ダイエット

シムルグ騎士学校の教室はかつての宮殿を改装しているためか、天井が高く柱や壁も荘厳な作りとなっている。
 かつて帝国の官僚や騎士団が会議を行う際に使用していた講堂であり、少し高く作られた壇を中心にして、扇状に机と椅子が配置されており、後方へと下がるに連れて席が高くなるように作られていた。狼一号
 帝国の宮殿として機能していた時代には、ここで多くの戦略や戦術が議論されていたのであろう。
 が、現在は騎士団の参謀や士官といった幹部たちが座っていた席には、生徒たちが座って勉学に励んでいた。
 今日、この講堂では新年度初回の講義ということで、新入生を主な対象とした魔法の実践についての基礎を行うことになっていた。
 だが講堂内は新入生のみならず、准騎士の資格を持った上級生の姿も多く見受けられた。
 すでに席は埋まり、立ち見の生徒たちもいる。
 彼らの目当ては壇上に立つ少女。
 かつては帝国の将軍、もしくは参謀が立ち、学校となった今では教官が立つ場所。
 そこに立っているのが、今では世界で一番有名な少女――レティシアだった。
 教官に請われて教壇に立つことになったのだ。

「私達が魔法を使う際にあたって特に重要とされるのが、いかに素早く魔力を魔法へと注ぎ込むかということと、明確なイメージを持つことができるかということです」

 柔らかい微笑を浮かべ、耳に心地よい透き通った声が講堂の中に響き渡る。

「皆さんの多くがこの学校に通うまでにも魔法を習ってきたかと思いますが、ここでは復習も兼ねて実演してみたいと思います」

 レティシアは、教壇から一段低い位置に立っている本来この講義の担当教官に一度頷いてみせると、右手を前に差し出した。

『我、火の理を識りて、火を灯す』

 レティシアの指先にロウソク程の小さな火が灯る。

「物理系魔法において最も基礎となる魔法の一つ、『灯火』の魔法です。呪文の第二節にある『火の理を識りて』とは、術者本人が持つ火への知識……つまり、熱、光、色、形状などのこと。この言葉はどの魔法においても、ほとんどの場合で定型文となっています。では、この魔法に魔力を注いでみましょう」

 レティシアの人差し指に灯った炎が一瞬で人の頭ほどの大きさに膨れ上がる。

「……凄い」

 生徒達の誰かがポツリと漏らす。
 その一言を皮切りに、講堂内に感嘆の溜息や賞賛の声が溢れた。
 炎が瞬きするほどの速さで膨張する。
 完璧な魔力制御が行われている証だ。

「魔力を注ぐ量を減らせば魔法の効果を減らすこともできます」

 人の頭程の大きさから、レティシアの握りこぶしの大きさにまで一息に炎が収縮する。

「そして、使い終わった魔法は魔力を注ぐのを止めてしまえば消滅します」

 右手を振ると、炎は一瞬で掻き消えた。

「このように魔法は注ぐ魔力によって効果が変化します。魔力量に関しては、生まれついての素養があるのでどうしようもないのですが、魔力を注ぎ込む速度は訓練によって速くしていくことができます。魔法戦闘では魔力量だけでなく、この魔法効果を高める魔力の注入速度もまた大きく影響してくることを覚えておいてください」

 生徒たちは真剣に話を聞き、メモを取ったりしている。

「では、次の段階に移りましょう――『我、火の理を識りて、火球と為す』」

 今度はレティシアの手の平の上に、最初から人の頭大の大きさの炎が球状となって具現化した。

「先程との違いは呪文の第三節。ここで術者のイメージを言葉にすることで固定化し、魔法を具現化します。ここで重要なのは、イメージを上手く出来なければ魔法の発動は失敗してしまうということです。知らない現象をイメージしようとしても、具現化させることはできませんからね」

