゆく夕方の長い日差しが教室の奥深く差し込んでいる。壁に張ってあった絵はすべて流され、後に残った画鋲だけが、その夕日を浴びてキラキラと光っていた。
「ところでさ、トモキ」
唐突に、アスカがグッと体を寄せてきた。思わずびくっとして体を離したぼくを見て、アスカはけらけらと笑った。
「なにビビッてんの?」
「べつにビビッてなんかないけど。何だよ急に」
「トモキってさ、もう子ども作れるからだなの?」
「え?」
「だから、その・・・・せ、せいえき、っていうか・・・そういうの出るの?」
「せいえき?」
「授業で習ったでしょ」
見る間に真っ赤な顔になったアスカは、ペチンとぼくの背中をひっぱたいた。温かくてやわらかい女の子の手の感触が日焼けの跡みたいに皮膚に残った。
「ああ。二次性徴とかなんとかいうやつ」
「で、どうなのよ?」
「どうって?」
「精液、もう出るの?」
「出るって・・・・どこから出るの?」
「もう。バカ」
ますます赤くなるアスカの頬。いったいこの顔はどこまで赤くなるんだろう、と思っていたら、アスカはプイと顔を背けた。
「・・・・おちんちんから出るんだよ」
「へ?」
「トモキ、出たことないんでしょ」
「うん」
「あちゃぁ。まだガキだぁ」
「しょうがないだろ?まだ小学生なんだから」
「やってみたことないの?」
「やってみたことって?」
「もう、ほんとガキ」
アスカはスッと立ち上がると、ぼくのほうへ手を伸ばす。ちょっとむっとしたぼくは、その手を無視して自分で立ち上がった。
「とにかく見せてよ」
「見せてって、何を?」
「決まってるじゃない。トモキのおちんちん。精液が出なかったら、子どもなんか作れないから、確認しないと」
「それって・・・パンツ脱げってこと」
「あたりまえじゃない」
「やだよ、そんなの」
「脱がないでどうやって子どもつくるのよ。あたしだって死ぬほど恥ずかしいの我慢して脱ぐんだから、いいでしょ」
「え?アスカも脱ぐの?」
思わず叫んじゃった。そんなことも理解していなかった自分は確かにガキだなぁ、と思う。
「そんなにびっくりしないでよ。ちっちゃいころは一緒にお風呂はいったりしてたんだから、できるでしょ」
怒ったように言ったアスカだったけど、しばらく黙った後、急にマジな顔になった。
「ねえ、お願い。やっぱ、トモキのほうから先に脱いでくれないと、あたしも勇気がでないから」
「うーん・・・・・わかったよ」
アスカも脱ぐのなら、やっぱ先にぼくのほうから脱がないとダメなんだろう。そんなことを思った。
それからぼくは一気にTシャツを脱いだ。しぶしぶと脱ぐのはかえって恥ずかしいから。そしたら、別に上は脱がなくていいのに、とアスカが言う。咄嗟に、アスカは上は脱がないのかなぁ、と思ってちょっとがっかりしたけれど、ワンピースだから上だけ脱がないわけにはいかないだろうと思いなおして、アスカの胸を見る。ちょっと膨らみ始めたあの胸は、どんなふうになっているんだろうと思ったら、おちんちんが急に硬くなってきた。
2011年05月27日
再会2
「子供を作るとき、男と女がなにをするのか、トモキ知ってるよね」
少し興奮気味のアスカは早口で続けた。
「最初に言っておくけど、あたし、トモキのことが好きなわけじゃないんだよ。あ、トモキのことは大好きだけど、ちっちゃい頃から一緒に育ってきたから、男として好きとかそういうのじゃなくて・・・・。でもさ、こんなこと頼める人、地球上の人間全部探したって、トモキの他にいないじゃん。いくらトモキにだって、こんなこと頼むのはものすごく勇気がいるからさ、あたし、何日も何日も、言おうか、やめようか、迷ってんたんだ」
「ちょっ、ちょっと、待ってよ」
「でもさ、でも、あたし・・・・」
アスカの目から突然ポロポロッと涙がこぼれた。なんか、マンガみたいだと思った。ジワーッと目に溜まった涙がこぼれるのではなくて、突然湧き出した透明で小さい宝石みたいなものが、落ちてゆくみたいに見えたんだ。
「明日、引っ越すんだ。だから・・・」
「え?引っ越すの?どこへ?」
いきなり言われて、またまたびっくりした。一人また一人と櫛の歯が欠けるように友達がこの町からいなくなってゆくことには少しずつ慣れてきたけれど、いままでずっと一緒だったアスカがぼくの目の前からいなくなることなんて、想像できない。
それからぼくはなかなか泣き止まないアスカからいろいろなことを聞き出した。アスカのお父さんが親戚のつてで東京に就職することになったこと。それで一家そろって埼玉へ引っ越すことになったこと。それがずっと前から決まっていたのに、ぼくには言い出せなかったこと。膝がガクガクしてくるくらい、全部がぼくにはショックな話だった。
