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一世一代の奇襲戦法をとった“親分”大沢監督。監督再登板後も常勝・西武にはファイトを燃やしてあたった
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【西武6−0日本ハム】最後までトボケ続けた日本ハム・大沢啓二監督が、いよいよ一世一代の勝負に出た。
パ・リーグの覇者を決める、前期優勝の西武と後期優勝の日本ハムとのプレーオフ第1戦。西武ライオンズ球場での試合開始前、両チームのメンバー表交換の際に、西武・広岡達朗監督の表情は明らかに動揺の色がみえた。「ビッチャー・工藤幹夫?まさか」。森昌彦ヘッドコーチは日本ハムの植村義信投手コーチに苦々しい顔で言った。「親分に一杯食わされた」。
さかのぼること1カ月前。工藤は大沢監督とともに記者会見した。自宅のドアで右手の小指を挟み骨折。全治4週間の診断を受けたことをマスコミに公表した。「全治といってもギプスが取れるだけで、投球はとてもじゃないが…」と、大沢は神妙な表情で説明した。
この年工藤は20勝4敗。最多勝に勝率1位のタイトルを獲得したが、特に西武戦は6勝1敗と大のお得意さまだった。プレーオフを前に暗雲漂うファイターズ。だが、大沢は諦めなかった。マスコミの前では意気消沈してみせたが「治るかもしれねぇから、体だけは動かしておけ」とランニングなど、トレーニングを続けることを指示。10月に入ると工藤は指の痛みを感じなくなり、なんとか投げられる状態になった。大沢は決断した。「第1戦は工藤で行く」。
それからが大変だった。チーム内でも知られぬよう、投球練習は午前中の早い時間に行い、チームメイトの前では相変わらず包帯を巻いていた。大沢は投手コーチ、ブルペン捕手らにもかん口令を敷き、自らはマスコミに対し「工藤はダメだな」「最初は優勝経験の豊富さからいって、ベテランの(高橋)一三しかいねぇやなぁー」などと、言い続け“奇襲作戦”に備えた。
午後1時、試合開始。ほとんどぶっつけ本番の復帰マウンドだったが、工藤のレオキラーぶりは健在だった。7回途中まで被安打3無失点と申し分のない投球で、奇襲はまさに大成功。しかし、打線が古巣相手に好投する西武・高橋直樹投手を攻略できず、こちらも無得点。0−0のまま、日本ハムはリリーフエースの江夏豊を送ったが、これが裏目に出た。8回、広岡西武のプッシュバント攻撃でかく乱されKO。第1戦を落とした。
「どうだい、工藤にはびっくりしたろ?」。敗戦の悔しさをひた隠すように、大沢監督は笑ってみせた。それから中2日の12日。0勝2敗と後がない第3戦に、大沢監督は再度工藤を先発させた。2度目の先発も粘りの投球をみせ、109球で7安打1失点の完投勝利(日本ハム2−1西武)。第4戦に敗れ優勝こそ西武に譲った日本ハムだが、親分は「オレの対極の位置にある管理野球」の広岡監督に何とか一矢を報いた。
パ・リーグが人気獲得のために始めたプレーオフは、この年10年目で一旦終了。形を変えて、再び制度化されたのは20年以上過ぎてからだった。