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歌手の田端義夫さん 死去
4月25日 14時3分

歌手の田端義夫さん 死去

ギターを抱えた独特のスタイルで歌謡曲を歌い、「バタヤン」の愛称で親しまれた、昭和を代表する歌手、田端義夫さんが、25日午前、肺炎のため東京都内の病院で亡くなりました。
94歳でした。

田端さんは三重県の出身で、パン屋や鉄工所など、さまざまな職業を経験したあと、歌謡コンクールで入賞し、昭和14年、「島の船唄」でデビューしました。
その後、「大利根月夜」や「別れ船」などのヒット曲を連発し、戦後まもなく発表した「ズンドコ節(街の伊達男)」は、田端さんが歌って大ヒットしたことをきっかけに、その後も多くの歌手がリメイクしました。
「オッス」という大きな声のあいさつと、ギターを抱えた独特のスタイルで人気を集め、「バタヤン」の愛称で親しまれました。
昭和37年には奄美大島で歌い継がれていた曲「島育ち」をリリースし、大ヒットとなり、昭和38年のNHK紅白歌合戦に初出場しました。
また、俳優としても、「底抜け青春音頭」や「アジャパー天国」などの喜劇映画で活躍しました。
田端さんが収録した曲は合わせて1200曲に上るということです。
田端さんは平成7年から8年間日本歌手協会の会長を務め、その後、名誉会長として後進の育成に力を注いでいました。
こうした功績が認められ、平成元年に勲四等瑞宝章、平成16年には放送文化賞を受賞しています。
田端さんは体調を崩し、東京都内の病院に入院していましたが、25日午前11時45分に亡くなったということです。

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