「でもさ、アスカ。だからって、なんで子供なの?小学生が子供産むなんて、絶対ムリだろ?」
「ムリじゃないよ。卒業式まだだけどいちおう小学生は卒業したし。背もお母さんと同じくらいになったし。ちゃんと生理もあるし、おっぱいだって膨らんできたし」
聞いているうちに、顔が火照ってきた。赤くなった顔を見られたくなくて、クルッと背を向けて窓の外を眺めるふりなんかしてみる。
「どうして、そんなに子供がほしいの?」
肩を震わせてしゃくりあげていたアスカは、呼吸が静まるまで長い間だまっていた。それからゆっくりと、大きく息を吸い込んで、歌うようにう言ったんだ。
「死んでも死んでも死んでも死んでもいい。また産まれるから。死んでも死んでも死んでも死んでもいい。ここにいるから」
「え?」
「なんかの小説で読んだ言葉。ちょっと違っているかもしれないけど。そんな感じだった。死んでも死んでも死んでも死んでもいい。また産まれるから。死んでも死んでも死んでも死んでもいい。ここにいるから」
「は?よくわかんないよ」
「わかんなくてもいいよ。別に今じゃなくてもいいのかもしれない。っていうか、たぶんそのほうが普通なんだろうけど、こんなことを頼める人はこの地球上にトモキ一人しかいなくて、そのトモキと離れ離れになっちゃったら、もう二度と、子供なんか作れなくなりそうで・・・」
「別におれと別れたってさ、また新しいところで、新しい人と出会って、仲良くなるだろ?その中でこいつとなら結婚してもいいかなーっていう人だって現れるかもしれないじゃん」
でも、やっぱ・・・・それは違うな。
自分で言いながら、そう思った。
昨日までの幸せな生活が、ある日突然、なんの前触れもなく崩れ去ってゆく光景を、ぼくたちはまだ12歳で見てしまった。今はまだ未来のことなんて、なにも考えられない。ぼくたちはこれまでほんのわずかな人生しか刻んできていないけれど、ぽつりぽりつと思い出される温かく懐かしい過去にしがみつきたい気持ちは、ぼくにもわかる。
それからしばらく二人で黙り込んだ。校庭にわずかに残った桜の木に群れた鳥たちが、ギャーギャーと騒いでいる。ぼんやりと教室の中を見渡すと、倒れたままの机が窓から差し込む夕日に照らされてオレンジ色に染まっていた。よく見ると、見覚えのある落書き。ぼくが使っていた机だ。
アスカの前から離れたぼくは、その机を持ち上げると、もとの場所に戻そうと思った。でも、このクラスの生徒だった自分がどの位置に座っていたのか、もうわからなくなっていた。しかたなく教室の中央に置いたら、一つだけの机が妙に寂しく見えて、一つまた一つと散乱している机を拾ってはつなげていく。やがて10個ほどの机が真ん中に集まった。
「わかったよ」
ぼくは並べた机の上にピョンと飛び乗り、アスカを見下ろした。
「乗れよ、アスカ。おれ、なんでも協力するから」
少し興奮気味のアスカは早口で続けた。
「最初に言っておくけど、あたし、トモキのことが好きなわけじゃないんだよ。あ、トモキのことは大好きだけど、ちっちゃい頃から一緒に育ってきたから、男として好きとかそういうのじゃなくて・・・・。でもさ、こんなこと頼める人、地球上の人間全部探したって、トモキの他にいないじゃん。いくらトモキにだって、こんなこと頼むのはものすごく勇気がいるからさ、あたし、何日も何日も、言おうか、やめようか、迷ってんたんだ」
「ちょっ、ちょっと、待ってよ」
「でもさ、でも、あたし・・・・」
アスカの目から突然ポロポロッと涙がこぼれた。なんか、マンガみたいだと思った。ジワーッと目に溜まった涙がこぼれるのではなくて、突然湧き出した透明で小さい宝石みたいなものが、落ちてゆくみたいに見えたんだ。
「明日、引っ越すんだ。だから・・・」
「え?引っ越すの?どこへ?」
いきなり言われて、またまたびっくりした。一人また一人と櫛の歯が欠けるように友達がこの町からいなくなってゆくことには少しずつ慣れてきたけれど、いままでずっと一緒だったアスカがぼくの目の前からいなくなることなんて、想像できない。
それからぼくはなかなか泣き止まないアスカからいろいろなことを聞き出した。アスカのお父さんが親戚のつてで東京に就職することになったこと。それで一家そろって埼玉へ引っ越すことになったこと。それがずっと前から決まっていたのに、ぼくには言い出せなかったこと。膝がガクガクしてくるくらい、全部がぼくにはショックな話だった。
「でもさ、アスカ。だからって、なんで子供なの?小学生が子供産むなんて、絶対ムリだろ?」
「ムリじゃないよ。卒業式まだだけどいちおう小学生は卒業したし。背もお母さんと同じくらいになったし。ちゃんと生理もあるし、おっぱいだって膨らんできたし」
