発達を観る眼
1.ピアジェ
【概要】
子どもの認知機能の発達研究に取り組んだスイスの心理学者である。
彼の理論は認知的発達論あるいは発生的認知論といわれている。
ピアジェの理論では、自己中心性から社会性へという社会化のプロセスを発達と見なす視点が強い。
【ピアジェの考えた知性の発達】
彼は、知性の発達あるいは認知構造発達は「同化」「調節」「均衡化」の3つからなるとし、それぞれの言葉の意味は以下の通り。
同化 (assimilation)・・・同化は主体に合わせて対象を認識することであり、外界のものを自分の中に取り込む働きもあり、その際を対象に取りこみやすいように変える働きもある。
調節 (accommodation)・・・調節は対象に合わせて主体を変えることで、つまり外界の対象に合わせて自分自身の考え方を変えて、対象を取り込みやすくする。
均衡化 (equilibration)・・・均衡化は同化と調節を包括してより安定した構造に統合するような内部的な自己制御の過程であり、認知の適応が段階的に達成されていく。
【ピアジェの発達段階】
ピアジェは子どもの認知発達は、感覚運動期、前操作期、具体的操作期、形式的操作期の順に発達すると考えた。
◇感覚運動期 (sensorimotor stage)(0~2歳)
言語の発達をする以前の時期で、知覚・感覚刺激と身体運動の協調・協応による認知活動が優勢である。
活動は反射から単純な行為から、複雑な行為へと発達する。
感覚運動期は対象永続性がわかるようになるまでの時期を指す。
対象永続性とは、外界の対象が、目の前から隠れて見えなくなっても、それはどこかに存在し続けることが分かるようになることである。
対象永続性の例として「いないない、ばあ」で母親の顔が隠されても、母親がいなくなったわけではないと認識できることなどが挙げられる。
ピアジェはこの感覚運動期をさらに6段階に分けている。
①反射期(0~1カ月)・・・生得的反射による応答しかできない。
②第1次分化期(1~4カ月)・・・反射行動が改変され、調整が始まります。対象の存在を自覚し、任意に視線で追うことができるようになる。
③再生産期(4~8カ月)・・・新しい行動や出来事を繰り返し再現しようとする。
④シェマの調整(8~12カ月)・・・対象についての形と大きさについての恒常性を獲得し、目前から消えた対象を探そうとする。
⑤実験期(12~18カ月)・・・能動的実験(試行錯誤)を行い、新しいシェマを獲得をし、手段の発見がみられる。
⑥表象期(18~24カ月)・・・表象能力が発達し、対象は直接の知覚から自由になり、対象表象となって永続性を持つようになる。
◇前操作期 (preoperational stage)(1.5/2~6,7歳)
目の前にない物事事象を思い浮かべることができるようになり、象徴機能、表層機能が出現する。
言語が習得できるが、まだ論理的思考ができず、言葉の概念を抽象化、一般化できず、主観・客観が未分化で他者の視点に気づかない自己中心性が支配的である。
この時期をピアジェは、さらに「前概念的思考段階」と「直感的思考段階」にわけた。
①前概念的思考段階・・・行為表象から概念表象への移行段階であり、象徴的遊びや描画によって強化され、個と類の識別ができない時期である。
②直感的思考段階・・・言語が発達して、概念化が進み、個と類の識別も可能となり、ある程度複雑な問題に対して直感的理解や判断が可能となるが、判断は見かけにより左右される時期である。個体が変形しても量や重さ、体積は同一であるとの「保存」の認識はいまだ不安定で、そのため、コップの水を形の違うコップに移し替えた際に、移しかえる前後の水の量は必ず同じであるとは理解できない。また、自分の現在の視点・立場からの見方・考え方・感じ方にとらわれる傾向が強く、そのため、他の人が自分と異なる見方・考え方をしているかということがよく認識できず、自己中心性であり、ピアジェはこの時期の特徴として、物事の一面にのみとらわれる傾向が強いことを指摘して中心化と呼んでいる。
◇具体的操作期 (concrete operational stage)(6,7~11,12歳)
現実の具体的なものや事象に関して論理的な操作が可能となる時期である。
前操作期を通じて、次第に行動が内面化され、内面化した表象の過程においても安定した構造化がなされ、統合された全体構造をなすことを「操作」と呼んだ。
これを基にして一慣性のある論理的に考えることができるが、抽象的一般的な形式的思考はできない。
個体が、変形しても量や重さ、体積は同一であるとの「保存」が成立し、自己中心性が減少する。
◇形式的操作期 (operational stage)(11,12歳以上)