 レティシアは右手の掌を上に向けたまま、頭上へと掲げる。紅蜘蛛
 と、同時に火球がぼんっという音と共に二周り程大きく膨れ上がった。

「いま、灯火の魔法を膨張させた時と同量の魔力を、この火球に注ぎ込みました。十の魔力を使う魔法に十の魔力を注ぎ込めば二十の効果が。二十の魔力を使う魔法に十の魔力を注ぎ込めば、三十の効果を持つ魔法を使うことができます。わかりましたか? 魔法は注ぎ込む魔力の量が同等なら、最初に選択する魔法も重要となってきます。もっとも、より大きな効果の魔法を最初から使用する場合、魔力を集中させるのにも時間がかかりますので、状況に応じた魔法を使用する必要があります。以上、魔法の基本でした」

 再び、火球を掻き消すとレティシアは一礼する。
 それと同時に拍手が沸き起こり、講堂を埋め尽くしていく。

「すげぇー!」

「きゃー、レティシア様―!」

 怒号のような歓声と止まらない拍手が講堂を揺るがす。
 レティシアは小さく微笑みを浮かべるともう一度深く一礼すると、壇上を降りようとした。
 と、その彼女の視界――講堂の採光窓から庭園を改装した訓練場が入る。
 そちらでは別クラスの新入生たちの実技の授業が行われていた。
 はっきりとは見えないが、そこではウィンもまた参加して剣を振るっているのだろう。
 一瞬、足が止まりかけたが、レティシアは何事もなかったようにゆっくりと段を登り、講堂の最奥部の席へと向かい腰を下ろす。
 レティシアが降りた壇上には、本来この時間を担当する教官が登り、今のレティシアの魔法に対する補足説明を行われようとしていた。
 そのため、先程までざわめいていた講堂内に静けさが再び舞い戻ってくる。
 だが、生徒たちの多くは教官の説明よりも。後方に座ったレティシアの方へと意識を傾けていた。
 その一方でレティシアは教官の話を聞き流しながら、窓の外へと目を向ける。
 視線の先で実技訓練を受けている生徒たちの中にいるであろうウィンを思いながら。



「ごめん、レティ……レティシア……様、ロック。ちょっと先に行く」

 四年前に開いてしまった距離。
 かつてのそれは物理的なものであったが、今度のそれは彼女とウィンとの立場的な距離。
 思わず溜息をこぼしてしまう。

(昔はこんなこと悩む必要なかったのに……)

 幼かったあの頃、レティシアは一日のほとんどをウィンの側で過ごしていた。
 それが神託という彼女にとっては寝耳に水な奇跡によって、周囲が勝手に彼女を勇者として祭り上げ、彼女は最も居心地の良かったその場所から引きずり出されてしまった。

「レティシア、お前の力を見せてくれないか」

 レティシアが勇者だと宣告されたその日、彼女は父親であるメイヴィス公爵の言うがままに力を見せてしまった。
 両親、兄姉、身の回りの人々から無視され続けていた彼女が、生まれて初めて家族から期待をされたのだ。
 十歳というまだ精神的にも未熟な彼女が、思わず調子に乗ってしまったのを誰が責められるであろう。
 全力でもって自己強化の魔法を使用する。
 相手の騎士が剣を構えたのを見て取ると、全力で一歩目を踏み込む
 ドンッという音ともに、爆発的にレティシアは加速すると、ようやく剣を掲げて防御の構えを取った騎士の持つ剣に自らの剣を叩きつけた。
 一合。
 レティシアが剣を振り切ると、同時に騎士の手から剣が叩き落とされる。
 地面に剣が落ち、レティシアの相手を務めた騎士が地面へと尻餅を着く。
 その音は不気味なまでに静まり返った周囲に響き、その音であまりにも桁違いなレティシアの実力を見せつけられ呆然としていた一同がようやく我に返った。

「お、おお、凄いぞ、レティシア。お前は我がメイヴィス家の誇りだ」

「母も嬉しいですよ」

 何とか声を搾り出し、言葉を掛けてくる両親。
 嬉しくて笑顔で振り向いたレティシア。紅蜘蛛赤くも催情粉 
 だがそこには言葉とは裏腹に、恐怖の色を浮かべた人々が立っていた。
 両親だけではない。同じく立ち会った兄姉、公爵家の従僕、騎士団幹部、教会関係者達の誰もが笑顔を浮かべて彼女の力を絶賛しつつも、その瞳には怯えの色があった。
 相手をしてくれた、恐らくは騎士団の中でも指折りの実力者であろう騎士隊長の立場にある男は、地べたに尻餅を付き、大量の汗を掻きながら恐怖の色を浮かべた目でレティシアを見上げていた。