聞いているうちに、顔が火照ってきた。赤くなった顔を見られたくなくて、クルッと背を向けて窓の外を眺めるふりなんかしてみる。
「どうして、そんなに子供がほしいの?」
肩を震わせてしゃくりあげていたアスカは、呼吸が静まるまで長い間だまっていた。それからゆっくりと、大きく息を吸い込んで、歌うようにう言ったんだ。
「死んでも死んでも死んでも死んでもいい。また産まれるから。死んでも死んでも死んでも死んでもいい。ここにいるから」
「え?」
「なんかの小説で読んだ言葉。ちょっと違っているかもしれないけど。そんな感じだった。死んでも死んでも死んでも死んでもいい。また産まれるから。死んでも死んでも死んでも死んでもいい。ここにいるから」
「は?よくわかんないよ」
「わかんなくてもいいよ。別に今じゃなくてもいいのかもしれない。っていうか、たぶんそのほうが普通なんだろうけど、こんなことを頼める人はこの地球上にトモキ一人しかいなくて、そのトモキと離れ離れになっちゃったら、もう二度と、子供なんか作れなくなりそうで・・・」
「別におれと別れたってさ、また新しいところで、新しい人と出会って、仲良くなるだろ?その中でこいつとなら結婚してもいいかなーっていう人だって現れるかもしれないじゃん」
でも、やっぱ・・・・それは違うな。
自分で言いながら、そう思った。
昨日までの幸せな生活が、ある日突然、なんの前触れもなく崩れ去ってゆく光景を、ぼくたちはまだ12歳で見てしまった。今はまだ未来のことなんて、なにも考えられない。ぼくたちはこれまでほんのわずかな人生しか刻んできていないけれど、ぽつりぽりつと思い出される温かく懐かしい過去にしがみつきたい気持ちは、ぼくにもわかる。
それからしばらく二人で黙り込んだ。校庭にわずかに残った桜の木に群れた鳥たちが、ギャーギャーと騒いでいる。ぼんやりと教室の中を見渡すと、倒れたままの机が窓から差し込む夕日に照らされてオレンジ色に染まっていた。よく見ると、見覚えのある落書き。ぼくが使っていた机だ。
アスカの前から離れたぼくは、その机を持ち上げると、もとの場所に戻そうと思った。でも、このクラスの生徒だった自分がどの位置に座っていたのか、もうわからなくなっていた。しかたなく教室の中央に置いたら、一つだけの机が妙に寂しく見えて、一つまた一つと散乱している机を拾ってはつなげていく。やがて10個ほどの机が真ん中に集まった。
「わかったよ」
ぼくは並べた机の上にピョンと飛び乗り、アスカを見下ろした。
「乗れよ、アスカ。おれ、なんでも協力するから」
2011年05月26日
再会1
4階建の白いその建物は、一見すると病院のようだった。近づいてよく見ると、車イスに乗って散歩したり、杖をついて歩きながら日光浴をしている老人の姿が目に付く。忙しそうにその周りを行き来するピンク色の服を着た職員らしき人たち。入口のスロープの前に止まっている白いワゴン車には、老人ホームの名前が書かれている。
10年前、ぼくたちが卒業した小学校がここにあった。一度、瓦礫となった小学校は、その後廃校となり、いまは老人ホームになっていた。何もかも変わったんだと思う。太い桜の木だけがあの頃と同じだった。
結局、ぼくたちの卒業式はこの場所ではできなかった。教室も体育館も、すべてがめちゃくちゃに破壊されてしまったからだ。でも、その廃墟のような小学校で、ぼくは卒業式以上に忘れられない体験をした。ちょうど10年前の今日こと。アスカという幼馴染の少女が一緒だった。
「え?学校?もう立ち入り禁止になってるんだろ?」
どうしても学校に来てほしいとアスカに言われたとき、ちょっとびっくりした。瓦礫の山となった小学校には、置き忘れた荷物なんかを取りに二、三度入ったことはあったけど、瓦礫の撤去とともに建物の解体が決まったため、いまは立ち入り禁止になっている。
「頼むよ。お願い。トモキにしかお願いできないことなんだ」
「でもさー。学校はやっぱやばくない?」
「もう今日しかないんだ。四時に待ってるから。来なかったら一生うらむからね」
早口で一方的に言い捨てたまま、アスカは走り去っていった。ぽかん、とその後ろ姿を見つめたまま、ぼくは追いかけることをしなかった。
アスカとは赤ちゃんのときからの幼馴染だ。二人とも父親が漁師で隣同士、さらに同い年だったため、まるできょうだいのように育てられた。保育園も小学校もずっと一緒だ。
もっとも、何をするにも二人一緒だったのは、低学年の頃までだ。5年生くらいからは、それぞれ同性の友達との付き合いが多くなり、学校や通学路で顔を合わせても、ろくに挨拶もしなくなった。ぼくより一足先に二次性徴が始まり、急に大人っぽくなったアスカが、ちょっとまぶしいというか、近づきにくくなったというのも確かにある。
