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kaldia(1)
「soonoyun」

 声が聞こえる。どこか遠くで、声はおそらく僕に向けて発せられている。

「soonoyun!」

 声が近づいてくる。誰かが僕に向けて叫んでいるんだ。だけど僕は動かない。まだ動くべきじゃない。

「……」

 しばらく声がやみ、ようやく安心して布団にくるまったところで、

「soonoyun!」

 耳元で声が聞こえ、僕はその場で飛び起きた。
 慌てて周囲を確認する。見慣れた僕の住んでいるテント。その入り口から少し入ったところに、僕を見下ろす少女の姿があった。

「なんだ、ナルミか。ビックリさせないでよ」

 僕が不満げに言うと、幼馴染の少女は目を吊り上げた。短髪で目が大きく、見るからに活気溢れる少女だ。

「なんだじゃないでしょ。こっちは何度も【soonoyun】(※この世界で使われる言語でおはようの意。時間帯によってこんにちは、こんばんは、とも訳される)って挨拶してるのに」
soonoyunおはよう

 僕が挨拶を返すと、ナルミは呆れ顔になった。その瞬間、僕はナルミとシーアの林まで宝さがしに行く約束をしていたことを思い出した。

「ご、ごめん。すぐに支度をするから!」

 特にいつ行こうと約束した訳じゃないけど、少なくともナルミが腹を立てるほどには寝過ごしてしまっていたらしい。
 街では時計なんていうもので時間を区切っているって、街から来た学者に聞いたことがあるけど、こんな田舎の集落では必要のないものだった。ここでは、時間は太陽の位置を示す言葉であいまいに表される。
 好きな時に起きて、好きなだけ採って、好きなだけ寝る。それがこのオルマンスっていう集落の暮らしだ。でも女の子には、そんな理屈も通用しない。

「じ、準備ができたから行こうか」

 僕は努めて明るく言うけど、ナルミは唇を尖らせ、頬を膨らませている。

「まだ元気がないじゃん。昨日だってきっと眠れなかったんでしょ」

 じっと僕の顔を見つめて言うナルミの目は真剣だった。じっとりと、僕の額に汗が浮かぶ。

「そんなことないよ、ほら、行こう」

 ナルミの手を引いて、僕はすっかり日の上がったオルマンスの草原へと踏み出した。
 僕のじいちゃんが死んだのが五日前のことだ。ナルミが僕に元気がないというのは、僕がまだそのことを気にしていると思うからだろう。
 ベゼットじいちゃんはオルマンスの長で、皆から尊敬されていた。病気でもう長くないとは聞いていたけど、こんなに早く迎えが来るとは誰も思わなかったに違いない。
 オルマンスの集落では、青年になった男の顔に神話の構成を彫り込むという風習がある。そこには神話と絡めて、死んでいった先祖の名や生まれた息子の名、忘れたくない出来事のことが刻み足されていき、年を重ねるごとに立派な模様ができあがる。もし自分が死んでも、自分の名は自分の子孫や仲の良い友人の顔に刻まれているから、死後に自分の名が呼ばれなくなることや、系譜が途切れるということはないのだ。
 オルマンスの長だったベゼットじいちゃんの刺青は他の誰より大きく、綺麗だった。今ではベゼットじいちゃんの体ごと、アマリスの丘に埋められている。
 ナルミの言うとおり、僕はまだベゼットじいちゃんが死んだという現実を受け入れきれずにいた。今だって、ベゼットじいちゃんのテントに入ると、刺青だらけの顔を笑顔で崩して、僕のことを迎えてくれそうな気がしていた。

「宝さがしも久しぶりだね」
「最後に行ったのはいつだったかしら」
「あの日は確か珍しい金属片を見つけたんだよね。変な模様の浮かんでるやつ。あれ、まだ持ってるの?」
「当たり前じゃない。タファがせっかく私にくれたんだし、今でもお守りにしてるわよ」