 レティシアを取り巻く環境が劇的に変わったあの日以後、彼女は幾度となくその目を見ることになった。
 そして理解することになった。
 どれだけ多くの人々を救おうと、どれだけ多くの村や街を救おうと、どれだけ多くの国々を救おうとも、人は己の理解を超えた存在を受け入れることはできないのだと。

 そして、ウィンがどれだけ自分に取って、どれだけ大切な存在だったのかということを。

 子供の頃から、彼だけは彼女のあるがままを受け入れてくれていた。
 ウィンが気づかなかっただけかもしれない。
 彼はほかの子供達と遊ぶことがなかったから。
 でも、人は自分よりも優れた才能を見せつけられたとき、ほとんどの場合はそれを妬んだり、または拒絶してしまうものではないのか。
 現に旅に出たあとに出会った多くの人がそうであったのだから。
 そんな中で彼だけは、彼女を妬むでもなく避けることもなくただ――

「レティはすごいなぁ。きっとすごい騎士になれるよ!」

 例え勇者になる前であったとしても、自分より遥かに高い才能を見せられたにもかかわらず、嫉妬ではなく素直に賞賛の眼差しを向けてきた。
 これがどんなに凄いことなのか。
 勇者となって初めて思い知らされた。
 彼には適わないとさえ思った。
 だからショックだった。
 彼が『勇者』とか『公爵第三公女』だとか、彼女自身が望んでもいない立場によって、彼女から離れていこうとしていることが――。
 恐らく自分がレティシアの側に立つには相応しくないなどと考えてのことであろうが、彼女に言わせればそれこそとんでもない考えだ。
 『勇者』としてでもなく、『公爵家の姫』としてでもなく、彼女を利用することもなく、敵対もすることもなく、ただの憧れの人物として見ることもない人物は、もうこの世界ではウィンただ一人だけだろう。
 そんな人物を自分が手放すわけがない。

 世界中の人々が彼を私に相応しくないと言うのなら、私が彼を認めさせてみせる。

 まだこの学校に来て日が浅いが、彼を取り巻く環境は酷い。
 生徒たちの多くが彼の陰口を叩き、嘲笑していた。
 ロックからの話を聞けば、どこか試験も不正されているような印象を受ける。

 もしもそれが真実なのだとしたら――。

 レティシアはゆっくりと目を閉じ、顔を伏せて、周囲には見えないように小さな笑みを浮かべる。
 きっと後悔することになるだろう、この自分を敵に回すことになるのだから。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)

赤か青のどちらかを選べ――。

 そんなことを急に言われても人間あっさり頷けるものではない。しかもそれが爆弾を発動させるか止めるかの2択で、人の命が係っているなら尚更だ。正直言って、そんな無茶振りしないで欲しい!

 「無理!絶対に無理!!」紅蜘蛛(媚薬催情粉)

 エレベーターが動き始め一瞬の浮遊感を感じた後。隣にいる東条さんの不思議そうな顔をちらりと見てから呼吸を整えた。私が焦って変な恐怖心を煽ったらダメだ。

 『無理じゃねえよ。やってみなきゃわからねーだろ』

 鷹臣君が説得するような口調で告げた。言っている事は普段なら理解できる。でもやってみなきゃわからないだなんて、それは時と場合によると思うの!そんな生死が係わっているのにやってダメでした、なんてなったら。この建物に居る人皆化けて出てくるよ!

 「無茶言わないでよ!」そう電話越しに言おうとしたら、鷹臣君に先手を打たれる。

 『いいか、麗。残り時間はたったの5分だ。あ、今5分をきったな。爆弾処理班が来るのは早くても2分って所か。そんなにでかい規模の爆弾じゃないのが幸いだが、それでもこのまま放っておけば、間違いなく被害は出る。この場にいる隼人も朝姫もな、無事では済まないだろう。まあ、3分きったら避難させるが』