その日の午後四時。斜めから差し込んでくる日の光を背中に浴びて、ぼくはまるで廃墟のようになった小学校の正面玄関の前に立っていた。明るい光の中で、玄関の中は真っ暗に見えた。その暗闇の中から、ゆっくりと現れたアスカは、まぶしそうに目を細めた後、小さく手招きをした。ぼくよりずっと背が高くなり、顔も声も大人びてきたこのごろのアスカには、ちょっと似合わない幼い仕草だった。
タイルがはがれ、ひっくり返った下駄箱がそのままになっている玄関を入り、アスカの後を追って二階へ上がる。瓦礫の山となった小学校でも、上履きに履き替えないで廊下を歩くのは、どこか後ろめたい気分になるのがフシギだった。
「どこ行くの?」
アスカの背中に向かって問いかけた。アスカは無言のままさらに三階へ上がってゆく。
朝、会ったときはいつものジャージ姿だったのに、いま、アスカは淡い空色のワンピースを着ている。背中のジッパーの銀の色。アスカの首筋の透き通るような白色。夕日が差し込んでくる廊下は玄関よりもずっと明るくて、なにもかもが鮮やかに見えた。
いつもより少し早足で歩くアスカが行き着いたのは、ぼくたちが通っていた教室だった。机や道具箱がいまも散乱し、床は泥で汚れたまま、解体される日を待っている懐かしい教室。
「お願いがあるんだ」
教室の中に一歩入ったとき、アスカは急に立ち止まり、クルッと振り向いた。美容院になかなか行けないためか、このごろずいぶん長くなってきた髪がフワアッと舞う。ぼくか使っているのと同じ、避難所で支給された石鹸の匂いがした。
「わっ、わっ」
アスカにぶつかりそうになったぼくは、あわてて立ち止まり、転びそうになって傍の机に激突した。派手な音が教室じゅうに響き渡って、なんとなくヤバッと思った。
「ドジね」
アスカが冷たく言って笑う。でも、なんだかんだ言って、この笑顔を見るとホッとする。
「アスカのせいだぞ」
と言いながら、ぼくも笑った。窓から差し込む夕日が割れたガラスに反射して、キラキラと天井に光が揺れている。水族館の大きな水槽の中にでもいるみたいだ。
「で、お願いってなに?」
「うん」
アスカの笑顔は急にあいまいな微笑みに変わり、言いにくそうに下を向いたり、横を向いたりする。そんなアスカを見たのは初めてだった。
「これ言ったら、トモキ、絶対笑うな」
「は?」
「これさ、マジなんだよね、だから、絶対笑わないでほしい」
「だから、なんだよ。聞いてみないとわかんないよ」
「うん」
それからずいぶん長い間、アスカは黙っていた。その間、少しずつ日の光は弱くなっていき、心細くなってきたぼくは、サッカーのボールをもてあそぶように、何度何度もイスを蹴飛ばしていた。
「あのさー」
やがて発せられた小さな声に、ぼくは足を止め、振り返る。アスカは頬を紅潮させ、手をキュッと握ったまま、ぼくを見つめてこう言った。
「あたし・・・赤ちゃんがほしいんだ」
「え?」
全く予想もしていなかった言葉に、一瞬、なんて返事をしたらいいかわからなくなった。
「あたし、子供、産みたい」
「子供って・・・・」
「でも、一人じゃ子供って産めないでしょ?」
「はあ?」
「トモキに手伝ってほしいんだ。こんなことトモキにしか頼めないから」
「手伝うってなにを?」
「もう。バカ。学校の授業で習ったでしょ?」
アスカが何を言いたいのか、全くわからなかったぼく。アスカは顔を真っ赤にして、怒ったように言った。
「子供つくるの手伝ってほしいの。トモキの子供を産みたいんだよ」
10年前、ぼくたちが卒業した小学校がここにあった。一度、瓦礫となった小学校は、その後廃校となり、いまは老人ホームになっていた。何もかも変わったんだと思う。太い桜の木だけがあの頃と同じだった。
結局、ぼくたちの卒業式はこの場所ではできなかった。教室も体育館も、すべてがめちゃくちゃに破壊されてしまったからだ。でも、その廃墟のような小学校で、ぼくは卒業式以上に忘れられない体験をした。ちょうど10年前の今日こと。アスカという幼馴染の少女が一緒だった。
「え?学校?もう立ち入り禁止になってるんだろ?」
どうしても学校に来てほしいとアスカに言われたとき、ちょっとびっくりした。瓦礫の山となった小学校には、置き忘れた荷物なんかを取りに二、三度入ったことはあったけど、瓦礫の撤去とともに建物の解体が決まったため、いまは立ち入り禁止になっている。
「頼むよ。お願い。トモキにしかお願いできないことなんだ」
「でもさー。学校はやっぱやばくない?」
「もう今日しかないんだ。四時に待ってるから。来なかったら一生うらむからね」
