2010年03月23日

「密約」公表も、「国家のウソ」全容解明は依然闇の中

「密約」公表も、「国家のウソ」全容解明は依然闇の中

― メディアは有識者委報告で落着とせず、検証取材継続を ―

河野慎二(ジャーナリスト・元日本テレビ社会部長)


 38年前、沖縄返還時の密約疑惑を報道した、元毎日新聞記者の西山太吉さんが3月19日、衆議院外務委員会で証言し「もっと国民が知らなければならない密約がある」と訴えた。西山さんは自らがスクープした沖縄原状回復費の日本肩代わり密約は「氷山の一角」と指摘。78年以降の「思いやり予算」につながる日本側の財政負担を決めた密約こそ「最も国民が知らなければならないものだ」と強調し、国会と現場のジャーナリストに密約を解明する努力を強化するよう呼びかけた。

 3月20日、マスコミ九条の会のシンポジウム「『普天間問題』のウラに隠された真実」が開かれた。パネラーの軍事評論家、前田哲男さんは「60年1月に、核持ち込みを旧安保通り認める密約が発生し、その後密室協議による自由解釈で密約は増殖を続けた。密約の行き着いた先が、普天間基地問題だ。4つの密約に限定せず、検証を続けなければならない」と強調し、メディアに対し追及の手を止めないよう訴えた。

 4つの密約とは、3月9日に外務省の「有識者委員会」が公表した検証結果報告書の中で明らかにしたものだが、検証結果の内容は「不可解」の一語に尽きる。
 有識者委員会はなぜ、日米両国の最高首脳や外交責任者が署名した二つの外交文書を密約と認定しなかったのか。1960年の日米安保改定時の核持ち込みなど3つの日米秘密合意について、「広義」「狭義」と区分けして密約とした意図は何か。同委員会の認定には重大な疑問と疑惑が次々と広がる。

 テレビや新聞などメディアは「密約認定」を大々的に報道したが、有識者委報告の問題点についての切り込みは極めて弱く、「国家のウソ」の全容解明は依然闇の中だ。
 西山さんは「政府の密約が、30数年経ってようやく検証された。日本の構造や日本全体を覆っているグレードの低さが問題。司法も政府権力もマスコミも」と指摘し、メディアに対し、権力への姿勢を明確にするよう訴えている。

 とは言え、歴代自民党政権のもとで国民を欺き続けてきた密約が暴かれ、日米外交の闇に一筋の光が差し込んだのは、昨夏の政権交代の結果によるもので、画期的なことだ。自公政権の退場がなかったら、密約はさらに継続しただろうから、有権者が投じた一票の力の大きさを改めて実感する。この点は、正確に評価しておく必要がまずあるだろう。
 憲法9条の会呼びかけ人で作家の澤地久枝さんも、TBSの「サンデーモーニング」(3月14日)で、「政権交代がなかったら、ここまで来ない。開いたドアをもっと大きく開ける必要がある」と述べている。

■佐藤・ニクソン署名入り核再持ち込み秘密合意を
 密約と言わずに何を密約と言うのか
 歴史的な政権交代の結果スタートした有識者委員会だが、その検証結果は、「国家のウソ」で国民を騙してきた日本政府の犯罪的行為の責任をあいまいにし、密約公表によるダメージを最小限にとどめるため、さまざまなごまかしと言い訳で装飾を施し、密約を評価する上での客観性と公正さを著しく欠いた「欠陥報告書」となっている。

 最も不可解なのは、72年の沖縄返還時の核の再持ち込みについて、当時の佐藤首相とニクソン大統領が秘密裏に署名した合意議事録を、密約と認定しなかったことだ。有識者委は議事録の現存を確認しながら、「佐藤政権後は効力を持たなかった」などを、密約と認定しない理由としているが、これは通らない。この佐藤・ニクソン署名入り秘密合意を密約と言わずに、何を密約と言うのか。

 密約の発端となった60年の藤山外相とマッカーサー駐日米大使の署名入り「秘密討議記録」を密約と認定しなかったことも、不可解極まりない。有識者委はこの討議記録を「核搭載艦船を事前協議の対象外とする『密約』の証拠と見るのは難しい」としている。その理由について同委は「核兵器の『持ち込み』に関する了解であるという認識は日本側にはなかった」からだとしている。