 淡々と説明口調で話す鷹臣君の言葉を聞きながら、心臓が嫌な位ドクドク言うのを感じていた。さっきまでの甘く苦しい鼓動ではなくて、人が死ぬかもしれないという恐怖。誰かが傷つくかもしれない、爆弾が止まらないかもしれない、逃げ切れないかもしれない。そんな不安と恐れで嫌な汗が噴いてきた。手の汗で携帯がずりっとすべり落ちそうになる。

 『ごちゃごちゃ余計な事は考えるな。大丈夫だ、お前が選んだからって誰も死なないし、恨みもしねーよ。ただ頭の中に浮かんだ色を言い当てろ。考えるな、感じろ』

 相変わらずむちゃくちゃな事を言ってくれる。
 考えるよりも感じろだなんて。確かに直感は余計な事を考えてはいけないけど、頭の中が渦を巻くようにぐるぐるしていた。無の境地に入って強く感じた色を選ぶなんて、そんなの無理だよ・・・!

 不安でギュっと目を閉じた時。東条さんが私の手を握り締めてくれた。
 思わず見上げると、柔らかく慈しむような微笑で私を見つめてくれる。事情は知らないはずなのに、その大きくて男の人にしてはスラリとしたきれいな手が私の左手を包み込んでくれる。そんな些細な事で、感じていた不安が一瞬で晴れた。

 大丈夫、落ち着いて。声には出していないけど、そう東条さんの目が語っている。

 思わずコクリと頷いた。ぎこちない微笑かもしれないけれど、口角を上げて真っ直ぐと東条さんを見つめる。

 ダメだダメだなんて思っていたらダメだ。
 マイナスのパワーは強い。ネガティブな想像をしたら、一気に引きずられてしまう。

 大丈夫、私なら大丈夫。
 そう強く心の中で唱える。イメージするのは笑顔で皆とここから帰る場面。無傷で誰一人欠けることなく、大事な人と再会する。

 ふーっと息を細く長く吐いた。そして瞼を閉じて集中する。

 赤か青。暗い空間に浮かび上がり最初に見える色。それは―――・・・


 ぱっと目を開けて鷹臣君に聞こえるように叫んだ。紅蜘蛛 II(水剤+粉剤)

 「紫!」
 『誰が混ぜろと言った!』

 見えた色を告げた瞬間、怒鳴られてしまった。

 「ご、ごめん!でも今紫色が浮かんだから・・・」

 赤か青って言われていたのに、何で紫なんだ自分!と思わなくもない。トランプの黒か赤かを選らんだ時は、他の色なんて出なかったのに!

 そして電話の向こうでは、何やら鷹臣君が話している声が聞こえてくる。私をそっちのけで会話に集中し始めて、思わず電話を切った方がいいのかと思えてきた。

 エレベータが到着して1階に着いた後。鷹臣君は唐突に、『処理班来たから切るな。先に帰らず外で待ってろよ』と一方的に告げて切られてしまった。

 「え、結局どっちだったの・・・?」

 処理班が来たと言う事は、間に合ったのだろうか。
 残り3分をきったであろうギリギリの時間でタイミングよく爆弾処理班が来てくれて、助かったような疲れたような。そんな溜息を出すのをぐっと堪えて、携帯をバッグにしまう。

 「大丈夫ですか?」
 東条さんが心配そうな顔で私の顔色を覗いた。

 「もう大丈夫です」
 多分、と続いた言葉は私の心の中で呟いた。



 たっぷり10秒ほど時間をかけてようやく告げた麗の答えは、鷹臣が予想していた物とは全くの別の色だった。

 『紫!』

 そう麗が叫んだ瞬間、「誰が混ぜろと言った!」と思わず間髪を居れずに突っ込んでしまったのは仕方がないと思う。

 だが爆弾と向き合っている弟の隼人が意味深に微笑んだのに気付き、鷹臣の意識は麗から隼人と爆弾へと移行した。

 「へえ、すごいな。流石麗ちゃん」
 兄さんが鍛えただけあるね、と爽やかに微笑みながら言った隼人に疑問が沸く。一体何が流石ですごいのか。そして隼人の言葉の意味を理解すると、軽く目を瞠ってからじろりと隼人を睨みつけた。