抽象的一般的な形で論理形式的に考えることができるようになり、命題的操作が可能となる時期である。
ある命題が与えられると、その内容が現実にあり得るか否かにかかわらず、与えられた条件下でいかなることが生じうるかを考えることができるようになる。
この段階で、人間の思考は完成した働きが可能となり、形式論理による推理や科学的・実験的思考が可能となり、現実への適応だけでなく、未来へ向けての理想を志向する能力を獲得する。
【三つの山問題 (the three-mountains task)】
ピアジェの考えた子どもの自己中心性を確かめる実験方法である。
まず、子どもに、三つの異なる高さの山を並べたテーブルの周りを歩くように指示し、次に、テーブルの一方に子どもを立たせて、テーブルの様々な位置に人形を置き、最後に子どもに人形が見ているで光景の写真を選ぶように要求する。
そうすると6~7歳以前の子どもはほとんど自分が見ている光景の写真を選んでしまう。
つまり、これにより前操作期以前の子どもは自分を中心に物事を考える自己中心性が強いとピアジェは考えた。
2.ワロン
【概要】
フランスの精神科医、発達心理学者である。
H.ワロンは、子供が最初から身体と対人関係の双方に規定されている存在であると主張した。
彼は、情動の作用を通しての他との子供の関係を強調した。
ワロンによると、姿勢機能は、子供の初期の成長にとって不可欠で、身体的な進展にだけでなく幼少の初めに心理的な的な進展にも関連がある。
また姿勢機能は情動や認識機能にも関連があり、姿勢は、パーソナリィの発達に最も重要な機能であるとワロンは考えた。
【ワロンの理論とピアジェや対象関係論的な発達理論との違い】
ワロンの理論では、子どもは身体と対人関係の双方に規定されている存在である。
しかし、ピアジェの理論では人間の思考や認知は、心身に特別な障害がない場合は感覚運動期、前操作期、具体的操作期、形式的操作期の順番で発達していき、対人関係などなくとも心身が正常なら必ず子どもの思考・認知が発達することを意味している。
こうしたピアジェとワロンの理論の違い巡る論争は『ピアジェ―ワロン論争』とよばれている。
また、ワロンの理論は対象関係論的な発達論と比較されることもある。
ここでいう対象関係論とは、対象関係こそが人格の発達に大きな影響を与えるとし、理論の中心にすえたもので、これは極論すれば乳児は対象関係(対人関係)さえあれば発達するという考えで、つまりワロンの理論からすれば、乳児の身体に関する観点が抜けていることを意味する。
【姿勢機能 (fonction postrale)】
姿勢機能は発達の初期にあって、身体の基礎的な特徴や機能と深く関わるものある。
姿勢機能は緊張によって形作られ、筋肉組織の緊張性機能によって姿勢機能は一定の水準を保てるのであるが、ただし、ワロンは緊張の概念について重要な役割を与えたにも関わらず、その後の生理学の発展をふまえて持説を再検討・展開しておらず、現在の小児医学の領域でも緊張の定義は一定していない。
ワロンが考えた姿勢機能には以下の5つの働きがあるとされる。
①運動を調整し確実にする働きや、姿勢を保持する働きをする。
②姿勢機能の初期の体制化は情動の体制化に等しい。原初的主観的意識に関わっている。
③表現の機能。自己と他者の同調を可能にする。
④外受容感覚の調整作用を行う。
⑤人格形成機能として模倣の発生から表象作用の獲得する。これは自己意識の獲得に関連している。
ワロンは、この緊張が元なって作られる姿勢機能が様々な情動(喜び・快感・怒り・苦悶など)を発達させると考えた。
3,ハヴィガースト
【概要】
人間の発達課題を提唱したことで有名なアメリカの教育学者。
ハヴィガーストは、個人が健全な発達を遂げるために、発達のそれぞれの時期で果たさなければならない課題を設定した。
人生のそれぞれの時期に生ずる課題で、それを達成すれば次の発達段階の課題の達成も容易になるが、失敗した場合は、社会から承認されず、次の発達段階の課題を成し遂げるのも困難なものとなる。
各課題については、①歩行の学習のような身体的成熟から生ずるもの、②読みの学習や社会的に責任ある行動をとることの学習のような社会からの文化的要請により生ずるもの、③職業の選択や準備、価値の尺度などのような個人の価値や希望から生ずるもの、などからなっている。
【各時期における発達課題】
◎乳幼児期
・歩行の学習
・固形の食物をとることの学習
・話すことの学習
・大小便の排泄を統御することの学習(排泄習慣の自立)
・性の相違及び性の慎みの学習
・生理的安定の獲得
・社会や事物についての単純な概念形成
・両親、兄弟及び他人に自己を情緒的に結びつけることの学習
