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微小重力実験の基礎  

I.理論編

3. 気-液界面張力

 3.1 表面張力と濡れ
 3.2 液体の自由表面の平衡形状
 3.3 軸対称自由表面形状
 3.4 無重力下での軸対称自由表面形状
 3.5 地上での軸対称自由表面形状
 3.6 無重力下の回転軸対称自由表面形状
 3.7 重力下の回転液体の軸対称自由表面形状
 3.8 二次元自由表面形状
 3.9 小振幅の乱れ
 3.10 微小な乱れの解法
 3.11 ジェットの分裂、滴化
 3.12 液柱の安定性
参考文献


3. 気-液界面張力

 地上においては、重力の影響が大きいため、観察される諸現象、特に物体の変形や運動を伴う現象の多くは重力によって支配される。密度の異なる2流体が浮力・沈降により上下に分離すること、上下2つの円板間に大きな液柱を形成できないこと、流体中に不均一な温度場が存在すると浮力対流が発生することなどが、その例として挙げられる。ところが、微小重力環境下においては、重力の効果が弱くなるため、地上では覆い隠されていた他の比較的弱い力の効果が顕在化してくる。すなわち、表面張力や濡れなどの現象が微小重力環境下では明確となる。また、対流現象においても、気液あるいは液液界面間の界面張力に起因するマランゴニ対流など、地上では重力の効果により観察されにくかった現象が顕在化する。この章では、微小重力環境下での界面現象を理解するための基礎として、表面張力、濡れ性、さらには気液自由表面の平衡形状とその安定性について述べる。



3.1 表面張力と濡れ
     

 液体にはすべて自由表面の面積をできるだけ縮小しようとする力が働いている。この力を表面張力とよぶ。表面張力の発生原因は、液体分子間に働く短距離ファンデルワールス力により説明することができる。すなわち、図3.1のように液体内部にある分子は統計的にすべての方向へ等しい大きさの力を受けるが、気/液界面にある分子は不均衡な力を受ける。したがって、液面近くに存在する分子どうしには互いに引き合う凝集力が発生することになる。液体の表面張力は、液面1 m当りに働く直角方向の力で、単位はN/mで表される。例えば、水の表面張力は0.0723 N/m (at 20 ℃)、エタノールは0.0223 N/m (at 20 ℃)である。
 表面張力は熱力学的には、表面を単位面積だけ拡げるのに要する仕事と定義できる。いま、図3.2のように金属線の枠に張った液体膜を考える。膜は表裏2枚あり、その表面張力を とすると、表面の縮もうとする力 に逆らって距離 だけ動かすために必要な仕事 は,

           (3.1)

である。ここで、全膜面積を とすると、 であるから、式(3.1)は

             (3.2)

となり、これを変形すると

              (3.3)

となる。式(3.3)の右辺は単位面積当たりの仕事量となる。仕事量は自由エネルギー変化 であるから、 であり、さらに式(3.3)を積分すると次式が得られる。

               (3.4)

これが、表面張力を表面自由エネルギーとも呼ぶ所以である。表面を新しく作るとき、余分の自由エネルギーが表面に蓄えられ、その表面を維持しているとみることができる。
 熱力学的平衡状態は、系の全エネルギーが最小である状態として定義される。単位体積当たりの表面積が最小になる形状は球であるから、系に何ら外力が作用しない状態では液体は球形状になろうとする。微小な液滴や気泡あるいは微小重力環境下で、液体が球となるのはこのためである。
一般に液体の表面張力は温度 が上昇すると低下する。表面張力の温度変化は次式の経験式に従う。

         (3.5)

ここで、 Tcrは臨界温度、C は液体の種類に依存し実験的に決定される定数である。
 一方、溶液の表面張力は、溶質分子の表面への吸着現象に影響を受けるため、溶質の種類によりその濃度変化が異なる。水溶液の表面張力の溶質濃度依存性は、図3.3に示すように、濃度の増加とともに表面張力が減少する場合とわずかに増加する場合に大別することができる。前者のように、濃度増加によって表面張力が低下する現象を界面活性といい、この場合の溶質を界面活性物質という。特に、曲線(a)のように、表面張力の低下が顕著で、−C 曲線に折れ曲がりが生じるような溶質を界面活性剤という。界面活性物質には、脂肪酸あるいはアルコールなどのように、極性の-COOH基あるいは-OH基といった親水基と非極性基である炭化水素鎖を持った両親媒性分子が相当する。
一方、濃度とともに表面張力を増加させる溶質には、NaCl などのような無機電解質がある。なお、表面における吸着の程度は、平衡状態における溶質濃度 と表面における溶質濃度の過剰量(吸着量) との関係を示す次式のGibbsの吸着式から、表面張力 のデータを用いて計算することができる。

          (3.6)

ここで、 Rは気体定数を表わす。式(3.6)において、界面活性物質のように表面張力が溶質濃度と共に減少する、すなわち (d /d C) < 0 となる場合は > 0 となり、溶質は表面にあつまる傾向があり、いわゆる吸着が起こる(正吸着という)。一方、 (d /d C) > 0となる溶質は < 0 となり、溶質は表面から内部に押し出される傾向となる(負吸着という)。
濡れは、固体と気体の界面が固体と液体の界面で置き換ることと定義される。いま、図3.4のように固体表面上に液滴を滴下した場合を考える。
  この状態で、固/液、固/気、気/液それぞれの界面上の長さ の表面要素には、次の3つの力が作用する。

, ,  (3.7)

ここで、重力が無視でき、界面が平衡にあるとき、これらの力の間には次式の関係が成立する。

              (3.8)

式(3.8)中 は、図3.4に示すように固液接触点から固体の垂直面上に引いた接線がなす角度であり、接触角とよばれる。式(3.8)に式(3.7)の力の値を代入すると、ヤングの式とよばれる次式を得る。

           (3.9)

もし、表面張力の値が次式に従うならば、

                   (3.10)

の値は0となり、液体は固体表面上を液膜状に拡がることになる。この状態は完全濡れとよばれ、液体水素、液体窒素あるいは液体酸素のような極低温液体の濡れにおいてみられる。これに対して、

                    (3.11)

ならば   = となり、固体面は全く濡れないことになる。一方、パラフィン上の水の は106°〜109°の範囲にあり、またテフロン上の水の は約112°であり、接触角が の範囲となるが、一般的には  > /2の場合を濡れにくい、 < /2 の場合を濡れ易いと考える。
 濡れの評価をする別な指標として臨界表面張力 cがある。 cは以下の方法で求めることができる。すなわち、図3.5のように、ある固体表面への接触角を、表面張力が徐々に変化する同族体化合物液体(表面張力: )を用いて測定し、cos のプロットをする。

 このプロットを結ぶ直線を外挿し、 cos=1 の水平線との交点の をもってその固体表面の臨界表面張力とする。ある cの固体に対して、c より低い表面張力値を持つ液体は良く濡れて = 0となるが、>c の液体は >0 となる。すなわち、c の値の低い固体ほど濡れにくい固体であるということになる。テフロンの臨界表面張力は18.5 mN/mで、最も濡れにくいプラスッチクである。また、炭化水素の水素をフッ素で置換すると濡れにくくなり、塩素で置換すると濡れ易くなる。
 現在、表面張力や接触角を計算する理論はないので、これらの値は実験的に求める必要がある。液体の表面張力の測定法としては、リング法、吊り板法、あるいは滴重法などがある。リング法は、液面に金属のリングを接触させ、このリングを吊り上げ、液面から離れるときの力 をねじり秤で読み、次式の関係から表面張力を求めるものである。

                 (3.12)