 リブ川で洗濯をしていた母さんに、ナルミとシーアの林まで行くと伝えてから、僕らはテントの集まる居住区を抜けた。
 見渡す限りの草原を境界線に向かって歩いていると左右に背の低い木々が並び始める。木の並びが不均一になり、高さが僕の頭より高くなったあたりからシーアの林となる。
 シーアの林では虫や木の実、樹液といった食糧になるものもよく採れたが、それ以上に僕ら子供の心を掴むのが、土の中に眠っている宝物だった。
 宝物は主に金属のかけらで、たまにガラスや宝石のようなものまで出た。どうして林の下に埋まっているのか、大人たちは一様に首をかしげるけど、ひょっとするとシーアの林の土が柔らかいだけで、本当はいたるところに宝物は眠っているのかもしれない。
 集まった宝物を街へ持っていき、お菓子と交換してもらうのが僕らの楽しみのひとつだった。

「じゃあ私はこのあたりを探すから、タファはあっちをお願いね」

 ナルミの指示に従い、僕はシーア畑の土を掘り返し始めた。
 ナルミは十三で、僕よりもひとつ年上だ。小さいころから仲が良くて、お姉さんということもあり、いつも何かと世話を焼いてくれた。こうしてもうしばらく行かなくなっていた宝さがしに誘ってくれたのも、僕がじいちゃんのことを引きずっているのを知っていたからだろう。
 ナルミの世話焼きは集落でも有名だった。ナルミの性格を表すこんなエピソードがある。
 小さい頃から僕のことあるごとにからかってきた男の子がいた。僕よりひとつ年上の、意地悪な顔をした男の子だ。
 男の子は泳ぐのが得意で、川幅が二十メートル以上あるリブ川を六つの時には往復してしまっていた。
 僕はというと泳ぐのが苦手で、九つになってもリブ川を泳いで渡ることすらできなかった。リブ川の中ほどには子どもでは足の届かない深さの場所があり、もしそこで息が切れたらと思うと怖くてそこまで進めないのだった。練習しようにも、僕には泳ぎを教えてくれるような友達は一人もいなかった。まさか八十を過ぎたベゼットじいちゃんに教わるわけにはいかない。
 男の子は僕が泳げないことを皆の前でバカにした。毎日のように僕を笑いものにして遊んだ。
 それを知って怒ったのがナルミだった。
 ナルミがどうしたかというと、男の子から上手な泳ぎ方を教わった。ナルミは可愛かったから、つい男の子も気を許したのだ。
 それからナルミは泳ぎの練習をして、練習して、練習して、練習した。半年後にはナルミは集落にいる女の子の中では一番泳ぎがうまくなって、そのナルミから泳ぎ方を教わった僕もなんとかリブ川を向こう岸まで泳げるようになった。
 それ以外にもいくつもエピソードがある。ナルミの世話焼きには感謝してもしきれない。付け加えておくと、男の子の意地悪にも同じくらいの数のエピソードがあった。
 昼前に、木々の向こうからナルミの声が飛んできた。

「タファ、そろそろ戻りましょうか。どのくらい見つかったかしら?」

 サカザの樹の横から顔を出したナルミに、僕は首を振ってみせた。
 穴掘りに集中できず、同じ場所をずっと掘り続けていた僕は、ひとつの宝物も掘り当てることはできなかったのだ。ナルミはため息を吐き、僕に茶色っぽい金属を投げてよこした。

「もう、これだからあなたって放っておけないのよ。それあげるわ、私はたくさん掘ったから」
「あ、ありがとう」

 ナルミは首を振って、両手に摘んだ金属を僕に見せてきた。どちらも動物のピンバッヂか何かのようだ。街で売られているのを見たことがある。ただその動物には一度も見覚えがなかった。

「戻りましょうか。ごめんね、無理に誘っちゃったみたいで」
「いいんだ。家にいてもすることがあったわけじゃないし。外に出ていたほうが気が紛れるよ」
「そう言ってくれるならいいけど」

 僕らは並んで、来た道を戻り始めた。

「この宝物は誰が何のために埋めたんでしょうね?」ナルミが金属を持った手を顔の前に上げる。日の光が銀色の金属に反射する。
「誰もわざわざあんな林に埋めないんじゃないの」
「じゃあどうしてこうやって掘ると出てくるのよ?」
「うーん……勝手に土の中から出てくるんじゃない」
「見たこともない動物の形をして?」
「きっと埋めておいたらその新しい動物が生まれたんだよ。ナルミが掘り返しちゃったから、その動物すごく怒ると思うよ」
「夜中にこの中から出てきて、私食べられちゃったりしてね」

