Updated: Tokyo  2013/04/25 08:14  |  New York  2013/04/24 19:14  |  London  2013/04/25 00:14
 

「見えない敵」に挑む福島の地銀、融資も使途は工場移転-放射能や風評

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  5月12日(ブルームバーグ):窓ガラスが大きな音をたてて割れ、取締役会開催中の会議室内に飛び散った。東日本大震災が発生した3月11日午後2時46分。福島県第2位の地銀、大東銀行の鈴木孝雄社長と、放射能という見えない敵との戦いが始まった。あれから2カ月。いまだにその敵は被災地の復興を阻んでいる。

鈴木社長(57)ら4人の取締役は融資先企業の状況と資金ニーズの把握に奔走した。確かに復興に向けた資金需要はあった。しかし、それは被災企業としては前向きな行動でも、福島県の経済を支援する地元地銀にとっては素直に喜びにくい内容だった。「なんとか企業と人の流出を食い止めなくては」--。鈴木氏はそう決意した。

実際に見えてきたのは、福島県経済の空洞化の可能性だ。大東銀の鈴木社長によれば、放射能が健康に与える影響と、風評被害を懸念して「すでに20社が県外への移転を検討している」という。地元地銀は被災した企業の復旧に必要な資金の供給に積極的だが、その結果、企業が営業圏から逃げ出すというジレンマに陥っている。

東洋システム。放射能漏れを起こした東京電力福島第一原発から約50キロのいわき市に本社を構える年商27億円、従業員80人の充電式電池の試験装置メーカーで、トヨタ自動車やパナソニックが納入先だ。震災後に大東銀から2億円の追加融資を受けたが、庄司秀樹社長(49)は従業員の健康に配慮して決めた工場移転などに活用したという。

大東銀では、被災企業からの融資ニーズは200億円と見積もる。これは貸出金残高4260億円(2010年12月末)の約5%に相当する。同行では震災直後に緊急融資制度を新設、企業ごとに設定する融資枠も拡大したが、鈴木社長は資金需要について「当面は増えるが、その後は下がり基調になる」と予測する。

放射能汚染リスク

米スタンダード・アンド・プアーズの吉澤亮二アナリストは、被災地の中でも「福島県で起きている放射能汚染のリスクは、地元ビジネス全体に大きな影響を与えている」と指摘する。避難指示に加え、風評被害もあって復旧・復興に取り組めない企業も多く、「地元の銀行にとっても先行きは見通しにくい」という。

福島県企業立地課の大島隆之氏は、同県の経済には「地震、津波、原発(放射能)、そして放射能汚染による風評という4つの被害が発生している」と指摘した。県外に工場の移転を希望する企業の数は把握できていないという。岩手県宮城県も震災の影響を大きく受けたが、見えない放射能との戦いは福島県内に重くのしかかる。

福島県は福島第一原発から20キロ圏内の「警戒区域」に、双葉工業団地など複数の工業団地を抱える。域内に2工場を持つ衛生陶器メーカーのTOTOは茨城県への移転を決めた。50キロ離れ、規制対象域外の東洋システムが工場を移転するのは、製品への放射能付着に対する顧客の疑念、つまり風評被害をかわすためでもある。

募る危機感、復興への意欲

しかし、東洋システムの庄司社長は、地元経済の復興と発展のために「本社はいわき市に残す」と言明する。自身もいわきにとどまるとした上で、「40、50、60歳代が県の土台を作り、やがて若者たちが戻ってこられるようにしたい」と強調した。6月をめどに稼働させる新工場は原発から約250キロ離れた神奈川県相模原市に新設する。

大東銀の鈴木社長は被災した取引先の状況について、「まだ被害額すら想定できていない」とし、今後の復旧・復興には「企業や人の流出を防ぐ対策が必要だ」と危機感を強めている。被災企業を支援する地元金融機関の代表として、自らが県や政府に新たな復興支援策の実施などを要求していく方針を明らかにした。

福島県庁の大島氏によれば、同県では「今月の議会に企業流出を防ぐような補正予算の提出を検討している」という。被災地の経済を復興して震災前以上の活気を持たせるには、銀行や企業の努力だけでなく、県や市町村など地方自治体の後押しが必要だが、どのように企業の県外脱出を食い止めるのか、具体的な内容は明示されていない。

政府は「グランドデザイン」示せ

福島市に本店を構える県内トップの東邦銀行の北村清士頭取(64)は、震災後の対応として「復旧にはスピードが重要」と強調する。「事業再開が遅れれば、企業経営者の意欲が減退する」ためで、政府や県に対しては「早急に復興に向けたグランドデザインやロードマップを示してもらいたい」と要望する。

北村頭取は、地震と津波による被害が中心だった宮城県や岩手県に比べ、「原発問題を抱える福島県は時間がかかる」とみている。東邦銀は9日、震災による貸倒費用の増加で前期(11年3月期)の連結純利益予想を48億円(従来予想66億円)に下方修正した。3県には東邦、大東のほか、七十七、岩手、北日本など複数の地銀が展開している。

菅直人政権は福島第一原発から半径20キロ圏内を「警戒区域」に指定し、4月22日から立ち入り禁止とした。大東銀と福島銀の2店舗や東邦銀の6店舗が営業休止。7万8000人、2万6500世帯を抱える双葉町や大熊町など9市町村の地域経済はほぼマヒ状態となり、影響は周辺地域に広がっている。

相次ぐ赤字転落

宮城県仙台市が本拠で東北最大規模の七十七銀は震災の影響で前期最終損益が300億円の赤字(従来予想は150億円の黒字)に転落したようだとして、公的資金申請の検討開始を発表。一方、東邦銀の北村頭取と大東銀の鈴木社長は、地元経済の復興を最優先し、体力強化のための公的資金申請や他行との経営統合は視野にないと強調した。

ブルームバーグ・データ によれば、大震災発生前の3月10日以降の地銀株の値動きでは、下落率の1位が大東、2位が福島、4位が東邦と福島県に本店を構える3行が上位を占めた。七十七は3位だった。大東銀も黒字予想から赤字に転落する予想を発表した。

ニッセイ基礎研究所の矢嶋康次主任研究員は、被災地の地域金融機関の経営について「政府の支援がなれば東北地方の地銀は厳しい状況に直面するだろう」と指摘する。地銀を支えるには公的資金注入だけでなく、直接、間接的な観点からの「政府の政策が必要で、今後はその中身が注目される」という。

記事に関する記者への問い合わせ先:東京 河元 伸吾 Shingo Kawamoto skawamoto2@bloomberg.net東京 佐藤茂   Shigeru Sato ssato10@bloomberg.net

記事に関するエディターへの問い合わせ先:大久保 義人 Yoshito Okubo yokubo1@bloomberg.netChitra Somayaji csomayaji@bloomberg.net

更新日時: 2011/05/12 11:45 JST

 
 
 
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