早口で一方的に言い捨てたまま、アスカは走り去っていった。ぽかん、とその後ろ姿を見つめたまま、ぼくは追いかけることをしなかった。
アスカとは赤ちゃんのときからの幼馴染だ。二人とも父親が漁師で隣同士、さらに同い年だったため、まるできょうだいのように育てられた。保育園も小学校もずっと一緒だ。
もっとも、何をするにも二人一緒だったのは、低学年の頃までだ。5年生くらいからは、それぞれ同性の友達との付き合いが多くなり、学校や通学路で顔を合わせても、ろくに挨拶もしなくなった。ぼくより一足先に二次性徴が始まり、急に大人っぽくなったアスカが、ちょっとまぶしいというか、近づきにくくなったというのも確かにある。
その日の午後四時。斜めから差し込んでくる日の光を背中に浴びて、ぼくはまるで廃墟のようになった小学校の正面玄関の前に立っていた。明るい光の中で、玄関の中は真っ暗に見えた。その暗闇の中から、ゆっくりと現れたアスカは、まぶしそうに目を細めた後、小さく手招きをした。ぼくよりずっと背が高くなり、顔も声も大人びてきたこのごろのアスカには、ちょっと似合わない幼い仕草だった。
タイルがはがれ、ひっくり返った下駄箱がそのままになっている玄関を入り、アスカの後を追って二階へ上がる。瓦礫の山となった小学校でも、上履きに履き替えないで廊下を歩くのは、どこか後ろめたい気分になるのがフシギだった。
「どこ行くの?」
アスカの背中に向かって問いかけた。アスカは無言のままさらに三階へ上がってゆく。
朝、会ったときはいつものジャージ姿だったのに、いま、アスカは淡い空色のワンピースを着ている。背中のジッパーの銀の色。アスカの首筋の透き通るような白色。夕日が差し込んでくる廊下は玄関よりもずっと明るくて、なにもかもが鮮やかに見えた。
いつもより少し早足で歩くアスカが行き着いたのは、ぼくたちが通っていた教室だった。机や道具箱がいまも散乱し、床は泥で汚れたまま、解体される日を待っている懐かしい教室。
「お願いがあるんだ」
教室の中に一歩入ったとき、アスカは急に立ち止まり、クルッと振り向いた。美容院になかなか行けないためか、このごろずいぶん長くなってきた髪がフワアッと舞う。ぼくか使っているのと同じ、避難所で支給された石鹸の匂いがした。
「わっ、わっ」
アスカにぶつかりそうになったぼくは、あわてて立ち止まり、転びそうになって傍の机に激突した。派手な音が教室じゅうに響き渡って、なんとなくヤバッと思った。
「ドジね」
アスカが冷たく言って笑う。でも、なんだかんだ言って、この笑顔を見るとホッとする。
「アスカのせいだぞ」
と言いながら、ぼくも笑った。窓から差し込む夕日が割れたガラスに反射して、キラキラと天井に光が揺れている。水族館の大きな水槽の中にでもいるみたいだ。
「で、お願いってなに?」
「うん」
アスカの笑顔は急にあいまいな微笑みに変わり、言いにくそうに下を向いたり、横を向いたりする。そんなアスカを見たのは初めてだった。
「これ言ったら、トモキ、絶対笑うな」
「は?」
「これさ、マジなんだよね、だから、絶対笑わないでほしい」
「だから、なんだよ。聞いてみないとわかんないよ」
「うん」
それからずいぶん長い間、アスカは黙っていた。その間、少しずつ日の光は弱くなっていき、心細くなってきたぼくは、サッカーのボールをもてあそぶように、何度何度もイスを蹴飛ばしていた。
「あのさー」
やがて発せられた小さな声に、ぼくは足を止め、振り返る。アスカは頬を紅潮させ、手をキュッと握ったまま、ぼくを見つめてこう言った。
「あたし・・・赤ちゃんがほしいんだ」
「え?」
全く予想もしていなかった言葉に、一瞬、なんて返事をしたらいいかわからなくなった。
「あたし、子供、産みたい」
「子供って・・・・」
「でも、一人じゃ子供って産めないでしょ?」
「はあ?」
「トモキに手伝ってほしいんだ。こんなことトモキにしか頼めないから」
「手伝うってなにを?」
「もう。バカ。学校の授業で習ったでしょ?」
アスカが何を言いたいのか、全くわからなかったぼく。アスカは顔を真っ赤にして、怒ったように言った。
「子供つくるの手伝ってほしいの。トモキの子供を産みたいんだよ」
2010年12月17日
おしらせ
いつも訪問いただき、ありがとうございます。
都合によりしばらく更新をお休みさせていただきます。
誠に申し訳ありませんが、よろしくお願いいたします。
ゆうき
都合によりしばらく更新をお休みさせていただきます。
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ゆうき
2010年11月14日
ホワイトクリスマス
