言葉は動物の“歌”から生まれた
(前篇)

生物学・認知科学者 岡ノ谷一夫


高井ジロル (たかい・じろる)  編集ライター

1967年生まれ。北海道大学文学部卒業後、情報誌編集部を経て 、97年からフリー編集ライターに。著書は『Globes 地球儀の世界』(ダイヤモンド社)、『魂を熱くさせる宇宙飛行士100の言葉』(彩図社)など多数。

ACADEMIC ANIMAL 知的探求者たち

“学問玄人”である研究者の方々に話を伺い、学問の醍醐味、楽しさを伝える連載企画。ユニークな研究者、長い時間をかけて壮大な問題に取り組まれている研究者、学界の“星”のような研究者など、さまざまな研究者に、その研究内容や研究の道に入ったきっかけなどを伺います。ビジネス情報誌「月刊 WEDGE」との連動企画。

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ジュウシマツのラブソングにハダカデバネズミの挨拶、
人間の赤ちゃんの鳴き声、大人たちが話す言葉。
コミュニケーションの手立てである言葉の起源を探ることで、
小さな頃から追いかけてきた、こころの謎に迫る。

高井ジロル(以下、●印) 先生は、小鳥の鳴き声に文法を見出したんですよね。

岡ノ谷一夫(以下、「——」) 僕が研究対象にしているジュウシマツの鳴き声は、短く鳴く「地鳴き」と、2~数十秒続く「さえずり」(歌)に分けられるのですが、求愛のときにだけ歌うこの歌が複雑なオスほど、メスをひきつけることがわかっています。

岡ノ谷一夫氏。 抱えているのはジュウシマツ。研究室ではジュウシマツやキンカチョウのほか、デグー(ネズミの仲間)なども飼育。

 ジュウシマツの歌う歌自体には意味はないけれど、ある音のかたまりを一定の順序で組み合わせるという構造は持っている。この構造を「歌文法」と呼んでいるんです。

●鳥に文法があるなんて面白いですね。ところで、ジュウシマツのラブソングは、求愛行動のためだけなんですよね。僕は人間みたいに「いっしょに空を飛ぼう」とか「隣にいさせて」とか、そういうものもあるのかなあ、と思ったのですが。

——彼らにとっての求愛というのは「子供を作ろう」という意味です。ジュウシマツが歌を歌うのは、最初から交尾をする段階なんですよ。

 要するに、意味があるというからには、歌い方が変わることで意味が変わらないといけない。でも、雄の歌い方が変わっても、するのは交尾だけです。そこにあるのは歌い方を複雑にすることで雌の応答が強くなるという量的な関係であって、質的な関係ではありません。

 ジュウシマツの歌には意味がないからこそおもしろいんですよ。意味がないからこそ、文法形式を脳がどうやって作っているのかを研究するのに最適だったんです。

●意味がないということは、よりムダの多い(複雑な)ラブソングのほうが、モテるということになるんですね。

――動物のオスは、他のオスより目立って、生存能力が強いことをメスにアピールしなくてはなりません。クジャクなら、羽が立派なオスがモテますけど、ジュウシマツの場合は、歌の違いが生存能力の指標となると考えられているんです。

 なぜなら複雑な歌にはコストが伴う。天敵に見つかりやすいし、歌うための神経回路を維持するのは大変です。でも、そうした装飾性を維持していることが、メスに対するアピールになるのです。

●先生はどうやってジュウシマツの歌を聞き分けたんですか?

――研究室で膨大なジュウシマツの歌を録音し、規則性を見出しました。小鳥の歌は、私たちの言葉と同じように、いくつかの音素(母音、子音のような最小単位の音)の並びからできていて、それらを一定の決まりで組み合せて歌っています。この決まりは個体で異なる。ジュウシマツの場合は8種類ほどの音素を持っているのですが、その組合せが特に複雑で、歌う度に異なる配列になるんです。

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著者

高井ジロル(たかい・じろる)

編集ライター

1967年生まれ。北海道大学文学部卒業後、情報誌編集部を経て 、97年からフリー編集ライターに。著書は『Globes 地球儀の世界』(ダイヤモンド社)、『魂を熱くさせる宇宙飛行士100の言葉』(彩図社)など多数。

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