常夏島日記 このページをアンテナに追加 RSSフィード

2013-04-20

[][]安倍総理の女性役員登用の要請は、なぜ、今、なのか。

育児休業3歳まで・女性役員登用…首相が要請へ : 政治 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)が、こんなふうに話題になっているようなので、ちょっと書いてみる。


安倍首相がすべての上場企業に対して女性を役員とするように求めたことで、今後、産業界で登用の動きが加速するとみられる。ただ、製造業を中心に「役員適齢期」の女性社員がいない企業も多く、難しい対応を迫られそうだ。

首相要請の女性役員登用に困惑する「男の職場」 : ニュース : マネー・経済 : YOMIURI ONLINE(読売新聞)

ま、実際、「難しい対応を迫られる」会社は、いったい男女雇用機会均等法の施行以来、何をやってきたんでしょ? という話ではあります。その辺を少し書いてみます。


そもそも、日本の総人口が少子高齢化で減り、労働力人口に至っては20世紀末から減少傾向にある中で、日本の経済成長の一つの大きな制約条件になるのは、トータル労働力の減少、です。これが日本の供給力を決定的に制限します。これに対して、日本のエリートが出した答えは、供給が減るんならば需要をそれに応じて減らせばいいんでしょ、ってわけで、これまで約20年間は、金融を実質的に強烈に引き締めることによって需要を削減してきました。それがこの20年間のデフレにつながったわけです。


しかし、それは結局日本の国力を大きく損ないました。本来的に日本の将来を担うべき若年労働力に、そのしわ寄せが一方的にかかったからです。むしろ、需要を素直に伸ばすのと同時に、供給能力を引き上げるのが正解だったわけです。だから、異次元の金融緩和で需要を喚起する政策を取るのであれば、供給能力を引き上げると言う意味において、労働年齢を60歳から65歳、はては70歳まで引き上げるというのがそれに対する一つの答え*1。もう一つが、今回の、女性労働力の活用です。女性の労働力化、特に高付加価値の分野における活用を進めることで、日本の労働力の減少を補い、むしろ増やしていこうという方向性です。特にこれまで、女性の労働力化が、パートタイム労働のような単純労働においてのみ進んできていたことの問題点を解決するという意味において、安倍政権の政策は、正しい方向を向いているように思います。「アベノミクスの三本の矢」の三本目、成長力政策の重要な一部を構成する政策だと評価できるはずです。


一方で、女性労働力の活用は、男女平等観点からこれまで主に推進されてきました。1986年に勤労婦人福祉法の全面改正があり、いわゆる男女雇用機会均等法となりました。これ以降、たとえば女性の新卒採用でも、男女に昇進速度の差があることを前提とした採用が不可能になったため、女性も、昇進が早い枠の中(いわゆる「総合職」)で入社すれば、男性と同等の昇進を期待することが可能になりました。今2013年ですから、あれから27年が経過しています。多くの企業で、社員からは50歳から60歳の間に役員に昇進することを考えると、22歳で大学を卒業して入社した1986年度採用の女性総合職一期生は、今まさに50歳になろうとするところで、つまり、そろそろ役員適齢期に差し掛かります。


女性総合職の最初のころの人は、必ずしも順調に同期の男性と同様に昇進してきたとは限りません。「女の子」としての扱いしかできなかった職場風土に絶望して辞めた人もいるでしょうし、結婚・出産を機に辞めた人も多いでしょう。仕事ができれば「オトコ女」とか「アマゾネス」とか「女性枠で偉くなった」とか、果ては「某役員の愛人」などと陰口をたたいて足を引っ張る男もたくさんいたでしょうし、特に営業でお客さんと接する仕事や労働集約型産業では「責任もって話をしたいから男の人を出してくれ」などと言われたこともあったでしょう。逆に女性の多い職場では、いわゆる一般職の女性から「なんであの人たちだけ特別扱いなの?」と言わんばかりの勢いで仕事の邪魔をされるケースも多かったと聞きます。しかしそんな中でも、1980年代後半に採用された女性総合職はある程度会社組織に残っています。また、会社によっては、数が少ない女性総合職パイオニアたちを、意図的に活用し、場合によっては女性に親和性が高い職域において積極的に登用することを通じて、守り育ててきたことがあると聞きます。


そういった時代を経て、もしその会社が、1980年代以降の法律改正と社会の要請に的確に応えてきた会社であれば、そろそろあと数年で役員になりうる女性のリストがそろっているはずです。であるならば、いま政治から女性役員登用の要請があったとすれば、抜擢人事がありうる会社なら、そのリストから登用すれば今でもすぐできますし*2、そうでなくても、ここ数年は、比較的女性登用が先に進んでいた公務員のOBや弁護士などの専門職などを天下り的に借りてきたうえで、手持ちの女性総合職を徐々に上げていけばよいわけです。


なおなんで公務員のOBや弁護士などの専門職を借りてくるかと言うと、以前のエントリで論じましたが、これらの人は、既存の人事秩序からの切断操作が可能だからです。よそから借りてくるだけなんだから、しかも会社のことにめちゃくちゃ詳しくて口を挟んでくるわけじゃないからしょうがない、と既存の男性役員役員候補に思わせることができるからです。余談ですが、マッキンゼーのような外資系コンサルも女性の登用が早かった業界ではありますが、あの辺の人は本当に仕事をしてしまうので、切断操作の容易さに若干の難があります。めちゃくちゃに論破された後に、そんじゃーね、って言われても困る、みたいな。


話を元に戻すと、だから、女性役員の登用、と言う話が出たときに、しばらくは、元公務員弁護士の女性が役員に登用されたりして、当初はおそらく、なんだか一部の女性の特権、みたいな形で批判が生じたりするわけですが、そこは5年程度の長い目で見てあげるべきだと思うのです。5年も10年もたってまだ女性の元公務員天下りが続いている会社は、女性活用が遅れている会社、と言うことになるわけですが、まともな会社であれば、10年後には、生え抜きの女性役員がきちんと出ているものです。時代の流れがそうなっています。


そういう意味では、いろいろな意味で今回の安倍総理の要請は、アベノミクスによる金融緩和との兼ね合いでも、男女雇用均等の歴史からしても、よく考えられた「今しかない」というタイミング、まさに時宜を得たものだと考えるのですがどうなんでしょう?


(参照)

「ウチの若い子」を待ち受ける運命 - 常夏島日記

下積みは、経営幹部になるための必須要件じゃない - 常夏島日記


改正男女雇用機会均等法

改正男女雇用機会均等法

*1ただ、このことは、民主党政権下においては、逼迫する年金財政への対応策としてのみ実施されてきました。

*2例えば、抜擢人事が当然のように行われてきた野村證券などでは、既にそのようにして均等法世代が役員に抜擢されています。

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