 しかし、「討議記録」の2項Cは「事前協議」について、「米艦船の日本領海や港湾への立ち入りに関する現行の手続きに影響を与えるものとは解されない」と明記している。この規定は、核搭載米艦船の日本寄港を旧安保どおり認めるというものだ。これに60年1月6日、日本の外相と米大使が署名しているのだから、「討議記録」は密約以外の何物でもない。有識者委の判断は、黒を白と言いくるめる詭弁としか言いようがない。

 有識者委は、「討議記録」を密約の証拠とは言えないとする一方、60年安保改定時に「日米双方は互いの意向を知りながら、問題を追及しなかった。互いに深追いせず、あいまいなままにしておいた」とし、「その結果、広義の密約といえる『暗黙の合意』が安保改定時に姿を現し、60年代に固まった」と認定した。肝心要の「討議記録」の密約性を否定した上で、「広義の密約」を認定するという手の込んだ結論を導き出したのである。

■テレビ、有識者委報告を型通り報道に終始
澤地久枝さん「また、ごまかされる」と警鐘
 メディアは多くの紙面と時間を割いて密約調査報告を伝えたが、その内容は有識者委報告の枠内にとどまっている。密約が象徴する対米従属政策が日本の外交を歪め、防衛政策をいびつなものにしている現実には全く目を向けていない。
 有識者委が「藤山・マッカーサー極秘討議記録」の密約認定を否定したことこそが、むしろニュースだと思うのだが、テレビ朝日の「報道ステーション」がサラッと触れただけで、問題点を掘り下げたメディアは無かった。

 澤地さんが「サンデーモーニング」で、「やっと、(密約の)何かが少し明らかになりましたね。しかし、広い∞狭い≠使い分けして、逃げようとしています。また、ごまかされてしまいますよ」とコメントしていた。直接の言及はなかったが、澤地さんは「討議記録」を密約と認定しなかった有識者委の報告に狡猾な意図を感じ取り、警鐘を鳴らしているように聞こえた。

 テレビ報道を検証すると、TBSは「THE NEWS」(9日)などのニュースで「有識者委員会が『核持ち込みの密約』など、3つの密約があったと結論付けました」と総花的に報道した。海部元首相がインタビューで「(密約を引き継いだ)記憶はある。次官が説明に来た。密約は守ってやろう。守ることが日米安保を有効に前進できる。やるべきだと思った」と語り、国民を騙したことを恬としてして恥じない厚顔ぶりを発揮した。

 NHK「ニュース7」は、60年安保改定時に核持ち込みについて「あいまいなままにするという暗黙の合意があり、広い意味での密約があったと認定した」と報道。朝鮮有事の際の米軍による基地の自由使用には「密約あり」、沖縄返還時の原状回復費の日本肩代わりについては「広義の密約」認定など、有識者委の報告を型通り伝えた。
 しかし、有識者委が「討議記録」の密約認定を否定したことや、佐藤・ニクソン極秘署名文書を密約認定しなかったことなど、同委報告の重大な問題点の指摘はなかった。

 NHK「ニュースウオッチ9」には、岡田外相が生出演した。田口キャスターは「報告書をどう受け止めるか」「有事の場合はどうするのか」「日米の解釈の違いは?」「今後の日米関係に影響はあるか」など、通り一遍の「ご意見拝聴型」質問に終始した。

 岡田外相は「岸内閣の安保改定や、佐藤内閣の沖縄返還は、こういう密約なしに実現できたと考えるのは難しい。苦渋の決断だったと思う」と虚偽答弁を正当化した。「有事」の核持ち込みの危険については「91年に米政府は艦船から核を撤去したから、(核持ち込みはないことが)担保されている」と米国任せの姿勢を変えなかった。
 キャスターが再質問したり、割って入って疑問を示すことをしないため、NHKニュースは岡田外相独演会の場と化した。報道機関として大きな疑問が残った。

 テレ朝の「報道ステーション」は、「核密約については、歴代政府が『ない』と言い続けてきた。今日、『密約があった』と変わった。戦後の歴史が塗り替えられた」と、大上段に振りかぶったナレーションで始まったが、TBSやNHKと大同小異の内容だった。
 60年安保改定時の核持ち込み密約に関連して、「日米はある取り決めを交わした。初公開された極秘文書には『米艦船の入港の手続きに影響を与えない』と記されている」と報道した。メディアとして初めて「藤山・マッカーサー討議記録」に言及したもので、どう展開するか注目したが、それ以上掘り下げなかった。

