福沢家の食卓

 汗をかいた日のシャワーはとても心地の良いものだ。
 シャワーをかけるたび、体の表面をうっすらと覆っていた汚れの膜のようなものがはがれ落ちていくような、そんな感覚になる。
 祐麒は部活に所属しているわけではないが、学校が山の上にあるせいで、登下校だけでちょっとした運動になる。そのため、学校から帰ると毎日のように浴室に直行する事になってしまうのだった。
 シャワーを止め、祐麒は椅子に腰を下ろす。すると、家の中をばたばたと走り回るような物音が聞こえてきた。
 祐麒が帰ってきた時は家の中は無人だった。誰かが帰ってきたのだろう。その足音から、帰ってきた主の顔が瞬時に思い浮かんだ。
 年子の姉の祐巳だ。およそ一年ほどの時間差で生まれた祐麒と祐巳だが、ギリギリのタイミングで同じ学年になってしまった。顔が似ている事もあって、双子に間違われる事も多い。
 祐麒は男子校で、祐巳は女子校に通っている。複雑な姉弟にとって、同じ学校に通っていないことは幸いであろう。
 そんな風に考えていると、ばたばたという物音が近づいて来た。洗面所のドアがガラガラと開けられ、すりガラスの向こう側に人影が見える。
 背格好を見てドアを隔てた向こう側にいるのが祐巳だとわかった。黒っぽいシルエットから、学校の制服を着ているらしい事もわかる。
「祐麒、まだあがらない?」
 その声は、予想通り祐巳のものだった。祐麒と同じように、汗をかいていてシャワーを浴びたいのだろう。今日は特に暑かった。
「まだ」
 祐麒がつれなく即答する。意地が悪いように見えるが、祐麒もシャワーを浴び始めたばかりなのだから仕方がない。
「うー……」
 ドアの向こうから、祐巳の困ったような声が聞こえてくる。長年一緒に暮らしてきた祐麒には、その表情まで見えるような気がする。
「悪い、入ったところだから。すぐすませる」
「いいよ」
 祐巳はドアの前から姿を消した。いいとは言われたが、こうなったら姉を待たせないように手早くシャワーを終わらせるだけだ。
 子供の頃は親と祐巳と三人で一緒に風呂に入ったものだが、最近はそう言う事はない。
 ポンプ式のシャンプーを手のひらに出し、軽く泡立ててから髪につける。手早くがしがしと頭を洗ってから、祐麒はシャワーのコックを手探りで探す。
 貧乏性の祐麒は、頭を洗っている間もシャワーを出しっぱなしにするような事はできないタチだった。
「うわ!」
 何にも触れていないはずなのに、祐麒の頭にシャワーが勢いよく浴びせられた。お湯の勢いが強すぎて、目を開ける事もできない。
 しばらくして、泡が全て洗い流される。目を開けた祐麒が見たのは、右手にシャワーヘッドを持ち、何も身につけていない祐巳の姿だ。背の低さに比例するかのような平らな胸や薄い恥毛は、祐巳の成長の遅さを如実に表している。
 一緒に風呂に入る事のほとんど無くなった二人だが、家族がいない時を見計らってこっそりと一緒に入浴する事がある。ちょうど、こんな時に。
「ごめん、熱かった?」
 祐麒が無言でいるのを見て、祐巳はシャワーが熱かったのかと思ったようだ。実際のところは、予想外で驚いているだけだ。
「いや、大丈夫。ちょっと強かったけど」
「そう、良かった」
 祐巳は笑顔を浮かべると、そのシャワーを自分の体にも浴びせ始める。全身をくまなく洗い流し、安堵するかのような表情を浮かべた。
「祐麒、体は洗った?」
「まだだけど」
「じゃあ、洗ってあげる」
 祐麒を椅子に座らせ、タオルを濡らし、石鹸で泡立て始める祐巳。
「どうしたの?」
「ん?」
 肩越しに振り返った祐麒に、祐巳は祐麒の背中にタオルを当てたまま、不思議そうな表情を浮かべる。
「いや、一緒に入るの久しぶりだから」
「だって、汗かいて気持ち悪かったんだもん」
 言いながら、祐巳は祐麒の背中を洗い始めた。
 祐巳は今さら恥じらうほどの事ではないと考えて、祐麒のシャワーが終わるのを待つよりも、一緒にシャワーを浴びる事を選んだだけった。
 一方の祐麒は、久々に見た祐巳の裸に興奮していた。家族愛の延長線上で自分を見ている祐巳と違い、祐麒は一人の男として祐巳を見ている。
「あれ?」
 背中をこすっていた祐巳の手が止まる。しばらくどうしたのかと訝しんでいた祐麒は、その視線の先に気付いて凍り付く。
「み、見るなよ!」
 いつの間にか大きくなってしまっていた股間を両手で隠す。
「ふふ」
 祐巳は祐麒の前に回り込むと、天使のような笑みを浮かべて祐麒の顔を見上げる。
「あっ――」
 泡だらけの手で握りしめられ、祐麒は声を漏らしてしまう。
「祐麒、たまってるんじゃないの?」
 上目遣いに祐麒を見つめながら、ゆっくりと手を上下させる祐巳。送り込まれる強い快楽に、祐麒は体を小刻みに震わせる。
 華奢なように見える祐麒だが、うっすらと全身に筋肉がついている。自分の動きでその筋肉を強ばらせる祐麒を見て、祐巳はなんとなく心が満たされるような、不思議な感覚を感じている。
「ねえ、祐麒。またしてあげようか?」
 祐麒はその言葉に驚いて顔を見ると、祐巳はぺろりと舌を出して下から上にすくいあげるような動きをした。
 そんなものを見てしまったら、抵抗できるはずなどない。
「祐巳、頼む……」
「オッケー」
 祐巳はそう言うと、シャワーを自分の手と祐麒の股間に浴びせた。
「っ――」
 そんな刺激でも、祐麒は声を漏らしそうになる。
「本当にたまってるんだね」
 祐巳はくすりと笑うと、両手を添えたペニスの先端にキスをする。それだけで電気のような快楽が走り、祐麒は下半身が溶けてしまったような感覚になる。
 二人の関係が始まったのは小学校の高学年の頃だった。家に遊びに来た祐麒の友達が半ば押しつけるように置いていったエロ本を、たまたま部屋に入って来た祐巳が発見してしまったのがきっかけだった。
 性知識の無かった二人は、恥ずかしさなどよりも好奇心が勝り、本に描いてあった通りに、いわゆるフェラチオを試してしまった。
 その結果、祐巳が口に含んだ瞬間に祐麒は射精してしまった。頭が真っ白になって何もわからなくなり、気がついたら終わっていた。
 それが精通というものだと祐麒が知ったのはしばらく経ってからだった。祐麒の初めての射精は、実の姉の口の中だった。
 祐麒はすぐにその快楽の虜になってしまい、祐巳もその行為に何らかの楽しみを見いだしたらしく、二人はたびたびこのような行為に及んでいる。別々に入浴するようになった二人が、親の目を盗んで一緒に入浴するようになったのもこの頃からだった。
 そんなわけで、どこをどうすれば祐麒が感じるか、祐巳は手に取るように知っている。あっと言う間に祐麒を射精に導くことはできるが、祐巳は無邪気な笑みを浮かべて祐麒の顔を見つめたまま、楽しむかのようにじっくりと快楽を与え続ける。
「ゆっ、祐巳! もう!」
 祐麒がひきつった声を漏らす。必死になって、射精が近いという事を告げようとする。
 そんな事、言われなくてもわかっている。
「祐麒……」
 手と口の動きを止め、陶酔した表情で祐麒を見上げる。
「どこにカケたい?」
 一瞬、小悪魔のような悪戯っぽい笑みを浮かべると、祐巳はキスをするように口に含み、その先端をチロチロと舌でなぞる。
「か、顔に――」
 その答えに祐巳はくすりと笑う。
「変態っぽいよ、祐麒」
 指摘されて、祐麒は上気していた顔をさらに真っ赤にする。確かに祐麒の望んだことは変質的かも知れない。
 しかしその答えは、祐巳の顔を自分の精液で汚してしまう事で、祐巳を自分のものだと思いたい祐麒の無意識の願望だったのかも知れない。
「いいよ」
 口から離したペニスを、祐巳は自分の目の前に来るようにして両手でこすりあげる。
「私の顔にいっぱい出して、祐麒」
 その直後、祐巳の顔に大量の精液がほとばしる。白く濁った精液は祐巳の顔中をべたべたに汚し、髪にまでかかっていた。
 顔を動かさずに祐麒の精液を受け止めた祐巳は、射精が終わると薄目をあけて、祐麒のペニスに残った精液をストローを吸うようにちゅうちゅうと吸い出す。
「あ――」
 それが気持ちよくて、祐麒は祐巳の口の中に立て続けに二度目の精液を放ってしまった。