ここで、r はリング半径、β は補正係数である。
 吊り板法は、リングの代わりに、図3.6のようなガラスなどの薄い板を吊るし、これを液に浸す。このとき、正方形の板の一辺の長さをl 、板の厚さをd 、板の質量を mとして得られる次式を用いて表面張力を求める方法である。

           (3.13)

ただし、液体と板との接触角は0とする。
一方、滴重法あるいは滴容法は、外側の半径がr のノズルの先端からゆっくりと滴を落下させ、そのときの滴の質量 mまたは体積V を測ることによって、次式より表面張力を求める方法である。

         (3.14)

ここで、 は液体の密度である。通常、液滴全体が落下するのではなく、その一部がノズル先端に残る。これを補正するために、補正係数 が用いられる。
 表面張力あるいは濡れに関しては、界面化学に関連する多くの成書に詳しく記述されている(1-4)



3.2 液体の自由表面の平衡形状

 地上で観察される液体の表面形状は、ほぼ重力により決定される。しかし、重力の効果が弱い微小重力環境下での表面形状は、液体に働く力が表面張力だけの場合は球となるが、遠心力、静電気力、電磁力、音場による圧力など、表面張力以外の力が液体に作用すると、それぞれの力に応じて球から変形する。例えば、微小重力下において音波浮遊装置により液滴に音場による力を作用させると、その平衡形状は楕円体となる。さらに、容器内の液体の表面形状は、外力の作用だけではなく、容器形状あるいは液体と容器壁との濡れ性に影響される。このように微小重力環境下では条件によって様々な液体の表面形状が観察される可能性があり、実験を行う上で表面形状を予測することは極めて重要である。
本節以降では、液体表面の平衡形状の推算法を、文献4)を参考にして説明する。対象は一定の体積力 が作用する容器内の液体表面であり、体積力としては重力と回転による遠心力だけを考える。
 いま、図3.7のように二つの曲率半径 および で表現される曲面を考える。このとき、面の外側が液体、内部が気体とする。この面を外側に微小距離 移動させることによる面の面積変化 は、

 (3.15)

で近似される。この過程に必要な仕事は、液体の表面張力をとすれば ∆Sである。一方、液面内部の気体はこの液面移動に伴う膨張により圧力がpだけ低下する。このときの気体の仕事量は pxydzであり、この2つの仕事が釣り合って、

        (3.16)

となる。三角形の相似の法則から、

    (3.17)

となり、いわゆるYoung-Laplaceの式が得られる。ここで、pg は気体内圧力、 pは液体内圧力である。気体内圧力pg は、通常一定として扱われる。一方、液体内圧力 p は液体内に運動が無いものとして以下のようにして導出できる。
 非圧縮性流体に関するNavier-Stokesの方程式は次式で与えられる。

    (3.18)

 ここで、 及び t は速度ベクトル及び時間であり、 及びは液体の密度及び粘度である。いま、液体は静止しているから、式(3.18)中 はいずれの場所でも0となり、静水圧に関する次式が得られる。

                  (3.19)

 もし、体積力が既知で積分可能であれば、液体内の圧力分布は、式(3.19)を積分することにより求めることができる。
 いま、体積力 がポテンシャル関数 を用いて、次式のように表すことができるとすると、

                 (3.20)

式(3.19)は容易に積分することができ、その結果液体内の圧力p はポテンシャル関数 により以下のように与えられる。

                (3.21)

ここで、 c は積分定数である。なお、全ての体積力が式(3.20)のように表現できるわけではないが、ここで対象とする重力あるいは遠心力については、次式のポテンシャル関数を用いて考慮することができる。

             (3.22)

ここで、 は角速度、 r は回転軸から引いた垂線の長さを表わす。
 式(3.17)のp に式(3.21)を代入すると、

        (3.23)

を得る。 式(3.23)が液体の平衡表面形状に関する支配微分方程式であり、表面形状は液体に作用する体積力と表面張力により決定されることを示している。なお、境界条件として、固体すなわち容器壁、液体及び気体が接触する3相接触線上において、Youngの式

          (3.24)

が満足されなければならない。加えて、液体の自由表面形状を解く場合には、対象としている液体の体積が一定という拘束条件を課す場合が多い。
 式(3.23)により、具体的に表面形状を求めるためには、曲率半径RとR2 を解析に使用する座表系に応じて与える必要がある。表面形状は、表面に対する法線及び接線ベクトルにより表すことができる。例えば、直交座標系において、表面が関数 S=f (x,y)により表現できるものとすると、 RとR2f により次式のように与えられる。

    (3.25)

ここで、∇f は関数 f の勾配であり、 (∇・)はベクトルの発散を示す。また、式(3.25)中の符号は、自由表面に対する単位法線ベクトルが液体から気体に向かう場合に正となる。式(3.25)を式(3.23)に代入すると、f に関する偏微分方程式

    (3.26)

が得られるから、これを解くことにより表面f が求まる。
 容器内の液体の表面形状を求めるためには、液体の入っている容器壁の形状を定義する必要がある。いま、容器壁面が関数 で与えられると仮定する。

               (3.27)

ここで、 は容器内部で>0 、壁面上では|∇|≠0 となるスカラー関数である。自由表面は容器内にあるから、

            (3.28)

となり、自由表面と容器壁が接する3相接触線上では、もちろん

           (3.29)

となる。式(3.29)は、接触角 の方向余弦が、図3.8のように自由表面に対する法線ベクトル と容器壁面に対する法線ベクトル の内積により、

              (3.30)

と表されることから具体的に導くことができ、直交座標系においては次式となる。

 (3.31)

ここで、式(3.31)中の符号は、液体がz 軸に対して表面 Sの上にあるか下にあるかによって異なる。
 自由表面形状に関する以上の支配方程式と境界条件は非線形である。従って、特別な場合を除いて解析的に解くことはできず、数値解析に頼らざるを得ない。
 式(3.22)のポテンシャル関数 を式(3.26)に代入すると、体積力として重力と遠心力を考慮した場合の液体の自由表面に関する偏微分方程式、

          (3.32)

が得られる。いま、式(3.32)を代表長さ Lで無次元化すると、次式の自由表面に関する無次元支配方程式が得られる。

            (3.33)

ここで、B 0 及び R 0 は次式で定義されるボンド数及びrotation numberであり、それぞれ重力及び遠心力に対する表面張力の比を表わす無次元数である。

                  (3.34)

 式(3.23)のYoung-Laplace式は、液体の自由表面における力のバランス式である。一方、熱力学的平衡状態が、系の全エネルギーを最小にする状態として定義できることを考えると、自由表面の平衡形状は、系の全自由エネルギーを最小にする解であることがわかる。液体に働く力が表面張力 だけの場合は、系の全自由エネルギーは表面エネルギー s であり、これを最小にする形状が球であることは、すでに3.1において述べた。
 いま、容器内の液体に関して、体積力として重力及び回転による遠心力だけが作用する場合、系の全自由エネルギーPE は、式(3.22)のポテンシャル関数を用いて、

             (3.35)

と与えることができる。式(3.35)式の第一項は液体の表面エネルギーを、第二項は液体の容器壁に対する付着エネルギーを、第三項は重力と回転によるポテンシャルエネルギーである。ここで、 Sは液体の全表面積、 Slsは容器壁の濡れ面積、 Vは液体の全体積である。付着エネルギーは、Youngの式(3.24)により、接触角 を用いて以下のように書替えることができる。

              (3.36)

平衡条件は系の全自由エネルギーが極値を持つことであり、これは式(3.35)を汎関数とする変分問題である。すなわち、汎関数 PE の第1変分 PE が、

                   (3.37)

