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お気に入り登録5000件突破記念、extra8です。
思えば凄いところに来たものです。投稿から数ヶ月、いきなり読んでくれる人が増えるなんてことがあるんだなぁとしみじみ思い返しております。
それではどうぞ^^
番外編
extra8 その頃現代⑤
中津原駅から徒歩五分。三階建ての大型書店の一角で新刊発行を記念して、ある作家のサイン会が催されていた。

週末という事もあり、人出は多く知らずに訪れた人達がサイン会の存在を行列で知る様子もあった。

作家の作品は所謂ライトノベルに属していて、少年主人公の活躍を描くオーソドックスな内容であったが列を作る人の男女比は半々くらい。これは珍しいことだ。この傾向の作家のサイン会では男性の割合が多くなることが常だったから。

だが列の先頭を見てみるとその理由は容易に知れた。サインをしている作家の男性の顔立ちが非常に整っていたからだ。元は芸能人、俳優、モデルの類では無いかと囁かれる程の美丈夫である。黒髪、黒目なのにどこか欧風の彫刻を思わせる容姿。

肌は白く、線の細い印象は彼が芸術分野の仕事をしていることをさらに特徴づけている。ミディアムヘアは僅かに天然パーマがかかり顔立ちによく合っていた。

少々前に騒がれた美しすぎる何とかシリーズで、彼も男性ながらピックアップされメディアに多少露出するようになっていたため、作品には写真を載せていなかったにも関わらず容姿はそれなりに知られていた。それがこの男女比の原因の一端かもしれない。

そんな彼がにこやかにファンと交流している中、忙しく動き回る人が数名いる。その一人は明らかに年若く目立っていた。

サインをする本を並んでいる人から受け取り作家の前に開いて渡す役割を担っていた男性もその若い女子にはどこか遠慮がちに指示を出している。

せわしなく動きながら新しく入ってくる情報に耳を傾け作家と場の調整をしている所を見ると彼はこのイベントで大事な位置にいることがわかる。

「真理ちゃん、少し休んでいて良いよ。この分だと、飛び入りのお客様も増えそうだ。先生も人数が増えるのはお店側が良いなら構わないって言ってくれているから、まだまだ先は長そうだし」

真理と呼ばれた少女は、男性の言った先が長そう、の言葉に目を大きく開きながら頷く。大人しそうな印象の女の子だ。女らしさよりも幼さがまだ残る。

「父さん、良い?」

「構わないよ。休んでおいで」

彼女は父さん、と作家に声をかける。その言葉が聞こえる位置にいたファンから驚きの声がいくつか漏れる。

休んでおいで、と笑顔で答えた男性の年頃は三十代半ばくらいに見える。その彼の娘にしては彼女はやや大きいように思われたからだ。

作家の名は筆名カナト、本名深澄隼人。娘の名は真理。彼の末娘。

大きな娘がいることでさえ訪れた人を驚かせたのだ、これで長女は大学生ですなどと答えたら、彼のサイン会は美容やアンチエイジングのコツを聞く会に早変わりするかもしれない。

真理が父親の了承を得て場を離れると、絶え間なく本を開いては隼人に渡してきていた男がその役割を他の人間に任せて隼人の傍に寄ってきた。

「中島さん、どうしました?」

「先生、予想以上の好評です!どうでしょう、これ、全国とは言いませんけど何度かやりませんか?」

「ちょ、勘弁してくださいよ。たった一日の事だからOKしましたけど、連日こんな忙しかったら本業に影響でますって」

「……先生、地方は良いですよ?たまにはご家族と離れてゆっくりと羽を伸ばすのも大切じゃないですか」

「……残念ですが家族との時間が最高のリラックスなんですよ僕。申し訳ないですけど次の新刊とか出たらまたやる位にしといてくださいよ」

「ふむ、先に奥様から篭絡すべきですかね。わかりました考えてみます」

「中島さん、それ、僕の前で言うことですかね……」

隼人は本音を隠そうともしない中島という男に苦笑する。彼は隼人が受賞してからずっと付き合いのある編集担当者である。家にも何度か来ているし、深澄家と家族ぐるみの付き合いもある。

