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父よあなたは強かった

2011年2月21日

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写真:「仮面ライダー・仮面の忍者赤影・隠密剣士…伊上勝評伝 昭和ヒーロー像を作った男」(徳間書店)拡大「仮面ライダー・仮面の忍者赤影・隠密剣士…伊上勝評伝 昭和ヒーロー像を作った男」(徳間書店)

写真:「深愛」(幻冬舎)拡大「深愛」(幻冬舎)

 えー、ありがたいことに弟子は師匠を選べますが、子どもは親を選べない。「親は離縁のならぬもの」などと申しまして、大変な親をもった子はそれはもう大変な……なんて言うと落語のマクラっぽくなりますが、最近、著名人がその強烈な父親を語る本を続けざまに読んだので、それをご紹介しましょう。

 まずは井上敏樹・竹中清著「仮面ライダー・仮面の忍者赤影・隠密剣士…伊上勝評伝 昭和ヒーロー像を作った男」(徳間書店)。なんというか、内容紹介をそのまま書名にしたような本ですね。「遊星王子」でデビューし、ヒーローものの「王道」パターンを作り上げた不世出の脚本家、伊上勝(いがみ・まさる、1931〜91年)の実像を、東映のプロデューサーだった平山亨さんらが語ったインタビュー集ですが、白眉(はくび)は巻頭の「回想 伊上勝」。平成仮面ライダーシリーズなどを代表作とする脚本家・井上敏樹さんが父「伊上勝」について赤裸々につづった文章です。

 人間関係を築くのが下手で、借金してはウソをつき、愛人の写真を息子に見せて自慢し、書けない苦しさから酒におぼれ、自殺しようと家出をし……。井上さんは様々なエピソードを連ねて、崩れ落ちていく父の姿を容赦なく描き出しますが、不思議とその肖像には品格が漂ってきます。

 酔って帰ったある日、伊上は床にへたりこんで自嘲的な笑いを見せ「もう書けない」と言ったそうです。生活はどうするのかと妻が責めると、力なく息子を指さし「お前が書け」――。このくだり、井上さんにしてみれば「冗談じゃない、無責任な」という気持ちかも知れませんが、読んだ私はロマンを感じました。親から子へ、受け継がれる作家の業(「ぎょう」であり「ごう」)。それはまるで、親子代々いまわしい使命とかのろわれた秘宝とか人に明かしてはならない秘術を受け継ぎ……といったヒーローもののお話のようです。

 「父は反面教師だ、と私は言った。私がそう思うのは私の中に父の血が流れているからだ。私はその血を忘れたことはない」。荒波と寒風で鍛えられたような、甘いところなどみじんもない愛です。

 父の脚本の面白さは紙芝居に通じる、という伊上勝論も面白いですし、助けた相手とかかわりを持たないのが良いヒーローの条件、というヒーロー論も目からウロコ。ぜひご一読を。

 2冊目は、水樹奈々著「深愛」(幻冬舎)。言わずと知れた人気声優アーティストの自叙伝で、正直言えば「興味本位で」読んでみたのですが、うーむとうなる面白さ。そして、ストレートに胸に刺さる感動本でありました。

 水樹さんの父は、男の子なら野球選手、女の子なら演歌歌手にする、と生まれる前から我が子の生きる道を決めていたそうで、「つまりは、長嶋茂雄さんか美空ひばりさんにしたかったのだ」。すごくわかりやすいけど、そりゃ大変だ。5歳から父による歌のレッスンがスタート。それも、歯科技工士の父の仕事場で、ドリルの轟音(ごうおん)に負けない声を出せ、粉塵(ふんじん)なんかに負けないノドに鍛えろ、という無茶(むちゃ)なやり方で。振り付けや化粧も指導し、歌手になった時のサインに備えて習字を習わせ、毎週末は発表会やコンテスト。すべては、娘を演歌歌手にするために。そして「うちの娘は将来絶対『紅白』に出る」と公言。いやはや、大変なお父さんです。

 家族と離れて上京した水樹さんが堀越高校に入学してからも、仕事が入らなくて皆勤賞をもらってしまったとか、神出鬼没の教師たちの目をかいくぐりコンビニやマクドナルドに行った(←校則で禁止)とか、仕送りが少なくて靴下代や昼食代が悩みのタネだったとか、倒産とかセクハラとか、声優デビュー・歌手デビューまで波瀾(はらん)万丈盛りだくさん、苦節○年の演歌な花道が続くのですが、筆致はてらいなく率直。キングレコードのプロデューサーに会ってもらえるというので出向いた一流ホテルの豪奢(ごうしゃ)なラウンジに驚き、「ホテルの存在感が私の気持ちを萎(しぼ)ませた。こんな場所には少なくとも親子三代縁がなかった」なんて、さりげないユーモアが随所に織り込まれています。

 2008年に父が亡くなり、その7日後に水樹さんが思いを込めて歌詞を書いた曲「深愛」を09年の大みそか、紅白歌合戦で歌うくだりは、読んでいて思わず熱いものがこみ上げます。そして水樹さんは、いつか自分のために書き下ろされた演歌を歌いたい、と言います。

 「父が私に遺(のこ)してくれたすべてを表現するために」

 輝くライトを浴びてステージに凜(りん)と立つ水樹さんの姿が目に浮かぶ1行です。

 私は息子を宮崎駿さんや押井守さんにしようとか大それた野望は持っていませんが、今回ご紹介したような本を読むと、息子が私について何か書いたら読んでみたいなあ、なんてちょっとだけ思います。毎週毎週「コラムのネタなにかないかなぁ」と悩んでる私の背負っている業なんて、まあそんなもんでしょう。

プロフィール

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小原 篤(おはら・あつし)

1967年、東京生まれ。91年、朝日新聞社入社。99〜03年、東京本社版夕刊で毎月1回、アニメ・マンガ・ゲームのページ「アニマゲDON」を担当。2010年10月から名古屋報道センター文化グループ次長。

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