夏原武「隣は詐欺師」――ついに来た「すぐそばに詐欺師」の時代

国の助成金を狙って詐欺師が暗躍する。NPO法人を看板にして不正受給に手を染めることも

2012年10月13日

 長引く不況対策として国が行っている施策は様々あるのだが、とりわけ中小企業への助成は大切だとされている。

 日本の企業全体のうち中小企業の割合は実に99.7%も占める 。したがって中小企業の経営状態は日本経済に大きな影響を及ぼすのである。

雇用助成金を不正受給し詐欺総額は1億8000万円

 施策のひとつに「中小企業緊急雇用安定助成金」がある。これは、事業主が経営状況の悪化などで休業や出向措置を行った際に休業手当や賃金の一部を助成するもの。その狙いは、当然ながら失業予防を目的としたものである。

 緊急カンフル的な趣が強い施策で、いずれも上限はあるものの、およそ5分の4程度を受給することができる。

 その受給制度を狙った詐欺がさっそく起きている。

 国の雇用助成金の不正受給事件で、大阪府警は5日、ペーパーカンパニーを使って助成金約1千万円を詐取したとして、大阪市中央区、自称自由業の筒井弘志容疑者(66)ら府内の男女6人を詐欺容疑で再逮捕した。詐取総額は約1億8千万円に上るとされ、府警は裏付けを進める。
(朝日新聞電子版 2012年10月6日)

 実際には存在しない会社、存在しない従業員をでっち上げて不正受給したわけで、この手の犯罪はたびたび起きている。いや、もっとはっきり言えば、こうした国による助成制度ができた場合、必ず起きているのだ。

「コーチ屋」という詐欺師が暗躍する

 雇用安定であろうと、企業扶助であろうと、行政による助成金制度ができると、詐欺師たちは色めきたつ。それにははっきりとした理由がある。実際、過去に起きた事件で「コーチ屋」(助成金受給の指導を行い、成功報酬を受け取る)をした人間は言う。

 「お上のやる事って言うのは結局は形式的だからね。つまりさ、ペーパーさえちゃんとそろってればいいんだよ。形式さえ踏んでれば大丈夫。もちろん、どこをチェックするかっていうのがあるから、それを俺らが教えてやったわけ。沖縄みたいに行政側の人間が組んでやった事件もあったけど、そこまでやらなくても、十分だね。ただ、地方によっては現場をチェックに来るから、そういう場合には会社なり工場なりの用意が必要になる。
 でも、それも簡単でさ。潰れそうな工場や休業している会社を探せばいいだけ。そこの経営者に話をつければ、チェックのときだけ稼働しているように見せるのは簡単だ。従業員なんて、日当払えばいくらでも集められるじゃないか」

 この呆れた言い分が実際に罷り通っているのが現実なのである。彼が関わったのは、14年ほど前に行われた「中小企業金融安定化特別保証制度」を利用した詐欺。大阪や沖縄で逮捕者が出ている。

 この制度は信用保証協会が担保する形で融資が行われたのだが、保証実績は172万件、29兆円に対して、融資が焦げ付いて信用保証協会が返済を肩代わりした代位弁済は、2001年12月までに1兆円を超える結果となった。

「返す必要がないので詐取した」

 ほとんどは融資を受けても立ち直れなかったのだろうが、詐欺による被害が億単位で含まれていることは間違いない。そのときに、彼のようなコーチ屋が複数暗躍したのである。

 「今回もそういう動きがあるんじゃないのかな」と、服役後は犯罪に手を染めていない彼は笑っていた。

 行政側のチェックが甘いことも問題ではあるが、こうした経済対策を利用する詐欺師が悪質なのは言うまでもないことで、前述した事件の筒井容疑者は「返す必要がないので詐取した」と語っているのだからひどいものだ。

 が、この「返す必要がない」という発想がこうした詐欺につながっているのである。助成金は融資ではない(過去例の融資にしても、返済は実に緩やかではあった)。そのため、借りっぱなしなのである。

 しかも、従業員の数が多いほど助成金はたっぷりと手に入る。幽霊社員を増やして返済不要の金をせしめ、それで享楽にふけるという、ある意味実に詐欺師らしい行動とは言えるだろう。