待たせては申し訳ないとばかりに隼人は訪れてくれたファンの人からの応援の言葉や、これにもサインを、というような要望にも可能な限り応えていくのだった。

一方、真理はペットボトルのジュースを片手に列をやや距離のある所から眺めていた。

父親の、純粋に作品への評価かは微妙なところだが、人気を目の当たりにしている。

「結構、父さんの小説も凄いのかも。どうも、兄さんのパソコンの中身との違いが私にはわからないけど……」

ライトノベルというものを読まない真理からすると、父の仕事はマイナーで地味な仕事に思えた。狙っている客層もニッチな物だろうと思っていた。読書は文学や学問関連の書籍が多い彼女からすると違いがよくわからないのだ。

一度父の本を開いたが、左ページが絵、右側には「絶!」と一文字大きなフォントの字があるだけのページだった。真理はその地点でその本を閉じてしまった。未知の形式に脳が追いつかなくなったから。

兄がパソコンで遊んでいるどれも有り得ない髪型をした女性が多く登場するゲームとの差異は正直つけてない。我が家の男は……と思っていたりもする。

「あれ?あそこにいるの……」

真理が誰かに気付く。行列の半ばほどの地点。そこに一人、やや前方にもう一人。あの辺りは、確か整理券をもらった最後の方の人がいる場所だとおぼろげに彼女の記憶にある。つまり、来る予定でサイン会に訪れた人だということだ。

見覚えのある人たちだった。確か、あれは。真理は口で炭酸が弾ける刺激を感じながら、記憶を掘り返していく。

「そうだ、兄さんの弓道部の写真。上の方にいた人と、後真ん中にいた部長さん、あずまさん、だったかな」

兄と同級生で、弓道部の部長だったはずだと思い至る。もう一人は写真に写っていたのは覚えているけど名前はわからない。彼女が兄から教えてもらった名前は頼るべき東さんと近づいてはいけない息吹さんだけなのだから無理もない。

こんな場所に訪れることをやや意外に感じながら、それでも真理は話しかけてみようと思った。父のサイン会に来てくれた、兄と関係のある人なのだ。挨拶くらいはしておこうと思っても不思議な事ではなかった。

幸い、サイン会の列はポールとロープで区切られている。傍まで行っても割込みだと思われることも無い。

真理はペットボトルを控え用にあてがわれた部屋に置くと、東と思われる人のいる場所に向かった。どうやら、東女子は誰かと一緒のようだ。三人組でイベントに訪れているようだった。他の二人は見た覚えも無いが、真理は躊躇せず進んだ。彼女は大人しそうな印象の外見と異なり、行動は結構大胆だった。しかもギャップを強調させる為としか思ってもらえないが、真理は空手の実力者だ。既に中学生の域ではない。高校に進んでも続けるつもりで、彼女が広く名を知られるようになるのも遠くない話、そう囁かれる程度の実力を有している。

「あの、もしかして東、先輩ですか?」

「え?あ、ええ。私東だけど、ごめん、どこかで会った?」

「いえ、写真で拝見しました。中津原高校の弓道部の部長さんですよね?」

「もしかして部の写真、かな。もしかして部員の」

「はい!深澄真の妹で真理です。今日は父のイベントに来てもらえて嬉しいです!」

深澄真、思わぬ名を初対面の女の子から聞かされ、東ゆかりは明らかに動揺した様子でのけぞる。驚くべき事実が二つも真理と名乗った女の子の台詞にあったのだから納得できる様子だ。

