第一章 2部
「――――――・・・ただい、ん?」
家に帰った直後、視界に入ったのは一枚の紙切れ。こうも分かりやすく玄関に置いてあるということは、恐らくオレ宛てのモノなのだろう。
靴は脱がずに、履いたまま紙切れを手に取り、内容を確認。
『彼方へ
明日の予定だった彼方の検査が、今日に変更になっちゃった。
リビングの机の上に、保険証を置いとくから、学校から帰ったら直ぐに向かうようにネ❤
母は、買い物に出かけてまーす☆
今日はカレーだゾ☆☆☆
母より XXX』
実の母親ながらキモイ文体である。
・・・・・・ってか、今から病院かよ、面倒くさいな・・・。
と、内心では思いつつも、手早く支度を済ませ、直ぐに家を出る。病院なんて通うようになったのは、完全に自業自得だからだ。
――――――『脳』。
即ち、失われた記憶を取り戻すために、オレは病院に通っている。
母さんの顔が、オレの記憶から消えたあの日――――――――――――オレは、『能力』の事は誤魔化しつつ、記憶が無くなったという事だけうまく伝えた。
あの時の母さん・・・・・・すげえ、驚いてたよな・・・。
昔の事を思い出しながら溜息を吐く。とんだ親不孝者だ、オレは。
記憶が無くなった初めの頃は本当に苦労した。なんせ、母さんが全く知らない別人にしか見えねえんだもんよ。
まるで、赤の他人と接しているみたいだった。
――――――他でもない、母さんが一番辛かったと思う。
自分の息子に顔を忘れられるなんて・・・さ。
「・・・・・・やっぱ、今日は寒いな」
家から病院まで、そんなに距離はない。だからといって、道中が寒くないってわけじゃねえんだよな・・・・・・やっべ、マジ寒いわ。
軽く震えている自分の右手に目をやり思う。
この能力は、自分のためには使わない。誰かのために使うんだ。
困ってる誰かを助けるために、な。勿論一日三回限りだけど。
本当は、母さんのために何かをしたかった。けど、オレには何も出来ない。ならばせめて、この能力は他の誰かのために使おう。私利私欲ではなく、見知らぬ他人のために。
それがいつか、母さんへの何かになると願って・・・・・・。
「――――――っと、着いたか」
色々と思索してたらあっという間だったな。いつの間にやらご到着・・・・・・『西条病院』だ。名前の通り、この病院の院長さんは西条だ。一応、オレの担当の先生でもある。
・・・・・・西条さんとは、本当に長い付き合いになるよな。
初めてこの病院に来たのは、七年前。それからずーっと、オレはここに通っているのだ。
ま、今のところ記憶が戻る気配は一切ないんだが。
「しゃーなしだな、ホント」
やれやれ・・・と、ぼやきながら病院内へと足を踏み入れた。
「よっ、彼方」
「・・・・・・っと、いきなりですね、西条さん」
病院に入った瞬間に、西条さんとご対面。オレがこの時間帯に来るって事が分かってたのかね? つーか、そもそもどうして検査が今日に変更になったんだ?
様々な疑問が重なり合い、怪訝な表情を見せるオレに、西条さんから色々と説明が。
「・・・・・・実は、今一人厄介な患者を抱えていてな」
「はぁ・・・」
「ソイツの担当も俺なんだが、明日と明後日はソイツの検査、明々後日には手術が入っちまってよ・・・・・・お前の検査が出来なくなっちまったってワケだ」
なるほど、だから検査が明日から今日に変更になったってワケね。
「お前がもうすぐ来るってのは、事前にお前のトコの母親に聞いていたからな・・・・・・それで俺はこの時間帯に、このフロアで待ってたってワケだ」
「色々と合点がいきました」
「ソイツは良かった。にしてもお前・・・・・・相変わらず辛気クセー面してんな、ホント」
「ははっ、いきなりとんでもない事言い出しましたね西条さん」
一応、ここでオレは患者のハズだ。で、西条さんは言わずもがな、医者だ。
なのにこの扱いって・・・・・・。
「テメー相手に敬う必要なんて今さらないだろ?」
「だとしても、オレも患者なんですから、もうちょい敬意を持って接してくださいよ。勿論、他の患者さんにもですよ?」
「バーカ。俺がこんな態度を取ってるのはお前だけだっての」
「差別じゃないですか」
「特別扱いだ。嬉しいだろ?」
渇いた笑いしか出てこねえ。
西条さんも相変わらずだな、ったく。
「さて、いちまでも立ち話してるのもアレだな。着いてこいよ」
「また、いつもの検査室ですか?」
「ああ」
西条さんは呟いて、歩き始める。
オレもその背に習って歩を進め、西条さんに着いていった――――――。
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