ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  奇跡の五秒間 作者:snow
第一章 3部


 その部屋は、机が一つ。椅子が二つだけというこじんまりとしたモノだった。学校のカウンセリング教室を真っ白にしたところ・・・・・・と、言えば分かりやすいだろうか?
 この部屋に来るのも何回目になるか分からないが、慣れないよなー、ったく。

「おい、彼方」
「・・・・・・あ、はい?」

 ぼんやりと立って、辺りをキョロキョロと見回していたら、西条さんに声をかけられた。いやさ、別に今さら見るところなんて無いんだけど、急に個室に来ると多少の緊張しない? オレだけかね、うーん・・・。

「なにボーッとしてんだ? さっさと座れ」

 西条さんは顎で椅子を指す。その様は、上司が部下にやる仕草だ。いや、おかしいだろ、おい。

「中々に横暴ですね、西条さん。その態度、オレじゃなかったら憤慨してるところですよ?」
「お前だからこんな態度なんだよ、ほら、早く座れって」
「・・・・・・」

 もはや何を言っても無駄だろう。オレは嘆息を交えつつ、示された椅子に座る。西条さんは対面に座って、どこからか書類を取り出し。

「まず、これがこの前撮った脳の写真だが・・・・・・まあ、相変わらず異常なしだ。頭が悪いって事以外はな」
「・・・・・・そろそろ怒りますよ?」
「んで、次だが・・・」
「無視ですか、そうですか」

 やっぱり無駄だったな、うん。もう絶対何も言わない。
 そう心に誓って、西条さんの次の言葉を待つ。

「最近、お前に変わった変化とかはねえのか? 記憶が回復の兆しを見せた、とか」
「いや、特に・・・・・・」
「・・・・・・ホント、お前の記憶喪失ってワケ分かんねーな。おい、彼方・・・お前、本当に記憶無くしてんのか? 実は無くしてませんでしたーってなオチとかねえのかよ?」
「あるわけないでしょ」
「ああっ、もう! 分からんッ!!」

 オレの脳の写真を睨みながら難しい表情を見せる西条さん。やれやれ・・・。
 こうなりゃ、仕方ないわな。ひょんなところから記憶が戻るのを待つしかない。
 言い方は悪いかもしれねえが、幸いオレの無くした記憶は母親の顔だけ。けれど、その記憶を無くして既に七年。
 つまり、オレは記憶を無くして七年間、母さんと過ごしたって事になる。今なら言えるよ、あの人はオレの母親だって。
 今は、軽い違和感を少し感じるだけだ。だからまあ、記憶が戻らなくても・・・・・・そこまで不備な事があるわけじゃない。
 でも、やっぱり・・・・・・いつかは、記憶が戻って欲しいモンだ。
 そして、心の底から呼びたい――――――



 ――――――お母さん、ってな。



「おい、彼方」
「ん? なんすか?」
「今日の検査はこれで終わりだ、もう帰れ」
「・・・・・・検査って・・・軽い会話と質問くらいしかしてないじゃないですか」
「後、お前の事をバカにした」
「怒りますよ?」
「はっはっはっ」
「なに笑ってるんですか!?」

 この人は・・・・・・全く・・・。

「――――――・・・じゃあ、西条さん」
「ほら」

 声とともにオレの方に投げてきたのは鍵。
 屋上の鍵だ。

「満足したら鍵閉めて降りてこい。本来屋上は立ち入り禁止なんだからな」
「分かってますよ」

 頷き、部屋を出る。向かうは屋上だ。
 オレはいつも検査が終わったら屋上に行く。そこから見る景色が、オレにとってたまらないモノなのだ・・・・・・変わってるかな、オレ?
 今は寒いので、ほどほどにだが、それでも通う事を止めようとはしない。
 今だって、階段を上りながらも頬はにやけている。これで、通う事を止められるだろうか? 無理だろう。

「・・・・・・ん? あれ・・・?」

 階段を上りきり、屋上への扉が見えてきた辺りで、オレは不審な声を漏らした。いやさ、ドア、開いてんだけど?
 っかしいな、オレ以外にここへ来る物好きなんているのか?
 疑問に思いながらも、屋上へと足を運ぶ。途端に吹き付ける強い冷風。うわっ、さぶっ!

「・・・・・・今日はほどほどにしとかねえと、マジで風邪引くなこりゃ・・・」

 呟いた言葉は白い息となってこぼれる。おーおー、寒いったらありゃしねえぞ、コレ。
 にしても、この寒い中、オレと同じような事を考えてる物好きは・・・・・・おっ、いたいた。後ろ姿だったが、着ている服から察するに女性だろう。さっそく声をかけ・・・・・・ん、あれ――――――



 ――――――なんであの人は、靴を脱いでるんだ?



 彼女の側には、一足の靴。それが彼女の物だというのは、彼女の裸足が物語っている。



 ――――――まさか!



「おい、アンタ・・・」

 瞬間。
 視界から彼女が消えた。
 同時にオレも走り出していて――――――。

「ふざけんなよ、おいッ!?」

 指を鳴らした。
 するとどうだろうか。再びオレの視界に、彼女が収まった。
 戻したのだ、時を。彼女が落ちる前へと。

「――――――あぶねえッ!!」
「・・・・・・ッ」

 全力で彼女をつかんで引き寄せる。
 た、助かった・・・・・・この歳で、自殺の目撃者とかになりたくねえよ。いや、いくつになってもなりたくないけど、とにかく。

「・・・・・・何やってんだよ、お前・・・?」

 引き寄せたのは少女。見たところ、オレとそう変わらない歳に見えるが、しかしなんでまた自殺なんか?

「離して! 離してよっ!!」
「い、いて・・・いたっ、ちょ・・・ばか、足を踏むな!」

 しきりにオレの足を踏んできやがる少女。なんともまあ、凶暴な女である。
 しかし、なんでまた自殺なんか・・・・・・?
 疑問に思ったオレに、少女の一つの言葉が突き刺さった。



「――――――死なせてよッ!!!」
評価
ポイントを選んで「評価する」ボタンを押してください。

▼この作品の書き方はどうでしたか?(文法・文章評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
▼物語(ストーリー)はどうでしたか?満足しましたか?(ストーリー評価)
1pt 2pt 3pt 4pt 5pt
  ※評価するにはログインしてください。
ついったーで読了宣言!
ついったー
― 感想を書く ―
⇒感想一覧を見る
名前:
▼良い点
▼悪い点
▼一言

1項目の入力から送信できます。
感想を書く場合の注意事項を必ずお読みください。


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。