鳩山政権は覚悟を決め「普天間」対米交渉に臨め
―テレビは日米安保を聖域とせず報道を強化すべき―
河野慎二(ジャーナリスト・元日本テレビ社会部長)
在日米軍普天間飛行場の移設問題で鳩山政権が迷走している。このままでは「国外か、最低でも県外移設」とした選挙公約は風前の灯火だ。鳩山首相が「戦後行政の大掃除」を宣言(所信表明演説、10月26日)しながら、日米安保条約や在日米軍再編問題の根本的見直しを逡巡している民主党の姿勢に原因がある。
鳩山首相は13日、初来日したオバマ米大統領と会談し、最大の懸案となっている普天間移設について「選挙で、沖縄県民に、県外か国外移転を公約したのは事実で、県民の期待感も強まっている」と辺野古以外の移設に理解を求めた。
これに対しオバマ大統領は「ハイレベルのワーキンググループ(作業部会)で協議し、迅速に結論を出したい」と述べ、現行計画でまとめるよう促した。
両首脳は、「普天間」で決裂し、日米同盟に亀裂が入ることを回避するため、閣僚級の作業部会での協議に結論を先送りした。
しかし、この部会での協議については、日本側が辺野古以外の移設先を検討する機関としているのに対し、米側は現在の日米合意実施の場と位置づけており、同床異夢状態だ。今後の議論では、新たな緊張が生ずる可能性もあるが、鳩山首相が沖縄県民の声を踏まえて、覚悟を貫けるかどうかが焦点となる。
この問題についてのテレビ報道は、「対等な日米関係」を掲げる鳩山連立政権の新政策とオバマ政権との「新緊張関係」にスポットを当てた。オバマ大統領の前に来日したゲーツ国防長官の理不尽な言動もあって、日米政府の協議をストレートに伝えるだけではなく、現地沖縄の米軍基地の実態や市民の声を丹念に拾う姿勢がこれまでより多くの時間を割いて伝えられた。
しかし、沖縄に忍耐の限度を超えた基地の負担をもたらしている日米安全保障条約の問題に根本的なメスを入れる取材は皆無に近かった。番組によっては、寺島実郎氏らコメンテーターの発言を借りる形で、日米安保見直しの必要性を指摘するなど、基本的な解決の方向に言及する番組もあった。
今後は問題点の指摘をコメンテーター任せにするのではなく、テレビ局自らが自分の言葉で問題提起することが求められる。そのためには、より深い、掘り下げた取材が欠かせない。特に沖縄県民の目線に立った取材と全国発信が必要となる。
■鳩山政権普天間で迷走、政権公約は風前の灯火か
「時間で変化、否定しない」首相自らマニフェスト放棄?
普天間飛行場移設を巡る取材は、鳩山首相の迷走発言から始まった。首相は10月7日、米軍再編に関する選挙公約について「時間というファクターで変化する可能性を否定しない」と発言し、普天間の辺野古移設容認を示唆した。
岡田外相も23日「県外移設というのは、事実上考えられない状況だ」と発言。公約で国民に約束した「国外、県外移設」をいともあっさりと放棄した。
鳩山首相は26日、政権交代後初の所信表明演説を行った。在日米軍再編について首相は、「安全保障上の観点も踏まえ、沖縄の負担、苦しみや悲しみに思いをいたし、真剣に取り組む」と述べるにとどまった。連立政権の3党は「在日米軍再編見直しの方向で臨む」ことで合意したが、所信表明演説には「見直し」の表現はなかった。3党合意から、明らかに後退していた。
北沢防衛相は27日、米軍普天間飛行場を辺野古沖に移設しても、民主党のマニフェストには反しないという驚くべき見解を明らかにした。これについては岡田外相が「論理的に無理がある」、鳩山首相も「自分はそうは思わない」と批判。足並みの乱れを通り越して、閣内不一致を露呈した。
■「普天間移設なければ、土地返還はない」と恫喝
ゲーツ国防長官と制服組トップ、日本を属国扱い
混乱する鳩山内閣を弱いと見た米国が、嵩にかかって攻めたてた。
ゲーツ国防長官が10月20日来日し、鳩山首相、岡田外相、北澤防衛相と相次いで会談した。会談後の会見で同長官は「普天間移設がなければ、米海兵隊のグアム移転はない。沖縄への土地返還もない」と述べた。あたかも、宗主国が植民地にモノを言うような、居丈高で高圧的な発言である。
国防長官と踵を接して来日したマレン米統合参謀本部議長が23日、米大使館で会見し、普天間飛行場の辺野古移設がなければ「日本と(周辺)地域に安全保障と防衛上の支援を提供できない」と発言した。