一つ目の驚き、深澄真の名。彼がいきなり海外留学と言うことで高校から姿を消した事は東ゆかりにとって大きな事件だった。

二つ目、父のイベント。つまり今彼女が友人に付き合わされて並んでいるこの何とかいう作家のサイン会は真理の父、つまり真の父のサイン会だという事になる。

だが、その言葉にゆかり以上に驚いた、いや眼を輝かせた輩が約二名いる。

ゆかりを付き合わせた張本人たち。つまり作家カナト氏のガチファンのお二人だ。どちらもゆかりの友人で一人は弓道部仲間でもある。

「ちょ、カナト先生ってこんな大きな娘さんがいるの!?」

「信子、違うわ!カナト先生は真のお父さんってことよ!?嘘、カナト先生に、私と同じ年の息子がいるなんて……」

「兄がいつもお世話になっております。私も今年中津原高校を受験するので合格できたらよろしくお願いしますね先輩方」

二人のファンの言葉に特に弁解するでもなく、三人とも中津原高校の生徒なのだと判断した真理は自分も受験するつもりだと告げて挨拶した。

「ま、真理ちゃん。お父さんって小説家さんなんだ?」

ゆかりがダメージから回復して辛うじて聞きたかった事を伝える。そういえば、真の家族の情報なんて何も知らなかったと愕然とする。そしてその家族と一日で二人も遭遇するとは。世の中狭いなあとしみじみ感じている。

