現在22歳、来季23歳という年齢を考えれば、「早すぎる」「2018年の韓国・平昌(ピョンチャン)五輪も挑戦できるはずでは?」という声もあがっているようだ。
フィギュアスケート取材の現場から見れば、この時期のいきなりの言及に驚きはした。しかし同時に、「やはり来季限りか」と、すとんと納得するような気持ちになったことも確かだ。
「来季が集大成」――その気持ちに、浅田真央を駆り立てたものは何か。彼女自身は「理由はひとつではない」ということを強調し、「これが」という一番のきっかけを挙げることを避けた。
おそらく彼女の言う通り、様々な理由があったのだろう。不安定になったジャンプ技術を取り戻そうと、佐藤信夫コーチとともにコツコツと取り組んできた日々は過酷なものだった。
それがやっと功を奏し、今季は世界選手権までの公式戦5戦で5勝。しかし万全を期して臨んだ世界選手権では、どうしても跳びたかったトリプルアクセルを失敗し、銅メダルに終わる。
まわりを見渡せば、同年代のキム・ヨナ(韓国)だけでなく、アメリカ、ロシアなどの若手選手たちが、かつて自分が得意としていた3回転−3回転の連続ジャンプを軽々と跳んでしまう。一方、自身は、珍しく弱音を漏らすほどの激しい腰痛に悩み、体力的にも厳しさを感じ続けてきたようだ。
女子スケーターは一般的に、何歳くらいで引退を迎えるのか。
早い選手では長野五輪で優勝したタラ・リピンスキー(アメリカ)が15歳で引退。ソルトレイクシティ五輪金メダリストのサラ・ヒューズ(アメリカ)も16歳で引退。一方でロシアのマリア・ブチルスカヤのように26歳で初めて世界チャンピオンになり、29歳まで現役を続けた選手もいる。
ごぞんじ日本の鈴木明子も、来季限りとなれば28歳で引退。選手によって幅は広いが、かつて伊藤みどりが、肉体的にも精神的にも女子選手が一番充実しているのは19歳、と語ったことがあった。また日本のスケート界の通例としては、大学卒業とともに選手も引退、つまり22歳くらいで選手生活を終えて就職、社会人へ、という形がいちばんよくあるパターンだ。
もちろん伊藤みどりの時代に比べれば選手寿命は延びており、特にトップ選手は大学を卒業しても企業の支援などを得て、競技生活を続けやすい時代になっている。それでも荒川静香が24歳で引退したように、20代半ばが一般的な引き際と考えていいだろう。
「たぶんバンクーバーの、次のオリンピックまでは続けると思うんですよ」
浅田がそんなことを語っていたのは、バンクーバー五輪を数年先に控えた高校生のころ。彼女自身も、ひとつの区切りとしてはソチ五輪――これは早くから念頭にあったのだろう。
浅田真央は、誰よりも早くから注目を集めてきた選手だ。小学生のころから「天才少女」と騒がれ、筆者も初めて取材をしたのは彼女が12歳のころ。15歳で早くもシニアのグランプリファイナルに優勝し、そこからは常に全国民の視線にさらされ続ける日々が続いた。
ただ、長く注目され続けただけではない。一試合一試合の成績のアップダウン、どころか、ジャンプ一本一本の出来不出来まで検証され、彼女の好不調に誰もが一喜一憂するような異常な注目度だ。3年前から彼女を指導するようになった佐藤信夫コーチは、試合のたびに大勢の報道陣に事細かにコメントを求められることに驚き、「浅田真央ってのは、すごい選手なんですねえ。こんな選手だとは知らなかったですよ」と苦笑いしたほどだ。
国民的な人気を受けて、オフシーズンにはアイスショー、CM出演などに引っ張りだこ。フィギュアスケートブームとはいえ、ここまで広く一般層に注目され、ここまでリンクの内外で忙しい日々を送るスケーターは、日本のスケート史上一人もいなかった。世界のフィギュアスケート史を振り返っても、ここまで長期に渡り「特別」であり続けたスケーターはいないだろう。
普通の選手の10倍練習する、誰よりも練習する、と言われたハードなアスリート生活。そして国民のアイドルであり続ける生活。特にシニアに上がってからのこの7年間は、ほんとうにきつかっただろう。安藤美姫やキム・ヨナのように一定期間競技から離れるという選択肢もあったし、あるいは今季のカロリーナ・コストナー(イタリア)のようにシーズン前半は欠場し、後半の試合だけ出場することもできた。
「ベテラン選手は1年休めばかなり楽になる」とは、コーチたちもよく話すことだが、浅田真央がそれをすることはなかった。彼女が出場しなければ、テレビの視聴率も、広告関連も、また試合やショーのチケット収入も大きな影響を受けてしまう。それがあからさまに彼女を苦しめていたわけではないだろうが、暗に自分の影響力を感じとってはいただろう。
試合前でも周囲への挨拶を欠かさないような性格も、アスリートとしては「いい子」過ぎた。自分に集中するべき試合の直前ともなれば、まわりを無視して会場入りする選手も多いし、それは当然許されている態度だ。
そんな状況でも、知り合いと目が合えば笑顔で「こんにちは!」とあいさつする姿は、「真央ちゃん、そんなに気を使わなくても……」と心配になるほどだった。
そんな彼女が、「普通の生活をしたい」という発言をよくするようになったのは、ここ数年のことだ。
「スケートの他にも、いろいろやりたいことがあるんですよ。ふつうに子どももほしいし、結婚もしたいと思う。のんびり料理屋さんやカフェとかも、開いてみたいな。古民家カフェとか、やってみたいんですよ! 夢はいろいろありますねえ」とは、昨年秋に聞いた話。また台風で新横浜から名古屋への新幹線が止まってしまうハプニングがあった時、たまたま泊まった温泉宿が貸し切り状態で、広い大浴場に伸び伸びと入れたことをほんとうにうれしそうに語ったことも印象深い。
「だって真央、ふつうの温泉とか銭湯とか、ぜんぜん行けないんですもん!」
もろもろのことに思いを巡らすと、ここで「来季限り」と語った彼女の思いには、すとんと納得がいってしまうのだ。
「きっと彼女も、『ソチまで』と決めることで、もう一頑張りできるんでしょう。あと少しで終わる、そう思わなければ続かないのだと思う」、そう語った高橋大輔の言葉も重く響いた。
しかし今回の発言、公式に「引退会見」を開いての発言ではなかったし、浅田真央自身から「引退」という決定的な言葉が出たわけではない。「ソチで引退ということでよろしいでしょうか?」という質問者の問いに対し、「今はそのつもりです」と答えたにすぎない。
ソチ五輪を滑り切り、「もう少し選手として滑りたいな」と感じることだってあるかもしれない。ソチで浅田真央の現役続行宣言は、あるのか、どうか。
一番の鍵は、・・・・・続きを読む
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