米国国防の背広組と制服組の両トップが日本に乗り込んできて、「県外移転は日本と地域の安全保障上の支援を損なう」(マレン議長)などと恫喝外交を展開するのは、過去に例を見ない。
米有力紙ワシントンポストは22日、鳩山政権が「日米同盟の再定義」に動いていることに米政権が神経をとがらせているとする記事を1面に掲載し、ゲーツ長官の強い警告は、日本が米国との同盟を見直し、アジアに軸足を置こうとすることへの米政府の懸念の現われと指摘した。そして「今や、最も厄介な国は、中国ではなく日本だ」とする米国務省高官の発言を伝えた。
ペンタゴンに便乗して、日本の政権交代に不安感を煽る米ジャーナリズムの姿勢も異常である。
■「ジュゴンの海に米軍滑走路?想像がつかない」
フジ「ニュースJAPAN」キャスター2夜連続現地取材
テレビはこの問題をどう伝えたか。
テレビニュースの定番メニュー≠ニ言えるのが、NHK「ニュースウオッチ9(以下NW9)」(10月20日)の項目編成である。
NW9は岡田外相とゲーツ国防長官の会談を型通り伝える。ゲーツ長官は岡田外相に対し、「日米政府の合意通り実施してほしい。代替案はない」と高飛車に迫る。岡田外相は「合意に至った経緯を検証中」とかわした。
NW9は、住宅密集地のど真ん中にある普天間基地と、世界一危険な実態をさらけ出した5年前の米軍ヘリ墜落事故を映像で振りかえる。米軍普天間飛行場の辺野古沖移転に反対する市民の声を伝え、賛成派にもカメラを向けてバランスを取る。キャスターコメントも「鳩山首相は沖縄県民の意思を尊重して解決するとしているが、複雑な対応を強いられている」と歯切れが悪い。
他のテレビ局も、時間の長短はあるものの、「普天間」のニュースはNW9と五十歩百歩の編成である。しかし、沖縄県民の視点に軸足を置くのか、東京目線≠ナ取材するのかで、そのニュースの評価は大きく分かれる。
フジの「ニュースJAPAN」は10月19日と20日、秋元優里キャスターが普天間と辺野古を現地取材し、巨大な米軍基地に苦しむ沖縄県民の実態を特集した。米軍普天間飛行場の周辺には、宜野湾市の人口の4分の1を占める9万人の市民が住んでいる。体育の授業が行われている小学校校庭の上空を、爆音を轟かせて米軍ヘリが通過する。先生は「ヘリの音が聞こえると、どこへ避難すればいいか、探すんです」。緊張感が漂う。
秋元キャスターがカヌーで辺野古沖を取材。透明な海。「ここに滑走路を造るのですか?想像がつかない」とリポート。
2日目の特集も、辺野古移設に反対して13年前から座り込みを続けている嘉陽宗義さん(87)を中心にカメラが追う。1922年に辺野古で生まれ育った嘉陽さんは「海のおかげで生きてきた」。基地に反対するもう一つの理由は、民間人を巻き込み地上戦となった沖縄の「戦争体験」だ。「海は生命の元だ。子や孫の命を守るため、命がけですよ」と嘉陽さん。
辺野古の海では、貴重なサンゴ礁や絶滅の危機に瀕するジュゴンが確認されている。ここに米軍の滑走路が建設されれば、サンゴ礁やジュゴンは間違いなく死滅するだろう。
秋元キャスターは「住民の皆さんの苦しみに愕然とした。住民が受け入れなければならない不作為を、政治が続けることは許されない」とまとめた。
■「報道ステーション」嘉手納統合案′沒「へ誘導
沖縄県民の意向を無視した東京目線≠フ報道は疑問
地元が猛反発している「嘉手納基地統合案」検討の必要性を打ち出したテレビ朝日「報道ステーション」(11月5日)の特集は、東京目線≠ェ色濃く出た企画と言える。
辺野古移設を取りやめて、嘉手納基地に統合する案は、「国外、県外移設」ともにままならない現実に、岡田外相が飛びついた苦肉の策だ。
番組では、1996年に嘉手納統合を検討した米軍内部文書を基に、「嘉手納統合案は今回が初めてではない」と報道。先に訪米した長島防衛政務官が訪米した際、「統合案を打診したとみられる」。「打診」の内容は「普天間飛行場を暫定的に嘉手納に統合し、15年後にグアムに移転させる」ものだという。
96年当時、前出内部文書作成に携わった米側の専門家が「唯一の(解決)方法は普天間を嘉手納に統合すると、米政府に伝えること」「鳩山政権は少し混乱しているから、米国政府は強く出る。政権が一つにまとまれば、オバマは受け入れる」とインタビューに答える。