「そうですよ?兄は何も言ってないんですか?困った兄ですね……」

真理は真が友人に父親の職業くらい話していたと思っていたので戸惑う。話のネタに話すこともあるだろうと思っていたから。

「ねえねえ、真理ちゃん。真が17だとして、お父さんって一体今おいくつなの?」

「ちょっと、加奈!失礼でしょ!?」

ゆかりの注意も虚しく、加奈と呼ばれた少女の好奇心は目に爛々としたまま。

「え。今年で四十二になりますけど?」

「嘘!?どうみても三十台前半くらいにしか見えない!」

何故か質問した加奈ではなく、もう一人の信子さんが驚きを露にする。

「というか……兄の上にもう一人姉がいますよ?大学生の」

『……』

信子、加奈、両名の目が点になる。伝わってくるオーラが「マジで?」と訴えている。

「本当ですよ。雪子って言います。柔道で結構名前が有名になったんですけど……」

「深澄、雪子……。ああ!確か大学に入る時に競技から身を引くって発表して滅茶苦茶騒がれていたあの!」

東はその名を知っていたようだった。小柄でありながら、相手を面白いように投げ飛ばすその様子は何度かテレビにも映っている。

外見があまりにも似てないことと、彼女のことが話題に上がっても真の様子が特に変わることはなかったから誰も関係を聞いたりしなかったのだ。

「私は空手部に入る心算なんです。部は違いますけど、兄が困った事があったら東先輩に頼れって教えてくれました」

「真が……」

「一緒に、息吹先輩には近づくなとも言われましたけど」

『ぶっ』

東たちが見事にハモった。だが、その後何度もお互いに見合って頷く。

「真理ちゃん、それは正解。息吹には近づかない方が良いわ。何かあっても守ってあげるからね」

「そうそう、あれで性格以外は結構穴が無いから被害者も増えるのよね」

「あれで真みたいに面倒見が良ければ部内でもモテるんでしょうけどね」

最後にゆかりが言った一言に真理が反応する。

「そういえば、兄が彼女を連れてきたことって今まで無いんですよね。やっぱり部でもモテてないですか、兄は」

「ん、クラスでは女子受けが特に良いってことは無いかな、弓道部では、どうなの加奈?」

「んー。微妙?ゆかりは振ったとか振られたとか聞いたけど?」

「な、ななな!?それを真理ちゃんの前で言う!?ねえ、言う!?」

ゆかりが眉間に右手を当てて呻く。

「え、兄が東先輩に告白したんですか!?」

それは初耳だ。真理が兄の恋愛関係を聞いたことなんて一度も無い。まさかそんな事実があったのかと興味津々といった様子でゆかりを見る。

「いや、あの……。それは……」

たじたじの東ゆかり。こんな彼女は滅多に見られない。凛とした普段のイメージが今は微塵も無くなってしまっている。

加奈アンド信子も面白そうにニヤニヤするだけ。

「私から、ね。その、付き合ってって言った。それで、その振られたというか……」

「嘘!?兄が先輩を!?」

どう考えても真が付き合えるレベルの女性ではない。大当たり中の大当たりである。そんな美少女からの告白を袖にした?真理は兄である真の正気を疑った。

「は~~~~~~。信子、加奈、後で覚えてなさいよ」

「さて、聞こえない」

「うん、記憶できない」

ゆかりの言葉もどこ吹く風で聞き流す両名。

「兄も馬鹿ですね、部長さんになるようなしっかりした先輩で、こんな綺麗な人を、なんで……」

「……。真理ちゃんに綺麗って言われるのも何だか複雑な気持ちだけど」

ゆかりの苦笑。それももっともだ。ゆかりが声をかけられて真理を見た時、第一印象は人形みたいに綺麗な娘、だった。やや好奇心の伺える瞳は人形と呼ぶに相応しくなかったが、全体の印象はまさに造形された美しさを感じさせた。

「私は父と母に似てるって言われます。私より、ずっと格好良いと思いますけどね」

はにかむように両親を褒める真理。どことなく、ゆかりは作意を感じたが特に言及はしない。というよりも両親も美形なのかとやや呆れを覚える。

「……なんだろう、私少し深澄君に優しくしてあげたくなってきた」

信子が一つの事実に思い至ると苦笑する。つまり、何度かテレビで見たのを思い出した雪子、目の前の真理、それに格好良いと評判の作家で父親の深澄隼人、それに母親。

その中に真がいる構図を思う。かなり、涙を誘うと思った。

「弓道部に平気でいられる理由を垣間見た気がするわ」

加奈もうんうんと頷いている。

「あ~、まあ私の事は置いておいて。真理ちゃん、中高に来たら何でも相談乗るからね。別に連絡くれたら勉強も教えてあげられるから」

「本当ですか!?じゃあ番号交換してもらってもいいですか?」

「勿論。これからよろしくね」

「はい!それじゃあ私、もう行きますね~」

元気に走り去って行く真理を見送る三人。本当は、ゆかりは真の身に何が起こったのか、どこにいるのか、聞きたかった。でも、この場で聞けるかといえばどう切り出してよいかわからない。連絡先を交換出来たのは本当に僥倖だった。これで少しずつでも真の事がわかるかもしれないから。

だが、先頭まで戻るのかと思っていた彼女が列の半ばでまた足を止めたのが見えた。

「あれ、真理ちゃんどうしたんだろ?」

言われて止まった辺りを見るゆかり達。誰かに話しかけている様子の真理。その相手は……。

「あ!あそこにいるのウチの一年じゃない。柳瀬と……長谷川?珍しいわね、長谷川ってこういうとこも来るんだ」

「ホントだ~」

「長谷川さん、か」

長谷川の名を呟くゆかり。多分、彼女はライトノベルは読まないだろう。私と同じく、友人に連れられてサイン本の量産に付き合わされているのだろうと、長谷川に同情した苦笑いを浮かべる。

話す様子を眺める。柳瀬晴子が記者の様に真理に聞き込みを始めたようだ。長谷川は真理に何か話されるにつれて徐々に狼狽して、傍から眺めているだけで面白い事になっている。

(やれやれ。柳瀬さんには後でOHANASIしておかないと余計な噂が流れるわね。困ったものだわ。それにしても、今日は真のお父さんに会えるのか、どんな方なんだろう?ちょっと楽しみだ)

さして興味も無かったサイン会。ほんのお付き合いの予定だったが、後付けながらこの列に並ぶ意義を見出せたゆかりは、何やらおかしな方向に話を歪ませ始める友人二人に、多少ながらの感謝をした。
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