ヨーロッパにおける「死」 京都産業大学文化学部 国際文化学科 一島 冬奈 1.はじめに ヨーロッパにおいて「死」の捉え方は、時代とともに少しずつ変化がみられる。現代の「死」といえば、恐ろしく遠ざけたい事の1つであると考えられるが、中世において「死」とはいったいどのように捉えられていたのか、またその捉え方はどのような変化をしていったのか、主にフィリップ・アリエスの著書を使用し見ていきたいと思う。さらに「死の舞踏」にも注目し「芸術」と「死」の繋がりを見ていきたい。 2.中世初期の「死」 ヨーロッパの「死」の捉え方に注目すると、時代によって変化が見られる。ここではまず、中世初期において「死」はどのように捉えられていたのか述べたいと思う。 中世初期において「死」とは非常に身近なものであり、人々は自分の「死」を自覚し、逃れようともしていなかった。このような「死」の予告は不思議な予感ではなく、自然の兆候あるいは内心の確信よって与えられるものであった。そのため、死に行く者は横たわり臥して死を待つという準備を行い、まず過去の体験や出来事を思い起こす。その後、死に行く者の部屋が公の場に変わり、そこへ来た人々に対する許し請いが行われるため「死」は公の組織された儀式でもあった。つまり、人々は「死」となじみが深く、大して重要なことではないと考えていたのである。このような「死」の捉え方をフィリップ・アリエスは「飼い慣らされた死」と呼んでいる。しかし、この「飼い慣らされた死」は中世中期になると変化をみせ、また違ったものになっていった。 3.中世中期以降の「死」 中世中期(十一、十二世紀)以降になると、「死」は初期の捉え方に個人的な意味合いを与えるように変化していった。このことは「最後の審判」や「死骸への関心」、「墓所の個性化」に表れているが、まず「最後の審判」に注目したいと思う。 初期の「最後の審判」は劫罰や審判もない死者の蘇生のみを象徴していた。しかし、十二世紀以降になるとこの表象は変化をみせはじめ、十二世紀になると、死者の蘇生に加え善人と堕地獄者の分離が現れるようになった。さらに十三世紀になると、以前のような大いなる蘇りなどが無くなり、キリストが裁きを行う場所が現れるようになった。善と悪を裁く「審判」という概念が優先されるようになり始めたのである。しかし、このように天上で行われていた審判は、中世末期(十五、十六世紀)になると、瀕死者の周りに聖母マリア、そしてサタンが部屋にやってきて行われるようになり、神は裁きを行わない証人のような存在になっていった。また、これは瀕死者しか見ることができないのである。 また「死骸」との関係性にも注目してみたいと思う。芸術面において、崩れた死骸やミイラがよくみられるのは、十五世紀の政務日課や、教会や墓地の側壁の装飾(死の舞踏)などである。十七世紀では崩れた死骸に変わって、骨や骸骨が描かれるようになるが、その持つ意味は異なるものであった。崩れた死骸は人間の挫折を表し、中世末の人々は、「死」は自分の内部にあり、生きるということに情熱を抱いていた。これは、現在の私たちが抱く「死」のイメージとは異なるものであり、このような「死」をフィリップ・アリエスは個人的意味を含んだ「己の死」と呼んでいる。 4.死の舞踏 十五世紀終わり頃になると「死」とエロスが結びつき、エロティックな意味を持つようになっていく。これが「死骸趣味」のテーマである。「死の舞踏」では骸骨や死体が、音楽に合わせて舞い、生きている人間を死の世界に連れて行く姿が現されており「死への警告」という教訓的意味を持っていた。このような警告は古い「死の舞踏」では見られないものであった。この背景には、十四世紀に猛威を振るったペストの流行があると考えられている。人々は多くの死体を見ることによって「死」を「生の像」と見るようになったのである。しかしこのような「死」のイメージから、断絶した「死」のイメージが生まれ、捉え方がまた変化していくのである。 5.おわりに 中世ヨーロッパにおける「死」の捉え方は、現在と非常に異なるものである。現在「死」は恐ろしいもので、できるだけ避けようとするが、中世では「死」は身近なものであった。しかし中世においても「死」の捉え方は時代を重ねるごとに変化していき、それは芸術面にも影響を与えている。「死」の捉え方には、当時の思想や時代背景が大きな影響を与えている。そのため「死」の思想を知ることは、ヨーロッパを知るうえで大きな役割を果たすだろう。 秋学期ではさらに「納骨所」と「墓地」との関係性や、思想の変化を調べたいと思う。そして「死の舞踏」については、より詳しく「死」との関連性を見ていく。また今後、このようなことを踏まえながら、中世から現代までの「死」の変化を見ていきたい。 参考文献 「死と歴史」フィリップ・アリエス著、みすず書房 「死の舞踏 ヨーロッパ民衆文化の華」水之江有一著、丸善ブックス |