これを受けて、コメンテーターの一色清・朝日新聞編集委員が「辺野古移設しかないと思っていたが、米有力者が嘉手納統合を考えているのは意外。沖縄全体の負担を軽くすることを含め、もう一度米国と交渉すべきだ」とコメント。
地元の反応は、嘉手納町長の「絶対に反対」の声を短く伝えただけだ。沖縄県民の意思を無視して「嘉手納統合」へ誘導する東京目線≠フ報道は公正さを欠くだけでなく、新たな負担を押し付ける片棒を担ぐもので疑問が残る。
■「県外か国外移設で対米交渉を」県民世論69・7%
沖縄県民大会で伊波市長「海兵隊は沖縄から去るべきだ」
鳩山政権が迷走を続ける中、沖縄県民の意思は一層明確に固まっている。琉球新報と毎日新聞が10月31日と11月1日に行った世論調査によると、「県外・国外移設を目指して米国と交渉すべきだ」が69・7%に達した。総選挙前の調査(55・6%)より14・1%も増えている。政権交代に対する沖縄県民の期待の強さが伺える。
米軍普天間飛行場の辺野古沖移設計画については「反対」が67・0%、嘉手納基地統合も「反対」が71・8%に達した。
在沖米軍基地については「整理縮小すべきだ」52・1%、「撤去すべきだ」31・4%で、計83・5%。5人のうち、4人以上が基地の縮小か撤去を求めている。日米安保条約については「平和友好条約に改めるべきだ」42・0%など、県民の半数以上が見直しを求めている。
11月8日には、辺野古への新基地建設と県内移設に反対する県民大会が開かれた。大会には2万1千人の県民が参加、宜野湾市の伊波市長が「普天間だけでなく海兵隊全体が沖縄から去るべき時期にきている」と訴えた。テレビも現地からの記者リポートで伝え、オバマ大統領来日を前に沖縄県民の叫びが全国に発信された。
■日米安保・対米外交も「戦後行政大掃除」の例外ではない
オバマは「一国主義」と決別しミサイル配備も見直している
鳩山首相は10月29日の参議院の代表質問で、「日米同盟について、包括的なレビューをして見直していく」と答弁した。首相はその意味について記者団に「日米同盟を構成する思いやり予算から、日米地位協定、普天間、こういったものを包括的に調査を進めて、どういう解決策があるのかということを、しっかり議論して結論を出していきたい」と述べている。
しかし、鳩山首相はこの「包括的なレビュー」という方針を、オバマ大統領に伝えていない。日米同盟を「包括的に見直す」という考えは、今後の対米交渉の最大のポイントになる。首相が首脳会談で、肝心の考えをオバマ氏に伝えなかったのはなぜか。どう考えても合点が行かない。
ただ、もう一方で両首脳は、改定から来年で50周年を迎える日米安保条約について、「今後1年をかけて、新しい協議のプロセスを進める」ことで合意している。鳩山首相は普天間を初めとする日本の米軍基地総体の縮小や日米地位協定、思いやり予算などの問題を、この「新しい協議」のテーブルに乗せるべきだ。新しい協議のプロセスにオバマ氏が合意したことは、鳩山首相にとって日米安保体制に根本的なメスを入れるチャンスである。
沖縄に在日米軍基地の75%を集中し、差別的な負担を強いる「根拠法」となっているのが、日米安保条約第6条である。同6条は要約すると、「日本の安全と極東の平和・安全に寄与する」ため、米国陸海空3軍は「日本の施設と区域の使用を許される」という内容になっている。
日米安保条約は、ソ連との冷戦の対応に迫られた米国が占領政策を転換し、日本を反共の砦≠ニして機能させる戦略の上に成立した条約である。自民党を中心とする保守政権はその後半世紀以上に亘って、日米安保体制をあたかも不磨の大典≠フ如く聖域視し、対米従属の政治を進めてきた。
ソ連が崩壊し、冷戦が終了した今日、事実上根拠を失った安保条約第6条にしがみつき、沖縄県民に苦しみを与え続けるというのは、どう見ても異常だ。鳩山政権は、まずこの6条見直しを皮切りに、日米安保・対米外交の「戦後行政大掃除」に取りかかるべきである。
普天間移設問題や米海兵隊員のグアム移転計画は、2006年に「米軍再編日米ロードマップ」で合意された。当時、ブッシュ前政権は「米国一国支配」戦略のもと、イラク、アフガニスタン侵略戦争を強行。自公政権がこれに追随して、ブッシュの日米軍事一体化戦略に日本を組み込んだものだ。
