特集ワイド:風前の国民皆保険 TPPが「当たり前」を崩す最悪のシナリオ
毎日新聞 2013年04月02日 東京夕刊
政府は環太平洋パートナーシップ協定(TPP)への交渉参加を表明した。安倍晋三首相は「最善の道を実現する」とするが、誰もがいつでも気軽に医療を受けられる国民皆保険に崩壊の危機が迫っているという。その最悪シナリオを探った。【内野雅一】
◇「薬価」を発火点に 「医療外」で議論され 混合診療広がれば…
北に浅間山、南に八ケ岳をのぞみ、千曲川が南北に流れる長野県佐久市は「長寿の町」として知られる。平均寿命は男性79・9歳、女性86・1歳(厚生労働省、2005年)でいずれも全国平均を上回る。かつて脳卒中の死亡率全国ワーストワンだったことから、塩分を少なくする食生活改善や温泉浴奨励などの地道な努力を続けてきた結果だ。市内にある佐久総合病院地域医療部地域ケア科医長の色平哲郎(いろひらてつろう)さん(53)は言う。
「奇跡は奇跡的には起こりません」。色平さんが所属する地域医療部はお年寄り宅などを巡回し「気楽に声をかけ合い、病気にならないようにするとともに、病気を軽いうちに見つけられるようにしています」。こうした地域医療を支えているのが、だれもが低額で受診できる国民皆保険制度だ。
「みんなで支えあう国民皆保険は発足から50年以上たち、多くの人は水や空気のように当たり前の存在と感じています。しかし米国のように、先進国なのに国民の6人に1人が医療保険に加入できず、まともな医療を受けられない国がある。国民皆保険は貴重で大事な宝物です」。それが崩れかねない。色平さんは危機感を募らせる。
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原則的に全品目の関税を10年以内に撤廃することを目指すTPP。安倍首相は国会などで「公的医療保険は(TPPの)議論の対象になっていない」との見解を示している。確かに交渉対象の21分野に「医療」はない。しかし逆に「知的財産権」「金融サービス」などで別々に議論され、結果、国民皆保険が崩壊しかねない可能性があるのだ。
政府が交渉参加を表明した3月15日、日本医師会(横倉義武会長)は「公的医療保険の給付範囲が縮小する懸念はなおも消えない」として、「国民皆保険を守るために、公的医療給付範囲を将来にわたって維持する、混合診療を全面解禁しない、株式会社を医療機関経営に参入させない」の三つを守ることを求めた。
これらが守られないと国民皆保険がなぜ揺らぐのか、医療問題に詳しいジャーナリスト塚崎朝子さんが解説する。