を満足する解が平衡表面形状となる。この平衡形状は、汎関数PE に対するEulerの方程式を満足しなければならない。このEulerの方程式が、式(3.23)のYoung-Laplaceの式である。なお、式(3.36)からは、極値が最小であるか、最大であるかは判断できない。すなわち、得られた平衡形状が安定であるか否かは、さらに PE の第2変分の値が正、

                   (3.38)

となる条件が必要になる。



3.3 軸対称自由表面形状


 式(3.26)を式(3.30)の境界条件のもとで解くことにより、容器内の液体の任意の自由表面形状を求めることができる。しかし、実際に我々が観察する液体の表面形状は軸対称形である場合が多い。円筒あるいは球状容器内の液体、2枚の円板間に挟まれた液柱、あるいはノズルから懸垂する液滴の表面形状などがその例である。ここでは、軸対称自由表面の平衡形状に関する支配方程式及び境界条件について考える。
 軸対称問題を数学的に取り扱う場合、通常円筒座表が使用される。このときz軸が対称軸となる。軸対称自由表面は、図3.9に示すように、一定の面と自由表面との交線により形成される曲線により定義される。ここで、表面に沿って任意の点、例えばと中心軸との交点から測った曲線の長さをとすると、上の座標は、及びのようにの関数として表すことができる。したがって、軸対称形状における曲率は、

  (3.39)

と与えられる。ここで、図3.9のように、s の増加する方向に対して液体が左にある場合、式(3.47)中の符合は + となる。さらに、 軸と曲線の長さ とのなす角を β=β(s)とすると、

            (3.40)

となるから、式(3.47)は以下の微分方程式に変形することができる。

     (3.41)

従って、軸対称自由表面形状に関する支配方程式は、式(3.2.9)に式(3.42)を代入することにより得られる次式となる。

               (3.42)

 式(3.40)をs について微分すると、次の関係式が得られるから、

           (3.43)

式(3.42)は、さらに r 及び s に関する以下の2つの微分方程式に分けることができる。

         (3.44)

           (3.45)

従って、 r と z に関する式(3.44)及び式(3.45)を同時に解くことにより、平衡形状を表す曲線 の座標を決定することができる。なお、解は次式の形状に関する拘束条件を満たす必要がある。

                  (3.46)

いま、体積力として重力及び回転による遠心力を考慮するために、式(3.2.8)で与えられるポテンシャル関数 を式(3.44)及び式(3.45)に代入すると、

      (3.47)

       (3.48)

となる。ここで、

     (3.49)

である。
式(3.47)と式(3.48)は、以下の4つの初期条件のもとで、r と z に関して解く初期値問題である。

 (3.50)

ここで、s = 0 は、 z 軸と曲線 l との交点、すなわち r = 0 の点とした。
 いま、式(3.49)のパラメータを用いると、平均曲率は次式のように表すことができるので、

               (3.51)

z 軸と曲線 l との交点の座標、r=0 , z=0 を代入すると、

  (3.52)

となる。すなわち、軸対称系において、 kは対称軸 r = 0 での液体表面の平均曲率であることがわかる。ここで、R(0) は対称軸における表面の曲率半径である。
 軸対称自由表面形状に関する問題を完全に記述するためには、式(3.47), 式(3.48)及び式(3.50)に加えて、液体の体積が一定という拘束条件が必要となる。いま、図3.10に示すような容器内の液体に関して、z 軸について ( r , z ) 面を回転させて得られる液体の体積 は、

                (3.53)

となる。ここで 1,2 は 図3.10 から

          (3.54)

と求めることができ、またR は容器壁面の r=R(z) 座標を示す。
 さらに、 が、図3.10に示すように接触点Aでの容器壁に対する接線と r 軸とがなす角とし、接触角 が液体の体積同様に既知とするならば、自由表面の平衡形状を求める問題は、以下の拘束条件のもとで解くことになる。

         (3.55a,b)

以上より、軸対称自由表面形状は、式(3.50)及び式(3.55)の初期条件及び拘束条件のもとで、式(3.48)と式(3.48)を積分することにより求めることができる。これら微分方程式は非線形であり、解析解は非常に限られた条件に対してのみ存在する。その一例が、無重力下での非回転容器内の液体表面形状である。それ以外の条件においては、数値解析を行わなければならない。       



3.4 無重力下での軸対称自由表面形状

 式(3.62)及び式(3.63)は、b = 0 及び = 0 、すなわち無重力下で回転を伴わない場合は、解析的に解くことができる。このとき、自由表面形状に関する支配方程式は、次式のようになる。

              (3.56)

                (3.57)

 式(3.57)を積分し、式(3.3.12)の初期条件を適用すると、次式となる。

                         (3.58)

これを式(3.56)に代入すると、以下の方程式が得られる。

                     (3.59)

式(3.59)は容易に積分することができ、式(3.3.12)の初期条件を適用すると、r(s) に関する次式を得る。

                      (3.60)

同様に、 z(s)に関する解は、

                   (3.61)

となる。従って、 r > 0 における自由表面の形状は、中心が点 (0,2/k)、半径 2/k の円の一部となる。なお、詳細は省略するが、平衡形状の安定性の解析によると、得られた表面形状は安定であり、このような形状は実現可能であることがわかった。すなわち、無重力環境下における軸対称自由表面形状は、球面の一部となる。
式(3.60)及び式(3.61)を用いると、容器壁と自由表面の交点も、以下のβ(k,s) と1(k,s) に関する解析解から決定することができる。

                   (3.62)

   (3.63)

従って、接触角 と液体積 が与えられたときの平衡形状は、式(3.3.17a)と式(3.3.17b)の拘束条件に式(3.62)及び式(3.63)の βと を適用することにより決定することができる。
 いま、座標原点を容器の底にとり、容器壁面の形状が R=R(z) で表現できるものとすると、 β と は次式により与えられる。

               (3.64)

 (3.65)

ここで、 Aは容器壁と液表面との接触点である。従って、容器壁面の形状関数 R(z) 、接触角 及び液体の体積 を与えると、式(3.64)及び式(3.65)からβA とzA の値、さらには rA=R(zA)と k1=(2sinβA)/rAの値を決定することができ、結果として表面の平衡形状が得られる。図3.11(a)〜(d)に様々な形状の容器について無重力下での液体の自由表面形状を示した。

それぞれの βA とzA の値は以下のとおりである。ただし、(d)の球状容器内の液体については、式(3.72)及び式(3.73)を解くことにより、βA , Aを求めなければならない。

(a)

                            (3.66) 

     (3.67)

(b)

               (3.68)

 (3.69)

(c)

                                (3.70)

             (3.71)

(d)

                                 (3.72)   

  (3.73)

 



3.5 地上での軸対称自由表面形状


 ここでは、重力下での液体の自由表面形状を考える。ただし、回転はないものとする。この場合、式(3.47)と式(3.48)において、b≠0 及び =0であるから、自由表面形状に関する支配方程式は以下のようになる。 

                 (3.74)

                  (3.75)

いま、式(3.74)及び式(3.75)を無次元化するに当たり、b が L-2 の次元を有することから、代表長さとして 1/√b を用いると、以下の無次元変数を定義することができる。

  (3.76)

これらの無次元変数を用いると、式(3.74)及び式(3.75)は次式となる。

                (3.77)

                  (3.78)

ここで、b = g/ であるから、 bは重力ベクトルの方向に依存して、正負いずれかの値をとる。すなわち、無次元方程式において、 b>0のとき = 1 であり、 b<0のときは = -1 となる。また、初期条件の無次元型は、以下のようになる。 

      (3.79)

また、式(3.78)に xを掛け、対称軸から容器壁にわたって積分すると最終的に次式の拘束条件を得る。

              (3.80)