何年か前にメガビに書いた短いお話です。
ずっと「物書きネット」に置きっぱなしだったのですが、同サイトが閉鎖される前にサルベージしてきました。
つたないお話ですが、ここに置かせてください。
「サンタさーんこっちもこっちも」
白いベッドの上で小さな男の子がはしゃいだ。あたしはプレゼントをもってその子のところへ駆け寄った。
「はい。こっちがお母さんからで、こっちが病院から」
プレゼントは二つある。一つがこの子のお母さんが用意した本物のプレゼントで、もう一つは病院が用意したプレゼント。「ファーザークリスマス」っていう絵本なんだけど、なんだ今年もこの絵本なんだ。
受け取った男の子はぱあっと明るい笑顔を見せてベッドの脇に座っているお母さんにわぁ、ありがとう、と言った。
クリスマスイブの夜。あたしはある病院の小児病棟のクリスマス会でボランティアのサンタさんの役をやっていた。女の子がサンタさんなの?ボランティアを取りまとめている看護師のお姉さんはそう言って笑ったけど、あたしはどうしてもサンタがやりたかった。
三年前、あたしはこの場所で、この子たちと同じ入院患者として9歳のクリスマスイブの夜を過ごしていた。今夜とまったく同じようなクリスマス会だ。そして、そのときサンタの役をしていたのが三歳年上の優輝くんだった。
あの夜、あたしはひとりぼっちだった。この病院のクリスマス会はいつも親子で参加することになっていたけど、あたしのお母さんはちょうどそのとき肝臓ってところが悪くて別の入院に入院していた。あたしとおかあさん二人っきりの家族で、ほかにあたしのプレゼントを用意してくれる人は誰もいなかった。
「どうしてあたしのプレゼントだけ、絵本しかないの?」
プレゼントを配るサンタの役をやっていた優輝くんに向かってあたしはそう言った。優輝くんはとても困った顔をして、あたしのベッドの前に立ったまま、あたしの顔を見下ろしていた。
あたしがそこへ入院した6歳のとき、優輝くんはすでにその一年も前から入院していた。それからあのクリスマスの夜までお互いに入退院を何度も繰り返しながら、三年間を共に過ごし、完治して退院する子や亡くなってしまった子をいっしょに見送ってきた。その優輝くんもなんとか移植っていう手術が成功して、クリスマス会の後に退院することになっていた。あたしにとってはほんとうにさびしいクリスマスだった。
「ねえ、サンタさん、どうしてなの教えてよ」
あたしはクリスマス会全部をぶち壊したい気分だった。一足先に退院してしまう優輝くんがうらめしくもあった。
「ごめんな。」
優輝くんは真っ赤なサンタの衣装のままそう言った。
優輝くんが謝ることじゃないのにね。
「じゃあ、代わりにあたしのお願いをひとつ聞いて」
「お願い?」
「そう。プレゼントのかわりに」
「わかったよ。ぼくにできることならしてあげる。」
優輝くんはしゃがむと、ベッドに座ってふくれているあたしの顔を見上げてそう言った。
「じゃあね、あたし、サンタさんのおちんちんが見たい」
いま思い出しても、顔が真っ赤になる。あたし、なんてこと言っちゃったんだろう。ぼくにできることならしてあげるっていう、優輝くんの言葉にとっさに反発して思いついちゃったんだ。
「それはちょっと・・・・」
優輝くんは立ち上がって、ますます困った顔をした。周りの看護師さんやボランティアのお姉さんたちが近寄ってきた。
「そんな無理言っちゃだめじゃない」
「優輝くんだって、退院を伸ばしてサンタさんやってくれたんだから」
わかってるよ。そんなこと。誰よりも長く入院してきた優輝くんは、誰よりも病棟の仲間たちにやさしい。そんなことくらい、あたしが一番よく知ってる。でも、その夜のあたしはどうしてもみんなを困らせたかった。とくに優輝くんのサンタさんを。
「いま言ったじゃない。ぼくにできることはしてくれるって。」
「そうだけど・・・・」
「サンタさんがそう言ったんだよ。見せてよ。今すぐここで。」
「ほかのお願いじゃだめ?」
「だめだめ。さあ早く。あたしのお願いきいてくれないの」
優輝くんはしばらく黙ってあたしの顔を見ていた。そして一度目を閉じてからゆっくりと言った。
「わかったよ」
周りの看護師さんやお姉さんが驚いて優輝くんを見た。何言ってるの、よしなさい、と誰かがそう言った。
「ほんとにあたしのお願いきいてくれるの?」
「ああ」
誰よりもびっくりしたのはあたしだった。クリスマス会には大勢の人が参加している。入院している子の半数以上は女の子だったし、お母さんも看護師さんもボランティアのお姉さんたちも。みんなみんな女の人だ。ほんとうにいいの?あたしはそう思ったけど、自分の言葉を引っ込めることはもうできなかった。
