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2013年4月22日 (月)

映画「フライト」主人公はクズ野郎か?(映画フライトAA的感想3、ネタバレあり)

デンゼル・ワシントン主演「フライト」感想、3回め。しつこくてすみません。これで最後です。
今回は映画のクライマックスについても触れますので、未見の方はご注意を。

ネットで感想を拾っていると、主人公のクズ野郎っぷりに共感できず、またそのクズ野郎がなぜクライマックス以降に激変したかが理解できない、という意見が散見された。
周囲のAAメンバーに感想を聞くと、とくに主人公が並みはずれたクズだという意見はない。またクライマックスとその後の変化も、AA的にはすんなり理解できるという意見が多かった。

では、主人公の言動のどの辺がクズの評価を生むのか。

・フライト前に飲酒。フライト中も飲酒。水平飛行中にお昼寝。
・事故を生き延びたスチュワーデスや副操縦士に「酒の問題を言わないでくれ」と頼んでまわる。
・依存症の回復を手助けしようとする新しい恋人に罵声を浴びせ、暴力的な言動をふるう。
・弁護士など、手助けしようとする関係者にも対決的で暴力的な言動を繰り返す。
・いちばん酔っぱらってはいけないときに最悪の泥酔状態になる。
・飲まない約束を守れない。自分でもいったん酒を捨てるのに、直後に浴びるほど飲む。
・飲酒運転を繰り返す。
・離婚した妻子のところに泥酔して押しかけて嫌がらせをする。

…。すみません。やっぱりクズ野郎のような気がしてきました(笑)。
とくに、離婚した妻子を訪れる場面。酔っているのを元妻に指摘されると
「17秒でーす!みなさん、元妻が英雄のぼくの飲酒を非難するのに、たった17秒しかかかりませんでしたー!」と叫ぶ場面。リアルすぎ。中学生かオマエはっていう。ぼくも飲んでいたころ、おなじような言動をとった記憶がある。ああ恥ずかしい。思い出しても顔から火が出る。

このへんの言動を「依存症のエピソード」と取るか「クズ(人格の問題)」と取るかで、主人公に対する評価が180度変わる。
アルコホリクとして言わせていただければ、主人公は自分の飲酒問題をじゅうぶんに認識している。認識しているから、否認の心理機制がはたらく。事故の直後、まだ誰にも飲酒問題を指摘されないうちに主人公は自宅の酒をすべて捨てて飲酒をやめようと決意する。彼は飲酒問題を自覚していたのだ。
自覚していたからこそ、他人にそれを指摘されるとひどく傷つき、怒る。AAに行っても自分のことを非難されているように感じ、いたたまれず席を立つ。恋人を傷つける言動も、いちばん触れてほしくない飲酒問題を指摘されたからだ。自覚していたから、その問題の発覚を誰よりもおそれ、隠ぺいを懇願した。
なんとか自力でやめよう、コントロールしようとし、それができないとなると自棄的になり、飲酒運転も酔っての訪問もしでかす。酒が入っているので感情の振れ幅が大きくなり、怒りっぽくなり、他人をひどく傷つけてしまう。前にも書いたけど、この辺の描写は非常にリアルである。アル中本人が言っているんだからまちがいない。脚本家本人あるいは制作サイドにアルコホーリク本人がいたのではないだろうか。

AAでも断酒会でも、この手のエピソードはいくらでも聞ける。つか、そんなのばっかりである。逆に言えば、アルコホーリクの言動、周囲との関係破綻の物語はワンパターンだ。とくに「お酒を止めて」という言葉に、飲んでるアルコホーリクは敏感に反応する。激高する。洋の東西、HFA典型アル中問わず、飲酒に関する罪悪感でこころがいっぱいだから、それを言われるとひどく怒るのである。
まさに、否認は自覚の裏返し。
そしてわれわれは、それら一連の言動がアルコホリズムという病気がもたらしたものだということをよく知っている。

どこまでがもともとの人格の問題で、どこからがアルコホリズムがもたらしたものか、明確な区別はできない。ただ、妻や家族との罵りあい、いちばん身近で親身になってくれる人を傷つけてしまうこと、飲酒に関するウソ、隠ぺい。AAや断酒会で、みな判で押したようにおなじあらすじを語るのは、これらの悲しいできごとが、アルコール依存症という病気に起因するものだからなのだ。

クライマックスで主人公は神に祈り、とらわれからの解放を願う。
そして機内で飲酒し、酔っていたことを認め、アルコール依存症であることを認める。AA的に言えば、認める勇気を神が与えてくれたのだ。
その結果、刑務所に入る。刑務所内のミーティング(刑務所内AA?)で自分の話を率直に語り、順調に回復中であることが示される。
クズ野郎がこんなに変わるわけがない。ご都合主義のハッピーエンドだ。そう思うひともいるだろう。でも、いちどアルコホリズムからの回復がはじまれば、劇的な変化が起こるのは珍しいことではない。アルコホリズムがもたらしたものは、アルコホリズムからの回復の過程を通じて取り除いてもらうことが可能だからだ。

一方、依存症から回復していくには、ただ飲まなければいいというだけでは足りない。
飲酒を通じて曲がってしまった人格は、回復の作業を通じて修復していく必要がある。酒がもたらしたものとは言え、自己中心的で批判的な人格、自己正当化の傾向はかんたんには消え去らない。変えていく必要がある。そのためにミーティングで自分の過去を話し、問題を認め、他人を傷つけてきたことを話すのは必要なことだ。
そしてまた何よりも、飲酒の悲劇の中で傷つけてしまった大勢の人たちに対して、きちんと埋め合わせをしていかなければならない。
もしフライトの主人公がエピローグで「オレ悪くねーし。元妻だってオレを傷つけたし」などとほざいていたら、コイツゼンゼン回復してねーなと誰もが思うだろう。元妻にもいたらない点があったか知れんが、それはまずオマエが額をこすりつけてドゲザしてからの話だろうが、と。
注:AAで言う埋め合わせとは、土下座を指すわけではありません。人によっては土下座を含むこともあるかも知れませんが
依存症であることを認め、強迫的な飲酒欲求がおさまったあとは、酒をやめ「続ける」ことが必要だ。そのためにステップを踏み、短所、性格上の欠点を取り除いてもらい、埋め合わせをしつづける必要があるのだ。

散漫になってしまった。まとめ。
1.フライトの主人公はクズ野郎かも知れませんが、一連のクズ行動はアルコール依存症という病気のもたらしたものです。
2.酒をやめ続けるには、ミーティングやステップといった回復の作業を通じて、曲がった性格傾向を立て直し、傷つけた人びとへの埋め合わせをすることが大事です。

今回、論旨の展開にムリがないなオレ。うんうん(震え声)。

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