ここで、V1=/|b|3/2 は無次元体積である。
式(3.77)及び式(3.78)は、非線形連立常微分方程式であるから、解を求めるためには数値的に解かなくてはならない。この問題は、式(3.79)を初期条件とする初期値問題であるから、予測子-修正子法やルンゲ・クッタ法などの数値積分法が使用できる。すなわち、 t=0での値を初期値とし、 tが増加する方向に数値的に積分を進めていく必要がある。
 しかし、式(3.79)の初期条件に対し、式(3.77)及び式(3.78)は、t=0 で特異となる。そこで、 では以下の漸近解を使用した。

    (3.81)

すなわち、t=0 の点から式(3.77)及び式(3.78)を積分する際には、式(3.81)で与えられる漸近解を初期条件を規定するために用いることになる。なおその後は、通常の積分操作が進められる。
なお、式(3.77)と式(3.78)が、以下の座標変換に対して不変であることから、

                    (3.82)

 q の値の正負により、自由表面形状は 軸に対して反転することがわかる。この性質から、q>0 の表面形状だけを求めれば十分であり、これら反転対称にある2つの解は、図3.12に示すように、それぞれ液体と気体が置き換わり、接触角が互いの補角となる関係にある。

 図3.13に2つ のqの値に関する平衡形状を示す。すなわち、それぞれの qについて、 t=0 から式(3.77)及び(3.78)を t に関して積分していった結果である。いずれも = 1 の場合である。形状の安定性の解析によると、実線は安定解で、破線は不安定解である。すなわち、実際の自由表面形状を考える場合、実線の部分だけに意味があることになる。なお、実線の安定解は、その終点(x,y) において、dx/dt=-1及び dy/dt=0を満たしている。
 さて、式(3.52)より、 qは対称軸 r=0での液体表面の無次元平均曲率であるから、本来与えられた条件、すなわち接触角 、液体積V及び容器形状に関する に対して表面形状とともに一義的に定まるものである。すなわち、表面形状を求める問題において、 qは解析のパラメータではなく、解の一つとなる。
 この種の非線形問題を数値的に解く手法が、これまで数多く開発されてきた。いずれも繰り返し法であり、そのうちの1つを以下に示す。

いま、容器壁面と自由表面との交点Aの座標を(xA , yA) と仮定する。このとき、拘束条件式(3.3.17)を考慮し、式(3.80)をq に関して解くと、

        (3.83)

となる。もし、仮定した(xA , yA) の値が正しければ、式(3.83)のqA の値を用いて、次式の初期条件のもと、

  (3.84)

 点Aから対称軸まで式(3.77)及び式(3.78)を積分し得られる結果は、この問題に対する真の表面形状を与える。ここで、この正解は式(3.79)の x=0での条件を満足しなけらばならない。一方、仮定した qの値が正しくなければ、積分の結果は、図3.14のA1〜A3に示すような対称軸と交差することのない解を与える。

 具体的な解析手順は以下のとおりである。容器壁面上にある程度離れた2つの接触点A1 (x, y), A2(x2 , y2)を選択する。式(3.83)から得られるq1 、q2 を用い、式(3.77)及び式(3.78)を積分し、2つの表面形状を求める。このとき、いずれの表面も同じ方向にUターンするならば、新たに点A1あるいは点A2を選び、図3.14のように2つの表面の進行方向が逆となるようにする。次に、この2つの接触点A1, A2の間に、新しい接触点A3, A4を選び、再び2つの表面形状が逆方向に向かうようくり返す。この操作を、2つの接触点の間隔を狭くしていくことにより正しい表面形状が見つかるまで繰り返す。ここで、正しい表面形状とは、対称軸で |dy/dt| < の条件を満たすことである。なお、このようにして得られたqA を用い、初期条件式(3.79)のもと、再度式(3.77)及び式(3.79)を積分して、最終的な表面形状を得る。
 図3.14の接触点Aに相当する表面形状は、長軸、短軸が各々100 cm、50 cmの回転楕円体容器に、密度1 g/cm3、表面張力49.05 dyn/cmの液体を全容器体積の10% 満たしたときの液体の自由表面形状である。このとき、容器と液体との接触角は30°とした。液体の接触点の値は、yA=0.9092 、xA=1.2695、容器の底から対称軸に沿って測った液体の高さy0 は、0.514(13.53 cm)である。
容器内の液体の表面形状に関する別な解析例として、図3.15に円筒容器内の液体の自由表面形状の計算結果を示す。
ここで、Bo=gr02/=br02 はボンド数であるが、定義から円筒容器の無次元半径の2乗ともいえる。また、液体と容器壁との接触角は30°である。

 これまでは、地上での液体の軸対称表面形状を求める方法として、Young-Laplace式を初期値問題として数値的に解く方法について述べた。しかし、この初期値問題は、3.2節で述べたように系のポテンシャルエネルギーに基づく変分問題として表面形状を解くことと等価である。ここでは、図3.16に示すような平板からの懸垂液滴の表面形状を対象とし、ポテンシャルエネルギーに基づく変分問題として数値的に解く方法について説明する(5)

 懸垂液滴の総ポテンシャルエネルギー PE は、図3.16のような曲座標系 においては次式により与えられる。            

   (3.85)

右辺第1項は気液表面エネルギー、第2項は重力に基づくポテンシャルエネルギー、そして第3項は固液界面の有するエネルギーである。ここで、(sl - sg) は付着張力であり、接触角 を用いてYoungの式により以下のように評価される。

                      (3.86)

また、液滴の体積 は一定で、次式により与えられる。

                   (3.87)

したがって、接触角が のときの液滴の平行形状 R=R() は、式(3.87)の拘束条件のもと、ポテンシャルエネルギー PEを極値にする解として求められる。これは、次式の有効ポテンシャルエネルギー Fを極値にすることと等価である。

   (3.88)

ここで、 KはLagrangian乗数である。
なお、式(3.88)においては、接触角 に対して液滴の接触半径 Rcが未知数として求められるが、一定径のノズルに懸垂している液滴のように接触半径が固定されている場合には、式(3.85)中の第3項を削除し、境界条件

at                          (3.89)

のもとで式(3.88)を極値にする解を求めることになる。
 式(3.88)を極値ならしめるための必要条件は、F の第1変分 F がゼロとなることである。いま、式(3.85)あるいは式(3.88)中の液滴形状 R及びK が、

                  (3.90)

のように表されると仮定すると、F が極値となる必要条件は次式となる。

                       (3.91)

ここで、添字0は平衡値を、また添字1は変動値を示す。この問題は、典型的な変分問題であり、式(3.91)から得られるEulerの方程式が、Young-Laplace式となり、Lagrane乗数が kとなる。また、式(3.85)より接触角に関する境界条件が得られる。
 式(3.91)を満たす解を求めるためには、有限要素法のような数値解析を使用する。有限要素法では、まず区間 0≦/2を N個の1次元要素に分割し、R0 , R1 を内挿関数 i を用いて

                 (3.92)

のように近似する。これを、式(3.91)に代入して得られるR0i に関する非線形代数方程式を解くことにより、界面形状を求めることができる。図3.17に、解析結果の一例として体積の異なる水滴の平衡形状を示した。

 いずれの平衡形状に関する問題においても、式(3.91)は有効ポテンシャルエネルギー Fを極値ならしめるための必要条件にすぎず、平衡形状の安定性の条件としては不十分である。形状の安定性を調べるためには、任意の形状変動を加えたときに、系のポテンシャルエネルギーが増加するか、減少するかを調べる必要がある。全ての形状変動に対して液滴のポテンシャルエネルギーが増加する、すなわちそのときのポテンシャルエネルギーが極小値であれば、表面形状は安定である。従って、平衡形状が安定であるためには、全ての形状変動に対して、以下の不等式を満足する必要がある。