 鷹臣は麗に爆弾処理班が来たと伝えて、電話を一方的に切り上げた。

 その様子を眺めていた隼人はくすくすと笑い出す。

 「兄さんって本当に鬼畜だよね」

 屈んでいた腰を上げて、隼人は軽く背を伸ばした。そしてちらりと視線を向ける先には黒い箱のような物体。赤いデジタル時計が示すのは、点滅していない00:00の数字。

 爆弾を見つけたのは本当。試しに出来る所まで解体したのも事実。
 だがその爆弾は、初めからスイッチなど入っておらず。残り時間が僅か5分などと言うのも全て鷹臣がでっち上げた"嘘"だった。紅蜘蛛赤くも催情粉

 「失礼な奴だな。かわいい部下の能力向上を手助けをしているだけだろ」
 腕を組んで悪びれもせず言い放った鷹臣は堂々と嘘を認めた。

 「人は危機に陥ったギリギリの時が一番成長できるんだよ。麗の直感なんて特にな。神経すり減らして生きるか死ぬかの選択を突きつけられれば、嫌でも真剣に集中する。今までトランプでゲームのように直感力を磨かせてきたが、まさかこんな所でも使えるとはな。」
 折角爆弾なんて見つけたんだから、利用しない手はないだろう?
 そう鷹臣が不遜な笑みで答えて、隼人は苦笑する。普段から振り回されている麗が少し不憫だな、と内心で思った。

 「んな事より。お前だって十分鬼畜野郎だろ」
 「何の事?」

 しらばっくれる隼人に鷹臣は顎と鋭い視線で対象の物を指す。

 「お前、俺にも赤と青の2色しか言わなかったよな?」
 いい性格している、と冷ややかに笑いながら鷹臣は複雑に絡み合っている細いコードを示した。長方形の黒い箱に収まっていたコードの色は、赤と青。そして奥から出てきたのは、麗が告げた紫だった。

 「うん。だって兄さんが知ってたら、直感じゃなくて兄さんの念を察知して答えるかもしれないじゃない。それも面白そうだけど、何も知らない方が直感力のトレーニングにはなるでしょ?」
 ふふ、と心の底を読ませない笑顔でさらりと隼人は答えた。
 鷹臣は舌打ちをすると、苦々しい表情のまま嘆息した。


 その光景を一部始終少し離れた位置から眺めていた朝姫は、呆れた眼差しで2人を見つめる。

 「どっちもどっちだわよ・・・」

 幼い頃からこんな2人に囲まれて振り回されてきた麗が、朝姫は少し同情したくなった。きっと知らない所でいらない苦労を買い、大変な目に遭わされて巻き込まれてきたのだろう。その様子がありありと想像できて、朝姫は後でたっぷり優しく労わってあげようと心に決めたのだった。



 それから数分後。隼人が呼んだ爆弾処理班が辿り着いた。

 てきぱきと解体していく姿を横から鷹臣と隼人は眺める。

 「後はこれを切れば終わりです」

 そう告げる男の手元をじっと眺める。

 そして指でつまんだ色を確認した後、鷹臣と隼人はお互い目を合わせ、小さくふっと微笑んだ。紅蜘蛛

よく見ると髪色だけでなく、顔立ちも王に似ている。
違う所といえば、天翔の方が華奢で色白であること、そして表情と物腰が柔らかなことであろうか。
優しい笑みを寿に向けている。
下半身は床に伸ばしており、ピクリとも動いていない。V26即効ダイエット
生まれつきの障害なのだと王は語る。

「天翔は陛下より三つばかり歳下の弟です。
私は健康な体で生んであげられなかった。
歩くことはおろか立つことも出来ません。
だからせめて名だけでもと先王陛下が『天を翔ける』と…。」

王太后は目の端に浮かぶ涙をそっと拭った。
天翔は母に顔を向け「母上」と口を動かした。悲しまないで欲しいというように首を横に振る。
彼は笑みを深め、寿に向かって手を伸ばした。何処に誰がいるのか分かっているようである。
寿は紗々を片手で抱き、もう片方の手で天翔の白く細い手をとった。
温かい手だ。

