虚構の環:第2部・政策誘導/4 「宿敵」海水ウラン阻止
毎日新聞 2013年04月20日 東京朝刊
◆虚構の環(サイクル)
◇文科省、予算つけず
海水には約45億トンのウランが溶け込む。陸上の埋蔵量約709万トンの600倍超だ。安価に利用できれば、青森県六ケ所村の再処理工場で使用済み核燃料からウランとプルトニウムを取り出し、高速増殖炉で再利用する核燃サイクルの存在意義は大きく揺らぐ。
海水ウラン研究の第一人者で、日本原子力研究所(現・日本原子力研究開発機構)の高崎研究所で材料開発部次長を務めた須郷高信(すごうたかのぶ)氏(70)が振り返る。「1975年から水中でウランを吸着させる素材の研究を始めた。しかし、上層部から報告書を作成することさえ禁じられ、内部でもごく一部しか知らなかった」。原研と同じ旧科学技術庁所管の動力炉・核燃料開発事業団(現在は機構に統合)は高速増殖原型炉「もんじゅ」の開発を手がける。研究が表面化すれば、もんじゅ不要論が起こりかねない。
流れを変えたのは73、79年と世界を襲ったオイルショック。石油価格の高騰がウラン価格の上昇も招き「陸が高いなら海からとれないか」と海外で海水ウランが注目を浴びた。日本でも80年代から東京大、京都大、九州大などが研究を手がけ、83年には国際会議も開かれた。
高崎研究所の研究チームは、布状の吸着材(捕集材)を開発し、97年に10グラムのウランを採取した。99〜2001年には初めて大がかりな海洋試験を青森県むつ市沖で実施し、1キロの採取に成功。さらに水中を昆布のようにゆらゆらと漂いながらウランを集める「モール状捕集材」を開発し、電力中央研究所と共同実施した沖縄での試験で、その性能を確認した。
「予算があれば実用化できる」。須郷氏がそう考えた02年、上司からむつ市沖の試験で使った陸上付属施設の撤去命令が出た。「六ケ所が動くまで研究はできない」と言われたという。沖縄の試験は04年に終了。予算が徐々に減り、06年度以降は年間30万円しかなくなった。トラブル続きで稼働さえできない再処理工場を守るため、研究は事実上ストップした。
◇
研究者は手をこまぬいていたのではない。須郷氏の後継者で、機構の高崎量子応用研究所長、玉田正男氏らは09年、政府が最先端の科学研究を行う30人に総額2700億円(後に1000億円に減額)を助成するプログラムに応募した。