第一章 3部
その部屋は、机が一つ。椅子が二つだけというこじんまりとしたモノだった。学校のカウンセリング教室を真っ白にしたところ・・・・・・と、言えば分かりやすいだろうか?
この部屋に来るのも何回目になるか分からないが、慣れないよなー、ったく。
「おい、彼方」
「・・・・・・あ、はい?」
ぼんやりと立って、辺りをキョロキョロと見回していたら、西条さんに声をかけられた。いやさ、別に今さら見るところなんて無いんだけど、急に個室に来ると多少の緊張しない? オレだけかね、うーん・・・。
「なにボーッとしてんだ? さっさと座れ」
西条さんは顎で椅子を指す。その様は、上司が部下にやる仕草だ。いや、おかしいだろ、おい。
「中々に横暴ですね、西条さん。その態度、オレじゃなかったら憤慨してるところですよ?」
「お前だからこんな態度なんだよ、ほら、早く座れって」
「・・・・・・」
もはや何を言っても無駄だろう。オレは嘆息を交えつつ、示された椅子に座る。西条さんは対面に座って、どこからか書類を取り出し。
「まず、これがこの前撮った脳の写真だが・・・・・・まあ、相変わらず異常なしだ。頭が悪いって事以外はな」
「・・・・・・そろそろ怒りますよ?」
「んで、次だが・・・」
「無視ですか、そうですか」
やっぱり無駄だったな、うん。もう絶対何も言わない。
そう心に誓って、西条さんの次の言葉を待つ。
「最近、お前に変わった変化とかはねえのか? 記憶が回復の兆しを見せた、とか」
「いや、特に・・・・・・」
「・・・・・・ホント、お前の記憶喪失ってワケ分かんねーな。おい、彼方・・・お前、本当に記憶無くしてんのか? 実は無くしてませんでしたーってなオチとかねえのかよ?」
「あるわけないでしょ」
「ああっ、もう! 分からんッ!!」
オレの脳の写真を睨みながら難しい表情を見せる西条さん。やれやれ・・・。
こうなりゃ、仕方ないわな。ひょんなところから記憶が戻るのを待つしかない。
言い方は悪いかもしれねえが、幸いオレの無くした記憶は母親の顔だけ。けれど、その記憶を無くして既に七年。
つまり、オレは記憶を無くして七年間、母さんと過ごしたって事になる。今なら言えるよ、あの人はオレの母親だって。
今は、軽い違和感を少し感じるだけだ。だからまあ、記憶が戻らなくても・・・・・・そこまで不備な事があるわけじゃない。
でも、やっぱり・・・・・・いつかは、記憶が戻って欲しいモンだ。
そして、心の底から呼びたい――――――
――――――お母さん、ってな。
「おい、彼方」
「ん? なんすか?」
「今日の検査はこれで終わりだ、もう帰れ」
「・・・・・・検査って・・・軽い会話と質問くらいしかしてないじゃないですか」
「後、お前の事をバカにした」
「怒りますよ?」
「はっはっはっ」
「なに笑ってるんですか!?」
この人は・・・・・・全く・・・。
「――――――・・・じゃあ、西条さん」
「ほら」
声とともにオレの方に投げてきたのは鍵。
屋上の鍵だ。
「満足したら鍵閉めて降りてこい。本来屋上は立ち入り禁止なんだからな」
「分かってますよ」
頷き、部屋を出る。向かうは屋上だ。
オレはいつも検査が終わったら屋上に行く。そこから見る景色が、オレにとってたまらないモノなのだ・・・・・・変わってるかな、オレ?
今は寒いので、ほどほどにだが、それでも通う事を止めようとはしない。
今だって、階段を上りながらも頬はにやけている。これで、通う事を止められるだろうか? 無理だろう。
「・・・・・・ん? あれ・・・?」
階段を上りきり、屋上への扉が見えてきた辺りで、オレは不審な声を漏らした。いやさ、ドア、開いてんだけど?
っかしいな、オレ以外にここへ来る物好きなんているのか?
疑問に思いながらも、屋上へと足を運ぶ。途端に吹き付ける強い冷風。うわっ、さぶっ!
「・・・・・・今日はほどほどにしとかねえと、マジで風邪引くなこりゃ・・・」
呟いた言葉は白い息となってこぼれる。おーおー、寒いったらありゃしねえぞ、コレ。
にしても、この寒い中、オレと同じような事を考えてる物好きは・・・・・・おっ、いたいた。後ろ姿だったが、着ている服から察するに女性だろう。さっそく声をかけ・・・・・・ん、あれ――――――
――――――なんであの人は、靴を脱いでるんだ?
彼女の側には、一足の靴。それが彼女の物だというのは、彼女の裸足が物語っている。
――――――まさか!
「おい、アンタ・・・」
瞬間。
視界から彼女が消えた。
同時にオレも走り出していて――――――。
「ふざけんなよ、おいッ!?」
指を鳴らした。
するとどうだろうか。再びオレの視界に、彼女が収まった。
戻したのだ、時を。彼女が落ちる前へと。
「――――――あぶねえッ!!」
「・・・・・・ッ」
全力で彼女をつかんで引き寄せる。
た、助かった・・・・・・この歳で、自殺の目撃者とかになりたくねえよ。いや、いくつになってもなりたくないけど、とにかく。
「・・・・・・何やってんだよ、お前・・・?」
引き寄せたのは少女。見たところ、オレとそう変わらない歳に見えるが、しかしなんでまた自殺なんか?
「離して! 離してよっ!!」
「い、いて・・・いたっ、ちょ・・・ばか、足を踏むな!」
しきりにオレの足を踏んできやがる少女。なんともまあ、凶暴な女である。
しかし、なんでまた自殺なんか・・・・・・?
疑問に思ったオレに、少女の一つの言葉が突き刺さった。
「――――――死なせてよッ!!!」
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