NPO法人という社会的なイメージを利用

 助成金がらみでは他にも摘発者が出ている。

 NPO法人「LIC生活相談センター」による助成金詐取事件で、同センターが助成の対象として独立行政法人「高齢・障害・求職者雇用支援機構」に届け出た約1000万円分の経費のうち、約260万円分は、暴力団幹部の電話使用料などセンターの設立や運営と無関係だったことが捜査関係者への取材で分かった。警視庁組織犯罪対策4課は、経費の水増しで助成金の増額を図ったとみてセンターの金の流れを調べている。
(毎日新聞電子版 2012年10月11日)

 こちらは暴力団が関わっていること、そしてNPO法人が出てくるところが特徴だ。暴排条例(暴力団排除条例)以降、シノギがきつくなっている暴力団にとって、公的資金は大切な狙い所になっている。もともと、様々な助成金や融資枠に入り込んできたわけだが、昨今さらに集中しているともいえる。

 そしてNPO法人。世間的には社会の役に立っている存在のようなイメージがあるが、悪質なものが相当数混じっているのが正直なところだ。実際、取材していくと暴力団や右翼団体などがNPO法人を所有していることは珍しいことではない。

 また、生活保護不正受給のときにも、NPO法人が暗躍していたことは、事件報道されたのでご存じの方も多いことだろう。

高額な料金をむしり取る「相談ビジネス」

 もともと非営利の市民活動団体として社会活動や奉仕活動を行うことが本来の目的であるが、そこから逸脱し、NPO法人を看板に悪質な不正受給や場合によっては、恐喝や脅迫といった犯罪行為にまで手を染めているケースがあるのだ。社会運動標榜ゴロと何ら変わることのない話だ。

 実際、このLIC生活相談センターには他にも問題がある。

 離婚問題や多重債務などの生活相談をうたっていたこのNPOが、相談に来た利用者に対し、NPOを実質支配する元組長、小束(おづか)健文容疑者(52)=詐欺容疑で逮捕=の関連会社を紹介し、数十万円の「相談料」を支払わせていたことが11日、捜査関係者への取材で分かった。
(産経新聞電子版 2012年10月11日)

 つまるところ相談ビジネスを展開していたわけで、紹介された人たちは、高額な相談料を取られながらも、ほとんどの場合、効果がなく相談料の返却訴訟を起こされている始末だ。

 これも結局のところNPO法人という名前がキーになっており、非営利で活動していますといった看板で呼び込んでおきながら、会社を紹介してそこで金を取るという流れになっている。

うかつな相談が地獄への直行便になることも

 相談ビジネスと言われるものは、昨今増えている。場合によっては弁護士法違反になるのではないかと思われ、一種の「事件屋」に似た傾向が強い。離婚や多重債務などを相談すべき相手は弁護士・司法書士であり、資格のない人間に相談したところで意味がない(最終的に資格がないと交渉できない)。

 「弁護士を紹介する」、あるいは「弁護士と関連がある」といった触れ込みの団体もあるものの、それが本当かどうか確認しなくてはいけない。中には「提携弁護士」と呼ばれる金貸し側の論理にべったりとはまった、とんでもない弁護士がくっついている団体もあるわけで、うかつな相談が地獄への直行便になることすらあるのだ。

 事件屋は漫画のネタにもなったりするが、基本的にやっていることは非弁行為であり違法行為である。フィクションの世界ならともかく、現実に関わっていい相手では絶対にないし、摘発例のように単なる「詐欺」であることが多い。

 助成金詐取の場合、被害者は国であるが、その国の予算は国民の税金であり、つまるところ我々全員が被害者になっていることを忘れてはいけない。また、相談ビジネスのような、暗闇の世界に踏み込むと、さらなる苦しみが待ち受けることになる上に、場合によっては幽霊社員になることを持ちかけられることすらあるのだ。


夏原武(なつはらたけし)
夏原 武  1959年生まれ。雑誌編集者を経てフリーランスに。著書に「サギの手口―最新裏仕事人列伝」(データハウス)、「現代ヤクザのシノギ方」(宝島社)、「バブル」(同・共著)、「震災ビジネスの闇」(宝島SUGOI文庫)、「反社会的勢力」(洋泉社新書y)など多数。
 漫画原作として現在、「新クロサギ」「水晶」(ビッグコミックスピリッツ)、「関東三国志」(プレイコミック)を連載中。
 近著に「現代詐欺師シノギの手口」(宝島社)がある。