                          (3.93)

ここで、 2Fは液滴の有効ポテンシャル Fの第2変分をさす。なお、形状変動R1() により液滴体積 が変わることはないから、 は次式を満足する変動である。

           (3.94)

詳細は文献(5)にゆずるが、式(3.93)の安定性の条件は固有値問題に帰着する。ここで、全ての固有値が正であれば、2F は式(3.93)を満足することになる。従って、全ての固有値の符合を調べることにより形状安定性を判断できることになる。
 図3.18は、2枚の円板間に挟まれた液柱の安定性に関する解析結果である。ここで、液柱の体積 Vと長さLの安定限界が、ボンド数Bo と下の板と表面がなす角度 をパラメータとして示されている。太い実線の内側が液柱が安定に存在することができる範囲を示している。



3.6 無重力下の回転軸対称自由表面形状

 剛体回転している液体の自由表面形状は、式(3.47)及び式(3.48)において、 を考慮することにより求めることができる。なお、ここでは重力の影響はないものとし、 b=0の場合を考える。自由表面形状に関する支配方程式は次式のようになる。

        (3.95)

          (3.96)

 いま、代表長さとして -1/3 を使用し、無次元変数

   (3.97)

を用いて式(3.95)及び式(3.96)を無次元化すると、次式が得られる。

        (3.97)

          (3.98)

同様に、初期条件式(3.3.12)を無次元化すると、

 (3.99)

となる。
 式(3.97)及び式(3.98)は、その性質から、|dy/dt|=1 (dx/dt=0 )となる t=tc において、y=y(tc) 面に対し互いに反転対称性となる2つの解が存在することを示している。従って、式(3.97)及び式(3.98)を積分して得られる自由表面形状は、その曲率の方向に依存して、気泡あるいは液滴のように閉じた解となる場合がある。
回転軸対称自由表面形状は、3.5節と同様に、初期条件式(3.99)を用いて、式(3.97)及び式(3.98)を数値的に積分することにより求めることができる。なお、前節同様、式(3.97)及び式(3.98)は t=0で特異性を示すため、積分に当っては以下の漸近解が必要となる。

 (3.100)

 図3.19に、 -4.0 < q < 4.0 の範囲における自由表面形状を示す。しかし、実際には、 q の値は接触角 、液体積V 及び容器壁形状 に依存し、表面形状とともに解のひとつとして、前節で述べたような数値解法により決定されなければならない。
 無重力下の回転液体においては、容器内にあるにもかかわらず、液体表面が全く容器壁面と接触しない場合が存在する。このような解の一つは、いわゆる容器内の回転気泡であり、図3.19からこのような気泡は q > 3/21/3 のときに存在することがわかる。一方、 q< 3/21/3 の範囲では、表面はその中に液体を包み込むことになり、いわゆる容器内の回転液滴となる。

 


3.7 重力下の回転液体の軸対称自由表面形状

 ここでは、式(3.47)及び式(3.48)の完全形、すなわち重力下の回転軸対称表面形状に関する問題を扱う。数値積分を行うに当って、これまで同様に、 で特異となるから、 s=0 近傍においてのみ適用可能である r と z に関する漸近解を用いて、積分を始める必要がある。ここで、漸近解は次式となる。

  (3.101)

 さて、式(3.47)及び式(3.48)を解くに当たり、これまで同様に支配方程式を無次元化する。ここでは、代表長さとして、容器の半径のようないわゆる物理的長さ Lを用いる。すると、自由表面に関する支配方程式は

  (3.102)

   (3.103)

となる。ここで、 Bo = gL2/ はボンド数、Ro = 2L3/ はrotation numberである。従って、与えられたBo、Ro に関して、初期条件、

      (3.104)

のもと、式(3.102)及び式(3.103)をこれまで同様に数値的に解くことにより、自由表面形状を求めることができる。
 解析の一例として、短軸と長軸の比が1:2の回転楕円体容器内の液体の表面形状を図3.20に示した。(a)は、液体と容器との接触角が30°、容器全体積に対する液体の占める割合が30%、Bo=2 ,Ro=10 の場合である。一方、(b)は、Bo=1 、Ro=5 接触角が120°、液体の占有率が70%の場合の自由表面形状を示す。なお、図中の点線は重力のみが作用する場合の平衡形状である。回転により、表面形状は回転軸近傍で沈み込み、回転速度の増大とともに顕著となることがわかる。




3.8 二次元自由表面形状

 ここでは、前節までに軸対称自由表面形状に関して行った議論を、2次元表面形状について行う。2次元表面とは、直交座標系において、例えば軸方向に無限の長さを有する容器を考え、その中にある液体の自由表面と一定の面との交線をいう。このとき、ポテンシャル関数座標に独立であり、表面形状は方向には変化しない。
2次元の場合、平均曲率は次式で与えられるから、

       (3.105)

自由表面形状に関する支配方程式は以下のようになる。

    (3.106)

ここで、は曲線の長さを表すパラメーターである。式(3.106)中の符合は、の増加する方向に向かって液体が右にある場合に + となる。
 式(3.106)は、軸対称の場合と同様の手順により、自由表面の座標に関する以下の2つの微分方程式に分けることができる。

             (3.107)

              (3.108)

ただし、2次元表面は回転対称ではないから、ポテンシャル関数は重力項だけからなり、 である。なお、これらの式は次の拘束条件を満足しなければならない。

                (3.109)

 いま、g = 0 、すなわち無重力下の2次元自由表面形状を求めてみる。このとき、支配方程式は次式となる。

                     (3.110)

                      (3.111)

式(3.110)及び式(3.111)は、容易に積分することができ、その解は面上にある半径 の円である。すなわち、無重力下において、容器壁面から十分離れたところにおける2次元自由表面形状は円となる。
次に、、すなわち地上での表面形状について考える。いま、代表長さとして を用い、無次元変数

   (3.112)

を定義し、式(3.107)及び式(3.108)を無次元化すると、

                   (3.113)

                     (3.114)

となる。ここで、 =±1 であり、また + として式(3.113)及び式(3.114)の に含めた。式(3.113)及び式(3.114)は、以下の初期条件のもとで解かれる。

  (3.115)

いま、式(3.113)を式(3.115)の初期条件の下で積分すると、

               (3.116)

となる。式(3.113)及び式(3.114)は、 → - の変換に対して不変であるから、ここでは 0 > 0 に関する解だけを考えれば十分である。式(3.115)の初期条件のもと、式(3.114)及び式(3.116)を数値的に積分すると、例えば = -1 及び 0 = 1, 2, 2.5について、図3.21に示す二次元自由表面形状の解を得る。

 以上の解析では、自由表面形状に及ぼす容器壁面の影響は考慮されていない。壁面を考慮するためには、軸対称の場合と同様の取り扱いをする必要がある。
 いま、(x,z) 面にその断面を持ち、y 軸方向に無限の長さを有する容器を考える。ここで、断面の形状が z軸に対して対称であると仮定すると、表面形状を求める方法は、軸対称の場合と殆ど同じとなる。ただし、2次元系における体積は、y 方向には単位長さを仮定して、次式により求める必要がある。

        (3.117)

 容器内の液体を対象とする場合には、式(3.113)あるいは式(3.114)のように、 を消去することはできない。すなわち、支配方程式は以下のようになる。

                (3.118)

                 (3.119)

いま、座標原点を = 0 に移動すると、初期条件は次式で与えられる。

 (3.120)

