花   の   降   る   午   後




捲簾の好みをよく知らない。
なので、時々驚く。

桜が好きかと思えば、薔薇のほうが最近は好きだと言う。
「桜がなんで綺麗かと思ったら、桜以外の何にでも見えるからだろ。ほら雪とか雲とか見たいもんに見えるじゃん。薔薇は薔薇にしか見えねえし派手すぎて嫌味で棘はあるし、買うと高いしよ」
「……だから好きなんですか?」
「おめえみたいじゃん」
買う?

黒が好きかと思えば、赤が好きだと言う。
「黒は色じゃねえよ」
「そりゃそうですけど」
「目えつぶってみ」
逆らうのも面倒なので目を瞑る。
「…何ですか、コレが」
「簡単すぎる」

つくづく思うに、この男には万物への判断基準が好きか嫌いかのどちらかしかなく、その好きか嫌いか自体の判断基準はまったく不明だ。
「悟空は?」
「ああ、好きよ。おもしれーじゃん、チビのくせに強ぇし」
「金蝉は?」
「好き好き。おもしれーじゃん、弱いし」
「傲…」
「あー偉い奴はダメ」
「天帝なんか相当面白いとおもいますけどね、馬鹿丸出しで」
「偉い奴が好きな奴なんかいるか?」

こういうどうでもいい会話は、お互い話の行きつく先がどうでもいいのでどうでもいいシチュエーションでする。天帝の演説中だとか、金蝉の部屋に遊びに行ったはいいが悟空ごと留守で、本もなければ灰皿もない時だとか、これといって理由もないのにふたりとも眠れなくて、どこをひっくり返しても話す相手がお互いしかいないのに話すことがない時だとか。
…まあ。
仕事以外で、この男と話すことなど特にない。
興味がないのですぐに忘れて、結果また同じ話を蒸し返す。
捲簾は捲簾で、そんな会話をしたことすらきれいさっぱり忘れているのかその振りなのか、同じような返事を返す。
気を抜いたら、何か決定的に重大な結論に行き着いてしまいそうで、でも完全に離れてしまうのも怖くて、結果「好き嫌い」の話。
遠回りし続けても話を止めない限り、いつかどこかに辿り着くのが世の摂理。
だから時々巻き戻す。

「…悟空は?」
「好きだなー。見てて飽きねーじゃん」
「じゃあ金蝉は?」
「んー…」

何時間も何日も延々と。
「放り投げてもちゃんと立つから」犬より猫が好きなんだそうだ。
「柔らかくて冷たいから」男より女が好きなんだそうだ。
そんなことはどうでもいい。捲簾と違って好き嫌いがさほどない僕にとって、大概のことはどうでもいい。

「卵は固ゆでですか、半熟ですか」
「…なんか、どーでもいい度が増してんな」
「どーでもいいですもん」
「おまえ好き嫌いねえしな」
「ありますよ。言わないだけで」

窓の外で桜吹雪が起こった。
地面から吹き上げられた白い塊が、空気の層と層の隙間をもの凄い早さで流れていく。

「…桜は見たいものに見えるって言いましたっけ貴方。何に見えます?あれ」
「水」
「僕は煙ですね」
「水に流そうってこったな」
「煙に巻かれろってことですか」

どうでもいい話が途切れたら問いつめてしまいそうだ。
あのたった一度のキスの意味、とか。
聞きたいのはひとつだけ。
どうでもよくないのもひとつだけ。
好きなのも嫌いなのも貴方だけ。



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