檜皮葺とは,檜の樹皮で建物の屋根を葺くことです。これは,こけら葺(厚さ3ミリほどのスギやサワラの板を重ねて葺く工法)や茅葺(ススキやアシなどで葺く工法)などの植物性屋根葺工法の中で,最も格式の高い技法として,古くから貴族の住宅や神仏を祀る社殿や仏堂に使用されてきました。 京都には檜皮葺の建物が数多くあります。神社では,賀茂別雷(上賀茂)神社や賀茂御祖(下鴨)神社,北野天満宮,八坂神社の社殿群などがあります。また、寺院でも清水寺や,大報恩寺(千本釈迦堂)の本堂などは檜皮葺です。また行政指定の文化財ではありませんが,京都御所にも紫宸殿や清涼殿をはじめとして貴重な檜皮葺の建物があります。国宝・重要文化財に限ると,全国に檜皮葺建物は730棟程度ありますが,京都市内にはそのうちの約2割にあたる150棟があります。京都市は檜皮葺建物が全国で一番多い地域なのです。 檜皮はいつ頃から使われるようになったのでしょうか。非常に古くから使われていたことは間違いありませんが,西暦668年に滋賀県の比叡山山麓に建立された崇福寺(廃寺)の金堂や三重塔などの諸堂が檜皮で葺かれていたことが確認でき,これが記録に残る最古の事例です。奈良時代には平城宮の建物にも檜皮葺が多く用いられていたようです。この時代には一般に主要な建物が瓦葺だったのに対し,檜皮葺は付属的な建物の屋根に用いられたようです。現在のように軒先を厚く見せ,竹釘で檜皮を固定するような技法は平安時代以降のものと考えられています。これにより日本人の感性にあった軽快で優美な屋根の曲線が作られるようになりました。 |
檜皮を採取する技能者を原皮師といいます。原皮師は山林で檜の皮を剥き,一般に長さ75センチ程度にしたものを30キログラムごとに束ねて檜皮葺師に納めます。その檜皮を切ったり繕ったりして拵え,いくつかの規格に加工します。一般には長さ75センチ,先端の幅15センチ,後ろ側の幅10.5センチ,厚さ1.5〜1.8ミリほどの,ちょうど貴族のもつ笏のような形にします。これを屋根の下側から上に向かって1.2センチずつずらしながら葺いていきます。このとき檜皮は竹釘で留めていきます。檜皮の厚みはだいたい10センチほどですが,軒先だけは建物の優美さを出すために数十センチの厚さにしています。重さは檜皮1平方メートル当たり20キログラムになります。これは桟瓦葺の60〜100キログラム,本瓦葺の200キログラムと比べるとかなり軽いものです。檜皮葺の屋根はおよそ30〜40年ごとに葺き替えます。瓦葺が60〜100年なのに比べると短いですが,同じ植物性材料のこけら葺が20〜30年程度なのに比べると長いといえます。油分を多く含んだものが良質とされますが,丹波地方の檜から採れるものが全国で一番良いとされています。 このような檜皮ですが,近年原皮師の減少や檜皮の不足のため,非常に手に入りにくくなりました。檜皮を採取する檜は直径60センチ以上のものが適当とされており,樹齢70年以上のものでないといけません。しかし,それまでに多くの檜が木材として伐採されてしまうため,現在では檜皮を採取できる木が少なくなっています。また,一度皮を剥いた檜は皮が再生するまでに時間がかかるため,およそ8〜10年という長い周期で剥かなければなりません。原皮師も,山林に入って20メートルを越すような高さまで木に登らなければならないなど危険で過酷な作業なため,後継者もしだいに減り,高齢者を中心に十数名程度しかいない状態でした。このような事情もあり,檜皮葺の建物がしだいに減って銅板葺や鉄板葺に変わってきていますが,これは残念なことです。 |
このような状況を打開すべく,行政も対応策を考えるようになりました。平成13年に林野庁は,伝統的木造建物を後世に伝えるために必要な檜皮や木材の供給や,原皮師の養成のための場所を提供することなどを目的として「世界文化遺産貢献の森林」を近畿・中国地方などの国有林に設定しました。そのうち520ヘクタールが京都市内にあります。また文化庁でも平成13年から,文化財建造物の修理に必要な原材料の確保のため,「ふるさと文化財の森構想」を立ち上げ,文化財の資材確保のための調査研究や,文化財修理関連技能者の養成研修をするための施設の建設を進めています。これにより京都市では,平成15年秋に清水寺や産寧坂の街並み保存地区に近い東山区清水に「文化財建造物保存技術研修センター」を設置し,原皮師や屋根葺師などの養成研修や講習会をおこなえるようにしています。またここでは屋根葺技術の普及啓発のために一般の人向けの展示もおこなっています。ご興味がございましたらぜひお立ち寄りください。 | |
(京都市文化市民局文化部文化財保護課技師)
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