 従って、式(3.120)の初期条件のもと、式(3.118)及び式(3.119)を数値的に積分することにより表面形状が得られる。図3.22は、 = 1 の場合の様々な に対する表面形状の解析結果を示す。しかし、 は容器壁と液体との接触角 、液体の体積 及び容器形状が与えられると、表面形状とともに一義的に決まる変数である。そこで、軸対称の場合と同様に、与えられた条件に対する を繰り返し法により数値的に決定しなければならない。 が一旦求められると、再度式(3.118)及び式(3.119)の積分を行うことにより自由表面形状を決定することができる。



3.9 小振幅の乱れ

 これまでは、液体が静止している場合の安定な平衡自由表面形状について考えてきた。しかし、条件によっては、自由表面に発生した波が減衰せずに増幅し、その結果として表面が崩壊する場合もありうる。このような自由表面が不安定になる条件は、流体力学的な安定性の解析により取り扱うことができる。本節及び次節では、具体例として容器内の液体の振動を取り上げ、自由表面の安定条件について考える。さらに、3.11、3.12節においては、ノズル先端に形成された液柱あるいは2つの固体板に挟まれた液柱の安定性について流体力学的に考察する。
 図3.23に示すような任意形状の容器内に満たされた液体を対象とし、この容器及び液体に力が加えられたときの液体の振動、すなわち液体のスロッシング現象を考える。

 解析に当たり、容器内の液体を非粘性、非圧縮性流体とし、非回転(渦なし)流れであるとする。また、液体と接触する気体は静止しているものと仮定する。このような流れ場に対しては、速度ポテンシャル ( , t) が存在する。ここで、 は任意の位置をさす位置ベクトルである。この を用いると、流れの支配微分方程式は、非圧縮性に対する連続の式、

                        (3.118)

に、速度ベクトル に対する速度ポテンシャルの定義、

                         (3.119)

を代入して得られる次のLaplaceの方程式となる。

                         (3.120)

 次に境界条件を考える。液体が満たされている容器の壁面が剛体であるとすると、壁面の境界条件は、固体壁に対する法線方向の速度成分 n が0となる次式、

    (3.121)

で与えられる。ここで、w は壁面での外向き単位法線ベクトルである。一方、液体の自由表面における境界条件は、以下に示す2つの条件、すなわち運動学的条件と動力学的条件から成り立っている。
 運動学的条件は、ある瞬間に自由表面上に存在していた流体粒子は、次の瞬間にも引き続き自由表面上に存在しているということを保証するために必要なもので、

                    (3.122)

で与えられる。ここに、s は自由表面の速度、 は表面での外向き単位法線ベクトルである。いま、静止していた自由表面に対して何らかの力が加えられ、表面がその法線方向に だけ変形したとすると、式(3.122)の運動学的条件は速度ポテンシャル を用いて次式のように表わされる。

                       (3.123)

なお、非圧縮性流体の場合、液体の体積は運動中常に一定でなければならないので、自由表面の面積を S とすると、条件、

,             (3.124)

が満足されなければならない。
 次に、自由表面に関する動力学的条件を考える。動力学的条件は、自由表面における力の釣り合いを保証するためのものである。対象としている液体は、非粘性渦なし流れであるから、液体の任意の点の応力は圧力成分のみである。従って、液体内の圧力をp とすると、自由表面上では以下の釣り合い方程式が成立しなければならない。

             (3.125)

ここで、 pgは気体内の圧力、 は表面張力、 R1及び R2は表面の曲率半径である。なお、圧力 pは非粘性流体の運動方程式を積分して得られるBernoulliの式、

   (3.126)

より与えられる。ここに、 は体積力に関するポテンシャル関数、またC(t) は積分定数である。
いま、図3.23の点線で示す平衡自由表面S が、外力の作用により、法線方向に だけ移動し、実線の表面 S’ に変形したものとする。このとき、変形した表面 に関する式(3.125) は、

              (3.127)

となる。ただし、R1と R2と は変形後の自由表面の曲率半径である。ここで、液体の運動及び表面の変形が微小であるとすると、Bernoulliの式(3.126)の第2項は無視することができ、さらに式(3.127)を代入すると、式(3.126)は以下のようになる。

     (3.128)

ただし、pgが一定であることから、式(3.128)ではpg -C(t) → C(t) とした。

 体積力のポテンシャル関数 が、静止した自由表面に関する 0と、液体に運動を誘起する力に相当する ’に、以下のように分けることができるものとすると、

               (3.129)

静的な自由表面に関しては、

            (3.130)

が成り立つ。
式(3.128)に式(3.129)を代入すると、新しい表面 S ’ に関する次式を得る。

  (3.131)

自由表面の変形が微小な場合、表面 Sの法線方向への変位 に対する曲率半径 R1と R2の変化は次のような の関数で表すことができる。

,        (3.132)

ここで、n は表面 Sの任意の位置の法線方向距離で、 R1’(n)=R1 である。同様に、変形表面に作用する体積力のポテンシャル関数 0 の静的寄与項 も次式のように表わすことができる。

                       (3.133)

表面S’ に関する全ての関数 f、すなわちR1’、 R2'と , 及び 0 は、表面の変形が微小であることから、表面 Sについて以下のようにTaylor展開できる。

             (3.134)

式(3.131)に対して、式(3.134)の近似を適用し、さらに静的自由表面形状に関する式(3.130)を用いると、次式を得る。

 (3.135)

ここで、式(3.135)の第2、3項は、ラプラシアン ▽2 を用いると、

      (3.136)

となる。従って、式(3.136)を式(3.135)に代入することにより、次式の微小変形に関する自由表面の動力学的条件を得る。

 (3.137)

以上より、微小振幅のスロッシング問題は、速度場の支配方程式である式(3.120)、表面の運動学的及び動力学的条件である式(3.123)及び(3.137)、質量保存則の式(3.124)に加えて、容器壁面上での境界条件 (3.121)と次式の接触線における条件から設定される初期値・境界値問題となる。

           (3.138)

ここに、 eは固液接触線での自由表面の接線方向距離である。また、w は接触線における自由表面と容器壁面の曲率である。
以下のような無次元化を行うと有用である。いま、代表長さとして容器直径 L を、また時間、速度ポテンシャル及びポテンシャル関数については

   ((3.139)

を用いて無次元化すると、スロッシング問題の支配方程式は、

                         (3.140)

となる。また、境界条件は、容器壁では、

                        (3.141)

自由表面上では、

 ,    (3.142)

となる。ここで、A0 は、

         (3.143)

である。さらに、式(3.124)と(3.138)は、

    (3.144)

となる。
いま、図3.23に示すように、容器内の液体が静止状態(表面 )において任意の摂動を受けたとしよう。このときの速度場(速度ポテンシャル)あるいは自由表面形状の微小量の摂動が あるいは である。適当な初期条件及び境界条件のもとに、 を求め、 

で                    (3.145)

ならば、この系は流体力学的に安定であると判断される。速度ポテンシャル は、線形偏微分方程式(3.140)を満たすから、その解法には変数分離法が適用でき、

                   (3.146)

の形の解を持つことができる。このような解は基本モードとよばれる。同様に、他の変数も

 ,  ,   (3.147)

となる。ここで、 は基本モードの振動数であり、原則的には複素量になりうる。すなわち、

                     (3.148)

である。式(3.146)及び(3.147)を式(3.140)から(3.144)に代入し、得られた式から eiwtを消去すると、x座標 だけに依存する以下の支配方程式と境界条件が得られる。すなわち、支配方程式は、

                        (3.149)

となる。境界条件は、容器壁では

                       (3.150)

自由表面 S 上では

        (3.151)

                      (3.152)

