<2013年1月=東スポ携帯サイトより>
年末年始のバラエティ番組を見ていれば、まさに女装タレントの全盛時代。数々の女装タレント(オネエ系)を目にし続けた。
マツコ・デラックスにミツツ・マングローブ、はるな愛etc。大晦日の紅白歌合戦で美川憲一は落選していたけれど、その道の元祖たる美輪明宏が男装(本来はこっちが普通なんだけど…)して披露した「ヨイトマケの唄」が大変な評判を呼んでいる。
「女装タレント」とひとくくりにしてしまうのも、いささか乱暴だが昔のコメディー番組等でお婆ちゃんを演じるのは、なぜか男性タレントである場合が多かった。
柳家金語楼(おトラさん)や青島幸男(いじわるばあさん)、高松しげお(いじわるばあさん)、藤村有弘(いじわるばあさん)などもそうだし、ばってん荒川や昨年亡くなった桜井センリ。また〝マチャアキ〟こと堺正章の父にして、昭和の名喜劇人・堺駿二も、どちらかと言えば、老婆の格好のほうが印象に残っている。いわゆるオネエ系ではない、この喜劇人たちも「女装タレント」と呼んでいいものやら…。
特に堺駿二の老婆役は強烈だった。竜雷太主演の青春ドラマ「これが青春だ」(昭和41年)の第28話「サッカーばあちゃん」というエピソードで、藤木悠演じる教頭の母親として登場。堺演じる老婆が実家を抜け出し、なんとも強引に息子の学校のサッカー部に入部志願し、一騒動起こすというコミカルなエピソードを残している。
で、ここからが本題。そんなマチャアキパパを要因として、豊登が銀髪鬼(フレッド・ブラッシー)によって血まみれにされてしまったというエピソードをご存知だろうか?
映画「力道山の純情部隊」(昭和32年・東映東京=マキノ雅弘監督)で、力道山とも共演経験がある堺は大のプロレスファンとしても知られていた。そんな堺が、力道山没後の昭和40年4月20日「第7回ワールドリーグ戦」(大阪府立体育会館)を観戦したときのことだ。
この日のメーンイベントであるリーグ公式戦「豊登vsブラッシー」の試合前、堺が豊登に花束を渡したところ、これに敏感に反応してきたのが銀髪鬼。 「なぜ、オレにはくれないんだ?」と怒り狂い、ゴング後はいつにも増してラフファイトに拍車がかかる。
3本勝負の1本目こそ豊登がルー・テーズから習ったという足殺し(現在のアキレス腱固め)で試合を有利に進め、逆エビ固めで先取したものの、2本目は銀髪鬼が噛みつきで豊登の顔面を血みまれにし、ネックブリーカードロップでタイ。
3本目は噛みつき、場外乱戦の末、豊登は銀髪鬼の反則を見逃しまくる沖識名レフェリーにまで手を出し、試合中にも関わらずマイクを握って「沖レフェリーを認めない。コミッションの粛正な裁定を望む!」と叫ぶ異例事態。さらに銀髪鬼が豊登に襲い掛かり、リングサイドで大乱闘。ついには豊登の反則負け が告げられたのだった。
この日の興行を報じる本紙(大見出しの下には豊登がブラッシーにアキレス腱固めを極める写真が)では「大流血の乱戦の原因となったのは試合前の堺駿二の花束(贈呈)ではないかとリングサイドでも、もっぱらの噂だった」と報じている。試合中こそ豊登に黄色い声援を浴びせていた堺も、あまりの乱闘ぶりに「どうも大変な試合になっちゃって…」と青くなっていたそうな。
それにしても、人気コメディアンの花束贈呈にキチンと反応し、試合のエッセンスにしてしまう銀髪鬼のショーマンシップはお見事。昭和の名コメディアンと、世界のプロレス史に名を刻む名レスラーとの間に、こんな接点があったことを忘れてはなるまい。