・正・不正を区別することの学習と良心を発達させること
◎児童期
・普通のゲーム(ボール遊び、水泳など)に必要な身体的技能の学習
・成長する生活体としての自己に対する健全な態度の養成
・同年齢の友達と仲良くすることの学習
・男子または女子としての正しい役割の学習
・読み、書き、計算の基礎的技能を発達させること
・日常生活に必要な概念を発達させること
・良心、道徳性、価値の尺度を発達させること(内面的な道徳の支配、道徳律に対する尊敬、合理的価値判断力を発達させること)
・人格の独立性を達成すること(自立的な人間形成)
・社会的集団ならびに諸機関に対する態度を発達させること(民主的な社会的態度の発達)
◎青年期
・同年齢の男女両性との洗練された新しい関係
・自己の身体構造を理解し、男性または女性としての役割を理解すること
・両親や他の大人からの情緒的独立
・経済的独立に関する自信の確立
・職業の選択及び準備
・結婚と家庭生活の準備
・市民的資質に必要な知的技能と概念を発達させること(法律、政治機構、経済学、地理学、人間性、あるいは社会制度などの知識、民主主義の問題を処理するために必要な言語と合理的思考を発達させること)
・社会的に責任のある行動を求め、かつ成し遂げること
・行動の指針としての価値や論理の体系の学習、適切な科学的世界像と調和した良心的価値の確立(実現しうる価値体系をつくる。自己の世界観を持ち、他人と調和しつつ自分の価値体系を守る)
◎壮年初期
・配偶者の選択
・結婚相手との生活の学習
・家庭生活の出発(第一子をもうけること)
・子どもの養育
・家庭の管理
・就職
・市民的責任の負担(家庭外の社会集団の福祉のために責任を負うこと)
・適切な社会集団の発見
◎中年期
・大人としての市民的社会的責任の達成
・一定の経済的生活水準の確立と維持
・十代の子どもたちが、信頼できる幸福な大人になれるよう援助すること
・大人の余暇活動を充実すること
・自分と自分の配偶者をひとりの人間として結びつけること
・中年期の生理的変化を理解し、これに適応すること
・老年の両親への適応
◎老年期
・肉体的な強さと健康の衰退に適応すること
・隠退と減少した収入に適応すること
・配偶者の死に適応すること
・自分と同年輩の老人たちと明るい親密な関係を確立すること
・肉体的生活を満足におくれるよう準備態勢を確立すること
4,コールバーグ
【概要】
アメリカの心理学者で、道徳性発達理論の提唱者。
道徳性発達理論では、道徳性の発達は認知発達の側面から捉えている。
コールバーグによれば、人間は道徳的価値や規範をそのまま受け入れて内面化するのではなく、他者・社会との相互作用の中で自分なりに道徳観を作り、その道徳観に基づいて道徳的な決定を行う。
また、道徳的価値の捉え方、道徳的決定の仕方は発達レベルによって異なるとし、そして道徳性は発達とともにより合理的で適切なものになっていき、文化によらない普遍的な発達段階をなしていると主張した。
道徳性の発達段階は、①前慣習的水準(ステージ1とステージ2)、②慣習的水準(ステージ3とステージ4)、③後慣習的水準(ステージ5とステージ6)、の3つの水準(6つのステージ)に分けられる。
【道徳発達の3つの水準(6つのステージ)】
◎前慣習的水準 (preconventional morality)
道徳的価値を外的・物理的な結果や力によってとらえ、ステージ1とステージ2が前慣習的水準に該当する。
ステージ1は「罰と服従への志向」をもち、罰や制裁を回避し、権威に服従することが正しいと判断する。
ステージ2は「道具的・功利的志向」をもち、自分の利益や欲求に合うように行動することが正しいと判断する。
◎慣習的水準 (conventional morality)
他者・社会からの期待を維持することに正しさを見出し、ステージ3とステージ4が慣習的水準に該当する。
ステージ3は「対人的一致・よい子への志向」をもち、他人の期待にそい、よい対人関係を保つことが正しいと判断する。
ステージ4は「社会秩序への志向」をもち、全体としての社会を維持することが正しいと判断する。
◎後慣習的水準 (postconventional morality)
個人的な道徳原理に基づいた道徳観念を持つようになる水準で、ステージ5とステージ6が後慣習的水準に該当する。
ステージ5は「社会契約的・遵法的志向」をもち、社会全体によって吟味され一致した規準に従うことが正しいと判断する。
ステージ6は「普遍的倫理的原則への志向」をもち、普遍的な公正さの原則に従うことが正しいと判断する。
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