となり、容器壁面上の接触線での条件は、

     (3.153)

で与えられる。なお、以上の導出に当って、速度ポテンシャル と表面の変位 との関係、

                     (3.154)

が用いられた。また、式(3.151)の定数q は、Bernoulliの式の積分定数であり、ここでは解の一つとして決定される。
 以上の問題は、 が固有値で が固有関数となる固有値問題に帰着できる。このとき、系の安定性は次のように判断される。すなわち、固有値 が負の虚数部を持つならば、系に与えられた摂動は時間とともに成長し、系は不安定となる。一方、 の虚数部が正であれば、摂動は減衰し、系は安定となる。従って、 iが正となるスロッシングモードは減衰し、負であれば振動は時間とともに増幅し、最終的に静的な自由表面は崩壊することになる。




3.10 微少な乱れの解法

 この節では、図3.24に示すような平坦な底をもつ筒状容器内の液体のスロッシングを対象とし、3.9節で導いた固有値問題を具体的に解いてみよう。ここで、筒状とは、容器側壁面が図3.24のように z軸と平行にある場合をいう。 解析に当り、液体に作用する体積力は重力だけであり、容器壁と液体との接触角 は90°であると仮定すると、表面 S の静的な平衡形状は平面となる。いま、この平面上に原点をもつ直交座標系を考えると、式(3.149)は以下のようになる。

              (3.155)

また、 に関する境界条件は、容器底面及び容器壁と液表面との接触線では、それぞれ

                       (3.156)

                         (3.157)

となる。ここで、h は液深さを表す。一方、自由表面における動力学的及び運動学的条件は、

 (3.158)

                   (3.159)

で与えられる。なお、この問題においては、 の絶対値ではなく、その符合が重要であることから、式(3.9.34)の積分定数 qを固有値 に含めた。
いま、容器の形状が筒状であることから、ポテンシャル関数 を水平及び垂直成分に分けることができ、さらに容器底面が平坦であることから を以下のように表すことができる。

      (3.160)

 従って、式(3.160)を支配方程式(3.155)と境界条件(3.157)及び(3.159)に代入すると、

                 (3.161)

及び

                          (3.162)

                        (3.163)

が得られる。また、式(3.158)から と に関する次式を得る。

           (3.164)

ここで、 は正の実数である。式(3.161)〜(3.163)によって設定されたF に関する境界値問題は、変数分離法を用いて解くことができる。
 以上の結果を式(3.9.29)に適用すると、速度ポテンシャル は、最終的に

  (3.165)

で与えられる。 が一旦わかると、自由表面の変位 も式(3.154)より求めることができる。
スロッシング波の一般形は、固有値 i に対応する全ての固有関数 i の総和として表すことができる。このような解が、時間とともに成長するか減衰するかは、固有値 の符合によって決まる。 が正、すなわち以下の条件を満たすと、

        (3.166)

変動 は時間とともに0まで減衰することになる。平衡自由表面 Sが、有限領域であれば、無限個の離散的な固有値が存在する。式(3.166)から、少なくとも Bo >0 ならば、全ての は実数となることがわかる。ここで、ボンド数 Boが正となるのは、重力加速度 gが正の値、すなわちその向きが−z 方向の場合であるから、地上においては、図3.24に示すような容器内の平坦な自由表面に発生した微小振幅のスロッシング波は全て減衰することになる。
 安定及び不安定なスロッシングモードを分ける臨界状態は、条件 h=0で特徴づけられる。すなわち、スロッシング現象の臨界ボンド数 Boc h=0における 数であり、式 (3.11.12)から、

                  (3.167)

で与えられる。ここで、i は関数F に対する固有値である。
 さて、以上の解法を半径 r0 の円筒容器に適用してみよう。円筒座標(r、) を用いると、 Fに関する微分方程式(3.161)は次のようになる。

        (3.168)

は適当な境界条件のもと、変数分離法により解くことができる。すなわち、F を

                (3.169)

とおいて解くと、

  (3.170)

となる。
 ここで、 は次のBessel関数である。に対する固有値は、に対して一つ、m>0については2つとなる。すなわち、

   ; m=0,1,2,・・・  n=1,2,・・・    (3.171)

である。また、臨界ボンド数 Bocは、式(3.171)を用いると、

   (3.172)

となる。ここで、円筒容器内の液体の最小振動数に及ぼす重力の影響を考えてみる。振動数の2乗は、

   (3.173)

で与えられるから、これに半径(r0 ) 100 cmの円筒容器に、高さ(H=hr0 ) 100 cmまで水が満たされている場合を適用してみる。地上(g=981 cm/s2)では、式(3.173)の第2項が第1項に比べて大きいため、 112 =18/ s2となるが、微少重力下(g=981×10-3 cm/s2)では、 を含む第1項が支配的となり、 112 =0.46x10-3/ s2となる。これより、微少重力下では、最小振動数がかなり小さくなることがわかる。


3.11 ジェットの分裂、滴化

 自由表面の安定性に関する別な例として、円形断面のノズルから空気中に流出する液体を考える。ノズル内部を通過する液体の流量が非常に小さい場合は、ノズル先端から液滴が周期的に生成し、落下する。しかし、流量が増加すると、図3.25に示すように、ノズル先端には液柱が生じ、液柱のある長さのところから均一な液滴が発生するようになる。これは、液柱の表面張力に起因する不安定性によるものである。ここでは、非粘性液体からなる液柱を対象とし、その安定性について3.9及び3.10節と同様に線形安定性理論に基づき考察してみる(5)

 解析に当り、重力の影響は無視でき、液柱は一様な速度 Uで水平方向に移動しているものと仮定する。いま、液柱と同速度 U で移動する円筒座標系を考える。このとき、液柱に対していずれの撹乱も与えられていなければ、液柱内の速度は0であり、圧力 pは一様で、Young-Laplace式より

                         (3.174)

となる。ここで、 は表面張力、 R0 は液柱の半径であり、気相圧力は 0 とした。
 以下では、液柱に対して微小な撹乱を与えたときの、液柱内の速度、圧力及び液柱の形状の応答について解析を行う。
 液柱は軸対称、非粘性であると仮定し、重力及び慣性の影響を無視すると、Navier-Stokes方程式の r,z方向成分は、各々以下のように表される。

                     (3.175)

                     (3.176)

ここで、ur ,uz は r, z 方向速度成分である。式(3.175)及び(3.176)に速度ポテンシャル の定義式、

   、               (3.177)

を代入し、これを積分すると、 p と に関する次式のBenoulliの式が得られる。

                   (3.178)

ここで、積分定数は、変動が無い状態( = 0 )においては式(3.174)が成立することから決定される。
 一方、速度ポテンシャル を連続式に代入すると、 に関する次のLaplace式を得る。

              (3.179)

いま、液柱に与えられる任意の撹乱はz 軸に沿って周期的であり、時間と共に単調に成長あるいは減衰するものと仮定すると、 式(3.179)の解 は、以下のようになる。

              (3.180)

ここで、 kは撹乱の波数、 は撹乱の成長速度である。これを式(3.179)に代入すると、以下の に関するBesselの方程式が得られる。

             (3.181)

式(3.181)の解はBessel関数 I0 とK0 となるはずであるが、K0は r=0で特異であり、中心軸で速度が有限となる境界条件を満足しない。そこで、 は次式のようになる。

                      (3.182)

 式(3.182)を式(3.180)に代入し、さらに式(3.177)及び(3.178)を用いると次式が得られる。

  (3.183)

 いま、任意の撹乱による液柱半径 R の変化を

                   (3.184)

とする。ここで、変動 が微小である、すなわち / R0 ≪ 1とすると、

  at                (3.185)