■新聞もテレビと五十歩百歩の密約報道
朝日、特ダネ活かせず掘り下げのチャンス棒に振る
 新聞各紙も10日の朝刊で、「核密約歴代首相ら黙認 持ち込み、米軍出撃、肩代わり、有識者委認定」(朝日1面見出し),「核持ち込み『密約』認定 暗黙の合意が存在」(読売1面見出し)など、数ページを割いて報道した。社会面でも「核のウソ半世紀 密約終わらぬ苦闘 西山元記者追及38年」(朝日)と見出しが躍った。
 だが、報道内容はテレビと五十歩百歩で、有識者委報告書の枠内にとどまり、密約の解明を求める国民の期待からは程遠いものだった

 今回、有識者委が「核持ち込み密約の証拠と見るのは難しい」とした「討議記録」に関連して、朝日は昨年11月21日付朝刊で、「外務省に核密約証拠文書 保管資料調査で発見」とスクープしている。
 朝日は「核持ち込み密約の根拠をなす文書である『討議記録』の存在を裏付ける日本側文書が、外務省の保管ファイルの中から発見されたことが(11月)20日、分かった」「60年1月6日に藤山愛一郎外相とマッカーサー駐日米大使がイニシャル署名した最終合意の内容が分かる」などと特ダネで報道した。

朝日のスクープを、読売が同日付夕刊で後追い報道している。読売は「密約の存在の裏付けにつながる関連文書が見つかった」「今回見つかった文書は、60年安保改定時の核持ち込みをめぐる日米の『討論記録』に関連するもの」などと伝えた。
 新聞社は他社に特ダネを抜かれた場合、それ程重要でなければ無視する。後追いするというのは、逆にビッグニュースであることを意味する。その意味で、朝日のスクープは密約問題を解明するハイレベルな資料と見て間違いない。

 特ダネを手にした記者は通常、公表された内容を手持ちの資料と照らし合わせて、疑問や問題点の解説記事を書き、2次、3次の掘り下げ取材に取り掛かる。
 朝日の11月のスクープは、「討議記録」を密約ではないと退けた有識者委の判断と対局の位置にあると思われる。朝日はなぜ、この不可解な認定に着目し、自らモノにしたスクープ資料をもとに、世論を喚起する批判記事を書かなかったのか。

 密約解明の核心に迫る武器を持ちながら、有識者委の誤った認定を素通りし、独自のスクープ資料で「報告書」の誤りにメスを入れるチャンスをみすみす放棄した朝日は、あたかもホームランボールを見送って三振に倒れた打者に似て、何とも情けない。

■密約で味占めた自民政府、米国要求を次々受け入れ
TBS「サンデーM」米国追従、生活破壊にスポット
 日米間で取り交わされた密約は、半世紀にわたって日米外交を律する基軸として機能し続けている。歴代首相も官僚も、国会や国民に密約の存在を明らかにせず、欺き続けてきた。ウソとすり替えで国民を騙せることに味を占めた自民党政権は、その後も米国との密室協議で防衛、外交両面で米国に従属する政策を決定し、国会審議を空洞化させて、憲法に反する「日米軍事一体化」を強引に進めてきた。

 普天間基地の返還問題で最大の焦点になっているのは、沖縄米海兵隊のグアム移転計画だが、防衛、外務両省の官僚は「詳細は承知していない。米側が細部を検討中」などとして、国会や国民に真実を明らかしていない。理由は、ブラックボックス化された密室協議で日本が米国に追従して政策を決定しておきながら、国会とメディアの追及が弱いことに胡坐をかき、政府が安閑としてウソとごまかしを繰り返してきたことにある。

 そして、歴代政府の対米従属政策は、外交・防衛にとどまらず、金融・産業構造など経済全般に波及し、ブッシュ政権の新自由主義路線と市場原理主義を鵜呑みにした小泉政権のもとで、国民生活の破壊は頂点に達している。

 TBSの「サンデーモーニング」は14日、「風を読む」のコーナーで、日本が米国の要求を次々と受け入れてきた追従の歴史を振り返っている。72年の沖縄返還時に400万ドルを肩代わりした日本は、78年以降「思いやり予算」2000億円余を毎年米国に提供し続けている。91年、湾岸戦争で130億ドルを拠出し、2001年、海上自衛隊をインド洋に派兵。04年には、陸上自衛隊をイラク・サマーワに派兵した。