「寿と申します。殿下。お会いできて光栄です。」

天翔は頷き、口を開いた。
声を出さずに口だけを動かす。

『義姉上、母から話は聞いています。
お見苦しい姿をお見せして申し訳ない。』

話すことは出来ないが幼い頃、耳で聞く音と他者の口の動きで言葉を学び、音を足さずにだが会話が出来るようになったと言う。

『姫が、兄上の御子がいますね。』
「はい。私の腕の中におります。
紗々と名付けました。」
『抱かせてくれますか?』

寿はそれに応え紗々に「叔父上様ですよ。」と語りかけ、それから天翔の腕に抱かせた。
彼は嬉しそうに微笑み、自分の腕の中で大人しくしている紗々の頭を撫でた。
紗々は擽ったそうに身を捩り、天翔の手を両手で掴み口に咥えようとする。
寿は慌てて「大人しくしなさい」とやめさせる。
天翔がゆっくり腕の中の紗々を揺らすと、紗々にとって心地よい揺れであったようで瞼が下がり出した。
そして寝息を立てて眠り始めた。

『良き御子です。神と先祖の魂が姫をお守り下さるでしょう。』

眠る紗々の顔にそっと触れ、どんな容姿であるかを指で確かめている。
王とは違う顔立ちを感じ取り、寿似であることが分かったようだった。

「寿にここに来るまでの道と言葉を教えた。
もしもの時はお前が守ってやってくれ。」

天翔は微笑み頷く。
本当に優しげな笑みだ。

(でも何故…こんな場所に?
それに公には存在を知られていないって、)

寿は先程からずっと抱いていた疑問を王に投げかけることにした。
問いかける前に王は寿の表情を見て、何を言いたいのか悟ったようだった。

「父の判断だ。このような状態の息子を…王子として公表すれば人々の好奇の目に晒される。だから秘密にすることになった。
だが一番の理由は、人々に弟の力を利用させないようにすることにあった。」
「利用?」

先程王は、弟は「千里眼」という物の持ち主で、常人には見えないものを見る力があると言っていた。
そのことだろうと寿は悟った。

「あぁ。天翔は大いなる力を身に秘めている。それを利用されてはならない。その防御策の為にこのような場所に隠しているのだ。」

寿は天翔をまじまじと見る。
体が不自由である代わりに、神は息子に力を授けたのだと王太后は語る。
確かに何となく、彼からは不思議な何かを感じる。
彼自身が触れてはならない聖域のようにも思える。
天翔は紗々を宝のように大切に抱きしめていた。



「とても…お優しいお方でございましたね。」
「天翔のことか。」
「はい…あのような場所ではなく、いつか太陽の下でお過ごしになれればよろしいのに…。」

あの部屋では今が朝なのか、夜なのか分からない。青空も見ることが出来ないのだ。
そう思うと寿は悲しくなり、廊下の真ん中で立ち止まり俯く。
前を歩いていた王は動かない寿を見て、浅い息を吐き彼女の背に手を置く。

「その日が早く来れば良いと、私も思う。」
「陛下…。」
「弟はそなたと紗々に会えて嬉しかったようだ。あのような柔らかな笑みは久しぶりに見た。ありがとう。」

寿は王の瞳を見つめ、それから微笑み頷いて見せた。
王もそれに応えるように笑んだ。
最近の彼は特によく笑うようになった…寿はそんなことを感じていた。

二人は再び廊下を歩き出す。
婚儀まであと四ヶ月となり、王城に勤める人間、そして臣下達も寿の存在を知っている。
もう隠す必要もなくなったので、王は「今まで行ったことがない所に案内する」と言って、城の奥ではなく、表…つまり政務が行われている場所に寿と紗々を連れて行った。V26Ⅱ即効減肥サプリ
執務室や大広間、臣下達が働いている場所、台所などを見て回る。
見る物全てが目新しく、しかも素晴らしい物ばかりである。
最後に本丸の最上階である天守に上がろうとした時、遠くから若い女性が駆け寄ってきた。
煌びやかな着物を身に纏った美しい女性だ。
「陛下っ、お待ちをっ、」と着物の裾を気にしながらパタパタとやってくる。
後ろからは彼女の父親と思しき男性が揉み手をしながら現れた。
女性は王の前で膝をおり、頬を紅潮させながら王を見上げている。
隣にいる寿を目の端にも映していないようだった。
王の端麗な顔をただじっと見ている。