「なかなか取れないなぁ……」
 先ほどとは立場が逆転し、祐麒が祐巳の背中を流している。祐巳はぶつぶつと呟きつつ、鏡を見ながらシャンプーを泡立てた頭をいじくり回している。
 何が取れないのかと言うと、先ほど祐麒に髪の毛にかけられた精液だった。いくら洗ってもしつこく残り、なかなか綺麗に落ちてくれない。
「この前さ、服についたガムを外す裏技ってテレビでやってなかったっけ?」
「あー、そう言えばあったな。氷で冷やすんだっけ?」
 食後に祐巳と居間で見たテレビの内容を祐麒は思い出した。いろいろと裏技が紹介されてためになるのだけが、いまいち内容が頭に残らない番組だ。
「これも凍らせたら取れるかな?」
「いや……無理だと思うぞ……」
「祐麒、髪についた精液を簡単に取れるような裏技見つけてくれない? 福沢家の食卓ーとか言ってさ」
 そんなマニアックな用途の裏技もどうかと思う。
「簡単に取れる方法見つけてくれたら、また顔にだしてもいいよ」
 小悪魔のような笑みを浮かべ、祐麒の耳元で囁く祐巳。その瞬間、祐麒は精液まみれになった祐巳の顔を思い出してしまう。
「元気だね、祐麒のこれ」
 半ば呆れたように、再び大きくなった祐麒のペニスを握りながら祐巳が言う。
「もう一回してあげようか? お母さん帰ってきてるみたいだけど」
「えっ!?」
「冗談だよ。もうちょっと時間あると思うから、またしちゃおうか?」
 問いかけながらも、もう祐巳は手を上下に動かし始めている。こうなってしまえば祐麒に抵抗などできるはずもない。
「今度は髪にかけないでよ。簡単に取れる方法まだわからないんだからね」
 別の生き物のように指を動かし、快楽を与えてくる祐巳。
 祐麒は思う。髪についた精液を取る裏技は知らないが、祐巳は自分を夢中にさせる裏技を知っているのではないか、と。

[完]