優輝くんはサンタの衣装の赤いズボンととその中のパジャマのズボンとをいっしょにつかんだ。やめなさい。看護師さんが優輝くんに近づいて言う。でも優輝くんはそれには答えずに両手でズボンを少し下げると、サンタの衣装の上着の端をまくりあげた。
真っ赤なサンタの衣装の間に現れた優輝くんのおちんちんは雪のように真っ白く見えた。小さく丸いたまたまの上にぽちっとかわいらしいおちんちんがのっていた。
「もう、いい?」
優輝くんの顔は真っ赤だった。あたしは返事もしないでいつまでもおちんちんを見ていた。
もういいでしょ、あきれた顔の看護師さんが止めに入った。あたしは黙ってうなずいた。
「うわぁーっ。はずかしかったぁ」
優輝くんはズボンをはくとそう言って真っ赤な顔のまま笑った。あたしみちゃったよぉー、あたしもー、病棟の女の子たちが口々にそう言って、みんなが笑った。あたしも目に涙を浮かべながらその夜はじめて笑った。なごやかで楽しいクリスマス会が戻ってきていた。
そのあと、あたしはもう一回病院でクリスマスを過ごし、去年のクリスマスは退院しておかあさんと二人、レストランで食事した。そして、優輝くんと同じ年齢になった今年のクリスマス、あたしは再び病院に戻ってきた。今度はボランティアのサンタさんとして。
「サンタさん、ありがとう」
最後にあたしがプレゼントを手渡した女の子は、にっこり笑って絵本を受け取った。他のプレゼントは入っていないから、この子のお母さんも今夜は来られなかったみたい。あたしは女の子の頭をなでながら、しゃがんで顔を覗きこんだ。髪の毛がとてもやわらかい。あのときのあたしよりも幼い女の子だ。
「えらいね。特別にお姉さんサンタがなんでもしてあげるよ」
「ほんと?」
「何してほしい?」
「えーっとね、えーっとぉ」
懸命に考える姿がとてもかわいらしかった。
まさかこの子がおっぱい見せてとは言わないだろうけど、もしそう言われたらあたしもきっとそうしてあげよう。
目を閉じると、いまでもあのときの優輝くんのおちんちんが浮かんでくる。これからあたしは何人かの男の子を好きになって、何回か男の子のおちんちんを見るんだろう。でもあのときほど素敵なおちんちんを見ることは二度とないと思う。だから、あたしは絶対に忘れない。
もう忘れろよー。恥ずかしいなぁ
優輝くんはきっとそう言うと思うけどね。
ずっと「物書きネット」に置きっぱなしだったのですが、同サイトが閉鎖される前にサルベージしてきました。
つたないお話ですが、ここに置かせてください。
「サンタさーんこっちもこっちも」
白いベッドの上で小さな男の子がはしゃいだ。あたしはプレゼントをもってその子のところへ駆け寄った。
「はい。こっちがお母さんからで、こっちが病院から」
プレゼントは二つある。一つがこの子のお母さんが用意した本物のプレゼントで、もう一つは病院が用意したプレゼント。「ファーザークリスマス」っていう絵本なんだけど、なんだ今年もこの絵本なんだ。
受け取った男の子はぱあっと明るい笑顔を見せてベッドの脇に座っているお母さんにわぁ、ありがとう、と言った。
クリスマスイブの夜。あたしはある病院の小児病棟のクリスマス会でボランティアのサンタさんの役をやっていた。女の子がサンタさんなの?ボランティアを取りまとめている看護師のお姉さんはそう言って笑ったけど、あたしはどうしてもサンタがやりたかった。
三年前、あたしはこの場所で、この子たちと同じ入院患者として9歳のクリスマスイブの夜を過ごしていた。今夜とまったく同じようなクリスマス会だ。そして、そのときサンタの役をしていたのが三歳年上の優輝くんだった。
あの夜、あたしはひとりぼっちだった。この病院のクリスマス会はいつも親子で参加することになっていたけど、あたしのお母さんはちょうどそのとき肝臓ってところが悪くて別の入院に入院していた。あたしとおかあさん二人っきりの家族で、ほかにあたしのプレゼントを用意してくれる人は誰もいなかった。
「どうしてあたしのプレゼントだけ、絵本しかないの?」
プレゼントを配るサンタの役をやっていた優輝くんに向かってあたしはそう言った。優輝くんはとても困った顔をして、あたしのベッドの前に立ったまま、あたしの顔を見下ろしていた。
あたしがそこへ入院した6歳のとき、優輝くんはすでにその一年も前から入院していた。それからあのクリスマスの夜までお互いに入退院を何度も繰り返しながら、三年間を共に過ごし、完治して退院する子や亡くなってしまった子をいっしょに見送ってきた。その優輝くんもなんとか移植っていう手術が成功して、クリスマス会の後に退院することになっていた。あたしにとってはほんとうにさびしいクリスマスだった。