「中納言、お前の娘か。」
「はい。その通りでございます。名を、」
「よい。…して何用だ。」

何の理由もなく外部の人間を入れてはならないときちんと定められている。
だが臣下、特に身分の高い臣下の身内であれば無理を通してしまう事もあるのだ。
中納言と呼ばれた男性は娘を立ち上がらせ、王の前に立たせる。

「娘がどうしても陛下にご挨拶にと。
いかがございます?美しいでしょう。」

女性は頰を隠し俯いていたが、王の目の前に立つとぽうっとなりながら王を見上げた。
寿は王の機嫌が目に見えて悪くなって行くのを感じた。

「お前の娘は正しい礼の取り方も知らぬのか。」

王は低い声で言い放つ。
確かに王の言うとおり、女性は王を見つめるばかりで挨拶どころか礼すら取っていない。
しかも寿のことは眼中に入れていない。
中納言は「も、申し訳ございませぬっ。」と叫び頭を下げるが、ぽうっとなっている娘をそうさせることはしなかった。
「もうよい、下がれ。」と言い捨て寿の手を引き天守に向かう。
すると後ろから「お待ちくださいっ。」と女性が追いかけてきた。
王の前に回り込み腕をつかむ。

「私を王城に上げて下さいませ。
陛下にお仕え致したく…きゃあっ。」

王は女性の手を思い切り振り払った。
寿が今まで見たこともないほど冷たい目で王は彼女を見下ろしている。
寿は不安げに王を見上げる。
彼女の行為は不敬以外の何物でも無い。
きちんと礼を取らず、名乗ることもなく、さらに王に触れたのだ。
後ろにいた父親が「大丈夫かっ?」と娘を労わっている。

「我らをこれ以上足止めするならば衛兵を呼ぶ。失せろ。」

王は寿の肩を抱き先に進もうとする。
女性は王の隣にいる寿を強い眼差しで睨みつけた。

「そのような下賤な女は側室で十分ですわっ。
王妃として相応しいのは私のような、」

後ろで女性が叫んだ。
王は歩みを止めた。
寿は思わず王の片腕を抑えた。
今の王は何をするか分からない。
だがその不安は杞憂となり、彼は自ら手を下さなかった。
「何をしている。」と彼が呟くと、周りに控えていた衛兵達が女性と父親を取り囲む。
二人は木棒を向けられ怯え出した。

「下賤とはお前のような人間を指す。
私の妃を侮辱したのだ。家を潰されても文句は言えぬぞ。」
「そ、そんなお待ちくださいっ、陛下、」

中納言は王に必死に訴える。
「暫くは屋敷で謹慎していろ」と言い捨てた。
王は二人を振り返ることなく言葉を発する。

「首と胴が繋がったままでいたいのであれば二度とその娘を登城させるな。」


彼らを置いて、王は寿の背を押し天守に行く為な階段を登り始めた。
「嫌な思いをさせてすまぬ。」と王に言われ寿はフルフルと首を振る。
確かに怖かったし、心が全く傷ついていないと言えば嘘になる。
彼女の言ったことは、他の誰かも思っている事かもしれないのだ。
城の奥に仕える人間は皆、寿を王妃だと認めるようになったが、外の人間は皆が皆そうではない。
それを思い知らされた気分だった。
それでもそれにめげる訳にはいかない。
「大丈夫です。」と笑うと王も安堵の笑みを浮かべた。

天守に上がり外を見下ろすと美しい景色が広がっていた。

「まぁ…なんて素晴らしい。」

寿の腕の中の紗々はいつもより近い空に手を伸ばしている。
三人で城の外を見下ろす。
王城の建物が横に長く連なっており、門の外には城下町が広がっている。
多くの人々が行き交い、その賑やかな様子に寿は自然と笑みを浮かべる。
王は寿を背から抱きしめ、彼女と同様に外の景色を眺めている。

「私の民だ。民を、この国を守ることが父との誓いであり、己の天命と心得て生きてきた。」

寿は王を振り返る。
自分の夫となった人は多くの物を背負って生きてきたのだ。
孤独に耐えながらずっと一人で。日本秀身堂救急箱
他者にも厳しいが己にはもっと厳しい人。
その心の奥底にはこの国への強い想いが隠されていたのだ。

