<2013年1月=東スポ携帯サイトより>
安っぽい〝JーPOP〟とやらに多い「夢をあきらめないで」とか「夢は必ず叶う」なんて歌詞が嫌いだ。
夢に向かって努力することは尊いし、実際に夢が叶うこともある。だが、すべての夢が実現するワケがない。小学校の教室で「将来の夢は?」なんて話題になれば、必ずや2~3名は「世界征服」「天下統一」「宇宙一周(?)」みたいなコトを言い出す奴はいる。ちょっと考えたって、そいつら全員の夢が叶うワケがない。アレクサンダー大王やフビライ・ハンですら失敗したというのに…。
そんな大きすぎる夢はともかく、大抵の子供番組は「夢の素晴らしさ」「夢は実現する」ということを前提に話を進めるモノだ。先ほど安っぽいJ―POPの歌詞が嫌いと書いた私とて、その方が健全だと思う。
幼少期の私に、冷や水を浴びせるが如く「夢は簡単に叶わない」「現実を知れ!」と教えてくれた存在が、1月19日に亡くなった第48代横綱の大鵬親方だった。
別に私が大相撲に入門し挫折したワケではない。大鵬親方は現役引退から約1年半後の昭和48年、子供向けのドラマ「どっこい大作」(NET=現テレビ朝日系)の第1話にゲスト出演したのを見ただけだ。
物語は中学卒業後「日本一の男になる」と、北海道から上京した田力大作(金子吉延=青影や河童の三平でおなじみ)がラーメン屋や清掃会社、パン屋に就職し、さまざまな苦労を重ねつつ成長するというモノ。
この大作少年、何か困難にぶつかると、突然半裸となり、上空めがけて「どっこい、どっこい、どっこい」と〝エアてっぽう〟を繰り返す習性がある。この珍妙な「どっこい」は当時、子供たちの間でも大流行した。
実家の部屋に、大鵬のポスターやピンナップを貼りまくるほどの〝大鵬マニア〟である大作少年は上野駅到着後、そのまま大鵬部屋に直行する。
大作は大鵬親方に土下座するや「日本一の男になりたいんです。教えて欲しい。日本一の親方なら分かるはずです。お願いします」と懇願する。
ここからは決して芸能活動に積極的ではなかった昭和の大横綱が、ドラマにて演技をするという貴重な姿が拝見できる。
とてつもなく棒読みかつ朴訥、そして聞き取りづらいセリフで親方は「私よりほかを当たってみなさい」とポツリ。
大作は「オレ、親方に聞きたいんです。オレ、親方に聞くまで、これを離しません」と親方の着物の袖をギュッと掴む。
表情が固まったままの親方は「よし、体で覚えてごらん。日本一など、口で言うほど簡単になれるものではない」と言うや、部屋の若い衆に大作に相撲のぶつかり稽古をつけることを命ずる。
土俵に上がった大作は「どっこい、どっこい、どっこい」と若い力士たちにぶつかって行くが、投げられ、転がされ続け、ついには気を失ってしまう始末…。親方は、さらに朴訥さ倍増な口調で「どうだ分かったか。素直さと辛抱を忘れるな」と言い残して席を立ってしまうのだった。
これが入門志願だったかどうかも不明だが、かくして大鵬部屋を後にした大作は、住み込みでラーメン屋(珍竜軒)にて働き始め、清掃会社(清潔社)、パン屋(ハッピーパン)と職場を変えつつ「日本一の男」を目指すのだった。
オープニングから頻繁に登場する「どっこい」。そして超異例のゲスト・大鵬親方(この番組は他にも輪島功一、大山倍達、村田英雄など、幼児層のニーズから、かけ離れたゲストが登場していた)。当時この放送を見ていた私は、てっきりこのドラマを大相撲を題材としたスポ根作品なのかと思ったが、実際は大鵬親方に現実の厳しさを思い知らされることから始まる、熱血職業訓練ドラマだったという次第。
しかし大鵬親方の演技力ときたら……。もし親方が力士ではなく俳優、いや、同じ格闘系でも、ある種の表現力が欲求されるプロレスラーだったとしたら、大成できなかったことだろう…たぶん。