ブックリスト登録機能を使うには ログインユーザー登録が必要です。
  奇跡の五秒間 作者:snow
第一章 2部


「――――――・・・ただい、ん?」

 家に帰った直後、視界に入ったのは一枚の紙切れ。こうも分かりやすく玄関に置いてあるということは、恐らくオレ宛てのモノなのだろう。
 靴は脱がずに、履いたまま紙切れを手に取り、内容を確認。

『彼方へ
明日の予定だった彼方の検査が、今日に変更になっちゃった。
リビングの机の上に、保険証を置いとくから、学校から帰ったら直ぐに向かうようにネ❤
母は、買い物に出かけてまーす☆
今日はカレーだゾ☆☆☆
母より XXX』

 実の母親ながらキモイ文体である。
 ・・・・・・ってか、今から病院かよ、面倒くさいな・・・。
 と、内心では思いつつも、手早く支度を済ませ、直ぐに家を出る。病院なんて通うようになったのは、完全に自業自得だからだ。



 ――――――『脳』。



 即ち、失われた記憶を取り戻すために、オレは病院に通っている。
 母さんの顔が、オレの記憶から消えたあの日――――――――――――オレは、『能力』の事は誤魔化しつつ、記憶が無くなったという事だけうまく伝えた。
 あの時の母さん・・・・・・すげえ、驚いてたよな・・・。
 昔の事を思い出しながら溜息を吐く。とんだ親不孝者だ、オレは。
 記憶が無くなった初めの頃は本当に苦労した。なんせ、母さんが全く知らない別人にしか見えねえんだもんよ。
 まるで、赤の他人と接しているみたいだった。



 ――――――他でもない、母さんが一番辛かったと思う。



 自分の息子に顔を忘れられるなんて・・・さ。

「・・・・・・やっぱ、今日は寒いな」

 家から病院まで、そんなに距離はない。だからといって、道中が寒くないってわけじゃねえんだよな・・・・・・やっべ、マジ寒いわ。
 軽く震えている自分の右手に目をやり思う。
 この能力は、自分のためには使わない。誰かのために使うんだ。
 困ってる誰かを助けるために、な。勿論一日三回限りだけど。
 本当は、母さんのために何かをしたかった。けど、オレには何も出来ない。ならばせめて、この能力は他の誰かのために使おう。私利私欲ではなく、見知らぬ他人のために。
 それがいつか、母さんへの何かになると願って・・・・・・。

「――――――っと、着いたか」

 色々と思索してたらあっという間だったな。いつの間にやらご到着・・・・・・『西条病院』だ。名前の通り、この病院の院長さんは西条だ。一応、オレの担当の先生でもある。
 ・・・・・・西条さんとは、本当に長い付き合いになるよな。
 初めてこの病院に来たのは、七年前。それからずーっと、オレはここに通っているのだ。
 ま、今のところ記憶が戻る気配は一切ないんだが。

「しゃーなしだな、ホント」

 やれやれ・・・と、ぼやきながら病院内へと足を踏み入れた。

「よっ、彼方」
「・・・・・・っと、いきなりですね、西条さん」

 病院に入った瞬間に、西条さんとご対面。オレがこの時間帯に来るって事が分かってたのかね? つーか、そもそもどうして検査が今日に変更になったんだ?
 様々な疑問が重なり合い、怪訝な表情を見せるオレに、西条さんから色々と説明が。

「・・・・・・実は、今一人厄介な患者を抱えていてな」
「はぁ・・・」
「ソイツの担当も俺なんだが、明日と明後日はソイツの検査、明々後日には手術が入っちまってよ・・・・・・お前の検査が出来なくなっちまったってワケだ」

 なるほど、だから検査が明日から今日に変更になったってワケね。

「お前がもうすぐ来るってのは、事前にお前のトコの母親に聞いていたからな・・・・・・それで俺はこの時間帯に、このフロアで待ってたってワケだ」
「色々と合点がいきました」
「ソイツは良かった。にしてもお前・・・・・・相変わらず辛気クセー面してんな、ホント」
「ははっ、いきなりとんでもない事言い出しましたね西条さん」

 一応、ここでオレは患者のハズだ。で、西条さんは言わずもがな、医者だ。
 なのにこの扱いって・・・・・・。

「テメー相手に敬う必要なんて今さらないだろ?」
「だとしても、オレも患者なんですから、もうちょい敬意を持って接してくださいよ。勿論、他の患者さんにもですよ?」
「バーカ。俺がこんな態度を取ってるのはお前だけだっての」
「差別じゃないですか」
「特別扱いだ。嬉しいだろ?」

 渇いた笑いしか出てこねえ。
 西条さんも相変わらずだな、ったく。

「さて、いちまでも立ち話してるのもアレだな。着いてこいよ」
「また、いつもの検査室ですか?」
「ああ」

 西条さんは呟いて、歩き始める。
 オレもその背に習って歩を進め、西条さんに着いていった――――――。


 

 


+注意+
・特に記載なき場合、掲載されている小説はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
・特に記載なき場合、掲載されている小説の著作権は作者にあります(一部作品除く)
・作者以外の方による小説の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この小説はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この小説はケータイ対応です。ケータイかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。
小説の読了時間は毎分500文字を読むと想定した場合の時間です。目安にして下さい。