であるから、

        (3.186)

となる。
 一方、液柱表面においては、Young-Laplace式、

   at        (3.187)

が成立する。ここで、表面の曲率は、

 (3.188)

と近似することができるから、式(3.187)は以下のようになる。

          (3.189)

ただし、式(3.189)は / R0 ≪ 1 の条件が満たされる微小振幅の変動に対してのみ妥当である。
 式(3.189)を式(3.183)の p(at r=R0 )に代入し、さらに式(3.186)を適用すると、撹乱の成長速度 に関する次式を得る。

          (3.190)

式(3.180)から、 が正の実数の場合撹乱は指数関数的に成長することがわかる。常に I1/I0 >0であるから、式(3.190)から kR0 < 1 の場合に は正の実数となる。一方、kR0 > 1 の場合は、2 が負すなわち は虚数となり、撹乱の時間依存性は周期的となる。従って、0 < kR0 < 1 となる波数k の撹乱に対して液柱は不安定になることがわかる。
 また、式(3.190)から、 は kR0 が0.69のときに最大値、

               (3.191)

をとる。すなわち、この速度に相当する撹乱が最も速く成長することになる。いま、最も速く成長する撹乱により液柱が不安定となり分裂し、その先端から液滴が生成するものとすると仮定すると、その時の液柱の長さ Lは、以下のように与えられる。

                      (3.192)

また、このとき液柱の変動は以下のように成長することになる。

                       (3.193)

ここで、 i は成長速度 maxにおける初期振幅である。
 なお、 i は非常に小さいから、もちろん実験的に直接求めることはできない。しかし、以下のようにすると間接的に推算することができる。すなわち、液柱が = R0 となった時点で分裂・滴化すると仮定すると、その時間は次式によって決まることになる。

         (3.194)

従って、液滴が生成するのは、 L*=Ut*となる。これを無次元化すると、

  (3.195)

となるから、 とWeber数のをプロットすることにより、その傾きから i を推算することができる。 以上は、液柱を非粘性とした場合であるが、液柱の粘性を考慮した場合においても、同様な解析により次式を得ることができる。

        (3.196)

ここで、は次式で定義される無次元数、Ohnesorge数である。

                     (3.197)

 



3.12 液柱の安定性

 本節では、図3.26に示すような2つの円板間に挟まれた液柱の安定性について考える。ただし、固体と液体との接触線は上下の円板の端に固定されているものとする。系のポテンシャルエネルギーに基づく安定性の解析については、すでに3.5において述べたので、ここでは流体力学的な安定性理論に基づいた解析について述べることにする。
 解析に当たり、基礎式は軸対称、非圧縮性流体に関する連続式とNavier-Stokesの方程式である。また、境界条件は、2枚の円板上ではnon-slip条件、液柱の自由表面では運動学的及び動力学的条件となる。問題の対象は、3.11節と殆ど同じであるが、方程式系を同様な方法で線形化したとしても、この系に関する解析解は求めることができない。これは、3.11節のノズルの先端に形成された液柱とは異なり、液柱が上下の円板により拘束されていることによる。
 いま、液体は非粘性であり、方向速度と圧力の関数ではない仮定すると、Navier-Stokesの方程式の方向成分は次式となる。

           (3.198)

ここで、代表長さを円板半径とし、速度、時間及び圧力はそれぞれ

、 、     (3.199)

を用いて無次元化した。また、は次式により定義されるボンド数である。

                    (3.200)

液体表面における動力学的条件は、次式となる。

 (3.201)

ここで、は液柱表面の無次元半径方向距離である。また、連続式を液柱断面にわたり積分すると、次式が得られる。

                (3.202)

なお、式(3.198)及び(3.202)は、液柱のアスペクト比が大きい場合にのみ成り立つ。

 以上の微分方程式をもとに、液柱の安定性を線形安定性理論により解析してみる。すなわち、定常状態に対し微小な撹乱を加えて、撹乱が時間とともにどのように発展するかを確かめる。この場合の定常状態は、静止状態をさす。いま、撹乱を伴う液柱半径、圧力及び方向の平均速度を次式のように表す。

 (3.203)

式(3.203)を式(3.198)、(3.201)及び(3.202)に代入し、微小撹乱であることから に関する1次の項だけを考慮すると、微小撹乱に関する次式を得る。

                    (3.204)

                     (3.205)

                     (3.206)

以上の式からを消去すると、微小撹乱に関する次式を得る。

             (3.207)

また、上下の円板における f の境界条件は次式となる。

 、              (3.208)

いま、式(3.207)の解を

                      (3.209)

とすると、式(3.207)よりに関する以下の常微分方程式を得る。

             (3.210)

この微分方程式の一般解は

                          (3.211)

となり、は以下の方程式の4つの根、

                 (3.212)

すなわち、

              (3.213)

である。ここで、物理的に意味のある解は、が正の実数のときの解であり

                  (3.214)

の場合である。いま、が実数となる場合につき、及びとすると、式(3.213)より、は次式を満たす。

 、          (3.215)

以上得られた解を用いて、式(3.209)のを以下のように表すことにする。

  (3.216)

さらに、式(3.216)を式(3.208)の4つの境界条件に代入すると、, , 及びに関する4つの線形代数方程式が得られる。この代数方程式が任意の, , 及びに対して成り立つためには、その行列式が0となる必要があり、結果として以下の固有値問題に帰着する。

  (3.217)

しかし、式(3.213)から、 は次式の正の根であるから

 、             (3.218)

式(3.217)はに関する代数方程式と見なすことができる。これを数値的に解くと、において、すなわち液柱が安定であることがわかる。なお、液体の粘性を考慮した解析を行っても、撹乱の成長速度は粘性により遅くはなるが、安定性に関しては同じ結果が得られる。
 3.11節のノズルからの液柱の安定条件によると、半径の液柱は、次式の条件を満たす波長の周期波の撹乱に対して、不安定となることがわかる。

                        (3.219)

そこで、無重力下で、上下の円板の半径がに等しく、また液柱体積がの場合、式(3.219)から、

                           (3.220)

の条件を満たす限り、円板間の液柱は安定となることが予測され、本節の解析結果と同じ結果が得られる。

本来、液柱の安定性には重力の影響が大きく、液柱が安定に存在する液柱の最大長さは、無重力の場合よりも短くなるはずである。しかし、本節の安定性の解析結果には、重力の影響すなわち数の影響が考慮されていない。この原因は、液柱半径、圧力及び方向の平均速度の撹乱に関する式(3.203)にある。これに対して、文献8では微小撹乱に対する非粘性液柱の安定性の解析結果として、次式に示すように数の影響を考慮した液柱のアスペクト比の安定限界が示されている。

            (3.221)


参考文献

1. Adamson, A. W.: “Physical Chemistry of Surfaces”, John Wily & Sons (1982)
2. 日本化学会編: 「コロイド科学 I 基礎および分散・吸着」東京化学同人 (1995)
3. 北原文雄: 「界面・コロイド化学の基礎」講談社サイエンティフィック(1997)
4. Antar, B. N. and V. S. Nuotio-Antar: “Fundamentals of Low Gravity Fluid Dynamics and Heat Transfer”, CRC Press (1993)
5. Hozawa, M., T. Tsukada, N. Imaishi and K. Fujinawa: J. Chem. Eng. Japan, 14, 358-364 (1981)
6. H. U. Walter: “Fluid Science and Materials Science in Space”, Springer-Verlag (1987)
7. Middleman, S.: “Modeling Axisymmetric Flows”, Academic Press (1995)
8. Rivas, D. and J. Meseguer: J. Fluid Mech., 138, 417 (1984)