「自国の民を、罪なき者を守りたい。
必死に生きる者が報われる…そんな世にしたい。
出来る事は全てやり尽くすつもりだ。
貴族共に政を任せる訳にはいかぬ。」
「…それを成し遂げる事が貴方様の天命…。」
「そうだ。」

王は遠くの空を見ている。
寿は何故か不安になった。
王の言った事は統治者として正しいことだ。
必死に生きる者は必ず報われるべきだ…寿も強く思う。
なのに不安が消えてくれない。
いつかその天命が自分の愛する人の人生を飲み込むかもしれないと思ったから。
その運命が王の何かをすり減らすことになったとしたら…。
寿は片手で王の胸に抱きついた。
震える寿を彼は驚きながらも柔らかく抱きしめる。

「お一人で抱え込まないで下さいませ。」

王は寿の耳元で彼女の名を呼んだ。
寿は涙を目に浮かべ、ぎゅっと抱きつく。

「私は何よりも貴方様が大切でございます。
何よりも貴方様の御身が…。」

ズルズルとその場にしゃがみ込む。
怖い、震えるほど怖い。
味方もいるが敵はもっと多い王をどうすれば守れるのだろうか。
王は寿の前に座った。

「私は…なんの後ろ盾もなく、何もして差し上げられない。
貴方様に守られているばかりです。
私は…、」

もし強い後ろ盾があれば王の力になれる。
王族の婚姻はそういう利害関係がきちんと含まれているのが一般的だ。
だが王の場合は、自身の外戚の養女とはいえ、平民に近い存在の寿を王妃にすることになった。
かなりの無理をしたことだろうと寿は思っていた。
すると王は寿の腕から紗々を取り上げ、近くにあった座布団にそっと寝かせた。
それから寿を引き寄せ、強く強く抱きしめた。

「何も出来ていないと思うか…それは違う。」
「陛下…。」

王の背に手を伸ばす。

「そなたは私の心を守っている。
私の行為を何度も許し、愛してくれた。
側にいると、私が何よりも大切だと、王妃になると言ってくれた。
孤独だった心を、疲れ果てていた私自身を癒してくれた。」

王の声はどこまでも優しかった。
その言葉の一つ一つが寿への深い愛を感じさせる。

「そなたの存在が生きる力の源だ。」

寿はほろほろと涙をこぼす。
自分はなんと幸せな妻であるのだろう。
王にここまで言ってもらえて。
その思いに応えたい。
王の言葉を聞き心が定まった。
自分に出来る事はただ一つだけだ。
寿は涙を拭い、決意を秘めた眼差しで王を見上げた。

「私もこの国を、民を、そして貴方様をお守りしたい。
貴方様は国と民を守ると仰りました。
ならば私は貴方様をお守り致します。」

寿は王の左の頬に手を伸ばし、指で撫ぜた。

「私は貴方様の御心を生涯お守りします。
片時も離れずずっとお側に…。
そして王妃としてのお役目を必ず成し遂げてみせます。」

だが王の心さえ守れればこの国の政が傾くことはまずあり得ない。
この国を守ると言った王を守る…それが寿に出来る唯一のことだ。

「誇り高き国王陛下…愛しい我が君…。」
「あぁ…。」
「貴方様をお守りします。
陛下をお守りする事は民を守る事と同義。
それが私の天命でございます。」

これからは王妃として生きていかなければならない。
その覚悟がようやく出来た。
この大国を統治出来るのは王以外にはあり得ないと対馬が言っていた。
戦乱の世が二度と訪れぬ為には彼の力が必要不可欠なのだ。
王の心を守るだけでなく、王妃となるからにはその役目を全うしなければならない。
王は寿をしっかりと見据える。簡約痩身
寿の覚悟が伝わったようで彼は大きく頷き、それから彼女の帯に挿してあった小刀を抜き取った。
柄から抜き身を出し刃を見て、それをまた柄の中にしまい寿の目の前に差し出した。

「私の心はそなたに預ける。」
「はい。」

「強く生きよう。そなたは私が選んだ王妃だ。」

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