 僕が大げさに怖がるふりをするとナルミが笑った。僕も一緒になって笑うけど、その声は段々小さく萎んでいった。
 リブ川沿いの道から、一人の男の子が姿を現すのが見えたからだった。小さい頃から、ことあるごとに僕をからかっていじめてきた男の子。名前をカポックといい、じいちゃんの後にオルマンスの長になったバイエットの子どもだった。カポックの後ろには子分のヒップもついている。
 僕が不自然に歩くペースを落としたせいで、ナルミも二人のことに気づいたようだった。向こうからこちらへ歩いてくる二人も僕らに気づき、四人の視線が交差する。

「soonoyun」

 まずナルミが、近づいてきた二人に声をかけた。二人を無視してやり過ごすというのは、もう無理そうだ。

「soonoyun、ナルミ。まだそいつのお守りやってんのか?」

 カポックはにやにや顔で僕を見ながら言う。僕は何も言い返さず下を向いた。

「そういうこと言わないでよ。私たちはただ一緒に遊んでるだけよ」

 ナルミとカポックはどちらも僕よりひとつ年上で、狭い集落で同い年ということもあって、昔からそれなりに交流があったようだ。子分のヒップの方は僕と同い年だ。

「そんなヤツと一緒に遊んで何が楽しいんだよ」
「楽しいわよ、今日だって久しぶりにシーアの林で宝探しを」

 ナルミが言い終わらないうちに、カポックとヒップは大声で笑い出した。ナルミと僕の耳が、微かに赤く染まる。

「宝探しなんてガキの遊びだよ。俺がタファの年には、もうマルトセル(※通過の日。子どもから青年へと成長し、大人に近づくための儀式)を終わらせてたし、遊びといったらリヴ川に飛び込んだり、隠れて紙タバコを吸ったりすることだろ。まぁマルトセルも終わっていないタファには、そんな遊びはまだまだ早いよな」

 カポックの言葉を聞いて、ヒップが大げさに笑った。
 いつもならそんな言葉聞き流していた。でも、今日はヒップの笑い方があまりにムカついたし、ナルミがそばにいた。僕は勇気を出して口を開いた。

「マルトセルが終わってないのはヒップも同じじゃないか。それに、マルトセルが早いからって偉いわけじゃないって、ベゼットじいちゃんが言っていたんだ」

 カポックの表情が一気に険しくなり、太い腕が僕の服に伸びた。一瞬にして、僕はカポックにぐいと持ち上げられる格好になる。

「ちょっとやめなさいよ!」ナルミがカポックの腕にすがりつく。

 僕の服を掴んだカポックの腕はびくりともしない。僕は激しく咳き込んだ。目がかすみ、涙が浮かぶ。顔が紅潮していくのを感じる。

「マルトセルも終わってないガキが偉そうな口を利いてんじゃねーよ。それにヒップはお前と違って、次のマルトセルに挑戦するんだよ。お前のじいちゃんが何を言ってたか知らないけど、お前のじいちゃんはもう死んだんだ。今じゃ俺の親父がオルマンスの長だ。俺の親父が言うことが正しいんだ」

 僕は釣りあがったカポックの目の下に彫られた一筋の刺青を目にする。マルトセルを成功させてその足で入れてもらったという、カポックの自慢の刺青だ。僕にはまだこの刺青を入れる資格がない。
 カポックは僕を地面に投げつけ、唾を吐いて歩き去った。ヒップは何度か僕のことを気にする素振りを見せながらも、カポックについていった。
 残された僕は、自分の情けなさに今にも大声で泣き崩れそうだった。鼻がつんとし、鼻水が垂れてきた。
 何より悔しかったのが、ナルミの目の前で、あんなひどい目に遭わされたということだった。きっとナルミは僕のことを頼りないヤツだと軽蔑しただろう。

「タファ……あんなヤツの言うこと、気にすることないよ。タファにはタファのいいところがあるんだし」

 その一言で僕の涙腺は崩壊した。悲しみやつらさじゃなく、惨めさや悔しさによってだ。
 僕は顔を伏せ、腕で顔を擦って走り出した。

「タファ、待ってタファ!」

 僕は一度も振り向かずにテントまで走りぬけた。通りを歩く人たちがまたか、という表情で僕を見るのがまた悔しくて、僕は顔をあげずにただ走り続けた。


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