「ねえ、サンタさん、どうしてなの教えてよ」
あたしはクリスマス会全部をぶち壊したい気分だった。一足先に退院してしまう優輝くんがうらめしくもあった。
「ごめんな。」
優輝くんは真っ赤なサンタの衣装のままそう言った。
優輝くんが謝ることじゃないのにね。
「じゃあ、代わりにあたしのお願いをひとつ聞いて」
「お願い?」
「そう。プレゼントのかわりに」
「わかったよ。ぼくにできることならしてあげる。」
優輝くんはしゃがむと、ベッドに座ってふくれているあたしの顔を見上げてそう言った。
「じゃあね、あたし、サンタさんのおちんちんが見たい」
いま思い出しても、顔が真っ赤になる。あたし、なんてこと言っちゃったんだろう。ぼくにできることならしてあげるっていう、優輝くんの言葉にとっさに反発して思いついちゃったんだ。
「それはちょっと・・・・」
優輝くんは立ち上がって、ますます困った顔をした。周りの看護師さんやボランティアのお姉さんたちが近寄ってきた。
「そんな無理言っちゃだめじゃない」
「優輝くんだって、退院を伸ばしてサンタさんやってくれたんだから」
わかってるよ。そんなこと。誰よりも長く入院してきた優輝くんは、誰よりも病棟の仲間たちにやさしい。そんなことくらい、あたしが一番よく知ってる。でも、その夜のあたしはどうしてもみんなを困らせたかった。とくに優輝くんのサンタさんを。
「いま言ったじゃない。ぼくにできることはしてくれるって。」
「そうだけど・・・・」
「サンタさんがそう言ったんだよ。見せてよ。今すぐここで。」
「ほかのお願いじゃだめ?」
「だめだめ。さあ早く。あたしのお願いきいてくれないの」
優輝くんはしばらく黙ってあたしの顔を見ていた。そして一度目を閉じてからゆっくりと言った。
「わかったよ」
周りの看護師さんやお姉さんが驚いて優輝くんを見た。何言ってるの、よしなさい、と誰かがそう言った。
「ほんとにあたしのお願いきいてくれるの?」
「ああ」
誰よりもびっくりしたのはあたしだった。クリスマス会には大勢の人が参加している。入院している子の半数以上は女の子だったし、お母さんも看護師さんもボランティアのお姉さんたちも。みんなみんな女の人だ。ほんとうにいいの?あたしはそう思ったけど、自分の言葉を引っ込めることはもうできなかった。
優輝くんはサンタの衣装の赤いズボンととその中のパジャマのズボンとをいっしょにつかんだ。やめなさい。看護師さんが優輝くんに近づいて言う。でも優輝くんはそれには答えずに両手でズボンを少し下げると、サンタの衣装の上着の端をまくりあげた。
真っ赤なサンタの衣装の間に現れた優輝くんのおちんちんは雪のように真っ白く見えた。小さく丸いたまたまの上にぽちっとかわいらしいおちんちんがのっていた。
「もう、いい?」
優輝くんの顔は真っ赤だった。あたしは返事もしないでいつまでもおちんちんを見ていた。
もういいでしょ、あきれた顔の看護師さんが止めに入った。あたしは黙ってうなずいた。
「うわぁーっ。はずかしかったぁ」
優輝くんはズボンをはくとそう言って真っ赤な顔のまま笑った。あたしみちゃったよぉー、あたしもー、病棟の女の子たちが口々にそう言って、みんなが笑った。あたしも目に涙を浮かべながらその夜はじめて笑った。なごやかで楽しいクリスマス会が戻ってきていた。
そのあと、あたしはもう一回病院でクリスマスを過ごし、去年のクリスマスは退院しておかあさんと二人、レストランで食事した。そして、優輝くんと同じ年齢になった今年のクリスマス、あたしは再び病院に戻ってきた。今度はボランティアのサンタさんとして。
「サンタさん、ありがとう」
最後にあたしがプレゼントを手渡した女の子は、にっこり笑って絵本を受け取った。他のプレゼントは入っていないから、この子のお母さんも今夜は来られなかったみたい。あたしは女の子の頭をなでながら、しゃがんで顔を覗きこんだ。髪の毛がとてもやわらかい。あのときのあたしよりも幼い女の子だ。
「えらいね。特別にお姉さんサンタがなんでもしてあげるよ」
「ほんと?」
「何してほしい?」
「えーっとね、えーっとぉ」
懸命に考える姿がとてもかわいらしかった。
まさかこの子がおっぱい見せてとは言わないだろうけど、もしそう言われたらあたしもきっとそうしてあげよう。
目を閉じると、いまでもあのときの優輝くんのおちんちんが浮かんでくる。これからあたしは何人かの男の子を好きになって、何回か男の子のおちんちんを見るんだろう。でもあのときほど素敵なおちんちんを見ることは二度とないと思う。だから、あたしは絶対に忘れない。
もう忘れろよー。恥ずかしいなぁ
優輝くんはきっとそう言うと思うけどね。