三洋を去った技術者の挑戦 サムスンの誘いを蹴り電池開発、揺るがぬ自信

2013.03.05


研究所内の機器を説明する雨堤徹氏。規模は大きくはないが「やれることはいくらでもある」と話す =兵庫県洲本市【拡大】

 がらんとして殺風景な研究室の扉を開けると、黒塗りのスポーツカーが目に入った。

 「テスラじゃないですか」

 「そう、2011年に発注して、1週間前に並行輸入で届いたばかり」

 楽しそうに、そして少しばかり自慢げに、Amaz技術コンサルティング合同会社代表、雨堤(あまづつみ)徹(55)は視線を向けた。(フジサンケイビジネスアイ

 神戸・三宮駅前から高速バスに乗り、明石海峡大橋を渡って淡路島へ。到着したバス停の目の前には、高田屋嘉兵衛(かへえ)をたたえる巨大な石碑が立っている。司馬遼太郎が「菜の花の沖」で描いた、江戸時代の豪商だ。

 雨堤が12年に、自らの研究開発施設として兵庫県洲本市に立ち上げたAmaz研究所は、そのバス停からさらにタクシーで10分ほど南下した「鳥飼」という地名のところにある。辺りは田んぼ、畑。ぽつぽつと民家がある。いかにものどかで、産業集積という感じはまるでない。

 ◆「鳥飼から世界へ」

 「うちの会社のモットーはね、『鳥飼から世界へ』なんですよ。ええ、十分可能ですよ」

 研究所2階の事務室で、雨堤はケロリと言ってのけた。

 テスラとは、米ベンチャーが開発した電気自動車。雨堤が購入したのは、もちろん、今後の電池需要の動向を左右する電気自動車への興味、関心からだ。

 三洋電機のリチウムイオン電池の開発でリーダー的存在だった雨堤が退社したのは10年5月。会社を辞めるという選択肢を考え始めたのは、パナソニックによる三洋の買収が動き出す以前だったが、決断に際しては、買収も一つの判断材料となった。

 自分の考える未来とは違う方向に、会社が進んでいる。そんな感覚があった。

 雨堤は鳥飼で生まれ育った。岡山大大学院工学研究科を修了後、1982年に三洋に入社した。

 当時、三洋の研究開発を担った塩屋研究所での勤務を経て、洲本市の電池事業開発拠点で長く勤務した。パソコン、携帯電話向けに小型・軽量のリチウムイオン電池開発に成功した三洋の快進撃を支えた男の一人、といって過言ではない。

 だが、一時は日本の携帯電話向け電池市場でほぼ100%のシェアを誇っていた三洋の衰退は、無残だった。技術者を大事にしない。「やってみろ」とリスクを取る気概がない。いったんやり出したら、なかなか方向転換できない。誰も判断せず、責任を取らない。

 「いってみればアクセルを踏むのも遅く、ブレーキを踏むのも遅い。運転にたとえたら、危なくて乗っていられません」

 ◆中韓の技術力に陰り

 調査会社のテクノ・システム・リサーチによると、パソコンや携帯電話などに使う小型リチウムイオン電池の12年の世界出荷シェアで、韓国のサムスンSDIは25.1%と前年首位のパナソニック(20.7%)を上回り、初めて年間首位になった。

 実は、三洋時代に当時の収入の倍ほどの給与で韓国のサムスンから誘われたことがある。だが、断った。「サラリーマンを辞めて、またサラリーマンにはなりたくなくて」

 少なからぬ友人、知人が韓国へ渡った。韓国メーカーの対日情報収集、勧誘活動の拠点は日本にある「研究所」。そこから自宅や携帯に、ときには職場にまで堂々とスカウトの電話やメールが飛び込んでくる。

 契約は通常2〜3年。韓国に3週間滞在し、1週間の休みで帰国、といった生活パターンが多い。最初の契約期間で容赦なくふるいにかけられ、能力が不十分と見なされれば契約更新はない。

 「韓国や中国の競争力は、ほとんどが日本の技術者からの流出。(焼き畑農業的に引き抜きを続けたことで)めぼしい日本の技術者がいなくなった今は、中韓にとってもピンチなんです。このままでは彼らの技術力もがた落ち」。雨堤は、そんなふうに現状を分析する。

                   ◇

 ■資金面苦労も世界中に顧客

 8300平方メートルの敷地に、延べ約1200平方メートルの建屋。電池の安全性評価や試験、さらには電池製造の前工程や後工程の設備もそろえ、研究開発にも乗り出す。

 世界の巨大メーカーがしのぎを削るリチウムイオン電池開発競争。巨額の設備投資なしには乗り出せないとのイメージがある。だが、雨堤は「そうでもない」という。「いかにコストダウンを図るか。それそのものが技術開発。であるなら、中小・ベンチャーの果たす役割がないはずはない」

 1980年代。栄華を極めたニッポンの半導体の強みは、設計・開発から製造、最終製品への応用までを社内で完結する垂直統合型の仕組みといわれた。そこに敢然と挑戦したのが、設計と製造を分離する「ファウンドリ=ファブレス・モデル)」、つまり水平分業のアイデアだった。米国発のそのアイデアは今、日の丸半導体を存亡の危機にまで追いやっている。

 「僕らが目指すのは、世界初のファブレス電池メーカー」。雨堤の夢は、未来に向いている。

 むろん、道のりは平坦(へいたん)ではない。

 最大の難関は、起業のための資金調達。「ある銀行から、はっきりと言われたんですよ。『われわれはお金のあるところに貸す。お金のないところには貸しません』と。明らかな矛盾じゃないですか?」。損をしてでも貸せとは言わないが、「技術や商売がわかる『目利き』がどこにも見当たらない」。

 ゆえに足元の経営は苦労が多いが、「長期的には、何も心配していない」と雨堤は自信たっぷりだ。なぜなら、「2020年には間違いなく人々は電気自動車を乗り回し、スマートシティに住む時代になっている。つまり、自動車用電池も住宅用電池も巨大市場に成長することは間違いない」からだ。

 現在は研究所での作業の傍ら、技術コンサルティングで日本国内はもとより、アジア、北米を飛び回る毎日。顧客は世界中に散らばっている。

 郷里の英雄、高田屋嘉兵衛は択捉(えとろふ)航路を開拓し、対露外交に力を尽くした。今、雨堤は世界を相手にビジネスを展開する。「鳥飼から世界へ」。雨堤のモットーは、郷里の英雄の志を継ぐものでもある。=敬称略(松尾理也)

 

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