余録:「米国大統領をめぐる偽情報」「金融市場の混乱」…
毎日新聞 2013年04月25日 00時36分
「米国大統領をめぐる偽情報」「金融市場の混乱」「AP通信配信記事の捏造(ねつぞう)」の三題噺(さんだいばなし)といえば、南北戦争の最中にもあった。でっち上げられたリンカーン大統領の偽声明がAPの記事を装って配信され、金融市場の混乱を招いたのである▲犯人はニューヨークの新聞の幹部らで、偽の大統領声明では40万人の追加徴兵をうたっていた。彼らは金の高騰を狙って虚報を仕掛け、新聞各紙の締め切り間際に偽原稿を届ける手のこみようだった。狙い通りに相場は動いたが、ほどなく悪事が露見して逮捕される▲偽情報には激怒したリンカーンだったが、実はひそかに30万の追加徴兵を決めていた彼にとって騒ぎは渡りに船となった。市場の混乱や国民の反応を見定めて本物の大統領声明が出されたのは約2カ月後だった(C・シファキス著「詐欺とペテンの大百科」青土社)▲さて今回、三つのお題をつないだのはツイッターである。ホワイトハウスでの爆発によりオバマ大統領が負傷したという偽情報がAP通信のツイッターから配信され、株式市場の一時急落をもたらしたのである。何者かによってAPのアカウントが乗っ取られたのだ▲その後「シリア電子軍」を名乗る犯行声明があった。こちらは過去にも欧米やアラブ系の通信社やテレビ局のツイッターのハッキングを重ねてきた連中のようだ。相場操作の意図のほどは分からないが、現在の市場のコンピューターによる自動売買が混乱を増幅した▲悪意ある虚報には何とも脆弱(ぜいじゃく)なネット社会である。そのなかで信頼される情報を送り出すメディアの責任は重い。改めてそれを痛感した当世の三題噺だ。