 番組は「アメリカの要求は、軍事にとどまらない」として、「日本にはあらゆる面で要求を続ける」と述べるクリントン元大統領のVTRを紹介する。市民の街頭インタビューでは「(対米従属は)今も続いている」「日本はアメリカに、強く言えないし、言わない」と的を射た答えが放映される。

 「アメリカの要求を受け入れることを、良しとしてきた日本の姿勢。日本はアメリカの要求に、NOと言えない。戦後60余年続いている」とまとめのナレーション。国民を騙す密約を作り上げた日米の政策決定の枠組み、即ち、日本の対米従属のシステムが国民生活の隅々にまで、被害をもたらしている。その一端を「風を読む」は伝えている。

■密約問題は「4つの密約」で終わりではない
財政密約、地位協定、普天間、メディアは追及継続を
 メディアは、今回の有識者委員会の調査報告で、密約取材を「一件落着」とさせてはならない。3月12日、菅直人財務相が記者会見し、日本政府が沖縄返還以降ニュヨーク連邦銀行に約1億ドルを無利子預金していたことについて、「広義の密約があったと言える」との談話を発表した。西山さんの言う「密約の本丸」が姿を現したのだ。

 財務省の調査結果によると、財政密約の総額は4億500万ドルで、これに無利子預金6千万ドル(後に約1億ドル)が加わる。71年6月の沖縄返還協定で合意された3億2千万ドルをはるかに上回っている。
 このウラ合意の財政密約は、米軍が「銃剣とブルドーザー」で強制収用した土地を、破格の高値で日本政府が買い戻した屈辱的な財政支出だ。現在の「思いやり予算」の原型でもあり、メディアはこの財政密約を徹底的に検証し報道すべきだ。

 朝日の「ザ・コラム」(3月18日)に、外岡秀俊編集委員が日米密約について「『国家のウソ』戦いの最終章」を書いている。外岡記者は、財務省が認めた約1億ドルの「密約預金」などの「財政密約」と、佐藤・ニクソン密約を取り上げ、特に両トップが署名した最高レベルの密約を、「一方は私人として闇に葬り、他方は国として厳しく管理する。その違いに暗然とさせられる」と指摘する。その上で、外岡記者は「『国家のウソ』をめぐる戦いの最終章が始まる」としめくくっている。

 ジャーナリストの鳥越俊太郎さんも、20日のマスコミ九条の会シンポジウムで「日米同盟という体制が果たして必要か。根本的に考えてみる必要がある。日米同盟をゼロベースで考えるべきだ。最初に日米同盟ありきというのはおかしい」と訴えた。鳥越さんはテレビ朝日の「スーパーモーニング」(1月26日)でも「ちゃぶ台をひっくり返すようなことを言いますが」と前置きして、「政権交代があり、日米安保改定50年を迎えた今年は節目の年だ。日米安保のゼロベース見直しをやるべきだ」と力説している。

 二人のジャーナリストの発言は、密約と密約の背景にある日米安保、日米同盟の問題について、監視を怠らず、取材の強化と継続を呼びかけたメッセージである。
 昨年6月から7月にかけて、核密約を4人の元外務事務次官が認めたとの共同通信や西日本新聞のスクープ、核密約文書破棄疑惑をスクープした朝日新聞など、新聞ジャーナリズムが核密約公表を牽引した。テレビも、TBSが村田良平元事務次官のテレビインタビューに成功し、メディアの活性化を印象付けた。

 今回の密約報道では、メディアは有識者委員会の報告を型通り伝えただけで、掘り下げた取材は影を潜め、読者・視聴者の期待に応えていない。民主党連立政権の背中を押した折角のスクープも活かし切れず、画竜点睛を欠いた報道に終わったのは残念だ。
 しかし、密約は終わっていない。本命の財政密約はもちろん、日米地位協定の密約も未解明のままだ。特に、世にも稀な不平等条約と言われる日米地位協定を改定するには、締結の経緯をめぐる密約の検証と解明が欠かせない。
 テレビ、新聞などメディアが財政密約や地位協定密約、そして普天間問題をめぐる密約に、積極的な取材のメスを入れ、国民に真実を伝えることを期待したい。
posted by マスコミ9条の会 at 07:20| Comment(0) | テレビ報道(河野) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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