しかし、米国にオバマ政権が誕生して情勢が一変した。オバマ大統領は9月の国連総会での初演説で、ブッシュ前政権の「一国主義」と決別し、他の加盟国に「責任の共有」を求め、国連主義への転換を表明した。また、ポーランドやチェコとのミサイル防衛(MD)計画を見直している。
オバマ政権の直近の政策転換を見れば、普天間沖新基地建設という県民度外視の計画を再度交渉のテーブルに乗せることは不可能ではない。極めて厳しい交渉は必至だが、鳩山政権が覚悟を決めて交渉しさえすれば、米軍普天間飛行場返還問題を原点に戻して協議する道を開くことはできる。
■田中元審議官「政権交代で日米関係見直しは当然」
「基地の段階的縮小へ根底から議論を」と寺島実郎氏
テレビでも、鳩山政権が対米交渉に腰を据えて臨むよう注文するコメントが、聞こえるようになってきた。
ジャーナリストの鳥越俊太郎氏は、テレビ朝日の「スーパーモーニング」(11月2日)で、「米海兵隊の本部機能がグアムに移るのだから、実戦部隊も全部グアムに移転してはどうか。そういう議論は(政府部内に)ある。政権交代したのだから、もう一度アメリカと交渉すべきだ」とコメント。「(問題は)鳩山さんにその覚悟があるかどうかだ」と首相の決断を促した。
国際政治などで評論活動を続ける寺島実郎氏はNHKの「日曜討論」(10月25日)に出演し、「米ソ冷戦が終了した今日、日本は日米片肺軍事同盟≠ゥら常識に返って、新たな日米同盟を再設計すべきだ」「普天間基地問題も(辺野古)移設か否かの選択肢だけではなく、基地の段階的縮小に向けた根底からの議論が必要だ。1年かけてでも、しっかり議論をして日米軍事協力のあり方を見直すべきだ」などと指摘している。
実務レベルの責任者として日米交渉に当たってきた、元外務審議官の田中均氏も同番組で、「日本は民主党政権に代わった。(日米関係について)日本がきちんとした見直しをするのは、全く問題はない。しかるべき時間をかけて、結論を出すべきだ」と述べ、自信を持って対米交渉に臨むよう助言≠オた。
田中氏は5月のシンポジウムで「移設なしの全面返還を可能にする条件は何かについて、もう一度アメリカと話をすべきだ」と注目すべき発言をしている。
■鳩山政権は普天間全面返還で、米に迫る覚悟を持て
テレビも日米安保・対米外交で「聖域なき報道」問われる
普天間問題で、鳩山政権に残された選択肢は絞り込まれつつある。自公前政権の対米合意である辺野古移設や、岡田外相が主張する嘉手納統合案は、沖縄県民の世論や県民大会の決議などから、圏外に去ったと見るべきだろう。
鳩山首相は、308議席の圧勝で民主党に託した民意に信を置き、連立政権が合意した「対等な日米同盟関係」の具体策を明示して、対米交渉に臨むべきだ。
その中には、日米安保や日米軍事協力関係を根底から見直す構想の提起が、当然含まれよう。鳩山首相が「日本はこれまで米国に依存し過ぎていた」(10月10日、日中韓首脳会談)と認識する歪んだ日米関係を是正するには、日本側の主張を正確に米側に伝えて、議論を徹底することが前提条件となる。
そうした真剣勝負≠フ交渉の中で、初めて普天間飛行場移設問題を解決する道筋が見えて来るのではないか。即ち、答えは、辺野古への移設ではなく、普天間飛行場の全面返還である。
テレビメディアにもこの際、注文を出しておきたい。
テレビ各局の普天間問題の報道をウオッチすると、ニュースとして取り上げた時間の長さや項目の順番、関連取材など、従来より厚めに報道したことは評価できる。ただ、解決の方向性や解決を阻む問題などを掘り下げる報道は少なく、コメントも外部の有識者に任せるレベル(それも一部の局)にとどまったっていたことは、今後の取材に当たっての大きな課題だ。
テレビは今後、日米会談や閣僚発言、沖縄県民の声や在沖米軍の動きなどのストレート報道だけでなく、普天間問題解決には何が必要かをはっきりさせるため、日米安保や対米関係にもっと切り込んだ取材をしてほしい。
鳥越氏や寺島氏など、コメンテーターに問題点の指摘を任せるのではなく、テレビ局自らの言葉と映像で表現し、発信してほしい。
日米安保、対米外交で、鳩山政権は「聖域なき見直し」を実施できるかどうかの正念場を迎えるが、テレビメディアも「聖域なき報道」を問われている。